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第四十夜 逢魔の時
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荷物置き場の小部屋から内鍵を開けて、『黒猫館』へと戻った鳴川と小杉はこの場所が何処なのか把握することから始める。
一階の何処にこの廊下は続くのか。
恐らく突き当れば、玄関ホールにはたどり着くには違いない。
玄関ホールからは二階に上がれる階段があり、二階に上がるにはそこから行くか、別の階段があるかもとも考えられる。
まずはこの荷物置き場のすぐ側のこの部屋は何なのか?
入ってみるとそこは台所だ。
使われている形跡はある。恐らくここに出入りする人は、メイドの亜美さんだろうと彼らは推察する。
『黒猫館』は中の暗さは異常だ。こんなに高級感漂う洋館なのに照明一つも無いという不自然さ──。
黄昏時の洋館は静か過ぎる。まさに悪魔が闊歩しているように見える。
彼らは足音を潜めて玄関ホールに続く廊下に差し掛かる。
玄関から夕暮れの赤い光が観えた。もう少ししたら暗闇の時間だ。そして暗闇の時間こそ、黒猫館が賑わう時間帯──。
彼らは兎にも角にも松下を捜す。
一階のもう一方へ向かう。そちらにも部屋は二個程ある。手前側の部屋へ立ち入ると簡素なベッドがある部屋だった。
もしかしたらここはメイドの亜美さんの部屋か? 足音が聞こえた。
「──!」
(まさかあいつらじゃないよな?)
鳴川はこのタイミングで部屋を出るのはかえってまずいと考えた。
部屋に入ってくるのが亜美さんなら少しは話が早いが──直美だったらと思うと、心臓が潰されそうな程の緊張が襲う。
ドアノブが動いた……! 入ってくる……!
「──! あ、あなた達は……!?」
「……亜美さん」
メイドの亜美が自室に帰ってきたのだろう。
だが、そこにはあの時に脱出をするように伝えた地下の男達がいる。
だが、男達は口に人差し指を当てて──静かに──という仕草をする。
彼女も騒ぐ事もせずに状況を聞く。
「何故、戻ってきたのですか?」
「松下は? 彼を助けにきた。やっと集落を見つけて警察にも報せたんだ、ここ数日で」
「正確には約二週間は経過していると思います」
「松下様を?」
亜美は彼のことを旦那様とは敢えて言わなかった。
そこで亜美はこの洋館で彼らが居なくなっていた合間を報告する。
「あの後から松下様は鮎川家の当主になりました。今は地下の監獄から解放されて二階におりますよ」
「雪菜さんと直美は?」
「雪菜様は旦那様にお仕えしております。直美様は──立場が逆転しました──」
「……? どういう意味なんだい?」
「直美様は旦那様の調教で、すっかり旦那様の愛欲の虜になられております」
「松下の奴、立場を逆転させたのか?」
「ええ……。とりあえず、皆さんの事は私から報告致しますか?」
「……松下はここから去るのを望んでいるのか?」
「まだ、恐らくは……」
「ただ……松下様も性交がもう日常的になってしまって、それから引き離されるのが少し怖いと仰っております」
「『黒猫館』の快楽に呑まれたんだ。松下まで」
「時間って怖いですね……」
小杉は二週間という時間の流れの落差に衝撃を受けた。まさか二週間という合間に立場を逆転させたなんて──。
そういえばあの媚薬は今は打ち込まれているのか──それも聞きたい。
「あの僕達が打たれていた媚薬──松下さんは今は打ち込まれているのですか?」
「いいえ、今は直美様に打ち込まれています」
「マジかよ──余計に色情狂になるぞ」
「松下様はそれを楽しんでいらっしゃいますよ。余程、腹に据えかねたのですね」
「何か、逆に松下が怖く見えてきたよ」
「亜美さん。地下の監獄の雄犬達は?」
「殆どは解放はされました。ただ……生死の無事は分かりません……」
「──正直、ホッとしました。それを聞いて」
「松下に会えるかい?」
鳴川は敢えて聞いた。
せっかくだし、鮎川家の当主になった彼を観てみたい。
実際に観て、心変わりしたなら、俺達も彼とは違う人生を生きて別の道へ進む踏ん切りがつく。
亜美は鳴川のそれには反対しなかった。
「会っても宜しいのではと思います。松下様も心配なさってましたし」
メイドの亜美は鳴川と小杉を連れて、二階の部屋へ案内してくれた。
彼らはまさかこんな形で再会するとは思ってなかったので多少、ドキドキしている。
二階の当主が使う部屋に案内された鳴川と小杉はメイドの亜美の柔らかいノックと共に、部屋から松下の声が聞こえるのを確かに聞いた。
「旦那様。鳴川さんと小杉さんがお見えになっております」
「──中に入れてくれ」
「失礼致します」
当主の部屋に案内された二人が見たのは、何処か威厳すらも漂わせる松下直樹の整った洋服姿だった。
だけど、彼らの顔を見ると感動したような嬉しさが込み上げてくるのだろう。
思わず、彼らの名前を呼んだ。
「鳴川……小杉……!! 無事だったんだな……! 良かった──集落は見つかったか?」
「ああ、見つける事が出来た。それから警察署にも通報は出来た。だけど、まだ警察は具体的には動いていない状況だよ」
「それで『黒猫館』の正確な場所だけでも特定しようと思って。後は松下さんがどうしているかも」
「──助かるよ。こちらは直美の動きは止めた。それから雪菜の方も俺に仕えさせて動きを封じている。後は警察に叩き出すだけ」
「鮎川家の当主になったんだって?」
「でも、この一家ももう終わりさ。この件が終われば、俺もまた無名の人間に戻るだけさ」
「てっきり毒されてしまったのかと考えちまった。集落では鮎川家の権力に脅えているからさ」
「──実際は地に落ちた一家だよ。金の流れも、ほぼ別の方面へ流れているし、残っている遺産はこの『黒猫館』だけだな」
「そこまで調べがついていたか? この二週間の合間、お前なりに行動していたか」
「ああ。ただな──」
「──ただ?」
そこで松下は意外な言葉を発した。
「亜美さんだけは、どうしても救いたいんだ。俺は──」
「──お前」
「結婚を考えているのですか?」
「出来るなら──ね」
「松下さん──」
メイドの亜美は胸が熱くなるのを感じる。
松下の瞳も優しい視線を亜美に送っていた。
後はこのどん詰まりの状況を打破して、松下は亜美を連れて、人生をやり直すだけ。
鮎川家の終わりを告げて、この『黒猫館』から去るだけ──。
それは、そこまで迫っていた──。
一階の何処にこの廊下は続くのか。
恐らく突き当れば、玄関ホールにはたどり着くには違いない。
玄関ホールからは二階に上がれる階段があり、二階に上がるにはそこから行くか、別の階段があるかもとも考えられる。
まずはこの荷物置き場のすぐ側のこの部屋は何なのか?
入ってみるとそこは台所だ。
使われている形跡はある。恐らくここに出入りする人は、メイドの亜美さんだろうと彼らは推察する。
『黒猫館』は中の暗さは異常だ。こんなに高級感漂う洋館なのに照明一つも無いという不自然さ──。
黄昏時の洋館は静か過ぎる。まさに悪魔が闊歩しているように見える。
彼らは足音を潜めて玄関ホールに続く廊下に差し掛かる。
玄関から夕暮れの赤い光が観えた。もう少ししたら暗闇の時間だ。そして暗闇の時間こそ、黒猫館が賑わう時間帯──。
彼らは兎にも角にも松下を捜す。
一階のもう一方へ向かう。そちらにも部屋は二個程ある。手前側の部屋へ立ち入ると簡素なベッドがある部屋だった。
もしかしたらここはメイドの亜美さんの部屋か? 足音が聞こえた。
「──!」
(まさかあいつらじゃないよな?)
鳴川はこのタイミングで部屋を出るのはかえってまずいと考えた。
部屋に入ってくるのが亜美さんなら少しは話が早いが──直美だったらと思うと、心臓が潰されそうな程の緊張が襲う。
ドアノブが動いた……! 入ってくる……!
「──! あ、あなた達は……!?」
「……亜美さん」
メイドの亜美が自室に帰ってきたのだろう。
だが、そこにはあの時に脱出をするように伝えた地下の男達がいる。
だが、男達は口に人差し指を当てて──静かに──という仕草をする。
彼女も騒ぐ事もせずに状況を聞く。
「何故、戻ってきたのですか?」
「松下は? 彼を助けにきた。やっと集落を見つけて警察にも報せたんだ、ここ数日で」
「正確には約二週間は経過していると思います」
「松下様を?」
亜美は彼のことを旦那様とは敢えて言わなかった。
そこで亜美はこの洋館で彼らが居なくなっていた合間を報告する。
「あの後から松下様は鮎川家の当主になりました。今は地下の監獄から解放されて二階におりますよ」
「雪菜さんと直美は?」
「雪菜様は旦那様にお仕えしております。直美様は──立場が逆転しました──」
「……? どういう意味なんだい?」
「直美様は旦那様の調教で、すっかり旦那様の愛欲の虜になられております」
「松下の奴、立場を逆転させたのか?」
「ええ……。とりあえず、皆さんの事は私から報告致しますか?」
「……松下はここから去るのを望んでいるのか?」
「まだ、恐らくは……」
「ただ……松下様も性交がもう日常的になってしまって、それから引き離されるのが少し怖いと仰っております」
「『黒猫館』の快楽に呑まれたんだ。松下まで」
「時間って怖いですね……」
小杉は二週間という時間の流れの落差に衝撃を受けた。まさか二週間という合間に立場を逆転させたなんて──。
そういえばあの媚薬は今は打ち込まれているのか──それも聞きたい。
「あの僕達が打たれていた媚薬──松下さんは今は打ち込まれているのですか?」
「いいえ、今は直美様に打ち込まれています」
「マジかよ──余計に色情狂になるぞ」
「松下様はそれを楽しんでいらっしゃいますよ。余程、腹に据えかねたのですね」
「何か、逆に松下が怖く見えてきたよ」
「亜美さん。地下の監獄の雄犬達は?」
「殆どは解放はされました。ただ……生死の無事は分かりません……」
「──正直、ホッとしました。それを聞いて」
「松下に会えるかい?」
鳴川は敢えて聞いた。
せっかくだし、鮎川家の当主になった彼を観てみたい。
実際に観て、心変わりしたなら、俺達も彼とは違う人生を生きて別の道へ進む踏ん切りがつく。
亜美は鳴川のそれには反対しなかった。
「会っても宜しいのではと思います。松下様も心配なさってましたし」
メイドの亜美は鳴川と小杉を連れて、二階の部屋へ案内してくれた。
彼らはまさかこんな形で再会するとは思ってなかったので多少、ドキドキしている。
二階の当主が使う部屋に案内された鳴川と小杉はメイドの亜美の柔らかいノックと共に、部屋から松下の声が聞こえるのを確かに聞いた。
「旦那様。鳴川さんと小杉さんがお見えになっております」
「──中に入れてくれ」
「失礼致します」
当主の部屋に案内された二人が見たのは、何処か威厳すらも漂わせる松下直樹の整った洋服姿だった。
だけど、彼らの顔を見ると感動したような嬉しさが込み上げてくるのだろう。
思わず、彼らの名前を呼んだ。
「鳴川……小杉……!! 無事だったんだな……! 良かった──集落は見つかったか?」
「ああ、見つける事が出来た。それから警察署にも通報は出来た。だけど、まだ警察は具体的には動いていない状況だよ」
「それで『黒猫館』の正確な場所だけでも特定しようと思って。後は松下さんがどうしているかも」
「──助かるよ。こちらは直美の動きは止めた。それから雪菜の方も俺に仕えさせて動きを封じている。後は警察に叩き出すだけ」
「鮎川家の当主になったんだって?」
「でも、この一家ももう終わりさ。この件が終われば、俺もまた無名の人間に戻るだけさ」
「てっきり毒されてしまったのかと考えちまった。集落では鮎川家の権力に脅えているからさ」
「──実際は地に落ちた一家だよ。金の流れも、ほぼ別の方面へ流れているし、残っている遺産はこの『黒猫館』だけだな」
「そこまで調べがついていたか? この二週間の合間、お前なりに行動していたか」
「ああ。ただな──」
「──ただ?」
そこで松下は意外な言葉を発した。
「亜美さんだけは、どうしても救いたいんだ。俺は──」
「──お前」
「結婚を考えているのですか?」
「出来るなら──ね」
「松下さん──」
メイドの亜美は胸が熱くなるのを感じる。
松下の瞳も優しい視線を亜美に送っていた。
後はこのどん詰まりの状況を打破して、松下は亜美を連れて、人生をやり直すだけ。
鮎川家の終わりを告げて、この『黒猫館』から去るだけ──。
それは、そこまで迫っていた──。
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