双子の王と夜伽の情愛

翔田美琴

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2話 宮殿にて

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 宮殿に無理やり連れてこられたエミールは、兵士の格好をさせられて今は宮殿の廊下を歩いていた。
 傍らのエリオット宰相の厳しい言葉が聞こえる。

「お前を連れて来たのは勿論夜伽の為だが、だからといって楽に宮殿暮らしが出来る訳ではないからな」

 宰相エリオットはエミールに対してこう厳しい言葉をかけた。
 エミールが垣間見た世界は普段の世界とはまるで違う。豪華な調度品。豪華な服。彼は今は兵士の格好をしている。
 
「それから夜伽の件は内密にする事。他言無用だ。判ったな?」
「は、はい…」

 横では兵士達が噂話に花を咲かせる。 

「聞いたか? 何でも絶世の美女が皇帝陛下の側室に入るらしいぞ!」
「俺も見に行くかな? 今なら丁度馬車から降りている頃だろうぜ!」 
「そういえば皇帝陛下はいつも覆面をしていらっしゃるな。何故なのかな?」
「そんな事を噂をすれば当人の登場だぞ。頭を下げろ!」

 大帝国パトリス帝国の皇帝エリックは、沈黙を守りつつ絶世の美女に会いに向かった様子だった。
 廊下を歩いていた兵士達は一斉に深い礼をする。皇帝は威厳溢れる空気を出して廊下を歩いていた。
 そうしてエリック皇帝が廊下から姿が見えなくなると先程の噂話を続けた。

「一体覆面の下の素顔はどうなっているのだろうな。お前はわかるか?」

 絡まれたのはエミールだった。
 少し気弱そうな表情を浮かべるこの少年に絡み始める。

「無駄だよ。そいつは昨日入ってきたばかりの新人だぜ? 知る訳ないよ」
「一体、なんだよ! オッサン!」
「口を弁えないか! 小僧! 姿だけが良いからといい気になりやがって…!」
「おい。う、後ろ…!」
「エミールがどうしたって? バカにする貴様らも大した事のない1兵士のくせに」
「も、申し訳御座いません!」
「この子は私が預かる」
 
 そうして王座の間に連れられたエミールに宰相エリオットは少し文句をつける。

「迂闊な事をして貰っては困るのだよ」
「お前がフラフラさせておいたから、そうなったんだ。何なら調理場に配置させれば良いだろう…?」
「まあ兄上が言うならそうするが」

 調理場と聞いてエミールは明るくなった。

「料理するなら得意なんだ!」
「決まったな」
「……わかったよ。大臣にも知らせておこう」

 そうして調理場に案内されたエミールだが、国の大事な胃袋を支える持ち場の為にやはり新人は少し疑われるのが常であった。

「ここの調理をさせてくれって? 新人には無理よ。ダメ」
「ならせめて皿洗いをさせてください!」
「皿洗いね。それならいいわ」

 エミールは皿洗いを始める。やはり、兵士の仕事よりこちらの家事の仕事の方が精神的に安心できる。新しく入ってきた彼と同じ皿洗いをしている女性が声を掛けてくれた。気軽そうに声をかける。

「アンタも側室からこちらに格下げされた口かい?」
「…え?」
「この調理場に入ってくるやつは大概、側室をクビにされて行き場を失った女ばかりがこさせられる場所だからね」
「ここでは私が一番先に入ってきた人間だから気軽に相談してくれよ?」
「は、はい。でも、俺は男ですが」
「あんた、男だったのかい?! てっきり女かと思ったよ。まあ、よろしく頼むよ?」

 その女性はサバサバとした女性で、パトリス帝国内の噂話もかなり知っている人物だった。そうしてこの女性は新しい仲間である彼に色々な噂話を聞かせる。
 皿洗いだけしていると眠くなったりするから暇つぶしを兼ねて話しをするのだ。

「今日は新しい女性を迎え入れるという話で持ち切りだね。ここは?」
「城の兵士達もその話をしていました」
「噂じゃかなりの絶世の美女という話だけどね。でも、上手くいくかしら~?」
「それってどういう意味ですか?」
「今までもそういう絶世の美女とか傾城が来たけど誰として陛下と素肌を重ねた事は無いって噂だよ」
「何故、陛下は顔にマスクのような布をしているのですか?」
「やはり気になるかい…?」

 その質問をエミールがした途端、女性の雰囲気が少し変わったのだ。
 まるで待っていましたと言わんばかりの空気を出している。
 そして、皿洗いをしながら、話しをした。

「色々な噂が広がっているよ。例えば、女除けの為とか、或いは影武者なのではないかとか。後は、アンタ、エリオット宰相には会ったかい?」
「エリオット宰相?」
「銀髪に銀色の瞳の髭のおじ様」
「あの人がどうしたんですか?」
「噂話ではその人が真の帝国の皇帝なのではと言う話も聞くね。あくまでも噂だけどね」
「エリオット宰相という方はどんな方なんです?」
「エリック皇帝の双子の弟さんだよ。宰相として執政を執り行う人さ」
「あの人がエリオット宰相なんだ」

 そう。自分を無理矢理この宮殿に越させた男だ。見るからに自信有りげな雰囲気を出した少し鼻につく態度にエミールは見えた。
 そうこうしていると皿洗いも一段落したので、女性はエミールにお遣いを頼む。

「これを大臣のオグス様に渡して来てちょうだい。中の食器はそこそこ高い骨董品だから注意して扱う事。いいわね?」

 エミールは箱に入った骨董品を運びながら、あの『浄化の泉』にいた遥か過去の子供の事を思い出していた。
 その貴族の子供は、あの皇帝と同じ黄金色の瞳の子供だったから。

「でも何故、あんな場所にいたのかな」

 そればかり考えていたら前方不注意で人に当たってしまった。届けるように言われた骨董品の器が割れて、エミールの頬を破片が切ったではないか。
 微かに頬に傷を負うエミール。 

「しまった。大事な骨董品が」
「骨董品の心配をするより、目の前のお方の心配をしたらどうだ?」

 そこで渋い声色をした男性騎士がエミールを見て注意を促す。エミールはこの国の第3皇子の人物をガードしていた騎士に当たったのだ。

「良いではないか? 私には怪我は無かったのだし。それよりも少年の方が怪我をしている。待ってなさい。今、医師を連れてくるから…」 
「殿下。この者は皇帝陛下の奴隷として遣わされた男です。このような下卑た者に温情など必要ありません」
「それでも陛下の部下の者だろう? その頬の血は止めた方がいい。医師を連れてくる」

 その会話を聴くエミールはこの涼やかな雰囲気の青年が、この大帝国の皇子と聞いて驚く。

(こんな柔らかい雰囲気の人が皇子だって?)

 そうしたら不意に部下の騎士はこうエミールに声を掛けた。

「ほう…。下手に綺麗な顔だから、陛下の嫉妬心を刺激したか」
「え…?」
「君の役目は陛下が夜伽である君に身体を許せば陛下は跡取りを作る為に少しは努力してくれるかという事だ。この大帝国の為にも頑張りたまえよ」

 複雑な激励の言葉である。
 エミールはそれに対してどう答えたら良いのかわからない。
 太陽が西の彼方へと沈む頃には、エリック皇帝はこの時間からは側室と呼ばれる女性達と夜を過ごす訳だが。
 何故かエリック皇帝はそれには積極的では無い様子だった。
 そう。この夜も。
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