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ひきこ

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正反対のオンとオフ(前編)(眼鏡の日)

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「ん……、ん?」
 漂う珈琲の香りに反射的に空腹感を思い出させられ、目を覚ましてみれば心地よい疲労感から久しぶりに深く熟睡できた感覚にはっとする。
「っ、あ」
 前言撤回、なんだこれ、意識だけはすげえすっきりしてるのに、起きあがろうとしても身体が全く言うこと聞かねえんだが?
「あ、起きたか」
 おれの声に反応したのか、広いワンルームのキッチンから眼鏡の男がこちらに視線を向けてくる。よくわからない横文字が書かれたTシャツ姿のこの男に見覚え自体はあるが、一体どこで……いや、そうだ。
 昨晩、おれはただの同僚だったはずのこいつと──
「身体、大丈夫か?」
「っ」
 まてまてまて、こいつのこんなに甘い声なんて聞いたことねえぞ? 耳が擽ったくて仕方ねえから、とっとと起きて、それで……ああもう、んなもん全然だいじょばねえわ!
「ああ、無理するなよ」
 はぁ、放っておいてくれりゃあいいのにいつのまにこっちに来やがって。そっと身体を起こされて、少し高めの体温に抱き寄せられる。
「ごめん、あんまり可愛かったから。無理させたのは俺のほうだな」
「……本当にな」
 全く、『ごめん』なんて言ってる割にはその顔ずっと緩みっぱなしじゃねえか。こっちは笑い事じゃねえんだわ、なんて言ってやりたい気持ちでぐいとその頰を摘んでやる。
「ふ、嬉しいな」
「なにが……っ、んんっ」
 おれの問いかけには答えないままやたらと満足げに目を細めつつ、こいつの無駄にでかい手のひらが重ねられたおれの手は簡単に摘んだ頬から外されそのまま指が絡みつく。その状況を理解する間も与えられず、ちゅっと唇が降ってくるのを反射的に受け入れてしまうおれ自身もどうかしてる。
 こいつとこんな関係になっているなんて想定外も甚だしい。だけど普段は冷徹仕事人間のイメージしかないこいつの脱力姿と、とろけてしまいそうなほど甘すぎる振る舞いにおれの許容量は既に溢れそうなほどいっぱいで。さらに一切の隙間も許さないほど念入りに注がれるキスはほんのり珈琲の味がして、その妙な背徳感もあいまっておれを酔わせるにはあまりにも十分すぎる。
「っん、……は」
「ふふ、なにが、って?」
「あんだ、っ、ぁ」
 まだその話、続いてたのかよ。んなもんとっくにどうでもいいほどこっちはふわふわさせられてんのに。
「普段はすげえ真面目そうなのに、『素』って感じするなって」
「それはお前が……っあ、はぁっ」
 先ほどまでは軽く支えられていたはずの身体は気づけば強く抱き込まれ、口づけの深さと息遣いの湿度が急激に増していく。
「は……珈琲、あとで淹れなおす」
「ん、」
 珈琲ってこれだろ? 絶対美味いに決まってる。
 おれを求めて覆い被さる男を引き寄せて、その唇にじゅっと舌を差し込んで微かに残る風味を確かめれば不思議と身体全体に甘さが沁み渡る。
「っは、これはあんたが悪い」
 お互いの吐息で曇り切った眼鏡が乱暴に外される音がした。
「あんだだけしか見えない世界、絶景だな」
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