いつかあなたに刃を向けるとき

泥んことかげ

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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第21輪【ありのままの自分を曝け出して】

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 植魔虫との闘いで傷付いた体。
 目の前で家族を失い病んだ心。
 それらを支え、耐え抜く己の器。

 完全回復とまではいかないが、時間がゆっくりと治してくれている。 

 いつか成長した弟から、になりたい一心で、 どんなに辛い出来事にも歯を食いしばってきた。 

 今、この一時ひとときでも――――動植物や自然と一体になれた気がした。

 未来にいる誰かのために役に立つなら――――植魔虫を斬る〝花の守り人やいば〟になれる。

 あぁ……もし、神様が許してくれるのであれば――――何時いつまでもこのままでいたい。

 そんな事を脳裏に思い浮かばせながら、夢心地《ゆめごこち》な〝今〟を暫く堪能していた。

 眼を閉じ耳に伝わる様々な音や、木漏れ日の光さえも、うっすらぼんやりと感じられる。

 全身を温かな何かに守られている様な、母なる包容感。

 うっとりとした表情の浜悠は、自身の願望を静かに口にした。

『静かで豊かな所に……そう、〝汚れのないどこか遠く〟へ行きたいな……何て言っても分からないかな?』

 そう呟きながら微笑むと、無邪気に餌を求めて一番近くにいる雛鳥を手に取った。

 数多くいる内の一羽は瞳を輝かせながら、誰もがうらやむ特等席から見上げる。

 ゆっくりと……鼻先同士が接触寸前まで行った所で――――

 浜悠は、誰にも聞こえない程のとてもとても小さな声で『ふぅ……』と、口から優しい吐息を漏らした。

 雛鳥の生え始めたばかりの羽毛は、1本1本が柔らかくなびく。

 余程、心地良いのか小さな手の平の中で、それよりも小さな小さな体を使い、喜びの踊りを自由に舞って見せた。

 回って、跳んで、鳴いて、震わせて……様々な〝表情と表現〟をその身1つで体現する。

 小さな命の温かさに触れ、思わず感慨深くなる浜悠。

(〝花の守り人〟としての掟に背いた私でも、ここへ帰れば居場所がある。誰にも負い目を受けることなく、ありのままで入れるんだよね……)

 事実、浜悠は優秀で才ある人物だったが、御法度とされる私情のみで植魔虫狩りに動いている。

 己が願えば〝安定〟と〝権力〟を得ることも、充分に可能であった。

 しかし、花の都を出る最後まで、幾多の好条件でさえも首を縦には振らなかった。

 自身の約束された未来よりも、誰かの〝希望の光〟となる事を誓ったからに他ならない――――

 こうして、短くも充実した時はあっという間に過ぎ去り、お土産と称した餌も底をついた頃。

『そろそろ行こうか……』と、浜悠が膝に手を着いて重い腰を上げた。

 立ち上がり、両手を雲一つとない空へと思いっきり伸ばす。

 日々の習慣なのか自然と導かれるように、今日も朝陽へと体を向ける。

『ん~~っ!!。人間はやっぱり、こうやって体を使って陽を浴びるのが一番だよね!!』

 左手の小指や薬指の付根には、努力の成果である〝まめ〟が、優しい手の中で存在感を醸し出していた。

『家族の元へ戻らなきゃ行けないから、今日はこの辺で終わりにしようかなっ!!』

 誰も寂しくならない様に、明るく元気に振る舞った。

 でも、例の如く〝まだ行かないで〟と言わんばかりに、寂しそうな、愛しいような……。

 行って欲しいけど行って欲しくない。

 と、心で葛藤する複雑な幼顔おさながおが、ちらほらと視界に映り込む。

 何かを察した親御さんは、肌を密着させると寄り添ってなだめる。

 感情の波に堪えきれず、まるで示し合わせた様に思い思いの鳴き声を響かせ。

 大合唱顔負けのそれは、森中に響き渡ると同時に、1日の始まりとなる〝目覚めの一声〟となった。

 只ならぬ雰囲気に『何だ、何だ?』と、村人達が続々と外へ出る。

 堪らず撫でたり抱っこしたり様々な方法で〝みんな落ち着いて〟と、必死に制止しながら

『あわわわわっ!?そんなに大きな声出したら怒られちゃうよ?こっ……今度、美味しいご飯持ってきてあげるから、皆は大人しく待っててね!!?』

 と、早口で照れながら後ずさる浜悠は、小走りで祖父と弟の元へと向かう。

 小さな幾数の花模様があしらわれた隊服は、寝転んだ拍子に泥や毛でまみれていた。

 どこにでもある自然が為す、茶焦げ色や湿っぽい黒が混ざった色。

 まだ未熟だった頃に植魔虫から探知される人の匂いを隠すのに、重宝していた時期もあった。

 次いで、斬った際に降りかかる植魔虫の生臭い返り血が少しでも和らぐ効果もある。

 たとえ、弟から獣臭いと言われようとも、無理にでも抱き締める事もしばしば。

 到底、16歳の少女とは思えない程に冷静沈着であり、悪く言えばどこか抜けている。

 足取りから美麗な面持ちまで、大器を思わせる余裕さえ備えていた。

 後方を一切振り返る事なく、少しばかりの笑みを添えて自然と足を前へと進める。

 口元を緩ませながら土を踏み締め、一歩一歩の足取りがとても軽い。

 目で見えぬかせはあれど、〝表情〟〝言動〟〝行動〟からは一切感じさせない浜悠。

『毎回毎回、好かれるのは嬉しいんだけどさ。あの鳴き声で、付近の植魔虫が集まらなければいいけど……』

 何かが起こっては遅い――――そう言った心配を他所に、今の気持ちは〝怯え〟でも、ましてや〝恐怖〟と言った負の感情ではない。

 心内にある〝嬉しさ〟と〝恥ずかしさ〟が、脳内に混在する正の感情と言った所。

 自らに催眠の如く思えば思うほどに、明日の〝生きる糧〟となる。

『また、いつだって会えるから。今は、私の大切な〝家族〟の元へ!!』

 徐々に早くなるは、〝植魔虫〟を闇夜に紛れて狩る癖のせいか、姿勢低く風を切り音を消し去っていた。

 軽やかになびく髪は、1本1本が独立している様な揺れる。

 その動きに合わせて浜悠の〝未蕾刀みらいとう〟も、体の芯に響き渡る重厚な音を鳴らす。

 例えるならば何層にも丁寧に重ねられた、美しき色を放つ硝子細工の風鈴。

 父の様に強く優しくて。
 母に抱かれた様に温くて。
 心穏やかに安心して眠くなる。

 そして時折、懐かしくて愛しくて思い出し笑いをする。

(青葉を寝かしつける為に〝未蕾刀みらいとう〟を背負ってあやしていたら、いつの間にか眠っていた……何て事もあったっけ?ふふっ懐かしいな)

 物思いに更けながら浜悠は、意図も容易く駆けるが、そう上手くはいかない。

 落下防止と安定のために、鞘部分を背に固く結び付けているとはいえ。

 訓練された〝花の守り人〟でなければ、通常歩行さえ困難を極める代物。

 力自慢の大柄な男でさえ、とてもじゃないが

〝花の守り人の刀〟は数字や見てくれに固執した、単純な重さでは決してない。

 この世にただ1つの自らの命を預け、誰かの平穏のために他の命を救い、人に害を為す命を刈り取る。

 故に大小問わず手に宿るのは、生死を賭けた選択の連続であり、

 だから浜悠は、どんな疲弊感にさいなまれても、通常なら安らげる筈の睡眠時ですら手放さない。

 しかしそこには、あってはならない重大な欠点がある。

 浜悠は、花の守り人〟としての素質や心持ちがあるとはいえ何故なのか?

 自らの想像を遥かに越えた不測の事態を経験していなかった事。

 いつも変わらぬ真っ直ぐな信念を持つが故に、人ならざる者への〝疑念〟や〝狡猾さ〟を知らなかった事。

 自分だけで、全てを守り生きられると信じていた事。

 ――――私は、少しでもこの世界を救いたい。

 どこかで聞いた様な二番煎じの自分語りとて、後からどうとでもなり。

 現実問題、形定まらぬ虚空こくうでしかない。

 時に〝甘すぎる過信〟は、後の惨事に直接的に繋がる要因の1つでもあった。

 けれども、物事は実際に眼にしてみないと人は理解できない生物。

 白き瞳が見据える鼻先には、村の最奥にたたずむ古い家屋。

 まだ物心付く前の幼き頃から、幾度となく見た家は静けさに包まれていた。

 古いせいか開け閉めが面倒な玄関と裏口。

 補修だらけの窓や屋根に至る全体を目視と指差しで確認。

 両の人差し指と親指を写真の様に組み合わせて一言。

『いつみても素晴らしい造形ね。今すぐにでも倒壊しないのが不思議なくらいに!!』

 軽く風が吹けば飛んでしまいそうで、露時期には頻繁に雨漏りもする。

 それが浜悠の生家せいかであり、唯一の心安らぐ場所。

 狭いながらも村長である祖父と、まだ小さな弟の2人が住んでいる。

 弟が物心つく前には両親2人とも、早くに亡くなった。

 だから、親代わりになる事は何だってしてきたつもりだ。

 例の如く〝植魔虫〟狩りへ出た浜悠が、自宅へ帰るのは実に3日振りとなる。

 





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