雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ

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1章 セレン・フォーウッド

07 嬉しいお誘いと困ったお誘い

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『触れない』ルールの理由もわかり、レインとの生活は穏やかそのものだった。

 私たちは相変わらず日中はお互い仕事で、共に過ごす時間は朝食と夕食くらいだったけれどその時間はやはり楽しかった。特にレインは私から魔法具の話を聞きたがった。

「私は魔法が好きなんだけど、あまり得意ではないから。本当はセレンみたいに研究の仕事がしたかったんだ。私は魔法に関する仕事とはいえお役所仕事だからね」と言っていた。

 魔法省は、魔法に関する全てのことを管理している国の仕事だ。
 魔法に関する法律、魔法使いや魔法具の管理まで。魔法学など教育の担当もしている。お役所仕事だとは言うけれど、エリートしか就けない職だ。

 彼はお祖父様と同じく魔法オタクな気質がある。特に魔法史や複雑魔法の可能性が好きらしく分厚い本や論文を読むのが好きで、休日は一日部屋にこもっていることもある。

 今夜も食事の後、私たちはお茶を飲みながら魔法の話をしていた。

「そういえば今日はもうすぐ販売する魔法具のサンプルを持ち帰ってきたの」

 そして、私も結局魔法オタクなのだろう。
 いくら前世の傷が和らいだとしても、元々の内向的な性格までは変わらない。男性と話せるようになったとて話題は思い浮かばない。しかし魔法トークであればいつまでも続けることが出来た。

「見てもいいのかい?」
「ええ、もう公開されてるものだから。先日魔法省で貴方に申請した物よ」
「ああ、あのときの!」

 レインに見せたくて食事の席に持ってきていたのだ。私は足元に置いてあった袋からそれを取り出した。

 それは電子ケトルのようなものだ。炎を使わなくてもお湯を温めることができる電化製品――ではなくて魔法具だ。
 魔法具は色々あるけれど、私たちの研究所は生活を便利にするアイテムを多く作っているから電化製品に近いものが多い。

「取っ手を持つと炎魔法が発動するようになっていて水がお湯に替わるのよ」

 私はメイドに頼んで水を入れてきてもらうと、レインの手に触れないように慎重にケトルを渡した。レインは試してみると言ってお茶を飲み干しティーカップを空にした。
 取っ手をぎゅっと握ってケトルを傾けると、湯気とともにお湯がカップに注がれていく。

「すごいな!一瞬で水からお湯に変わった、便利だ!」

 舞踏会では皆が憧れるスマートな王子様だけれど、魔法を目の前にすると無邪気な子供のような反応をする。

「これだと子供でも安心でしょう」
 私はそう言いながらざっくりでもいいから温度設定をつけられるようになればもっといいなと考える。前世の記憶を活かせば、便利アイテムの発明に役立つだろう。

 嬉しそうに何度もお湯を注ぐレインを見るとこちらまで嬉しくなる。
 おもちゃを渡した親はこんな気持ちになるのかもしれない。

 その様子を眺めていると、レインと目が合った。レインは少し考える仕草をすると

「そうだ、セレンは数日休暇は取れるかな?」と聞いた。

「数日なら」

「それじゃあ新婚旅行に行かない?私の上司に聞かれたんだ、私たちは旅行に行かないのかと」

 どうやらこの世界の夫婦たちも新婚旅行はするらしい。そういえばリリーもどこかにしばらくでかけていたことを思い出す。

「いきましょう!」

 私が言うとホッとしたようにレインは笑顔を見せた。
 私たちは一応夫婦なのだ。世間の慣習に従うほうがいいだろう。

「ありがとう、どこに行くのがいいかな。海のあたりが人気らしいけど」

 そう言われてみると旅行など行ったことがない。王都と領地以外ほとんど知らなかった。レインの提案してくれる場所を聞いていると「失礼します」とカーティスがやってきた。

「お母様からです」と手紙をレインに渡す。レインは苦々しい顔でそれを受け取り手紙を開くと更に渋い顔になる。

「どうしたものか……」
「どうしたの?」
「母がパーティーを開くと言っているんだ、私たちにも参加しろと」
「大丈夫よ、参加するわ」

 婚約者探しや意見交換のパーティーは私には難しすぎるけど、お誘い頂いたパーティーに参加するくらいなら一般教養はある。今のセレンならば受け答えくらいできる。しかしレインは渋い顔のままだ。

「……母は疑っているんだ、私達の結婚を。母は私の呪いを知っているからね」
「そうなの?」
「うん。母は私に領地に戻ってきて欲しいからあえて結婚を条件にしたんだよ。まさか結婚すると思わなかったんだろう」
「でも私たちは結婚したわよね?」

 レインは言いにくそうに口を開いた。

「貴族として大切なことは、後継者を作ることだと言っている」
「ええと、それは……」
「そういうことだな」

 身も蓋もないけれど、キスだけで死にかけたレインに子作りなど到底無理であろう。現代のような方法があるわけもなく不可能だ。

「挙式で私たちが誓いのキスをしなかったことを疑っている」
「ああ……」

 そう、私たちの挙式は誓いのキスはなく、皆の前で愛を誓い拍手をしてもらうだけで終わった。

「だから私の体質は治っていないと思っているみたいでね。
 パーティーでは必ずセレンとダンスをするようにと書かれている」

「困ったわね。でもそういえば、私達結婚式で腕は組んだわよね?軽く腕に添えただけだけど」
「あの時実は腕に何重も布を巻いていたんだ。布が効かなかったとしても一瞬だし腕が腫れ上がるだけで済むと思ったんだ」
「大変だったわね」

 知っていたら手をこっそり浮かして触らないようにする協力くらいできたかもしれないのに。

「でも布を巻いていたおかげか肌は無事だったよ。今回はダンスで時間も長いし、密着するから……どうだろう」
「危険ね。ちなみにパーティーはいつ?」
「一ヶ月後だ」
「うーん」

 私とレインは考え込んだ。何かいい方法はないだろうか。

「一つだけ案があるんだけど、成功するかはわからないし試すうえで貴方はまた症状が出てしまうかもしれない」

「どうせ君とダンスを踊ったら症状が出てしまう。なんでもいいから案を言ってくれないか?」

「アレルギーの経口免疫療法を応用したものを試してみたいの」
「アレルギー?けいこうめんえきりょうほう?」
「ええと、アレルギーというのはあまりメジャーな病ではなくて……どこかの国の病気なんだけど……とにかくレインの症状はその国のアレルギーというものに近い気がするの」

 前世の言葉を発してしまった。少し苦しい説明だけど、なんとか誤魔化して私は続けた。

「特定の物を食べたり、触れたりすることでレインのような発疹が現れたり、呼吸が苦しくなってしまうことをその国ではアレルギーと呼んでいるの。他の人にとっては普通のものを身体が受け付けない人がいるのよ」

「じゃあ私は呪いにかかってるわけじゃないのか?」

「おそらくね」

 私の説明をレインは興味津々に聞いている。

「それで経口免疫療法というのは、食物アレルギーの原因を完全に除去するのではなく少しずつ食べてみて徐々に耐性をつけていくもの。ただこれは大きなリスクもあるわ」

 私は医療者ではない。冬子時代に友人がその治療をしていると聞き、興味本位で調べただけの薄い知識だ。その知識だけでリスクがある治療をしていいものか不安はある。

「反応が起きるものをあえて接種するから危険もあるの。先日みたいなショックを起こすこともある。だから素人判断で行うのは危険だし、通常は専門の医療者のいるもとで管理されながらするものよ。でも私たちにはカーティスもいる」

 カーティスは話を後ろで聞いていて、目が合うとニコリとした。ヒーラーの資格を持ち、今までレインの主治医として対処ができていたカーティスが近くにいる状態であればなんとかなるはずだ。

「ほんの少しでもショック状態が起きてしまうなら完全除去したほうがいいと思うんだけど、以前私が腕をつかんだり、結婚式でのエスコートは問題なかったから完全にダメなわけではないと思うの」

 不安はあるけれど食物アレルギーとは違って、女性、なのだ。
 物理的に体内に入っていくものとは違う、もしかしたら何か精神的なストレスで女性に拒否反応が起きてしまうのかもしれない。女性に触っても大丈夫だという自信が少しずつついていけば耐えられるかもしれない。

「わかった、試してみよう。克服したいんだ。さすがにその……キスだとか、それ以上だとかはともかく。日常生活を送ったり、セレンと公の場に出る時にエスコートくらいはしたい」

 私の案にレインはすぐに頷いた。

「じゃあ試してみましょう。まずは先日の舞踏会と同じく服の上から腕を掴む、から始めるわね。これくらいで少しでも反応が出るならすぐに中断して、この治療はやめましょう。危険だから」

「わかった」

 レインは立ち上がり、私の席までやってきた。おずおずと自分の左手を差し出す。
 私はその腕を五秒ほど掴んだ。先日掴んだときもそれくらいだったはずだ。

「どう?」
「とりあえず今のところ反応はなさそうだ。次はどうする?」
「今日はこれで終わりよ。一度に試すと危険だから。それにアレルギー症状はすぐ起きることもあれば、数時間後に起きることもあるみたい。だから三時間ほどは様子を見てくれるかしら?」
「わかった」
「この三時間はカーティスと一緒の部屋にいて少しでも異変があれば伝えて」
「わかった」
「わかりました」

 カーティスも近くにきていた。
 レインは腕まくりをして、三人で肌の状態を確認するがひとまずすぐに症状は出ずにほっとした。

「あとはどういう順番で、どれくらいのペースで進めていくかも考えないとね」
「少しずつ試したいところですけど、一カ月後にはダンスしなくてはなりませんからね」
「ダンスまで出来なくても手を繋ぐだけでも、とりあえずは信じてもらえるんじゃないかしら?」
「アナベル様はそのあたり細かい方ですからね……」

 カーティスの言葉にレインのお母様を思い出す。とても母には見えないほど美しい人だった。挙式が終わった後、すぐに帰ろうとレインに急かされ、レインの母や妹にあまり挨拶もできていなかったけれど。

「とにかく、一番の目標はダンスができるようになること。及第点は手を繋ぐ。それでいこう」

 レインはそう締めくくった。
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