魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第2章 新国家「エデン」

第30話 地獄問い

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「・・・。こ、殺せませんでした。」

 私を守ってくれたフィリッポに致命傷をつけた少年を殺さなかった理由をわたくしに問い詰める魔王様に対してお答えできることは、それが精一杯でそれが真実の返答でした。しかし、魔王様はそれでお許しにならずにさらに私を問い詰めるのでした。

「殺せんかった? 嘘つけ。こんな魔術しか知らんようなクソガキを接近戦でお前が殺せんわけないやろ。
 お前は殺せんかったんやない。殺したくなかったんや。それはつまり自分の手を汚す根性がなかっただけや。
 違うか? あん?」

 魔王様は私をにらみつけながら、時間を止められたせいで氷漬けにでもされたかのように身動きできなくなった少年魔法使いの髪の毛を掴むと、私にその顔を見せるために乱暴に振り回してさらに問い詰めました。

「お前がボサッとしとるから、こんな事態を招いた。
 それはしゃあない部分もある。
 せやけどな。ボサッとしてたでスマンでこれは?」
「お前を守るために命をかけてたフィリッポの足を魔法の氷槍ひょうそうで刺し貫いたガキやぞ、こいつはっ!!」

 そう言いながら少年の頭を掴んだ腕と反対の手で傷ついたフィリッポを指差し、私に見ろと迫るのでした。

「見てみいっ!! 哀れなフィリッポの足の傷をっ!!
 動脈を貫かれてあと5分もしたら意識朦朧となって即死する。確実に死ぬ傷をこいつは与えたんやぞっ!!
 お前はそれを何とも思わんのかいっ!!」

 そうして、それは真実であることを私は認めるしかないのでした。
 フィリッポは確実に太ももの動脈を氷の槍で切断されているのは明らかです。普段の彼ならば、決してこのような攻撃をまともに貰う事はなかったでしょう。しかし、度重たびかさなる後退戦に加え、私を肩に担いだ状態で駆け続けた彼の肉体は、もう少年の魔法すら見切ることができなかったのです。


「お前を守るために戦い続け、こんなクソの・・・・・・魔法すらかわせんほどボロボロになってもたしまったフィリッポの無念がわからんのかいっ!! 
 お前はなんで、こいつを殺さんのじゃいっ!! ああっ!?」

 魔王様は怒りの形相ぎょうそうで私に怒鳴りつけるのでした。
 魔王様がここまで私に対して怒りをあらわにされたのは初めての事でした。そして、それは正当なものであるとわかります。自分を守ってくれた家臣の仇を討つのは君主の務め。それなのに私は彼を殺せなかったのです。

 でも、魔王様。違います。一つだけ絶対に違う部分があるのです。

「お言葉を返すようでは御座いますがっ!!
 私は自分の手をけがしたくなかっただけでは御座いませんっ!!」

 私は、魔王様に向かってひざまずくと抗議の意があると伝えるのでした。
 そして、その行動は魔王様の怒りをさらに増大させ、取り返しがつかないことになる状況にしてしまうのでした。

「ああっ!? おもろいおもしろいこと言うやないかっ!!
 何が気に入らん言うて明けの明星であるこの俺に反論するんじゃっ!? 
 聞いたるからきいてやるから、言うてみぃみろっ!! クソガキがっ!!
 返答次第では例えお前であっても、この場でたたき殺すからそのつもりで言うてみいっ!!」


 返答次第では叩き殺す。それほど魔王様はお怒りなのでしょう・・・。
 わかります。忠臣フィリッポの無念の仇を取らない私に対するそのお気持ちが間違いでないことも分かります。しかし、たった一つの部分だけ絶対に間違っているのですっ!!
 私は確信を持って、命を懸けて自分の考えを述べるのでした。

「私は誓いましたっ!!
 愚かにも敵の策略に乗せられた私を守るために死んでいった家臣にっ!! 今生きている家臣たちにっ!!
 たとえ理想夢想のたわ言とののしられても、和平交渉にて戦争を終わらせるとっ!!
 そんな私がどうして子供を殺せましょうかっ!?
 そんなことが許されるわけがないのです。そんなことをする私に戦争をどうして和平交渉で終わらせる資格がございましょうかっ!?」
「私は、それで少年を説得しようとして・・・力足らずで彼に殺されてしまったようです。
 先ほど返答次第では私を叩き殺すと仰いましたが、その力足らずをお許しになられなくても、どうか和平交渉なるまでは、この命を永らえさせてください。それさえ済めば、どうぞ煮るなり焼くなりしてください。」
「どうぞ、お慈悲下さりませ。和平を成し遂げるために、今ひと時、この愚か者に目をおつむり下さいませっ!
 何卒なにとぞ、何卒。お許し願いますようにお願い申し奉ります。」

 私は自分の素直な気持ちを全て明けの明星様にお話ししました。
 これで怒りの鉄槌てっついを受けて殺されるのなら致し方ないと覚悟を決めての発言でした。
 
 私の言い分を最後までお聞きになった明けの明星様は、心底悲しそうな目で「アホな奴やな。お前はホンマにアホな奴や。」と言うと、指をすり合わせてパチリと音を鳴らしました。
 すると、私の目の前の景色が少し変わりました。あいかわらず世界の時間は止まったママですが、一つ違う事は魔法を使った少年が私に切りかかる寸前のタイミングで憎悪に満ちた表情をうかべたフィリッポが投げた剣でその胸を刺し貫かれていた事でした。
 
「ああっ!? い、一体何が起こったんですか? これはっ!?」

 狼狽える私を魔王様は抱きしめると、これが本当の結末だと仰るのです。

「先ほど見せた世界は幻覚や。現実世界ではお前を殺そうとした少年はお前にナイフを抜いた段階でフィリッポの投擲とうてきした剣で胸を貫かれて即死してるんや。
 わかるか? ラーマ。これが世界の現実や。
 お前がどれほど自己犠牲を払っても、人の戦いの怨嗟えんさは消えることがないんや。」

 魔王様の仰る通り、私が見ていたものは全て魔王様が私に見せた幻覚だったようでした。
 しかし・・・・・・先ほど幻覚の中で感じた体の痛みや魔王様に与えられた恐怖よりも、この世界の悲劇が悲しくて悲しくて涙を止められないのでした・・・。

「・・・お聞かせくださりませ、明けの明星様。
 御身が御威光をお示し遊ばされれば、誰もが戦う前に明けの明星様に臣従して、誰も戦争で死ぬことはなかったはずです。
 どうして・・・。どうして黙って見ておられたのですか?
 どうして誰もお救いになられないのですか?」

 ハラハラと涙を流す私の問いに明けの明星様は天を指差して「俺は明けの明星や」とお答えになるのでした。

「お前はガエルが蛇に飲まれるのを見て、カエルが可哀想だからといって蛇を追い払い救う事を正義と思うのか?
 黒いアリと赤いアリが縄張り争いで戦うのを見て、赤いアリは体が小さいから可哀想だと赤いアリに加担して黒いアリを追い払うのか? 蛇も黒アリも生きるためにしている事なのに。
 俺並みに高位な存在ともなれば、お前たちなどその程度の物。殺し合いがお前らの定めだというのなら、お前たちの好きにさせる。それだけの話や。」

「殺し合いが私たちの定め?
 何を仰っているんですかっ!! 全ては御身が導いたことではないですかっ!!」

 明けの明星様の身勝手な言い分につい、私は腹を立てて言い寄ります。

「魔王様があのような作戦を立てて戦争を煽ったから、この有様ですっ!!
 どうして責任を取らないのですか? 高みの見物とは御身はそれでも高位の存在ですかっ!?」

 明けの明星様は私の言葉に対して「では、お前はどう責任を取れる?」と言うのでした。

「この戦場を見てみい。そして思い出してみろ。
 お前が和平交渉なんぞを持ち出したからお前を守るために何人死んだ?
 これから何人死ぬと思う?
 アンドレアは死ぬぞ。ヴァレリオもな。
 戦場を見てみろ。お前を救うために誰もが逃げ出せぬ修羅の国を作り上げてしまった。
 この殺し合いの渦から逃げることは、小勢のアンドレアにもヴァレリオにも不可能や。生き残るのはせいぜいフェデリコと他数十名だろうよ。闇夜で我を忘れて殺しあうこの惨状をお前が作り出したんやで?
 俺に責任を取れというならば、和平を目指してこの惨状を作り出したお前に何の責任が取れる?」

 そう言われると、私は言葉に詰まってしまいました。
 成り行きとはいえ、私のせいで多くの兵士が死んでいくのです。その責任は紛れもなく、私の物。

 そうして、私のせいでヴァレリオが死んでしまうっ!! そう思うと鼓動が高鳴り、悲しみで胸が締め付けられるように痛みました。そうして、その場に立っていられないほど悲しくなった私はヘナヘナとその場に座り込んでしまうのでした。
 震える自分の体を抱くようにして両手で震える肩を押さえるのですが、震えは止まらず、涙も止められませんでした。

 そんな私に魔王様が仰ったのです。

「俺と改めて契約しよう」・・・と。

「俺と契約しよう。
 お前のヴァレリオは俺が救ってみせよう。そうだ、フィリッポはじめとしてお前のために死んだエデンの民を俺が救ってやろう。
 そして、奴らの命を復活させるにえとしてスパーダ軍とアンドレアの軍勢の命を俺に捧げろ。
 なに、等価交換や。命を命であがなうんや。難しい話やないで? どや?」

 魔王様の御言葉を聞いた私は、反射的に魔王様の御顔に平手打ちをしました。

「御身は・・・・・・。御身はそう言って私のお父様もたばかったのですかっ!!」

 命を捨てての抗議でした。私は殺されることを覚悟していたのです。ですが、魔王様は高笑いして言うのです。

可可可可可可ははははははっ!!
 そうやっ!! それやでっ! ラーマっ!
 お前にもやっとわかったか? 怒りの本質がっ!! 恨みの素晴らしさがっ!!
 この戦場を見ろっ!! お前が感じる何千倍もの凶悪な人々の負の感情でおおわれとるっ!! それがお前ら魔族やっ!!」
「今のお前にならこの素晴らしい力が分かるやろっ!!
 ならば、その怒りを自分のものとせよっ! お前からヴァレリオを奪う者達に正義の鉄槌てっついを下せっ!! 俺が力になってやるっ!!」

 魔王・・・。まさしく明けの明星様は魔王でした。人の心の弱みに付け込んで、なんという事を・・・。
 
「明けの明星様。御身の誘いはお断りいたします。
 私は死んでいった臣下たちに綺麗ごとの和平を誓ったのですっ!! 
 ここでその誓いを破って一体誰の魂が浮かばれましょうやっ!? 断固、お断りで御座候っ!!」

 私は立ち上がると、皆を説得するから時間を戻してくださいと頼みました。魔王様は私の肩を抱き寄せると恐ろしいことを仰いました。

「ほんのわずかの時間だけお前にくれてやろう。
 時は戻しても皆の体を束縛して戦えなくしてやろう。連中はお前の話を聞くしかない。
 それでお前の話を皆が聞いて和平を受け入れるのならば、お前の勝ちや。今後は俺はエデンを守るために威光をみせつけ、戦争を止めてやろう。
 だが、お前が説得にて戦争を止められなければ、この場にいる者たちをことごとく殺して見せよう。お前以外、一切の例外なくな。」

 魔王様はそれだけ言うと私の体をドンっ!! と押し出すと、指をパチリと鳴らして宣言通り、時間を戻すのでした。そこは皆が意識がはっきり動き出しているというのに、誰一人身動きが取れないという地獄の光景でした。

「呆気にとられてんととられていないで、はよ説得せい。時間は限られとるぞ。
 始めっ!!」

 魔王様は始めと言うと「いーち、にーい、さーん」と時間を数えだしました。きっと制限時間のカウントが今始まったという事なのでしょう。
 有無を言わさぬその態度・・・。まさに魔王様です。

 こうなれば、私は覚悟を決めて行動するよりほかありません。
 声のあらん限り叫びました。

「この場にいる者達、聞きなさいっ!!
 私は、エデン国女王ラーマ・シューっ! 皆さんに戦争停止を求めますっ!!」
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