片翼の戦姫

トサカザムライ

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フランス編

鮮血の雨

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夢をみているようだった。耳元では仲間の悲鳴が次々とシャボン玉のように消えていく。



夕飯の時にお肉をくれたアロナさん。

私の好物が漬物だと知り、余り物の食材を漬けて食べさせてくれたネルさん。

口が悪く、大人ぶっているけど、誰よりもピュアなカリナさん。

指導係も兼ねているグレッタさん。

同じ日に配属されたアカリ、エマ、ジャド。

司令のことが大好きで、いつも張り込みしていたクロエさん。

オシャレで、かっこいいミラさん。



また一人、また一人と消えていく大事な人たち。



「おねぇちゃん!おねぇちゃん!」



『カリン!早くカリナから離れなさい!!』



「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!!ねぇおねぇちゃん!返事してよ!」



前日からの風邪が長引き、司令と共に後方支援に回された。



しかしそこで目にした戦場の衛星映像は地獄そのものだった。



会敵した戦姫隊が敵を囲い込むようにして陣形を組んでいると、その背後から黒い波が飛んできて、陣形を組んでいる一人に直撃。



その戦姫は一瞬で全身真っ二つにされてしまった。



それを見ていた他の戦姫は波が飛んできた方向を注視するが、また別の所から再びの黒い波。



さらに囲んでいた敵から触手が生え、一人、また一人と絡めとられていく。



間一髪で触手と波の射程距離を外れた者は地面から現れた影のようなものに飲み込まれ、姿を消した。



そうして、フランス戦姫隊は、あっという間に壊滅状態に。



部隊最強のマリアさんが、隣国に遠征中という状況を除いても、この先輩方は歴戦の猛者ばかりのはずだ。



それをこんなにも一方的に。



個人的に一番悲惨だったのは、スプラッタ姉妹だ。



波の射程距離にいたカリンを庇って、切られた姉カリナ。



耳元では隊最年少のカリンが上半身だけになった姉に必死で呼びかける声が響く。



残ったのは、部隊長のマリーさんと最年少のカリンだけだ。



次の瞬間、耳元の無線から音が入った。カリンか?マリー?いやどちらでもない。コレは一体?



「こちらマリア・ラベル、現場に到着しました。遅れて申し訳ございません。司令」



マリアさん?確か彼女は今、隣国に遠征中じゃ、、。



「なんでマリアが?って顔してるなアスカ。」



隣にいた司令が誇らしげな表情を見せる。しかしその顔は、どこかやつれて見えた。



「うちのエースをなめるなよ?」



大半の仲間が死に、絶望する状況なのにもかかわらず、世界最強の戦いが見れることに私の心は高鳴っていた。



「遠征直後でわるいね、マリアさん」



『お気になさらないで、ベルジさん。それよりも、そちらにカリンちゃんをお送りしますがよろしいでしょうか?』



「あ、ああ、頼む。」



それだけ聞くと、マリアはカリンの元に向かった。



『あっ、マリアさん。おねぇちゃんが!おねぇちゃんを助けて!』



「ごめんなさい。カリンちゃん。」



『嫌だ!嫌だ嫌だ!!私、帰らないもん!おねぇちゃんと一緒じゃなきゃ帰らないもん!』



左手でカリンの襟首を掴み持ち上げるマリア。



『放してよマリアさん!!おねぇちゃん!おねぇt』



暴れるカリンの溝内に右拳をねじ込むマリア。声にならない声を出しながら、ぐったりとマリアの身体に倒れこむ。



「Me’tastase(転移)」



聞き間違いだろうか?



私の耳には彼女が転移と言ったふうに聞こえた。



いやいやいや、いくら最強の戦姫といえども、転移なんて出来るわけがn



ドサッ!



後ろで鈍い音がして振り返ると、戦場にいたはずのカリンが気を失って転がっていた。



これは間違いなく転移だ。



鳥肌がたった。



勝てる。



そう確信した。





********





「リズとベルって君たちのこと?」



こちらに悪辣な笑みを浮かべ、そう問いかける目の前の少年を私は知っていた。



そう、数年前のあの時、



『ッッ!!』



敵の声を聴くや否やカリンが敵との間合いを詰めていく。



はやい。



こんなカリンは見たことがなかった。



瞬間、私の視界の端を黒の波が通過した。



「カリンッ!!」

『!?』



間一髪のところで、直撃は免れたが、羽に深い傷を負ったようだ。



月を模したように蒼白な翼に赤がにじむ。



「カリン!」



私は負傷したカリンの元に行こうとするが、そんな私の目と鼻の先を黒の波が通過した。



その一瞬のためらいが勝敗を分けた。



次の瞬間、少年の全身から触手が伸び、負傷して動けないカリンを襲う。



この光景も過去に見た。



夢にも何度も悪夢として出てきた、正真正銘のトラウマだ。



ただ、夢を正夢にするわけにはいかない。



「カリン!」



黒の波に警戒しながら、カリンの救出に向かう。



すると私の下にあった水たまりから何かが私に向かって飛び出してきた。



「!!?」



黒い見た目の飛び出したソレは、私の口と鼻を覆い隠すようにして引っ付いた。



「ン゛ッッ!?」



すぐにひきはがそうとするも、ヌルヌルして全然つかめない。



どんどん息ができなくなる。



一度頭を平然に保つことを意識しながら、手に力を籠める。



憶えたきり、今まで使う事のなかった氷魔法。



ソレを使ってはどうだろうかと考えた。



声は出せないため、頭の中で技を呟く、



「ン゛ン゛ンッッ!!?」



瞬間、私が魔法を使うよりも先に、ヌルヌルが口から体内に侵入してきたのだ。



私は必死に口を閉じようとするが、私の顎の力よりも強い力で、口を開かれなすすべなく、侵入された。



喉を通るのが分かる。



ゼリーを丸のみしたような不快感。



ヌルヌルの一部が腹部に到着した。



もうどうしようもなかった。



せめて口と鼻の周りにいる者だけでも凍らせようと、氷魔法を使用し、顔に引っ付いていたヌルヌルを凍らせる。



するとお腹の中にいた一部が暴れだすのを感じた。



『アスカちゃん!!』



触手に捕まっているカリンが、私の名を叫ぶ。



その姿を見た瞬間、私の涙腺に衝撃が走った。



同時に私の腹部が内側から膨張し始める。



「ン゛―!ン゛――!!」〈嫌だ、死にたくない死にたくない!〉



ふとあの時の先輩方もこんな気持ちだったのかと思い返す。





『私はね、カリン・スプラッタっていうの!」



そう言って無邪気に笑う彼女の姿は天使の様に美しく、年相応に儚さを兼ね備えていた。



『アスカちゃんの髪の色、私の瞳とおんなじだぁ!』



「そう、ですね、、、」



私との共通点をみつけ、会話を弾ませようとする少女に、私はそっけない態度をとってしまった。



私はこの髪の色が嫌いだった。



母も父も綺麗な金髪なのに、私だけが碧髪のアジア顔だったからだ。



5歳の頃に金髪の弟ができてからは、家での私の居場所はなかった。



『私ね、この色が大好きなんだぁ!』



「そう、ですか、、、。」



『碧ってね碧玉っていう石の色からきてるんだってぇ』



「はい、存じています。」



『それでねぇ、他の石よりも色んな物が混ざって出来てるんだてぇ』



「—・・—」



少女の言う通り、私の髪の色の名の元となっている碧玉は、石英という装飾品などにも使用される綺麗な石に、不純物が多く混じった物だ。



つまり私の存在は、母が父以外との関係の末に出来てしまったという結論に至る。



これが私が自分の髪の色を嫌う理由だ。しかし少女の主張は私とは真逆のモノだった。



『いろんな物が混ざってるってことは、強さでもあるんだよ』



「強さ、ですか、?」



『そう!いろんな物がたくさん混ざり合って、一つの形を形成していて、それって凄いことなんだよ!』



『いろんな生き物が共存するこの星を体現した色なんだよ!』



少女の話は実に一面的で、子供らしい、純粋で真っすぐな意見。



けど、だからこそだろうか私には新鮮に感じた。



「カリンは、博識なのですね。」



『えへへぇ~。おねぇちゃんから聞いたんだぁ~』



そう言って頬を緩める少女が、めっぽう可愛らしくて、私の心に刺さった棘を取り除いてくれるようだった。



カリン、あなたの笑顔を守りたかった。







『アスカちゃん!』

《ー・バンッ!》



膨張しきった私の肌は限界を迎え、肉が飛び散る鈍い音を残しながら爆ぜる。



『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!』



鮮血の雨が吹き荒れ、少女の悲痛な叫び声がこだまする。



碧色の長く整えられた綺麗な髪が、赤い塗料で塗り替わる。

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