魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第78話 果たさねばならぬ約束

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 フェデリコの戦術の真骨頂しんこっちょうである狂気に満ちた作戦は、戦上手と知られるピエトロ・ルーに見事に刺さり大打撃を与えることができました。理性的で緻密ちみつな作戦を重んじるピエトロ・ルーにとって自国の女王をおとりに使うという非常識な作戦は思いつきもしなかったようで、彼は援軍が来たとき、ひたすら驚いていました。

 それはその通りでしょう。エデン国女王であるわたくしですら、自分が囮に使われるなんて考えもしなかったのです。全く、本当にどういうつもりなのでしょう? ひょっとして私、フェデリコに軽く見られてたりしませんか?
 こちらはフェデリコに何があったのか、何故いつまでたっても援軍が来ないのかと心配しながら戦争をしていたくらいなのに・・・。ああっ!! 本当に腹が立つ男ですわっ!! 戦果を十分すぎるほど挙げているので文句も言えないのが、なお増して憎らしいところですわっ!
 
 ですが、そんな風に怒っている私と同様に見事にピエトロ・ルーはフェデリコにあざむかれてしまったのです。そのときのピエトロ・ルーの心境は私にはよくわかります。フェデリコという男が理解できなかったはずです。ああ、本当に何を考えているのでしょうか? あの男はっ!!
 
 フェデリコと敵対したピエトロ・ルーもさぞかし、驚き戸惑ったのでしょう。
 その時に発生した心の混乱はその後もピエトロ・ルーをむしばみ続けたようです。その後のジェノバ軍に迷走ぶりは敵の立場から見ても気の毒になるほどでした。

 戦場を分断する水源を取り戻すために軍勢を派遣したり、泥濘でいねいと化した大地をなんとか進軍できないかと無理な行軍を行って甚大じんだいな被害を出しました。
 それらはすべてフェデリコの掌の内の事でした。
 

「敵は必ず水源を取り返しに行きます。
 兵1万を私にお預けください。そちら・・・の防衛に私はもどります。ロレンツォ・バローネ男爵と共に敵を返り討ちにして御覧に入れましょう。」
「敵は水源の奪い合いに敗れたらやけっぱちの進軍を始めるでしょう。
 私が準備した矢で十分対応できるはずです。」

 フェデリコの予想はことごとく当たり彼の言ったとおりに事が進みました。
 戦況を完全に予測していたフェデリコにとってジェノバ軍は烏合うごうしゅうに等しく、ジェノバ軍は2カ月にわたる水源の奪還作戦は大敗に終わり、泥濘の大地を強行した攻撃も失敗に終わりました。

 さらにジェノバ軍が泥濘の大地を強行突破しようとしていた頃には、私は既に前線に立つまでもなく城の窓から戦況を眺めていました。すべてジャコモとディエゴの二人で事足りる戦闘だったからです。
 敵兵の足首までめり込んでしまうほど柔らかい泥濘の大地はジェノバ軍の移動を殺し、我が軍の弓兵は満足に走ることさえできない敵兵を狙い撃ちにするだけの簡単な作戦をこなすだけで勝てたのです。
 私は最初こそ戦闘を見届けましたが、彼らジェノバ軍兵が一方的に死傷する姿を直接見る事にえかねて、遂には心労から失神してしまったことで前線から下がる様に部下たちに言われてしまってこの現状です。
 それほど一方的な殺害だったのです。

 (ああ・・・。死んでいく兵士に何の罪があるのでしょう?)

 心を痛めながらも対象としての責任を果たすために窓の外から彼らの死に様を見つめる私の心は次第にむしばまれていき、開戦から4カ月を過ぎた頃、とうとう私はベッドから起き上がれなくなってしまうのでした。
 私が心労で倒れた報告を受けて戻ったフェデリコが現在、指揮を引き継いでくれていますが、本当に情けない話ですが、何故か兵士からは情け深い姫として謎の人気を博しているそうです。これはフェデリコにとっても不思議な事らしいです。

「ラーマ様の人気の理由は私こそ聞きたいです。」

 などと、フェデリコが毎日の報告に私の寝室を訪れた際に苦笑いを浮かべながら言う程、異例な事らしいのです。
 家臣から人気があるという事は私にとってはありがたいことであり、同時にそのような心労を溜めなければいけない現状はありがたくはないという困った事態なのです。
 そうして、この戦況を作り出したフェデリコは今の現状を語ります。

「戦の天才とうたわれたピエトロ・ルーも崩れるときはアッサリとしていますな。
 きっとこれまで敗北を知らずに自信満々で生きてきたのでしょう。そういった天才にありがちな精神的な弱さが今の破綻を産んだのです。
 本当に思った以上に脆かったですな・・・。」

 勝利を確信しているフェデリコは戦勝後の祝勝会の時のように勝ち誇って言いました。そうして、過去の戦争を振り返って言いました。

「これならば、ヴァレリオ様やフィリッポの方がよほど手ごわかった。あの二人は雑草のようなしぶとい強さと奇想天外な発想力があった。
 特にヴァレリオ様が卑劣漢アンドレアを引きつれて私の軍を混乱の渦に巻き込んだあの作戦は見事でした。私はあの時、雑草の強さと必死の作戦の恐ろしさを私は改めて思い知ったのです。
 彼らとの戦いがあってこそ、今の私がいるというもの。
 いや、有難ありがたきかな。」

 フェデリコは過去の戦いを振り返ると遠い目をして言いました。その言葉に私も過去を振り返るのです。あの時、ヴァレリオ様は寡兵かへいを持ってフェデリコの大軍をひっかきまわしました。恐るべき采配。思えばすでにあの時からあのお方は常人離れしていましたね。(※寡兵とは少数の兵士のこと)
 
 そして、ヴァレリオ様の事を想いだすと同時にあの時散っていったフィリッポたちと交わした約束が私の胸を締め付けるようにして思い出されるのです。

 (そうですわ。私の目的は勝利するためだけのものではありません。)
 (あの時散っていったフィリッポたちに報いるためにも私は例え他人から綺麗ごとと笑われようと和平による平和を目指す未来を成し遂げなければいけないのです。いつまでも・・・)

 そう思い、私は改めてフェデリコに戦況を問います。

「フェデリコ、敵はどうしていますか?
 未だに抵抗を続けているのですか?」

 私が倒れて既に一月、その間にも抵抗を続けている敵兵の心配ばかりをする日々が続いています。
 開戦から既に180日が来ようというのに未だに抵抗を続けている敵兵には、流石のフェデリコも困っているようで、しかめっ面の難しい顔で私の問に頷くのでした。

「いやぁ、参りましたな。籠城ろうじょうする側の抵抗が長いというのは当たり前の話ですが、攻め手がこれほどしつこいのは聞いたことがありません。
 既に季節が2つ変わろうという期間戦い続けて兵站へいたんも破綻しているようです。
 敵を捕虜ほりょにして捕まえましたところ、2日に3度の食事しかないという話でかなり痩せておりました。
 これ以上、戦い続けることは不可能なように思います。」

 フェデリコ程の男がこのように断じるのですから間違いはないでしょう。しかし、ここまで来て敵兵が撤退や私が提示した和平交渉に応じないのは何故なのでしょうか?
 もしかしたら、フェデリコは和平の話を敵兵に伝えていないのでは? そう不審に思ってしまうほど敵兵の抵抗はしつこかったのです。

「ねぇ、フェデリコ。
 どうして敵は撤退しないのでしょう?
 それにこちらには未だに和平交渉の準備があること、きちんと敵に伝えてありますか?」

 私の問にフェデリコはひどく残念そうな顔をしながら首を振って答えました。

「姫様。
 姫様はこのフェデリコを何とお心得なさっておられるのですか?
 私はあなた様の家臣。あなた様がお望みの和平交渉をどうして敵に伝えないとお思いか?
 しかし、敵は応じないのです。」

 フェデリコの返答は私に衝撃を与えました。
 長い戦に心労がたたって私はあらぬ疑いをフェデリコにかけてしまったのです。
 私は戦に荒んでしまった自分の弱い心を責めるとともにフェデリコに本当に申し訳ない事を言ってしまったことを深くびました。

 するとフェデリコは私を許してくれたのですが、同時に不吉なことを言いました。
 
「姫様。撤退はないかも知れません。」

 その言葉に私は絶句してしまいました。そうして固まってしまった私にフェデリコが説明いたします。

「姫様。此度こたびの戦、私には裏で糸を引く人智じんちを超えた何かがあると思います。
 おそらくジェノバ軍は引けぬのではないと思います。引けぬのではなく前に進む以外の選択肢がないのでしょう。
 彼らは自分たちの意思で戦っているのではなく、何か偉大で巨大な・・・神に脅されて戦うしかないのではないでしょうか?
 そうなれば、恐らく彼らは全滅するまで戦うでしょう。死ぬまで戦わねばならない理由がなければ、この抵抗。説明ができませぬ。」

 ・・・っ!! さすがはフェデリコ。異界を滅ぼした魔王様について何も語らなくても状況から全て察しているのでした。
 フェデリコの予想を聞き、私は一つ頷くと「どうすればいいの?」と尋ねました。しかし、フェデリコはわかりませんと言いたげに首を横に振るだけでした。それは知将フェデリコですら思いつかぬ事だったのです。

 いえ、正確に言うと絶対に私には教えられない作戦しか思いつかなかったのです。だから分からぬと意思表示して誤魔化したのです。 
 何故ならそれを聞いたら私は実行してしまうから・・・。フェデリコはその危うさを感じ取り、柄にもなく内心焦っていました。

 だから、口をすべらせてしまったのです。和平への糸口を・・・。

「これから先も和平は難しいかと・・・。
 我らでは敵の背後にいる偉大な神に手が届きませぬ。
 かの神に我らの言葉が届かぬうちは和平などありえま・・・。」

 『かの神に我らの言葉が届かぬうちは和平などありえません。』そう言いかけてフェデリコは自分が口を滑らせてしまったことを自覚してハッと我に返って口ごもってしまいました。何故なら、希望の光を見出した私の目を見てしまったからです。

「お、おおおおお。おまちくださりませっ!? 
 姫様。それはない。・・・それはありませんぞっ!!」

 フェデリコはベッドから起き上がろうとする私を押さえつけるようにして制止しようとします。私は言います。

「それはないって何の話ですか?
 それしかないことをあなたが教えてくれたも同然です。」
「さぁ、フェデリコ。女王の私が再び指揮を執る時が来たのです。手をどけずに私が立ち上がるのを補助しなさい。」

 私にそうきつく言われるとフェデリコは大汗を流しながら、「お許しくださいませ。姫様、それだけはお許しくださいませ。」と何度も懇願こんがんするのですが、私はそれを許しません。ベッドから起き上がると人を呼びます。

たれかあるっ!!
 伝令を水源を守護するロレンツォ男爵に遣わしますっ!!
 『今すぐ、今すぐに水を止めよっ!!』
 この伝令を至急飛ばすのですっ!」

 私の命令をフェデリコは慌てて否定します。

「ダメだっ!! 伝えてはならぬ。伝えてはならぬぞっ!!
 姫様ご乱心につき、伝令伝えてはならぬっ!」

 フェデリコは必死でした。彼には既に分かっているのです。私が何をしようとしているのか。それがどれほど恐ろしい事なのか・・・。

「お黙りなさいっ!! フェデリコっ!!
 あなたは先ほど何と申しました? 
 あなたは私の家臣だと言ったでしょう? 
 その言葉に嘘偽りなく、私に忠誠があるのならば、和平を望む私の意を叶えて見せなさいっ!!」

 フェデリコは情けないほど悲しそうな目で私を見つめて何か言いたそうにするのですが、混乱する頭ではさしものフェデリコも言葉に詰まってしまうのです。そして、その混乱こそが彼の忠義の証。彼は彼なりにより良き結果を私にもたらそうとしているのです。その事がよくわかりました。

 だから私は彼の肩に手を置いて務めて優しく言いました。

「フェデリコ。止めてくれてありがとう
 あなたの忠節、私嬉しく思います。
 ですが、それはならぬのです。
 私はフィリッポとその仲間たちと交わした約束があるのです。
 フェデリコ・・・。その約束を叶える為、どうか力を貸してください。軍師として類まれな才を持つあなたの力が必要なのです。」

 その言葉にフェデリコは言葉を無くし、ただただ、力無くうなずくしかなかったのでした・・・。
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