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第1章「始まり」
第9話 聖体拝領
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私の家臣達の企みで魔神ギーン・ギーン・ラー様は、明けの明星様が神馬を強奪した首魁であると、誤解して襲ってきました。
なんて・・・なんて浅はかでその場の事しか考えられない人達・・・。
私は、自国の臣民の愚かさが哀しくて仕方がありませんでした。
明けの明星様の魔力を頼りに己が欲望のままに人を殺したり、それなのに明けの明星様の魔力を恐れて魔神様に殺させるように仕向けるなんて・・・。
私は哀しくて、哀しくて、哀しくて民衆に問いかけました。
「民よっ!! あなたがたは何を考えて生きているのですっ!!
どうして・・・。どうして、そんなにその場その場の判断でしか行動できないのですか?
明けの明星様に救ってもらいたい。明けの明星様を殺したい。
こんなにもわかりやすい矛盾を抱えたまま狂ったように行動するなんて・・・。
いい加減、目をお覚ましなさいっ!!!」
ですが、私の言葉に耳を傾ける者は、この場には一人としていなかったのです。
誰も私など見てはいませんでした。誰も私の声など聞いておりませんでした。
誰もが明けの明星様と魔神ギーン・ギーン・ラー様以外に興味がなかったのですから・・・・・・。
「無駄や。やめとけラーマ。
それにお前に刹那的な生き方でもせにゃならんコイツラの苦悩は理解できん。
それよりも、今は目の前のアホたれの方が重要や。」
明けの明星様はそう言って魔神ギーン・ギーン・ラー様に向かって指を差して尋ねました。
「おう。ワレが魔神ギーン・ギーン・ラーかえ?
オンドラ、馬盗まれたくらいで頭に来たかなんか知らんけどなぁ・・・。
・・・・・・ようも俺のラーマに手を上げやがったな・・・?」
「どうなるかわかっとんやろなぁ~~っ! ああっ!!?
一万歳かそこいらの若造の分際で調子こいとったら、
ちゃあああっそぉーーーーっ!! オラァアアアアーーーーっ!!」
明けの明星様の殺気の籠った怒声が戦場を凍りつかせるのでした。
先ほどまで魔神ギーン・ギーン・ラー様の登場に湧きだっていた私の臣民は、明けの明星様の体から発せられる禍々しいオドに魂を引きちぎられんばかりの恐怖を覚えてすくみ上ってしまいました。
そうして訪れた静寂を魔神ギーン・ギーン・ラー様が打ち砕かれました。
「言いたいことはそれだけか?
私の神殿から馬を盗みとるように命令した不心得なる異界の魔王っ!!」
私たちに相対する魔神ギーン・ギーン・ラー様はさすがに明けの明星様の威圧など気にもお止めにならないご様子でした。
長身で細身の肉付きに、男神だというのに女性的な顔立ち。その美貌をさらに際立てるような美しい銀色の御髪を長く伸ばした魔神ギーン・ギーン・ラー様には高貴な空気がまとっておられました。
しかし、その身に秘められた魔力の強さは魔王ジャック・ダー・クーなど比べ物にならないほどの量でした。
伝承によると魔神ギーン・ギーン・ラー様は闇の属性を持つ戦神。そして、その言い伝えは間違いではないのでしょう。明けの明星様の威圧に怯むどころか、怒りに表情を歪めながら問いただし返したのでした。
ですが、それは誤解というものです。
「お待ちくださりませっ!! お待ちくださりませっ!!
恐れ多くも畏くも、魔神ギーン・ギーン・ラー様に進言いたしますっ!!
あの神馬は私の家臣が勝手にしたこと。明けの明星様に罪はございません。
どうぞ、お怒りをお納めくださりませっ!!」
・・・・・・と、明けの明星様の背中越しに私が進言しようとした時、明けの明星様が右手を上げて私を遮って魔神ギーン・ギーン・ラー様に答えました。
「俺がワレの馬を盗もうが、家臣共が勝手に盗んだんだろうが、この際どうでもええわい。
そんなことどうでもええ。
今重要なんは、ようはワレが俺の妻に手をかけようとしたことに対して、どう落とし前つける気なんじゃいって事じゃ。」
「おう、魔神ギーン・ギーン・ラーよぉ。
さっさと答えたらんかい。コラ。」
・・・か、会話の次元が違う・・・。
時系列を追えば、神馬を盗まれた被害者である魔神ギーン・ギーン・ラー様の言い分には正当性があるし、そこを先ず問題点に語るのが筋というもの。
ですが、明けの明星様は「そんなことどうでもええ」と一蹴し、自分に対する無礼への始末をどうするつもりか迫っている。
要するに、明けの明星様は魔神ギーン・ギーン・ラー様を問題とせず、ご自身のことだけをお話になっているという事。これはまるで暴君が臣下になされるが如く。つまりお二人の目線、立ち位置の次元が違うのです・・・・・・。
その傲慢すぎる態度には魔神ギーン・ギーン・ラー様も呆れられたご様子でした。そして、深いため息をつかれたのち、長くて美しい銀の髪を右手で掬い上げてから、返答なさいます。
「会話のルールも理解できないチンピラらしいな。
ならば、言葉ではなく実力でわからせるのみ。
さぁっ! かかってまいれ、異界の魔王っ!! 魔神ギーン・ギーン・ラーが貴様に天誅を下す!!」
魔神ギーン・ギーン・ラー様がそう言うと同時に不思議なことに空中に多くの炎をまとった矢、無数の槍が浮かび上がります。
そして、その一つ一つが人知を超えた破壊力を持つことは、魔術に未熟な私にもわかることでした。
「そ、そんな・・・無詠唱であれほどの魔法を?」
私は魔神ギーン・ギーン・ラー様の偉業に絶望して震え上がりました。同時に神と我々魔族との格の違いを知りました。魔王であった父上など比べ物にならないほど魔神様は強力だったのです。
そして、驚き震える私に対して魔王様は仰いました。
「なに、怯えることないで?
あんなもん、こけおどしや。ちょっとあのアホたれ、キャンいわしたるわ。」
魔王様がそういいながら、右手で魔神ギーン・ギーン・ラー様に向けて縦一文字を描いたときの事でした、魔神ギーン・ギーン・ラー様の体が地面に叩きつけられたのでした。
「なっ・・・っ!?」
ご自身の身に何が起きたのかわからない魔神ギーン・ギーン・ラー様が驚きの声を上げて地面に這いつくばったのです。もちろん、私にも何が起きたのか全く分かりませんでした。
そして、そのまま魔神ギーン・ギーン・ラー様は地面から起き上がることができませんでした。
「くっ!!! ううううううっ!!」
苦悶の表情を浮かべるほど、地面からその身を起こそうと必死にあがかれましたが、何をどうしてもその身が立ち上がることは出来ませんでした。何が起こっているのか、それは誰にもわかりませんでした。魔神ギーン・ギーン・ラー様でさえも・・・。ですから、明けの明星様の不思議な能力には、その場にいた者たち全員が畏怖したのでした。
そして、明けの明星様は、立ち上がれない魔神ギーン・ギーン・ラー様の下へ歩み寄られて言いました。
「おう、アホたれ。
身の程を思い知ったか? あん?」
「それで聞かせてくれや。
オンドラ、どう落とし前つけてくれる気なんじゃ? ああっ?」
魔神ギーン・ギーン・ラー様の頭の前に座り込むと、その美しい銀色の御髪を掴んでご尊顔を引きずり上げての詰問でした。
これには魔神ギーン・ギーン・ラー様も敗北を認めざるをえませんでした。
「くっ・・・。殺せっ!
好きなようにすればよかろうっ!!」
潔い。あまりにも潔い態度。
しかし、相手はひねくれものの明けの明星様。その態度が気に入られないかったのか・・・いえ、明けの明星様は相手が何をしても気に入られないかもしれませんが・・・・・・。
「殺せやと? アホンダラ。
なに命令しとんじゃ、オンドラっ!!
ワレ殺すんも、拷問にかけて生き殺しにするんも、俺の勝手じゃボケっ!!」
「ワレに聞いとんは、どう落とし前つける気なんじゃって話じゃ、コラっ!
さっさと答えたらんかいっ!! ボケがっ!!」
明けの明星様はそう言って魔神ギーン・ギーン・ラー様の頭を何度も地面に叩きつけました。
酷い・・・。あんまりです。
敗者に対してあまりにも情けのない仕打ち・・・・・・。
「おやめくださりませっ!!
どうか、魔神ギーン・ギーン・ラー様に戦士の栄誉をっ!!」
私は懇願します。戦士の栄誉。それが死を意味することは重々承知でしたが、それでも身動きが取れないほど懲らしめた相手にこれ以上の生き恥をさらさせることなど、私には考えられなかったのです。
ですが、明けの明星様は「アホンダラ。女が男のすることに口挟むな。ボケっ」とまるで相手にはしてくださいませんでした。
そうして、暫くの間はさんざん、魔神ギーン・ギーン・ラー様を弄んだ明けの明星様でしたが、そのうちに飽きられたのか、「もうええ。お前みたいなもんに時間かけてられんわ・・・。」と仰ると、右手で魔神ギーン・ギーン・ラー様の額に何やら神紋を描き入れました。
「ぎゃあああああーーーっ!!」
と、同時に魔神ギーン・ギーン・ラー様が悲鳴を上げてのたうち回りました。
その姿を見て明けの明星様が言いました。
「ほれ、体を自由にしたったで。
立ち上がって反撃してこんかい? あ?」
しかし、魔神ギーン・ギーン・ラー様はそれどころではないご様子で頭を抱えて地面を転がり続けました。
「かつて東方の猿神は頭に呪いをかけられて別の神に従属したって異端の童話があったな。
ワレはどうする? 戦うか?
それとも、詫び入れて俺の配下に加わるか?」
東方の猿神が何のお話か分かりませんが、どうやら、明けの明星様は魔神ギーン・ギーン・ラー様を配下に加えようとされているようです。
しかし、詫びを入れよとは。そもそも最初に悪いことをしたのは、こちらでは?
と、私が首をかしげていると、とうとう魔神ギーン・ギーン・ラー様が涙ながらに降伏されました。
「ま、参りましたぁっ!!
わ、私は貴方様に降伏いたしますっ!!!
ですから、どうか、どうか・・・この呪いを解いてくださいませっ!!!」
魔神様が悲鳴を上げて懇願する姿を見て、民衆は震え上がりました。
こんなの残酷すぎます・・・・・・。
そのあまりに酷いその仕打ちに私は吐き気さえ覚えました。
そして、魔王様を裏切った民衆たちは魔神様への仕打ちを見て恐怖に震えて土下座したまま身動き一つ取りませんでした。
魔王様はそんな民衆たちには目もくれず、何もない空間から上等な果実酒が似合うような立派なグラスを取り出すと魔神ギーン・ギーン・ラー様に手渡して言いました。
「これを飲むがいい。
これはお前の痛みを取ることを引き換えにお前の魂に俺という呪縛を刻むもの。
お前はいついかなる時も俺に服従する。
これはそういう呪いだ・・・・。」
「今日、俺を裏切った者共も心して聴け。
貴様らは魔神ギーン・ギーン・ラーの教徒。使徒である。
それ故に貴様らにもこの契約の血が流れることを心しておけ。」
そのグラスには明けの明星様の血が注がれ、魔神ギーン・ギーン・ラー様はそれを音を立てて飲み干されました。
魔神も裏切った者共も皆が明けの明星様にひれ伏して魔王様を讃えたのでした。
恐怖によって君臨する。
その光景はまるで地獄絵図。明けの明星様は、まさに地獄の魔王のようでありました。
そして、明けの明星様は、そんな崇め奉る者たちに向けて、小声で何か仰っておられました。
しかし・・・・・・。そのわずかにも聞き取りにくい言葉の意味を今の私に分かるはずがありませんでした・・・・・・。
「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である
この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である
これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である
皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」
なんて・・・なんて浅はかでその場の事しか考えられない人達・・・。
私は、自国の臣民の愚かさが哀しくて仕方がありませんでした。
明けの明星様の魔力を頼りに己が欲望のままに人を殺したり、それなのに明けの明星様の魔力を恐れて魔神様に殺させるように仕向けるなんて・・・。
私は哀しくて、哀しくて、哀しくて民衆に問いかけました。
「民よっ!! あなたがたは何を考えて生きているのですっ!!
どうして・・・。どうして、そんなにその場その場の判断でしか行動できないのですか?
明けの明星様に救ってもらいたい。明けの明星様を殺したい。
こんなにもわかりやすい矛盾を抱えたまま狂ったように行動するなんて・・・。
いい加減、目をお覚ましなさいっ!!!」
ですが、私の言葉に耳を傾ける者は、この場には一人としていなかったのです。
誰も私など見てはいませんでした。誰も私の声など聞いておりませんでした。
誰もが明けの明星様と魔神ギーン・ギーン・ラー様以外に興味がなかったのですから・・・・・・。
「無駄や。やめとけラーマ。
それにお前に刹那的な生き方でもせにゃならんコイツラの苦悩は理解できん。
それよりも、今は目の前のアホたれの方が重要や。」
明けの明星様はそう言って魔神ギーン・ギーン・ラー様に向かって指を差して尋ねました。
「おう。ワレが魔神ギーン・ギーン・ラーかえ?
オンドラ、馬盗まれたくらいで頭に来たかなんか知らんけどなぁ・・・。
・・・・・・ようも俺のラーマに手を上げやがったな・・・?」
「どうなるかわかっとんやろなぁ~~っ! ああっ!!?
一万歳かそこいらの若造の分際で調子こいとったら、
ちゃあああっそぉーーーーっ!! オラァアアアアーーーーっ!!」
明けの明星様の殺気の籠った怒声が戦場を凍りつかせるのでした。
先ほどまで魔神ギーン・ギーン・ラー様の登場に湧きだっていた私の臣民は、明けの明星様の体から発せられる禍々しいオドに魂を引きちぎられんばかりの恐怖を覚えてすくみ上ってしまいました。
そうして訪れた静寂を魔神ギーン・ギーン・ラー様が打ち砕かれました。
「言いたいことはそれだけか?
私の神殿から馬を盗みとるように命令した不心得なる異界の魔王っ!!」
私たちに相対する魔神ギーン・ギーン・ラー様はさすがに明けの明星様の威圧など気にもお止めにならないご様子でした。
長身で細身の肉付きに、男神だというのに女性的な顔立ち。その美貌をさらに際立てるような美しい銀色の御髪を長く伸ばした魔神ギーン・ギーン・ラー様には高貴な空気がまとっておられました。
しかし、その身に秘められた魔力の強さは魔王ジャック・ダー・クーなど比べ物にならないほどの量でした。
伝承によると魔神ギーン・ギーン・ラー様は闇の属性を持つ戦神。そして、その言い伝えは間違いではないのでしょう。明けの明星様の威圧に怯むどころか、怒りに表情を歪めながら問いただし返したのでした。
ですが、それは誤解というものです。
「お待ちくださりませっ!! お待ちくださりませっ!!
恐れ多くも畏くも、魔神ギーン・ギーン・ラー様に進言いたしますっ!!
あの神馬は私の家臣が勝手にしたこと。明けの明星様に罪はございません。
どうぞ、お怒りをお納めくださりませっ!!」
・・・・・・と、明けの明星様の背中越しに私が進言しようとした時、明けの明星様が右手を上げて私を遮って魔神ギーン・ギーン・ラー様に答えました。
「俺がワレの馬を盗もうが、家臣共が勝手に盗んだんだろうが、この際どうでもええわい。
そんなことどうでもええ。
今重要なんは、ようはワレが俺の妻に手をかけようとしたことに対して、どう落とし前つける気なんじゃいって事じゃ。」
「おう、魔神ギーン・ギーン・ラーよぉ。
さっさと答えたらんかい。コラ。」
・・・か、会話の次元が違う・・・。
時系列を追えば、神馬を盗まれた被害者である魔神ギーン・ギーン・ラー様の言い分には正当性があるし、そこを先ず問題点に語るのが筋というもの。
ですが、明けの明星様は「そんなことどうでもええ」と一蹴し、自分に対する無礼への始末をどうするつもりか迫っている。
要するに、明けの明星様は魔神ギーン・ギーン・ラー様を問題とせず、ご自身のことだけをお話になっているという事。これはまるで暴君が臣下になされるが如く。つまりお二人の目線、立ち位置の次元が違うのです・・・・・・。
その傲慢すぎる態度には魔神ギーン・ギーン・ラー様も呆れられたご様子でした。そして、深いため息をつかれたのち、長くて美しい銀の髪を右手で掬い上げてから、返答なさいます。
「会話のルールも理解できないチンピラらしいな。
ならば、言葉ではなく実力でわからせるのみ。
さぁっ! かかってまいれ、異界の魔王っ!! 魔神ギーン・ギーン・ラーが貴様に天誅を下す!!」
魔神ギーン・ギーン・ラー様がそう言うと同時に不思議なことに空中に多くの炎をまとった矢、無数の槍が浮かび上がります。
そして、その一つ一つが人知を超えた破壊力を持つことは、魔術に未熟な私にもわかることでした。
「そ、そんな・・・無詠唱であれほどの魔法を?」
私は魔神ギーン・ギーン・ラー様の偉業に絶望して震え上がりました。同時に神と我々魔族との格の違いを知りました。魔王であった父上など比べ物にならないほど魔神様は強力だったのです。
そして、驚き震える私に対して魔王様は仰いました。
「なに、怯えることないで?
あんなもん、こけおどしや。ちょっとあのアホたれ、キャンいわしたるわ。」
魔王様がそういいながら、右手で魔神ギーン・ギーン・ラー様に向けて縦一文字を描いたときの事でした、魔神ギーン・ギーン・ラー様の体が地面に叩きつけられたのでした。
「なっ・・・っ!?」
ご自身の身に何が起きたのかわからない魔神ギーン・ギーン・ラー様が驚きの声を上げて地面に這いつくばったのです。もちろん、私にも何が起きたのか全く分かりませんでした。
そして、そのまま魔神ギーン・ギーン・ラー様は地面から起き上がることができませんでした。
「くっ!!! ううううううっ!!」
苦悶の表情を浮かべるほど、地面からその身を起こそうと必死にあがかれましたが、何をどうしてもその身が立ち上がることは出来ませんでした。何が起こっているのか、それは誰にもわかりませんでした。魔神ギーン・ギーン・ラー様でさえも・・・。ですから、明けの明星様の不思議な能力には、その場にいた者たち全員が畏怖したのでした。
そして、明けの明星様は、立ち上がれない魔神ギーン・ギーン・ラー様の下へ歩み寄られて言いました。
「おう、アホたれ。
身の程を思い知ったか? あん?」
「それで聞かせてくれや。
オンドラ、どう落とし前つけてくれる気なんじゃ? ああっ?」
魔神ギーン・ギーン・ラー様の頭の前に座り込むと、その美しい銀色の御髪を掴んでご尊顔を引きずり上げての詰問でした。
これには魔神ギーン・ギーン・ラー様も敗北を認めざるをえませんでした。
「くっ・・・。殺せっ!
好きなようにすればよかろうっ!!」
潔い。あまりにも潔い態度。
しかし、相手はひねくれものの明けの明星様。その態度が気に入られないかったのか・・・いえ、明けの明星様は相手が何をしても気に入られないかもしれませんが・・・・・・。
「殺せやと? アホンダラ。
なに命令しとんじゃ、オンドラっ!!
ワレ殺すんも、拷問にかけて生き殺しにするんも、俺の勝手じゃボケっ!!」
「ワレに聞いとんは、どう落とし前つける気なんじゃって話じゃ、コラっ!
さっさと答えたらんかいっ!! ボケがっ!!」
明けの明星様はそう言って魔神ギーン・ギーン・ラー様の頭を何度も地面に叩きつけました。
酷い・・・。あんまりです。
敗者に対してあまりにも情けのない仕打ち・・・・・・。
「おやめくださりませっ!!
どうか、魔神ギーン・ギーン・ラー様に戦士の栄誉をっ!!」
私は懇願します。戦士の栄誉。それが死を意味することは重々承知でしたが、それでも身動きが取れないほど懲らしめた相手にこれ以上の生き恥をさらさせることなど、私には考えられなかったのです。
ですが、明けの明星様は「アホンダラ。女が男のすることに口挟むな。ボケっ」とまるで相手にはしてくださいませんでした。
そうして、暫くの間はさんざん、魔神ギーン・ギーン・ラー様を弄んだ明けの明星様でしたが、そのうちに飽きられたのか、「もうええ。お前みたいなもんに時間かけてられんわ・・・。」と仰ると、右手で魔神ギーン・ギーン・ラー様の額に何やら神紋を描き入れました。
「ぎゃあああああーーーっ!!」
と、同時に魔神ギーン・ギーン・ラー様が悲鳴を上げてのたうち回りました。
その姿を見て明けの明星様が言いました。
「ほれ、体を自由にしたったで。
立ち上がって反撃してこんかい? あ?」
しかし、魔神ギーン・ギーン・ラー様はそれどころではないご様子で頭を抱えて地面を転がり続けました。
「かつて東方の猿神は頭に呪いをかけられて別の神に従属したって異端の童話があったな。
ワレはどうする? 戦うか?
それとも、詫び入れて俺の配下に加わるか?」
東方の猿神が何のお話か分かりませんが、どうやら、明けの明星様は魔神ギーン・ギーン・ラー様を配下に加えようとされているようです。
しかし、詫びを入れよとは。そもそも最初に悪いことをしたのは、こちらでは?
と、私が首をかしげていると、とうとう魔神ギーン・ギーン・ラー様が涙ながらに降伏されました。
「ま、参りましたぁっ!!
わ、私は貴方様に降伏いたしますっ!!!
ですから、どうか、どうか・・・この呪いを解いてくださいませっ!!!」
魔神様が悲鳴を上げて懇願する姿を見て、民衆は震え上がりました。
こんなの残酷すぎます・・・・・・。
そのあまりに酷いその仕打ちに私は吐き気さえ覚えました。
そして、魔王様を裏切った民衆たちは魔神様への仕打ちを見て恐怖に震えて土下座したまま身動き一つ取りませんでした。
魔王様はそんな民衆たちには目もくれず、何もない空間から上等な果実酒が似合うような立派なグラスを取り出すと魔神ギーン・ギーン・ラー様に手渡して言いました。
「これを飲むがいい。
これはお前の痛みを取ることを引き換えにお前の魂に俺という呪縛を刻むもの。
お前はいついかなる時も俺に服従する。
これはそういう呪いだ・・・・。」
「今日、俺を裏切った者共も心して聴け。
貴様らは魔神ギーン・ギーン・ラーの教徒。使徒である。
それ故に貴様らにもこの契約の血が流れることを心しておけ。」
そのグラスには明けの明星様の血が注がれ、魔神ギーン・ギーン・ラー様はそれを音を立てて飲み干されました。
魔神も裏切った者共も皆が明けの明星様にひれ伏して魔王様を讃えたのでした。
恐怖によって君臨する。
その光景はまるで地獄絵図。明けの明星様は、まさに地獄の魔王のようでありました。
そして、明けの明星様は、そんな崇め奉る者たちに向けて、小声で何か仰っておられました。
しかし・・・・・・。そのわずかにも聞き取りにくい言葉の意味を今の私に分かるはずがありませんでした・・・・・・。
「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である
この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である
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