魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第74話 奪われた水路

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 わたくしがため池を決壊させた水は高低差に従って自然と城の前に流れ着き、敵兵力の侵攻を足止めするのでした。
 大量の水を含んだ大地は泥濘でいねいと化し、歩くこともままならない。広大な泥濘地は歩き進むだけで体力を消耗するだけでなく射撃の的になりやすい。無駄な戦力投入は死傷者を増やすだけなのは目に見えています。戦上手いくさじょうずのピエトロ・ルーは、ここで無駄なあがきをするほど愚かではないはずです。ここは水気が引くのを待つしかありません。
 
 しかし、そんな日は早々訪れません。すでに上流では大川の水を優先的にこちらに流すように指示してあるので、水は絶え間なく流れ続けています。その水量はさほど多くは無くても、継続的に流れ続けていることが大切なのです。

 恐らくピエトロ・ルーは、数日後には水が絶え間なく流されていることに気が付くでしょう。そうなれば上方から流れてくる土砂災害もおこりかねなく、城の前の土の湿り気が少なくなったとしてもおいそれと兵を投入することは危ぶまれます。

 そうなれば戦場は膠着こうちゃく状態となり私たちはにらみ合いを続けるだけの日々を送ることになるでしょう。
 戦闘よりもどちらの兵站能力が勝つのか?、が勝負の明暗を分ける要素になりました。そして、どちらの兵站能力が優れていようが食料は切り詰めなければいけません。この先、戦場は飢えと渇きで地獄と化すでしょう。
 その日殺し作戦が私の秘策。戦争継続が不可能になるまで互いに睨み合うのでした。

 そうして両軍睨み合ったまま10日が過ぎました・・・。
 その間、敵兵は回り道してこちらを奇襲しようとする様子すら見せずにただ、ジッと何かに耐えるように動きませんでした。

「ジャコモ。彼らの狙いは何でしょう?
 今のところ私の策が効いているように見えますが、それにしても動きが無さ過ぎるのが不気味です。」

 私は10日も何もしないピエトロ・ルーに逆に不気味さを覚えてジャコモに尋ねました。
 しかし、ジャコモも首をかしげるばかりでした。

「わかりませんね。斥候せっこう部隊の話では敵兵に動きは見られないとのこと。
 しかし、この状況でただ手をこまねいているとは思えません。
 可能性だけならいくらでも考えられますが、しかし、敵に動きが見えない以上、何とも予測はしかねます。」

 ジャコモもピエトロ・ルーの考えが読めないようでした。
 私は自分が予測がつく限りの可能性を尋ねてみます。

「彼らには7体もの精霊騎士が付いています。
 その精霊騎士に暗躍させるつもりでしょうか?」

 ジャコモは答えます。

「難しいでしょうね。こちらには魔神リーン・リーン・グー様が控えておられます。
 精霊騎士を分散させれば魔神様に各個撃破されるのは目に見えています。
 それよりも向こうはこちらに他に魔神様が味方していないか疑っているでしょう。精霊騎士様はおいそれとは動かせないでしょう。」

 私は再び尋ねます。

「では、さらなる増援を待っているとか?」

 ジャコモは答えます。

「今、この状況で戦力が増えたからと言っても状況は変わりません。
 そんなことをして国力の浪費を望むものはおりますまい。恐らく、可能性としてはかなり低いと思われます。」

 私は、その答えを聞いて「う~ん。う~ん。」とうなりながら歩き回って考えたうえでもう一度確認を取ります。

「本当に敵兵は動いていないのですか?
 回り道してこちらを挟みこもうともしていないのですか?
 ただ、じっと見ているだけなのですか?」

 ジャコモも困ったように答えます。

「恐らく。斥候の話では敵陣営に動きはないそうです。
 各国ののぼりが上がったままで馬さえ微動だにしていないそうです・・・。」

「・・・そうですか・・・。」

 私もジャコモも敵に狙いが分からぬまま、先ほどの会話の落とし穴に気が付かずにさらに10日、敵を静観し続けました。
 そうして開戦から20日経った時の事、突然、城の北側の方から狼煙が上がったのが確認されたのでした。
 知らせを受けた私はすぐに城の物見台に登って北側を確認しました。
 するとため池のあった場所からすぐ近くに控えていた斥候部隊が潜伏していた場所から何本も青い狼煙のろしが上がっているのが見えたのでした。

「青い狼煙っ!!
 1000を超える敵兵が来たという事っ!?」

 狼煙を見た私は大きな声を上げました。狼煙は遠く離れた味方に異変やメッセージを伝達する方法。その青い狼煙は敵兵の襲撃を意味するのでした。

「ジャコモっ!! どういうことですっ!?
 敵兵は微動だにしていないと言いましたわよねっ!?」

 私が問い詰めるとジャコモは必死な形相で
「私にも状況がわかりません。そのように報告を受けておりますっ!!」と返事するのが精一杯でした。


「1,2,・・・5.あの狼煙の数では1000を超える兵士の移動を知らせています。
 一体どういうことなのですかっ!?」

 私が再び詰問すると、見かねたように魔神リーン・リーン・グー様がジャコモに助け舟を出します。

「敵軍の動きが無く静かだと怪しんでおきながらお前たちは見落としていたのだ。
 敵兵は幟や馬はそのままに兵士を夜間の闇に溶け込まし、匍匐ほふく前進でこちらの斥候の死角まで進ませてから、回り道して奇襲を成功させたのだ。
 それは、こちらに異変を悟らせぬために本当に少しずつ少しづつ兵を移動させた。多くの兵が一度に動けば、人間は数の変化に気が付くが、少しづつならば気が付くまい。
 奴らは15日以上かけて、部隊を移動させていたのだ。その成果が今出た。」

 魔神リーン・リーン・グー様は見てきたように仰るのです。いえ、きっとご存じだったのでしょう。
 私はさすがに腹が立って教えて下さらなかったリーン・リーン・グー様に文句を言いました。

「どうしてっ!! ・・・そのように大切な事、どうして教えて下さらなかったのですかっ!?」

 しかし、私の訴えは
「これはそなたたちの争い事。我ら魔神が一々かかわっていられるか。
 そもそも私はそなたの護衛しか明けの明星様から仰せつかっていない。」と一蹴されてしまうのでした。

 さぁ、大変なこととなりました。戦力分散を極力抑えて、敵兵の移動に合わせて水源を守るようにしようと考えていた作戦が裏目に出ました。ため池周辺の兵士は総勢で300に満たない数。このままでは日殺し作戦の要である水源が奪われてしまうのです。
 私は焦りました。しかし、ジャコモが考えに詰まった私を支えてくれるのでした。

「姫様。ここで水責めの水路を取り返す援軍を送っても間に合いますまい。
 それよりも我が軍の水源を守るために、ため池の部隊をさらに奥に控えている大川の方に下がらせ拠点を築かせましょう。
 そして、我が城からも3000の増援を送り、防御を固めさせましょう。
 3000の兵を失うのは痛手ですが、水責め用のため池ばかりか、この城の水源まで奪われるわけには参りません。」

 水責めの水路は元々、その奥の大川から農業用の水を引くために人工的に作られたものです。そしてその大川自体は、我が城の背後まで伸びていて現在、我が軍の水源となっています。ここを護るのは至極当然の事。考えに詰まった私と違ってジャコモは冷静でした。

「わかりました。速やかにあなたの部下のうちで有能な指揮官を3名つけて兵を派遣しなさい。そして、水源の防御を完全に固めるのです。」


 私はジャコモの助言通りに命令を下します。私たちは自分たちの失敗のせいでこんな事態になってしまったことを悔いながらも速やかに行動しなければいけなかったのですね。

「それにしてもピエトロ・ルー。15日もかけてこちらをあざむくとは、噂にたがわぬ戦上手・・・。」

 私は立ち上る狼煙を睨みながら、敵兵の手ごわさを思い知るのでした。


 私の命令を受けて、すぐさま城から撤退を知らせる狼煙と北側に登る様に伝える二種類の色の狼煙が上がりました。
 (どうか、無駄に敵兵と交戦して命を落とさぬように全員、速やかに逃げて・・・)

 私は心の中でそう祈るばかりでした。

 こうして、開戦20日で水責めの重要拠点であるため池周辺の水源は奪われてしまうのでした。
 水責めの水路を閉じる工事に1日。そして泥濘でいねいと化した大地が完全に乾燥するまでの7日間。敵は攻撃してきませんでした。この乾燥期間をしっかり我慢できるところもピエトロ・ルーの凄いところです。6万を超える数の兵士の兵站を支えることは並みの事ではありません。しかし、ピエトロ・ルーは、その期間を動かずに戦闘準備を整えていたのです。
 30日近くをただじっと我慢していた男の恐ろしさに私は、その身をゾッと振るわせるのでした。
 そんな私に魔神リーン・リーン・グー様がそっと「精霊騎士は私が押さえる。お前は人間との戦争に備えよ。」と、励ましてくださるのでした。
 一騎当千の精霊騎士げ戦場に出てこないことは大変ありがたいお話なのですが、それでも私はピエトロ・ルーの恐ろしさに身を震わせるのでした。


 そうして、開戦から29日目の朝。大地が行軍に耐えられる程度に乾燥したことにより、満を持して再び6万の人間の軍勢が進軍を始めたのでした。
 凄まじい太鼓やラッパの音に合わせて人間の軍勢が焦ることなくゆっくりと進軍してくるのを私たちは城壁の上から睨みます。
 私は敵兵の装備を見てからジャコモに指令を出します。

「いまだ敵は農民上がりの粗末な部隊を前線に並べているようです。
 きっとこちらに無駄に矢を消耗させるのが目的でしょう。今しばらくはやじりをつけない矢で応戦しなさい。しっかりとひきつけてから矢を打ち込むことを徹底させて。」

「はっ!!」
 
 ジャコモが私の命令を部下たちに伝達させるのを見届けた私は、再び城壁に登り、敵を迎え撃つ兵士たちを応援するのでした。


 ですが、敵兵は波のように次から次へと押し寄せてきます。こちらの秘策が尽きたと判断したピエトロ・ルーは兵の損耗を恐れずに波状攻撃を仕掛けてくるのでした。
 彼が最初に装備の薄い農民上がりの兵士を送り込んできたこと自体が作戦であったことに気が付いたのは、第3陣の装備の熱い戦士部隊が襲ってきてからの事でした。
 私たちは装備の薄い兵士を射殺すために敵をギリギリまでひきつけてしまったツケを払わされることになってしまったのです。
 次々と倒れるしかばねを乗り越えて攻めてくる敵兵の兵の装備が上がるにつれて、私たちは敵を接近させすぎたことを後悔しました。第3陣の兵たちは十分な装備をしているので防御力も高く、突進力があったのでした。

「敵の装備が厚くなりましたっ!! 今の矢では敵を止められませんっ!!
 矢を鏃の付いたものに変えなさいっ!!」

 そう言って矢の種類を変えさせた時には、とうとう敵兵が城壁に取りつき始めていたのでした。

「投石っ!! 石を落として敵兵を追い払いなさい。」

 城壁に取りついた敵兵は、すぐさま城壁の上から投げ落とされる石によって倒されます。そうして、こちらも攻撃態勢を盛り返してきたころ、ピエトロ・ルーは撤退を決めました。敵兵士の体力の限界と察したのでしょう。
 敵兵の退却に気が付いた時、すでに半日を過ぎていました。双方が死闘に夢中になり、あっという間に時間が過ぎ去っていたのでした。

 去っていく兵士たちと城壁の下で死んでいる兵士たちを見ながら私は(もう、これ以上、殺させないで。どうか和平を・・・)と、祈らずにはいられませんでした。
 そんな私に勝利ムードのジャコモが嬉しそうに話しかけてきました。

「姫様っ!! 姫様が事前に準備させていた石が役に立ちましたな。
 ご覧ください。この戦果をっ!! そして、食事や武器、負傷兵を運ぶルートを厳密にお定めになられたおかげで、万事スムーズに事が運んでおります。
 武器の備蓄に合わせて、我らはまだまだ敵兵と戦えまする。」

 ジャコモはそう言って喜ぶのですが・・・。私にはピエトロ・ルーほどの男がこれで済むとはとても思えなかったのでした・・・。
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