魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第46話 防衛都市

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 世界の全貌がどのようなお姿をしているのかわたくしには未だに詳細まではわかりませんが、おおよその形は把握しています。そうして、その中でも私が一番気になることは、やはり私たちエデンの防衛線として建国されたゴルゴダと接する人間、妖精、亜人の地域です。
 ヴァレリオ様はこの3勢力の脅威に常に晒されている形になっています。
 一応、我が国から防衛税として食料品や金品等々を支払っているシステムにはなっているものの、やはり折衝せっしょうすることが多い地域では、農民が次第に姿を消していくようになり、ゴルゴダは国土の境界線を維持することが人員と言う面で難しくなり始めていました。

 そのことを相談するために久しぶりにヴァレリオ様がエデンに登城なされました。
 すでに明けの明星様の秘跡ひせきを受けて魔王に昇華なされたヴァレリオ様にとってゴルゴダとエデンの移動はさほど難しい事ではありません。特にヴァレリオ様は魔神であらせられるアンナお姉様が「低レベルな魔神では太刀打ちできないほど強い」と太鼓判を押すほど当代随一の魔王です。エデンからゴルゴダまで足の速い者でも14日はかかる距離ですが、ヴァレリオ様はほんの半時で移動なされます。それで少しの間、国を離れても大丈夫であろうということで会議に訪れられたのです。

 私にとっては久しぶりにヴァレリオ様とお会いするのですからおめかししたいところですが、質素倹約しっそけんやくこそが姫の務めと心得る私は華美な服装よりも普段通り、かつ、美しいお姿をお見せしたく、アンナお姉様に相談します。

「アンナお姉様っ!!
 赤いドレスと青のドレス、どちらがいいでしょうか?」
「魅力的で簡単な髪型ってありますか?」

 私は最近は大勢の衣装担当を持たずに自分でコーディネイトや化粧、整髪を行うことにしています。そのため人件費は浮きますが、色々と不安な点は御座います。そのためにアンナお姉様にご助力いただくわけです。
 お姉様は元男神の闘神だというのにお化粧がとても上手で私に度々お化粧の指導をしてくださいます。その出来の良さは宮中でも評判で多くの女性がその技術を知りたがります。
 ただし、お姉様のファッションセンスは明けの明星様の趣味にかたよっておられるので、チャイナドレスと呼ばれるきついスリットの入った服を好まれます。だから私の用意したドレス姿をあまり好まれません。以前はそうでもなかったのですが、最近は本当に明けの明星様に毒されて酷いものです。露出が多い服を好まれるようになりました。

「ほら、ラーマ。そんな防寒着みたいに露出の内服よりも、旦那様が以前にご用意してくださったセーラー服にしなさいよっ!!」

「い~や~で~すっ!!
 そんな太ももがあらわになるほど短いスカートなんて娼婦ですら履きませんよ?
 お姉様の好みの服装でなくて、私の好みのドレスでどちらがいいか聞いているんですっ!!」

 明けの明星様がかつておられた世界の女性は普段着でビキニと呼ばれる小さな布切れで局部のみを隠すドレスを着るぐらい貞操観念が狂った女性が多いようです。だから、このように丈の短いスカートが好まれるのでしょうけど、この世界の女性は足首よりも上は見せないのが普通です。私はとてもお姉様みたいなチャイアンドレスやセーラー服なんか着れません。

 それでしばらくの間、お姉様と押し問答をしていると、その御様子を呆れた顔で見ておられましたタヴァエル様が、「服のデザインどうこうよりもヴァレリオが好きな色の服を切ればいいのでは?」と、ごもっともな指摘をされました。

「さ、さすがですっ!! タヴァエル様っ!
 して、ヴァレリオ様のお好きな色とはっ!?」

 私が目を輝かせてタヴァエル様にお尋ねすると、

「私が知るわけないでしょ?
 あなた、ヴァレリオのことを何も知らないのですか?
 なんで? 彼のこと、興味ないんですか?」

 なんて、鬼みたいなことを言ってきます。
 アンナお姉様は一瞬で顔のくもる私をご覧になると、私をタヴァエル様からかばうように反論してくださいます。

「うう~っ!!
 な、なんて意地の悪いことを仰るんですかっ!!
 ほら、ラーマが泣いちゃいそうですよっ!!」

 タヴァエル様は異界の王。本来なら魔神であらせられるアンナお姉様であってもおいそれと口がける関係ではありません。それでも私のために立ちはだかって下さるのだから、有難いことです。
 しかもタヴァエル様は明けの明星様の妹君で普段からアンナお姉様を「無礼にもお兄様の嫁を気取る女」と敵対されています。アンナお姉様の口答えにはかなり不機嫌なご様子ですが、アンナお姉様が明けの明星様のお気に入りだという認識はあるようでおいそれと手を上げるような真似はなさいませんが、それでもタヴァエル様に口答えすることは大変なリスクがございます。高貴なお方ほど、天罰は気まぐれで苛烈なもの。アンナお姉様はそのお覚悟をもって私をかばってくださるのだから、ちょっとジーンと来てしまいます。

 しかし、私の事でアンナお姉様にそのようなリスクは犯させるわけには参りません。私はすぐにタヴァエル様に謝罪します。

「も、申し訳ございません。タヴァエル様。
 どうぞ、アンナお姉様の態度を悪く思わないでくださいませ。
 す、全ては私のせいでございますのでっ!!」

 そういって深々と頭を下げる私を見て、タヴァエル様は何も言わずにただ黙って見つめておられました。

「・・・・・・。」

「・・・あの? タヴァエル様?」

 その御様子を不思議に思った私がお声をかけた時、タヴァエル様は不思議そうに

「・・・仲がよろしい事で結構な事。」

 と、仰ってから一言「それはともかく、青のドレスよりもそちらの赤のドレスで髪は上げた方がよろしくてよ。」とアドバイスを残して部屋を去って行かれました。

「・・・・・・な、なんだったのでしょうか?。」

「わからないわ。妹君いもうとぎみも明けの明星様と同じく高貴なお方。
 私たちの想像も及ばない存在なのでしょう。」

 私たちは二人して不思議に思っていましたが、やがて気を取り直してタヴァエル様が仰ったとおりに衣装を整えることに致しました。
 これが執務室で私を待っていてくださった明けの明星様にもヴァレリオ様にも好評を得て、歓迎を受けました。
 ヴァレリオ様も明けの明星様も一目見るなり声をかけてくださるのでした。

「ああっ!! ラーマ。いつもきれいだけど、今日は特別に綺麗だね。」

「うむ。ラーマ。ポニーテイルとは男心をよくわかっとるなわかっているなっ!!」

 お二人とも近づいて来て私にハグをしてくださいます。
 明けの明星様の御綺麗な顔が近づくと私の心臓は高鳴り、ヴァレリオ様の逞しい体に包まれると私の心は安心感に包まれるのです。
 私、なんだか二人の旦那様を得た気分です。
 ・・・ん? どこかで聞いたようなセリフですわね。

 どうにもどなたのセリフか思い出せない私が首をかしげていると、明けの明星様が私の頭をコツンと指先で突いて

ほうけとらんと、会議を始めんかい。
 お前もヴァレリオは忙しい身やで。」と言ってかします。

 しかし、その通りなのです。久しぶりにヴァレリオ様にお会いできたのは嬉しいのですが、今は何よりも国の大事。前もってヴァレリオ様の手紙にて知っていた議題「他国との折衝地域における人民の不足」について話し合う時なのです。
 私は「では、会議を始めましょう。」と会議の開始を宣言します。
 政務に関わることですが、正直申し上げて明けの明星様の鶴の一声で話が決まるのがエデンの政治。知事衆などは会議に呼ばれることなく、執務室には私と明けの明星様、アンナお姉様にタヴァエル様。そしてヴァレリオ様がおられれば事足るのです。
 明けの明星様は、基本的に人のお話を聞いては下さるので、他の知事がいても問題はないのですが、こういった決め事をする時に大勢いるのは時間の無駄だとお考えになるので、私たちしかいないのです。

「さて、ヴァレリオよ。すでに聞き知っとるが、ゴルゴダの折衝地域。それほど領民が逃げ出しておるんか?」

 口火を切られたのは明けの明星様。まずは説明を求められました。ヴァレリオ様は「はい」と返事をしてから説明に入りました。

「折衝地域は、これまでも折衝地域であったわけですから、そこに暮らす農民たちもある程度の備えと覚悟はあったのです。各農村部の農民は、敵に抵抗いたしませんし、命を守るために優先的に逃げ出す、または、敵の目をくらますためのエサは準備しているものです。エサとはつまり、食料なわけですが。」
「しかし最近、敵国からやって来る者達はこれまでの相手とは様子が違います。
 すなわち強奪が目的ではなく、私たちの出方を伺うのが目的の者も多く出てきました。こうなれば、農民たちの命も簡単に奪ってきます。
 それで、農民たちは相次いで逃げ出すようになったのです。」
 
「ふうむ・・・。」

 明けの明星様はヴァレリオ様の話に頷かれると、腕組したままじっと私を見つめます。私の考えを催促なさっておられるのでしょう。
 そこで私は浅はかながらも自分の意見を申し出ました。

「ヴァレリオ様。防衛拠点の数を増やされてはいかがですか?
 各農村部に兵が行き届けば、農民も安心するのではないでしょうか?」

 しかし、その意見はタヴァエル様の「その人員は何処からさくのですか?」と言う意見で一蹴されます。
 ヴァレリオ様も頷いて同意なされました。
 
「ラーマ。私は明けの明星様の秘跡を受けてゴルゴダ国内に侵入した者共の知らせを受ければすぐさま現場に飛び移れる力を手にしている。しかし、その知らせを送る方法が狼煙のろししかないのだ。
 であるから、私が現場に行く時間はどうしても遅れる。
 その時間まで農民たちを守るための防衛施設を増やすというのは良い案かも知れないが、現実的ではないのだよ。
 我が軍をチリジリにバラまいてしまうことになる。戦力の分散だ。いや、分散自体は悪くはないが分散が過ぎる。」
「知っての通り。ゴルゴダはエデンの防衛線を張るために細く長く伸びた国土を持つ。
 その全長は長い。そこに兵を分散していくのはかなりの事だ。
 正直、我が国の軍勢では、まかないきれぬ。
 敵が大軍勢になった時にどうしようもなくなってしまう。」

 ヴァレリオ様は幼子に教えるかのようにやさしくお話してくださるのです。

 (・・・ううっ・・・。は、恥ずかしい。アッサリ論破されてしまいましたわ。
  私の安易な考えではお役に立てそうにありません~~~。
  それどころかヴァレリオ様に頭の悪い子かと思われてしまったかもしれません~~~。)

 私は顔から火が出るほど恥ずかしくなってうつむいてしまいます。
 アンナお姉様はそんな私を慰めるように頭を抱きしめてくださいます。お胸が苦しいのですが、そのお気持ちはあり難いのです・・・。いや、すいません。息ができません。

 私がタップして開放を求めた時、明けの明星様は一つの提案をなさいました。

「ふむ。小規模な拠点では敵の抵抗も大きくなろう。
 ここは一つ。敵の抵抗が多い地域から順に取り締まれる防衛都市を築いていき、その背後に農民を映してはどうか。
 つまり敵との境界に城を築くというわけだ。」

 明けの明星様はそういいながら地図を広げると、一番積極的にゴルゴダを攻めてきているという地域を指差して仰いました。

「ここに兵1万が駐屯する都市を築く。
 巨大な都市となるが、それ故にその建設を見た敵がどう出るか楽しみな部分でもある。」

 楽しみ? そのお言葉に私が首を傾げた時、ヴァレリオ様は「なるほど。工事をエサにして敵をおびき出すのが目的なのですね。」と、明けの明星様の真意を臣抜きになったのです。
 明けの明星様はにっこりと笑って。

「正解や。誘い出された敵に血の雨を降らせたれ。
 一切の容赦をするな。」

 と指示なされたのでした。
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