いつかあなたに刃を向けるとき

泥んことかげ

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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第22輪【なりたい自分とならなきゃいけない自分】

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 初見では難しい古ぼけた扉も、慣れた手付きですんなりと開く。

 何分、家屋事態が古いせいで、錆びが原因の耳を塞ぎたくなる高音を辺りへと響かせながら……。

(懐かしいな。最初は五月蝿くて嫌だったけど、段々と癖になるんだよね。そろそろ修理しないといけないし……って帰ってくる度に思う私)

 毎度の事の様に自らに突っ込みながら、眠気眼を両の手で擦ると、緊張感のない欠伸あくびを交じえて帰宅。

『ふあぁ……ただいま。容姿端麗で髪はいつだって巻き巻きの癖っ毛、お目々がとてもとても可愛らしい長女が帰りました……っと――――』

 自然と本音8割と謙虚2割の、自信に満ち溢れた言葉を口にしていた。

 汚れた服装で玄関へと足を踏み入れ、上がりかまちへと腰を下ろす。

 靴を脱ぐために、麻紐で固く結ばれている部分を丁寧に手解ほどいていく。

 共に森中を駆けたお陰で、元の色が分からなくなる喰らい泥だらけになっていた。

 小刻みに左右へ振ると、中で遊び回る様な音が数度程、浜悠の耳へと伝わる。

 履き口部を下にして、爪先からかかとの辺りを順番に叩き出す。

 振動を与える度に、小石や草木がちらほらと視界に入る。

『あららら~。お土産たくさん拾って来ちゃったかなっ!?』

 おとぼけなから冗談を呟き、綺麗に両足を揃えて隅へと置く。

 年寄りじみた『よいしょっ……』と、膝に手を掛け立ち上がる。

 玄関へ背を向け、右の指先を器用に動かしながら『私のお気に入り達よ。後で洗ってあげるから待っててね~』

 と、屈託のない笑顔で言う。

 視線を正面へ向けると、直ぐ様に緩んだ口角を引き締め、そそくさと玄関先を後にする。

 通常ならきしむ床を、音も出さずに数歩ほど真っ直ぐ足を進ませた。

 この特殊な歩行技術は、花の守り人の基本である〝舞落ぶらく〟。

 それは呼んで字の如く、1枚1枚の花弁が風吹かれ舞い落ちる様が基礎となっている。

 主に植魔虫狩りの際の隠密や、無力な草木を傷付けないために使用される。

 浜悠は日常的な習慣故に、特別な意識はしていない。

 何時如何なる場合でも、体に染み付いている自然体の気遣いだからだ。

 歩を止めると少しだけ床が鳴り、襖前ふすままえで大きく静かな深呼吸をする。

 右側に〝私の宝物〟と書かれた、広さ五畳程度の部屋へと入った。

『ただいま……今日も外は良い天気だよ』

 一言だけそう呟き小窓を開け、新鮮な空気が柔らかな風を運ぶ。

 浜悠の癖のある白髪が揺れ動き、共に暖かな陽光が部屋へと射し込む。

 全体を見回しても特に女性らしい装飾もなければ、寂しいとも感じ取れる。

 故に、一際目立つ中央奥に置かれた漆塗うるしぬりの〝それ〟は、浜悠にとっても思い入れが強い。

 指でなぞれば多少のほこりはあれど、帰宅の度に清掃している為、咳き込む程ではない。

一通りの換気等を終えると、〝花の守り人〟の証である羽織の帯を緩め、袖口から手を抜く。

 浜悠が羽織る物は通常のと異なり、極僅かな人間にしか支給されない代物。

 色合いとしては1つ目に、布の下部から胸辺りを境に両袖へと広がる若葉わかば色。

 次に、幾重にも描かれた曲線を強調させる、生成きなり色の二種類のみ。

 色褪せや汚れる事はなく、故に暗闇でも仲間を見失わせない。

 外見的な特別製はなく、通常の衣類にはあまり使用されていない、希少な〝生糸きいと〟を主原料で加工利用している。

 それにより、極寒や灼熱と言った、特殊な環境域に大変優れている。

 植魔虫狩りの際は素材の軽さが強みになり、持久戦になろうとも疲労しにくい。

 更に決め細やかな繊維のお陰で、切断耐性・衝撃吸収も備わり、所有者を 守る盾ともなる。

 丈は、身長153cm程の浜悠に合わせて、身長のおよそ2分の1程の標準仕様。

 羽裏はうらの中央には、最高位四季折々準最高位花鳥風月のみに許される〝特徴的な模様〟は無い。

『だいぶ無茶してきたから、ちょっとだけくたびれてきたかな?でも、1枚しかないしなぁ……』

 共に過ごした時だけ愛着も湧き、しわの原因や糸の解れとなる箇所を手で丁寧に正す。

 1枚だけのため大事に扱ってきたが、少々れや色褪せた部分がちらほら目立つ。

 目視で十分に確認した後、いつも決められた場所へと掛ける。

 『ふぅっ……』と、鼻から抜ける呼吸と共に〝それ〟に向かって半歩ほど近付く。

 馴れた動作で正座をし、目の前に〝未蕾刀みらいとう〟を置く。

 静かに目をつむり頭を下げると、白髪が垂れ下がる。

 額を畳へと付けながら、強く、強く、感謝の意を心で念じる。

(いつも〝私達〟を守ってくれてありがとうございます。お母さん、お父さん達のお陰で今日もここへ帰ることが出来ました。どうか、天から御守りください)

 母と父のを前にした浜悠は、数分間その状態を維持。

 やがて、静寂さが場を包み込み部屋から出る際には、瞳から流れでる雫の跡だけが色濃く残っていた。

 静かに廊下へ出るとふすまを音もなく閉め、振り向いた途端に背中を預けて寄り掛かる。

 強く握り絞めた〝未蕾刀みらいとう〟の重さのせいか、力が抜けた様に床へと尻餅を打ち付け

『んっ。ふ~っ、ふ~っ、ふ~っ……』

 と、至極当たり前な筈の呼吸を思い出した様に、ゆっくりと整えながら繰り返す。

(このままじゃ駄目だ駄目だ。早く、平静を保たなくちゃ……家族を失った時の〝恐怖〟が、涙が枯れる〝静寂〟さを思い出す前に!!)

 植魔虫に襲われた両親が亡くなった事実は、生家ここへいつ戻って来ても慣れない。

 浜悠が意図的に忘れ様とした訳ではなく、ありのままの事実を受け入れたくないだけだった。

 血の滲む努力で〝守るための力〟を手にしても、根本的に人は急に強くは馴れない。

 どんなに外見を上手く装っても、人間の根本的な部分は必ず何処かでほころびる。

 たった一人で行う狩りの際は、ひたすら目の前へと意識を向けているため、生きるか死ぬかの狭間で精神が揺らぐことは決してない。

 しかし――――張り詰めた〝理性の糸〟が切れれば、途端に自暴自棄でみじめな自分が姿を現す。

 もし、自分が生きて帰れば〝家族〟揃って、笑いながら『お帰りなさい』って言ってくれる気さえした。

(はぁ……辛いな。感情に押し潰されて不安定になるのが怖い。――――けど、その自分自身を見失う時はいつだって突然なんだよね)

 木製の柱が剥き出しの天井を見ていると、不思議と瞳に溜まった涙は一気に溢れない。

 代わりに視界は歪み、全ての世界が沈んでしまった様な感覚に陥る。

 それでも鼻を小刻みにすすり、火照った顔全体が熱を帯びてきた。

『んっ……ひぐっ……うぅ……』

 内から込み上がる嗚咽おえつを、必死に我慢しても震える唇。

 まるで自身を映した鏡のように、胸の鼓動が感情に左右されて激しく脈打つ。

『私なんて……。私ごときが……。何の役に立つの?』と、自身を卑下する度に頭の中で負の感情が連鎖する。

 何度、心身ともに傷付いた事か。

 何度、眼前で命の灯火が消えた事か。

 何度、泡沫うたかたしあわせに手を伸ばした事か。

 それでも自身を今まで保てたのは、生前の母や父が〝花の守り人〟を志す我が子に対して、日頃から口癖の様に聞かせていた言葉のお陰だった。

『どんなに今は辛くとも決して下を向かず、いつかの幸せを振り返るために歯を食いしばって上を向く事』

『いつまでも足元だけを見つめても、意思がない足では〝未来さき〟へは進まない』

『これから浜悠《あなた》は、沢山の命を救う人間になるのよ?救われる人のためにも、何より大事な自分自身を守りなさい』

 幼き頃から記憶に焼き付いた声は、色濃く心に刻まれている。

 忘れることはない――――幾度となく救われた言葉達に感謝してもしきれない。

『辛い何て……言ってられ……ないよね……。私、お姉さんだから……〝花の守り人〟だからさ……』

 声にならない声を押し殺した浜悠は、白布の袖で涙を拭き取る。

 自らのかせとなっていた不純物が、涙と一緒に洗い流されたようだった。

 一息ついて抱いていた刀を持ち、腰を上げ『よし……』と一言だけ呟く。

 わずかばかりの涙跡を目元に残し、止まりかけた歩を再び進めた。




 
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