雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ

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1章 セレン・フォーウッド

09 五秒だけの体温

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 数日たったランチタイム。私は珍しくチームの皆と街の食堂に来ていた。今日はフリエル所長が王都に来ているからだ。
 所長は「一人でゆっくり食事がしたいんだが」と言うけれど「普段チームのメンバーとコミュニケーションが取れないんだから一ヶ月に一度くらい時間を取ってください」とチーム長たちに押し切られる形で食事会をするようになった。
 私も大勢で食事をするのは苦手だけど、所長から聞く話は勉強になることも多いから彼が王都に来るタイミングの食事会は参加していた。今日も十名程で昼食を取っている。

 皆が会話しているところをぼんやりと見ながら食事をしていると、「セレン」と声を掛けられた。
 振り向くとそこには笑みを浮かべたレインがいる。自宅以外で見るのはなんだか新鮮だ。

「職場の方たち?」と私に聞くと「いつも妻がお世話になっています、レイン・リスターです」と簡単に挨拶をして、笑顔を残して去っていった。レインが向かった先には同じ制服を着た男性がいる。レインも食事に来たのだろうか。

 レインを見送ると、皆の視線が私に集中していることに気づく。

「ねえ、あなたのご主人ってスノープリンスだったの!?」
 少ないけど、私以外に二人女性職員もいる。二人は目をキラキラさせて私に詰め寄った。

「夜会で有名な方じゃない!」
「夜会でなくても彼は有名よ、魔法省に王子がいるって話題だったのよ」
「リスターさんになったことは知っていたけど、まさかお相手がスノープリンスだったなんて」
「自宅に王子様がいるってどんな感じかしら?」
 と聞かれるけれど、あまり恋人らしさがないからなんといっていいかわからない。

「ええと……」

 それにこんな風に話の中心になることなんてめったにない、いや初めてかもしれない。私がうまく答えられないでいると
「フォーウッドさんが困っているでしょう」と副所長が助け舟を出してくれた。
「副所長、もうリスターさんですよ」
「ああ、そうだった。つい癖で」と女性職員のツッコミに苦笑いしている。
 同僚の名字が変わると間違えてしまうのは、現代日本でも異世界でも変わらないことらしい。
「フォーウッドのままでもいいですよ、伝わりますから」と私はフォローした。

「最近リスターさん幸せそうだもんねえ」
「なんだか柔らかくなったよな」
「そ、そうですか?そんなにニコニコしてましたか」
 私の表情筋がようやく動き出したかと思ったが「いや笑顔はない」と否定された。
「でもなんか目が輝いてる感じあるのよねー」
「そうそう、リスターさんはいつも目が死んでたから」
「ようやく目に光が現れたよなあ!」

 男性職員も話に入ってきてまだ話が続いている、言いたい放題は言われているが皆良い変化だと思ってくれているようで少しこそばゆい気持ちになる。
「新婚旅行は一ヶ月くらい行ってきたら?」と愛妻家の所長が言うと、開発チームの長として副所長が「無理ですよ!」と悲鳴を上げていた。



 ・・

 人払いした部屋で、私は所長と二人でいた。
 レインとカーティスとの作戦会議の中で、アレルギー対策になるような魔法具がないか所長に相談してみようということになったのだ。人に話すことにリスクはあるが、お祖父様も信頼している彼なら大丈夫だ。


「接触が問題であれば、騎士が使っている魔力をはね返す防具を応用するのはいいかもな。防具は強い魔法に耐えられるように分厚い鎧だけど、そんな強力でなくてもいいだろ。武器関連の魔法具は専門じゃないから、研究仲間に聞いてみるよ」
「ありがとうございます」
「服を制作するまでいかなくても、とりあえずパーティーまでにハンカチくらいの布が完成してれば、それを縫い付けるだけでいけそうじゃない?まあ仕込めるほどの薄さにしないとなー」

 彼は頭の中であれこれ考えているらしい。しばらく考えてから言った。
「まあ一旦聞いてみるよ。簡単な防具になるなら商品企画もできそうだろ?一石二鳥だし」
「ありがとうございます!」

「ああ、そうだ」
 所長は思い出したように自身の鞄をごそごそし始めた。「これは君にあげる」
「これは?」
 所長が見せたのは、手のひらにすっぽり収まる卵の形をしたもので、青色と白色とある。

「君たちの治療に使えるかなと思って。元々は別の目的に作った試作品なんだけど」
 そう言って所長が青色の卵をぎゅっと握ると、白色の卵が青色に光りビービーと音が鳴っている。

「これは?」
「最近子供の誘拐が続いただろ?それで試作してるところ。もし自分に危険がせまったらこの青色の方を握ると、白いのを持っている保護者が感知できるようになっているんだ。でも感知できても、遠く離れたところにいたらどうしようもないだろ?まだ考え中の商品」

「なるほど、これ青い方も音が鳴って光らせるようにしたらどうですか?そうすれば周りの人に危険を知らせることができますよ。もっとボリュームをあげて、光も強くして」

 私は日本でいう防犯ブザーを思い出していた。あれと同じように周りに危険を知らせるだけでも商品にはなりそうだ。

「いいアイデアだな、改良してみよう」

 所長はすぐにポケットに入っている手帳にメモをしてくれた。子供たちが危険な目に遭うのは私も見過ごせない。前世の防犯グッズを思い出して私も機能を考えてみよう。

「はい、じゃあこれはあげる」
 所長は私に二つの卵を渡してくれる。

「私たちの治療に使えると仰っていましたね?」
「ああ。治療で接触後三時間は誰かが近くにいないといけないって言っただろ?
 大声で叫ばなくてもこれを握ることはできる。これをリスター氏に持たせておけば、常にだれかが隣についていなくてもいい」
「わ、本当ですね!」

 休暇はのんびり過ごしながら試せるのだが、仕事の日はバタバタと過ぎていくしレインも忙しい。その中で常に誰かと行動しなくてはならないのは少しストレスになるだろうとは思っていたのだ。

「とても助かります、ありがとうございます!」
「それにしても大変だな、色々と」
「そうですね……」
「でも俺から見ても、セレンはなんだか変わったと思うよ」

 所長が笑ってくれる。私ほど表情が固まっているわけではないがあまり彼の笑顔も見たことはない、珍しい!
お祖父様のもとに初めていらした九年前から付き合いがあるから、笑わない子供だった私を気にしてくれていたのかもしれない。

 今日は職場の人たちに優しさに触れた気がする。
 誰も信じない、仕事を頑張るぞ、と二年必死に働くだけだった。誰とも親しくならず殻に籠っていたのに、私のことを静かに受け入れてくれていた。ほとんど話もしない私なのに、変化に気づくほど知ってくれていたなんて。

 もうすこし、私だって歩み寄りたい。


 ・・

 その夜、私たちは新たなステップに踏み出そうとしていた。最初の目標『手を繋ぐ』だ。

 先日の『服の上から腕を掴む』は無事にクリアし、次は逆にレインが私の腕を掴むことになった。あれから休暇はなくなかなか進まなかったが、無事に『服の上から腕を掴む』はどちらもクリアしたのだ。

「仕事の日は夜の一度しか試せないのでペースアップが必要ですね。今の所問題もないですし、最初の目標に取り掛かりましょうか」

 カーティスはそういって私たちに分厚いグローブを差し出した。

「これをつけた状態で、まずは握手から始めてみましょう。『手を繋ぐ』よりも『握手』だと思うと、ハードルも低いでしょうから」
「そうだな」

 頷きながらレインはグローブを嵌めた。少し緊張しているようだ。
『腕を掴む』は一方的な動作なのに対して『握手』はコミュニケーションのためのスキンシップだと言える。

「まずは今までと同じく五秒で、握手してみましょうか」
「わかった」

 私たちは向き合ってお互いを見つめた。握手だなんて、仕事の相手ともしたことはある。恋人同士だけがするものではない、なんてことないスキンシップだ。

 でも、どうしてか私も緊張する。一緒に生活をするようになって三週間。出会ってからは二カ月。
 初めての握手、だ。
 触れ合ったことはある。挙式の時に手を添えたし、腕を五分間掴んで掴まれた。でもそれらとは全く違うものだと感じる。

 私は園芸用の分厚いグローブがはめられた手を差し出した。
 レインは息を吸って、私と目を合わせる。少し不安げなその瞳と同じく、手が不安そうにと私の手に触れる。絶対大丈夫だよ、と思いを込めながら私はそっと彼の手を包んだ。

 一、二、三、四、五。

 五秒のカウントで私たちは手を離した。

「気分はどうですか?」

 カーティスが質問すると、レインは少し戸惑ったように自分の手を見つめる。

「まさか発疹が……!?」

 不安になって聞くと、レインはグローブを取り外した。そして手を私とカーティスに見せる。
 赤くなったり、発疹は……ない。

「大丈夫そうだよ」
「よかった!」
「一歩前進ですね。ではまた今から三時間様子を見ましょうか」

「うん」

 カーティスがその場を去っても、レインはぼんやりと自分の手を見つめている。

「レイン大丈夫?なんだか違和感があるんじゃない?」
「そうだね、違和感はある」
「えっ?」
「でも嫌な感じではないんだ」
「……わかる気がするわ」

 私もグローブを取り外して、手のひらを見つめてみる。

 ただの握手だ。誰とでもできるものだ。

 でも、なんだか初めて夫婦として「よろしく」と言えて、気持ちを受け入れてもらえた気がしたのだ。

「ありがとう、セレン」
 レインのアイスブルーの瞳が優しく揺れる。不安な光は消えて穏やかなまなざしだ。

 レインは私を大切にしてくれる、だから触れなくても全然問題はないと思っていた。
 キスがしたいだとか、そういうのとは違う。でも触れてみることで初めて満たされる部分があったのだ。
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