行き遅れの女騎士、便所の神様になるっ!!

黒神譚

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最終話

結ばれる二人

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 一連の騒動が終わって数日もすると、ペドロ商会に人が戻ってきた。アロンソの口車に乗せられていたと従業員たちは気が付いて、ペドロの謝罪することで復帰を許されたのだった。
 そうして、ペドロ商会の人手不足が解消されると、自然に以前と同じ量の仕事が戻ってきた。ペドロ商会は完全に持ち直したのである。

 そうなれば、ペドロとしても今回の立役者であるドミニクとパトリシアへの恩に報いたいと考え、かなりの無理をして工事を短期間で終わらせることにした。
 その無理とはドミニクやパトリシアへ渡した工事の見積書以上の数の工員を工事現場に投入し、その見積書に書かれていない追加の工員の人件費はペドロが支払うという誠心誠意、真心のこもった恩返しをしたのだった。
 冒険者の同意を得、安全は軍を使って確保。その上、工事に携わる人間の数を増やしたのだから、工事が早く終わるのは必然のこと。

 こうしてダンジョン内、初の女性専用トイレは1ヶ月もかからぬうちに完成したのであった。
 その工事完成の知らせを受けた時、ドミニクとパトリシアは、完成式を前にまずペドロの下へ感謝を伝えに行った。

「ペドロ。よくやってくれた。
 此度こたびのこと、そなたの力が無ければどうしようもなかったかもしれん。
 これ、この通り礼を言う。」

 応接室でドミニクはペドロに対して頭を下げた。筆頭伯爵画がである。
 社会的立場を考えれば、出会う事さえ許されなかったかもしれぬほど偉い立場の人間に頭を下げられ、ペドロは感動どころか、恐れおののき、むしろ委縮いしゅくしてしまった。

「お、おやめくださりませっ! この通りですから、頭を下げるのはおやめくださりませっ!!」
 ペドロは膝を折って床に座り込むと震える手で両手を合わせて懇願こんがんした。
 パトリシアはそんなになってしまったペドロの肩に手を置くと、ニッコリとほほ笑んだ。

「ペドロ。ドミニクは本心からあなたに感謝したいと言っているのですよ。
 どうか、そのままその気持ちを受け取ってあげて。
 そして、その気持ちはそのままわたくしの気持ちです。
 あなたが的確に私の計画を指摘してくれなければ、計画途中で頓挫とんざしてしまっていた事でしょう。
 そして、あなたが立派な仕様書を作ってくれたおかげで工事は滞りなく進みました。
 それに言わなくても知っていますよ。あなたがこの事業のために私財を投じて協力してくれたことを。
 ペドロ、本当にありがとう。あなたという友人と知り合いになれて、私は本当に幸せです。」

 ペドロはパトリシアの気持ちに心打たれて、大粒の涙をこぼしながら床に頭をこすりつけて男泣きにすすり泣いた。ドミニクとパトリシアは泣き止むまで彼の背中を撫でてやった。
 一番下からたたき上げでのし上がったペドロは汚い事を随分とやってきた。その両手は汚れている。
 しかし、そんな彼でも忘れてはいけない恩義があることを知っていた。守らねばならぬ義理があることも知っていた。
 だから、ペドロは心にしまっていたあることを二人に隠し通すわけにはいかぬと、覚悟を決めると頭を起こして告白する。

「旦那様。お嬢様。
 お礼を言うのはこちらの方でございます。アロンソの危機からお二人が救って下さらなければ、今の私はないのです。
 ですが・・・・・ですが、お許しくださいませ。
 私はお二人にどうしても謝らねばならぬ事があるのです。」

 涙ながらに告白を始めたペドロにパトリシアは
「まぁ! 謝らないといけないことですって?
 一体、何のお話かしら?」と、のんきに尋ねた。その天真爛漫てんしんらんまんさは罪だ。これから謝罪を始める男に向けるに対してはあまりにも無邪気であり、そして、ペドロの心に重くのしかかる。
「・・・・・・」
 ペドロは(この心優しき純粋な姫君にこのようなことを告白しても良いのか? 傷つけてしまうのではないか?)と、心の中で少しの間、葛藤かっとうしたが、それでも(恩義あるお二人にこのまま黙っておくわけにはいかぬ)と覚悟を決め、自分の罪について語りだした。

「私は、アロンソの指摘した通り、本当はペドロという男ではないのです。
 私はお二人が近づいていいような身分の男ではありません。
 身分卑しき、平民以下の階級を出自としております。
 この王都で仕事を得るため、のし上がるためには、ペドロになるしかなかったのです。
 戸籍は金が買い、住民票をさいくして・・・・」
 
 ペドロは誠意を持って全てを語ろうとした。例え、自分が賤民と二人に知られて軽蔑されることになっても、戸籍を偽った罪に罰せられることになっても大恩ある二人に黙っておくような不義理をしたくなかったのだ。
 ペドロは王都に来た時、石持って追われ、侮辱と嘲笑ちょうしょうの対象にされるような思いを幾度いくどもした。賤民というだけで理不尽な扱いを何度受けたか数え切れない。そこから脱するためには、戸籍を偽るしかなかったのだ。戸籍を得、金を得たら、教養を身に着け、自分が賤民だと知られぬように努力した。
 そこにのし上がるまでに多くの裏切りと謀略ぼうりゃくを同業者とやりあって、勝ち上がっていった。そんなペドロの心は常に孤独だった。いつ誰に自分の出自を知られるかと恐怖しながら生きて来た。
 そんな生活を何十年もしていると、ペドロの心はすさみ、人を全く信じない人間になっていた。他人は利用するものだという考えになってしまっていた。
 しかし、そんな風に心を闇に閉ざしてしまったペドロをパトリシアは優しい光を当てて闇を取り払い、救い出してくれた。ドミニクは自分の成し遂げて来た業績を正しく判断し、高く買ってくれ、そして窮地きゅうちを救ってくれた。
 ペドロは王都に来て、初めて人間として扱ってもらえた気がしたのだ。
 それ故に、二人にはすべてを語る義理があると思っていたのだ。

 だが、その重いは、ドミニクによって制止された。

「よい。それ以上、何も申すな。
 私もパトリシアもバカではない。そなたの素性くらい、察している。
 辛い思いをしてきたのだろう。苦い経験をしてきたのだろう。生きるために必死だったのだろう。
 私はそなたを責めはせぬ。だから、聞かなかったことにする。
 その秘密、墓の中までもっていくがいい。」
「だ・・・旦那様っ!!」

 ドミニクに続いてパトリシアもペドロに声をかけてやった。

「さぁ、ペドロ。もう何も心配することはありません。
 立ちなさい。そして、商人としての人生をまっとうなさい。
 生き意地汚く生き繋いで見せますと言ったではありませんか。
 でも、もし。もしそれでも私達に恩義を返したいというのなら、それは民衆に。民衆に優しい仕事をしてあげてください。それがなによりの恩返しなのですからら。」
「お、お嬢様っ!!」

 二人の優しさに心打たれたペドロは、もう泣くことはやめた。涙を拭って立ち上がり、全てを許してくれた二人のためにこれからは、まっとうな商人として生きていくことを心に誓うのだった。 
 その意思を示すため、涙で真っ赤になった目で精一杯の強がりを言って見せた。

「ありがとうございます。旦那様。お嬢様。
 深い恩情、有難く頂戴いたします。お言葉の通り、これからは民衆のために尽くすことを誓います。
 ですから・・・
 ですからぁっ!! ・・・・・これからもご用命の際は他の商会ではなく、どうぞ、ペドロ商会へっ!!」

 胸を張って涙に震える声を絞り出して、ペドロは証人としての意地を見せつける。
 その生きざまにパトリシアは吹き出しながら「まぁっ! ふふふ。現金なことっ!!」と言って喜んだ。そして、そのあと、3人でいつまでも大笑いするのだった。


 それからしばらくして、ペドロへの挨拶を終えた二人は商会を出た。
 表通りの往来を前に立つ二人には一つの事業をやり終えた達成感と充実感に満たされて、しばらくは往来を行く人たちをボンヤリ見つめて立ち尽くしていた。

「パトリシア・・・・僕達、ついにやり遂げたんだね。」
「ええ。ドミニク。私達、やり遂げましたわ。」

 二人はそう言って確認しあうと、感極まって抱きしめあって喜んだ。
 そして、お互いの偉業を讃え合った。

「これも全て君のおかげだっ! ありがとう、パトリシアっ!!」
「いいえ、ドミニク。これも全てアナタの力のおかげよ。私一人じゃ何にもできませんでしたわっ!」

「ははは。そんなことないさ。
 これは全て君の案じゃないか。君が素晴らしい案を思いついた結果さ。僕はそれを手助けしたに過ぎない。素晴らしいのは君だよ。パトリシアっ!!」
「いいえ、いいえ。何を仰るの? ドミニク。
 私なんて所詮は女の細腕。アナタの財力と権力と知恵と決断力と洞察力がないと机上の空論でした。
 全てアナタの力。素晴らしいのはアナタの方よっ!!」
「・・・・。」
「・・・・・・。」

 二人はお互いを讃え合ったが、それは擦れ違いを発生させ、お互いが妙な空気になって黙り込んでしまった。
 二人はお互いの素晴らしさを称賛したい。お互いこそ素晴らしいと譲りたくない。その思いがぶつかり合い、二人の褒め合いは何故かそれはいざこざに発展するのだった。

「・・・・・いや。だからさ・・・」
「・・・なによ。私の意見に逆らうの?」
「・・・・なに?」

 先ほどまでお互いを讃えるために抱きしめあっていた腕は自然にはなれ、二人はとうとうにらみ合いになった。
 その戦いの口火を開いたのはドミニクの方だった。

「いいかい。君は何もわかって無いな。君がどれほど素晴らしい女性か、今夜はとことん説教してやる必要があるらしいな。」
「説教ですって? 何様のおつもり?
 それに説教するのはこちらの方ですわっ!! アナタこそ、御自分がどれほど素晴らしい男性かわかっておられないようですね。私。アナタには、もう何年も我慢してきましたけど、今日という今日は言わせていただきます。
 そもそもアナタは自分を過小評価しすぎですわ。いいっ? 世界にアナタほど素晴らしい男性はいないの。少なくとも私にとってアナタは世界で一番素晴らしい男性よっ!!」

 1を言えば10の言葉を返してくるのがパトリシア。ドミニクはそれを言い含めるトーク術があるのだが、これまでドミニクはパトリシアを困らせることを恐れて、あえて言い含められてきた。だが、今日という今日はドミニクも引き下がるわけにはいかない。これほどの偉業を成し遂げた女性を讃えないわけにはいかなかったのだ。

「君にとって僕が世界で一番素晴らしい男性だって? それはこちらのセリフだっ!! パトリシアっ!!
 いいか、よく聞け。僕はこれまで多くの女性から言い寄られ、多くの女性を満足させてきた。
 だが、どれほど多くの女性でも僕を満足させられる者はいなかった。僕の心は満たされることなどないっ!! ありえないのだっ!!
 何故だか、わかるかっ!! 僕には君がいるからだっ!!
 僕が心の底から愛しているのは君だけだし、君なしで僕は生きられないんだっ!!
 わかるか、パトリシア。星の数ほど女はいても、僕にとって君ほど素晴らしい女性は世界に存在しないんだっ!
 何故なら、世界中で僕ほど君を愛している男はいないからだっ!! この愛の深さは世界中の誰にも負けはしないっ!!」
「あ・・・愛の深さは誰にも負けないですって?
 よくも私の前でそんなことを言えましたわねっ!! ドミニクっ!! いくら親友のアナタでもそんな口の利き方、許しませんわよっ!!
 絶対に、私の方がアナタの事を愛していますわっ!! 例えこの身を引き裂いて私の魂が消え果るとしても、アナタへの愛だけはこの世から消えることがないでしょうっ!!
 アナタは私の全てっ!! 幼いころからずっと私を守ってくれたアナタを愛していますのっ!!
 ずっと、ずっと何十年も私は、アナタのことをっ!! その愛の深さが負けるだなんて・・・・よくもそんなことが私に対して言えましたわねっ!!」

「なんだとっ!! ふざけるなっ!!
 僕の方こそ、何年も何十年も前から君を愛しているっ!!
 君がどんなワガママを言っても僕は従ってきたっ!! 君の愛らしい笑顔が見たかったからだっ!!
 君に喜んでほしかったからっ!! 君に僕だけを見ていてほしかったからっ!!
 その僕に対して、よくもそんなことを抜け抜けと・・・・・今日という今日は許さないぞ、パトリシアっ!! 
 訂正しろっ!! 世界中で僕の愛こそ一番深いっ!! 君は僕の太陽だからだっ!!」
「まぁっ!! 何て言い草をなさるのっ!? 私がどれほど長い間、アナタに愛されることを待ち望んだか、アナタなんかにわかってたまるもんですかっ!!
 アナタこそ、私の運命の王子様っ! どのような恋物語でも私にはアナタほどの王子様は存在なんかしないんだからぁッ!!
 バカぁ~~~っ!!!」

 二人は往来を行く群衆の眼も気にせずにお互いを罵りあった。もとい、讃え合い、愛を告白しあった。
 だがっ! しかしっ!! 気が付かないのだっ!!
 これまで何十年と親友関係を維持してきたつもりの二人には、愛の告白など・・・気が付かないのだっ!!
 ほんの些細なきっかけがあれば、二人はわかり合えるのだろう。愛し合えるのだろう。
 だが・・・・・。

 そうして、そんな微笑ましい二人の告白劇を群衆はニマニマしながら見守っていた。
(これが最近、巷で有名になっているバカップルか。)(どちらが先に愛に気が付くか賭けをしないか?)
 群衆にとって、これほどの見世物はない。いつまでも終わることのない愛の告白は群衆にとって終って欲しくない最高の見世物だったのだ。

 だがっ!! しかしっ!!
 そんな大人の楽しみ方も子供には全く、理解できないっ!!
 そうして、ドミニクとパトリシアのラブコメを見ていたひとりの幼子が二人の前に歩み出て一言言うのだった。

「ねぇ。お兄ちゃんとお姉ちゃんは、そんなにお互いの事を愛しているのに、どうして結婚しないの?」


 その一言で「はーっは―っ」と肩で息をするほど言い合いをしていた二人は固まってしまった。
「おたがいに・・・・」「愛している・・・・?」
 二人にはきっかけが必要だった。親友という名の呪縛から解き放たれるきっかけが・・・・。
 そして、二人は今っ!! そのきっかけを得てしまった。

 二人は子供の言った事をよくよく反芻はんすうし、よくよく理解した。
 そして、それまで自分たちが喧嘩染みた告白劇を演じていたことに気が付いた。
 幼いころからずっと愛し合っていた事実に気が付いた。いや、この場合、思い出したと言っても良い。

 途端に二人は恥ずかしくなって顔を真っ赤に染めて狼狽えた。
「えっ・・・・えええええええ~~~っ!!
 や、やだっ!! 私ったら公衆の面前でなんて恥ずかしい事をっ!!?」
「ぼ、僕も・・・・なんてことだっ!! 
 僕達はずっと愛を告白しあっていたんじゃないかっ!!」

 顔から火が出る思いのパトリシアは両手を頬に当てて顔を隠そうとしたし、ドミニクは自分のしてきたことの愚かさに悔しさに拳を握り締めた。
 ・・・・・そうして、暫くの間。互いに自分を恥じらっていたのだが・・・・・
 やがて、二人はお互いを見て、目が合って、また恥ずかしそうに瞳を伏せるのだった。
 それから、ふたたび沈黙してしまった。
 
 二人はどれくらいそうやって向かい合っていただろう。
 しかし、やがて、どちらからともなく歩みより、両手でお互いを受け入れあう様にして抱き締めあった。

「パトリシアっ!! 僕の可愛いパトリシアっ!!
 随分と・・・・待たせてしまったね。
 こんな情けない男だけど、僕からの愛を受け取ってくれるかい? 僕の可愛いお姫様。」
「はい。伯爵様。
 アナタこそ、こんな行き遅れの女騎士を本当に貰って下さるの?」

「貰うだなんてとんでもない。僕達は共に愛し合っているんだ。
 お互いがお互いを必要とし、お互いなしでは生きてはいけない。
 僕達は一緒になるんだ。
 愛しているよ。僕のパトリシア。幼いころからずっと・・・・ずっと。」
「ああっ・・・・・。」

 パトリシアは感無量になって涙をこぼした。しかし、その嗚咽おえつが漏れること無かった。
 何故なら、ドミニクの熱いキスがパトリシアの唇を奪ったから。
 パトリシアにとってこれほど幸福なことはなく、ただただ、深く彼を受け入れるだけだった。
 王都を覆う雲の隙間から薄明光線はくめいこうせんが差し込み愛し合う二人を照らす。
 往来の人々はその美しい光景に涙を流して感動した。

 こうして、ドミニクとパトリシアは結ばれたのだった・・・・。


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