双子の王と夜伽の情愛

翔田美琴

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16話 巡る思惑

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 一夜明けて、グリンウッド将軍からオグス大臣にむけてある書類が提出された。それは黒の部隊がグリンウッド将軍へと話した黒の部隊の目的とアトランティカ帝国の女帝に関する書類だった。
 それに目を通すオグス大臣。彼はシックな濃い茶色のスーツのような服に身を包み、首には白いスカーフを巻いて、その書類に目を通した。

「黒の部隊の目的は『浄化の泉』に関する事か。伝説の確認と確保が目的で、それを知るエミールを狙った…と。それからアトランティカ帝国の女帝の目的は『浄化の泉』にて永遠の美を手に入れる事か。如何にもあの女帝が考える事だね」
「確か『浄化の泉』は我が帝国の領土内にある村の辺りにあるという話だよな。なら…アトランティカ帝国は元よりパトリス帝国に攻め込むのが目的だったという事か…」

 独り言をブツブツ呟きながら書類に目を通すオグス大臣。木製の茶色いデスクの上にバサッと書類を置くと、コーヒーを淹れて、一息ついた。
 オグス大臣が首都パトリスに赴任になった時はまだ平和そのものだった。周辺の村や街からは圧政と評価されている政治だが、首都パトリスでは圧政とは程遠い政治として知られている様子だ。
 中世社会ではいかにして首都を守り切るかに重きを置かれる。帝国にとっては首都を攻め落とされるのは国を占領されるのと同じ意味だ。パトリス帝国は諸国との交易で国益を賄う帝国だ。
 周辺諸国からは大事なビジネスパートナーとして様々な国から交易船が往来しており、帝国の調度品はその交易品で手に入れたのである。
 人員確保も大事な要素だ。多くは遠い異国から仕事を求めてやってくる人々が実に多い。帝国パトリスとしても人材は多ければ越した事はないので積極的に雇用している。
 街では隣国にしてパトリス帝国と双璧を成す国家、アトランティカ帝国がパトリス帝国に戦争を仕掛けてくるという噂話がされている。
 アトランティカ帝国に関する市民の評価は良くない。傲岸不遜な女帝の噂話はエリック皇帝と比べ物にならない位に悪評高い女帝だった。それこそ酒池肉林の宴を毎晩のようにしている。
 生贄に捧げられるのは決まって美しい美少年と相場は決まっている。それに伴い美少年を攫う誘拐犯が蔓延るのである。
 帝国パトリスとは全く逆の思想を持つアトランティカ帝国とはまさに犬猿の仲だった。   

「まぁ…でもアトランティカ帝国を攻撃するか、しないかは、エリック皇帝が決める事だからね」
「とりあえずはあの書類、エリオット宰相にも目を通して貰おう」

 カップに入れたコーヒーを飲み終わると、オグス大臣は書類を手にして、置き場へと置いた。最重要事項という赤い判子を押して。
 壁掛け時計が十時の鐘を鳴らす頃にエリオット宰相が現れた。左肩にはいつもの真紅のマント、服も青が基調のいつもの服だ。
 オグス大臣もいつものように挨拶を交わす。

「おはよう。エリオット宰相。書類は置き場に置いてあるよ。最重要事項の書類があるから優先的に読んでくれ」
「わかった。助かる」 

 何だか今日の宰相は様子がちょっと変わっている。何というかどこか悲しみの感情が出ているみたいに見える。本人は努めていつもと同じように見せているが。
 何か気になったので試しに訊いた。

「何かあったのか? 昨夜?」
「え?」
「どことなく上の空だったからさ。返事のしかたが」
「別に。ちょっとセンチメンタルな感傷に浸っていただけさ…」
「センチメンタルな感傷?」
「帝国の宰相でも手に入らないものはあるんだなって」

 宰相エリオットは努めてぼやかして言ったが、オグス大臣にはそれが何か判った。たぶん、女房役の宮廷魔導師アネットの事だ。帝国の宰相と宮廷魔導師との結婚は禁止されている。
 稀にあるケースで宰相が皇帝の暗殺を企て暗殺する場合がある。そして宮廷魔導師を味方に引き入れ自国を思い通りにしてしまうケースだ。
 同様の反乱がかなりの頻度で行われるのでパトリス帝国では、先代の王である”獅子王”が禁止にした。
 しかし。一国の宰相でも人間である。しかも恋愛感情は時に狂おしい程の痛みを連れてくる。エリオット宰相はその感情に、痛みを感じているのだろうな。
 オグス大臣は、宰相エリオットに同僚としてアドバイスを贈ってあげた。
 
「仕事と恋愛を天秤にかける事は無いと思うが、たまには皇族である事も忘れて、溺れたい時は溺れてしまうといい。案外、仕事にもハリが出て良い影響も与えるかも知れないぞ」
「……ありがとう。だけど、遠慮しておく。俺は帝国の宰相だ。皇帝になるつもりも無いし、パトリスの名前が消える訳でも無い。彼女と仕事ができるだけでも嬉しいから、それでいいんだ…」

 そんな台詞を言う宰相エリオットの顔は悲しみに包まれていた。銀色の瞳を微かに潤わせて。
 そして書類を回収してオグス大臣の仕事場から去った……。
 
「無理しているな」

 エリオット宰相が去った後、その背中にオグス大臣は一言呟いた。やれやれという感じで首のスカーフを緩めた。

 宰相エリオットは自分の仕事場に入ると書類のチェックを始めた。まずは最重要事項の書類から目を通す。
 昨夜、グリンウッド将軍が黒の部隊から得た情報が詳細に書かれている。それを読む。そこにはオグス大臣が見たものと同じ内容が書かれている。
 『浄化の泉』の確保と伝説の確認。そして陛下に仕える美少年の確保も書かれていた。そしてアトランティカ帝国の動向も。どうやらアトランティカ帝国は首都を攻略する為にあの黒の部隊を偵察部隊として送ったらしい。
 
「大規模な戦いは避け、一気に首都を攻略するつもりだというのか。確かにあの黒の部隊は生半可な特殊部隊では無かった」

 あのパーティの夜の警備を掻い潜る潜入術は見事としか形容しようがない。
 しかも黒の部隊のリーダーは包囲網から脱出を果たしてアトランティカ帝国へ帰投している。また同じような部隊を、いやそれらを上回る部隊を結成して暗殺部隊を作られた日にはエリックの身も危ないかも知れない。
 どうする? アトランティカ帝国に攻撃を仕掛けるべきか。それともまだ様子を見るか。
 だが、ふとエリック皇帝の言葉が浮かんできた。

「必ず何か来る。何かが」

 と。それは第六感のようなものだろうが、同時に痣が疼くと訴えていた。痣が疼くという言葉の後にはそうあの夜みたいに襲撃が来たのは偶然では無かった。
 パトリス帝国は、今、大事な岐路に立っているかも知れない。
 平和な時代が過ぎて、戦乱の時代へとさしかかるかも知れない──と。
 
「この問題は皆と意見交換をしないといけない問題だな。俺個人の意見を通す訳にはいかない」

 後の書類をの処理を手早く済ませた宰相エリオットは、エリック皇帝の下に向かい、そして緊急会議を開いていいかという趣旨の話をした。 
 エリック皇帝は双子のエリオットが、何かを感じた様子に見えて、承諾して、その日の午後。パトリス帝国の重鎮達による緊急会議が開かれた。
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