満員電車バトル〜座席を奪い合う4人、それぞれの人生〜

ウケン

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石口由香里 編

「もう一杯飲みたい」の真意は?

居酒屋から出ると10月の涼しい風が顔に当たる。

お酒で火照った体には心地良い。

私はスマホを取り出し、彼氏の義明からの連絡が無いか確認する。

しかし、表示されているのはニュースアプリのポップアップと宅配サービスの公式LINEだった。

(やっぱり帰ったらこっちから連絡しよ……)

しょんぼりしながらスマホをポケットに突っ込むと、店の扉がガラッと開いた。

「お待たせ!うわっ、涼しいね!」

店内と外気の気温差に孝之が無邪気に声を上げる。

「ごちそうになっちゃって良いの?なんか申し訳ないわ」

「いやいや、久しぶりだし色々話聞いてもらっちゃったし、全然良いよ。その代わりあと一杯だけどう?」

23時15分。

神保町から清澄白河の自宅までの終電は、0時26分。

(まだ1時間以上あるしまぁいっか……)

「良いわよ。あと一杯だけね」

「おけい!それじゃあさっき居酒屋探してた時に出てきた良い感じのBAR……あ、ここだ」

孝之が見せてきたスマホ画面には以前何回か行ったことのあるBARが表示されていた。

「あ、ここね。良いね」

「行ったことある?」

「ええ。前に何度か。落ち着いて飲める良い店よ」

「そっか!じゃあ行こう!」

孝之は私の手を自然に握って、ふざけてるように手を大きくぶんぶん振りながら歩き始めた。




「あ、今日やってないみたい」

店前に着いた私は扉に貼られた『本日休業』の文字を眺めて呟いた。

「うわー!マジかよ」

予想外の展開に孝之も声を上げる。

周りを見渡してみるが、この周辺でBARはここしかなく、あとはかなり出来上がったサラリーマンが大声を上げるような大衆居酒屋しかなかった。

「今日はもう一杯飲むのは難しそうね」

私は孝之の悲しげな表情を見ながら慰めの言葉をかけた。

もう一軒行けなかっただけでそんな表情をする彼は、つくづくすべての行動が全力投球だな、と思った。

「いやだ!俺は由香里ともう一杯飲むって決めたんだ!………じゃあさ」

孝之が顔を落とし、目線を外した。



「俺のホテルの部屋で飲もっか?」



スマホを改めて確認する。

義明からの連絡は無い。

私は「良いよ」と小さな声で言った。
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