【元素娘】~元素118種、擬人化してみた。聖メンデレーエフ女学院の元素化学魔法教室~

我破破

文字の大きさ
61 / 66
【2. ヘリウムちゃん】ふわふわとして掴みどころがなく、おっとりしたマイペース。感情の起伏が少なく、いつも穏やか

ぷかぷか風船は美学違反!? バナジウム様、定規を超合金(マジ)改造で教室蹂躙の大惨事!?

しおりを挟む
 その日の元素化学魔法の授業は、特殊元素材料学を担当するヘンリー・モーズリー先生によって行われていた。
まだ若い部類に入る先生は、どこか頼りなげな空気を纏いながらも、元素への情熱は本物だ。
今日のテーマは、元素の特性を非生物に付与する魔法。
手頃な実験材料として、色とりどりの風船が用意されていた。


「さて、本日は元素の特性を物質に転写する初歩的な実験を行います。皆さん、風船に触れて、各自の元素の力を込めてみてください」
 モーズリー先生がそう言うと、教室のあちらこちらで生徒たちが風船に手をかざし始めた。
ふわふわと浮かび上がったり、急に冷えたり、パチパチと音を立てたりと、それぞれの元素が風船に宿る様子が見て取れる。


 教室の一角で、淡いクリームイエローのふわふわした髪を揺らしながら、ヘリウムちゃんは嬉しそうに風船をいくつか手に取っていた。
彼女は宇宙で二番目に軽く、地上でもっとも捕まえにくい元素。
その性質は、常に少し浮いている彼女の体や、掴みどころのないマイペースな性格にそのまま現れている。
蜂蜜色の眠たげな瞳を細め、ふわりと風船に息を吹きかけ、それに自身の元素の力を込める。
「ぷかぷか~…」その呟きとともに、風船は軽やかに宙へと舞い上がった。


「ヘリウムちゃん、得意分野ですぞ!素晴らしい浮揚性です!」
 モーズリー先生が感心したように言うと、ヘリウムちゃんは「ふわぁ…別に、何でもないですよぉ…?」と、いつもの調子で答えた。


 一方、教室の最前列近くでは、艶やかなアッシュブロンドの縦ロールを完璧に整えたバナジウムちゃんが、そのエメラルドグリーンの切れ長の瞳を冷ややかに細めていた。
彼女は鋼を強化する遷移元素、バナジウム。
美と豊穣の女神の名を冠する彼女は、常にエレガントで完璧な自分を追求している。
今日の授業内容には、内心うんざりしていた。


「風船など、子供の遊びですわ。わたくしの崇高な元素化学魔法を、このような下品なものに使うなど…」
 バナジウムちゃんはそう呟き、手に取ることもせず風船を見下した。
彼女にとって、美しくないもの、洗練されていないものは、存在価値がないに等しい。


 ヘリウムちゃんは、バナジウムちゃんの呟きを聞いたのか聞かないのか、マイペースに風船を増やしていく。
そして、彼女の特技である浮遊魔法を発動させた。
パステルカラーのゆったりしたワンピースの裾がふわりと舞い上がり、彼女自身の体がほんの少し宙に浮く。


「ぷかぷか~、みんな、飛んでけ~」
 ヘリウムちゃんの無邪気な声と共に、数十個の風船が教室中にふわふわと散らばった。
天井近くまで舞い上がるもの、窓辺を漂うもの。
そのうちの一つが、ピンと背筋を伸ばして座っているバナジウムちゃんの、完璧な縦ロールの頭上にゆっくりと降りてきた。


「まぁ…」
 思わず、バナジウムちゃんの口から小さな感嘆の声が漏れた。
淡いピンク色の風船が、彼女のアッシュブロンドの髪の上で優しく揺れている。
その光景は、まるで絵画のように静かで、どこか幻想的だった。
バナジウムちゃんは一瞬、その「美しさ」に見惚れた。


 しかし、すぐに彼女は我に返る。
「下品ですわね!」
 感情を押し殺すように、だが声には明らかな怒りを滲ませて叫んだ。
何ということだろう。
この完璧なバナジウムたるわたくしの、この世で最も美しく整えられた髪の上に、こんな子供騙しのゴム風船が乗るとは!しかも、その触感は微妙に湿気を含んでおり、せっかくの縦ロールが乱れるのではないかという危機感が彼女を襲った。


「美しくないものは破壊あるのみですわ!」
 怒りに駆られたバナジウムちゃんは、近くの机の上に置いてあった金属製の定規に視線を向けた。
普段はただの味気ない道具だが、彼女の力を使えば、それは一瞬にして比類なき「美」を宿した武器となる。


 バナジウムちゃんは、指先を定規に向け、魔力を集中させた。
彼女の瞳のエメラルドグリーンが妖しく輝き、口元に挑発的な笑みが浮かぶ。

「わたくしの手にかかれば、この通りですわ。超合金強化(エンハンスドスチール)!」
 定規はバナジウムちゃんの魔力によって、鈍い金属光沢から、吸い込まれるような銀白色へと変化した。
表面には微細な幾何学模様が浮かび上がり、その硬質さと美しさを同時に主張する。
それはもはや、単なる定規ではない。
芸術品と呼ぶにふさわしい、鋼の彫刻である。
その場にいた生徒たちは息を呑んだ。
バナジウムちゃんが本気を出した時の、物の変容はいつも見事だった。


 強化された定規を手に取ったバナジウムちゃんは、一切の迷いなく、次々と宙に浮かぶ風船を突き始めた。
パン!パン!パン!乾いた破裂音が教室に響き渡る。
「下品ですわ!」「わたくしの美学を汚すものは許しませんわ!」彼女の動きは優雅でありながら容赦がなく、強化された定規は風船はおろか、空気そのものを切り裂くかのように鋭かった。


 その勢いは止まらない。
ついには、定規の先端が誤って教室の壁に接触した。
ゴゴッ、という嫌な音と共に、壁に小さな、だが確かにヒビが入る。


「ちょ、ちょっと待ってくださいバナジウムさん!! 実験はあくまで安全第一で…!!」
 モーズリー先生が慌てて止めに入ろうとするが、美学の破壊者と化したバナジウムちゃんには先生の声すら届かないかのようだった。


 教室に残された風船はあと一つ。
それは、バナジウムちゃんの怒りの炎から逃れるかのように、教室の隅の天井近くでぷかぷかと浮いていた。
バナジウムちゃんはその最後の風船に狙いを定めた。
エメラルドグリーンの瞳が、一点を射抜く。


 その瞬間、ヘリウムちゃんが、いつものように静かに、だが少しだけ顔を上げて言った。

「別に、何でもないですよぉ…?」
 その言葉は、まるで空気に溶け込むように静かだった。
しかし、次の瞬間、ヘリウムちゃんはふわりと宙に浮き上がり、ぷかぷかと定規を構えるバナジウムちゃんの傍へと移動した。
そして、彼女の特技である声を変える魔法を使った。


「バナジウムちゃーん!今日の髪飾り、とってもエレガントですよー!」
 ヘリウムちゃんの口から出た声は、いつもの穏やかなものではなく、妙に甲高く、少しおどけたような、それでいてやけに元気な声だった。
それは、まるで風船から絞り出したような、奇妙な変声だった。


 バナジウムちゃんの手がピタリと止まった。
不意を突かれたことと、奇妙な声での呼びかけ、そして髪飾りを褒められたこと。
複数の要素が彼女の中で混じり合った。

「…まぁ、当然ですわね」
 そう応じたバナジウムちゃんは、怒りの表情を引っ込め、すっと姿勢を正し、指先まで神経を行き届かせた完璧なポーズを決めた。
エメラルドグリーンの瞳には、わずかに満足の色が浮かんでいる。
褒め言葉には弱い、という彼女の意外な側面が露呈した瞬間だった。


 バナジウムちゃんの気が逸れた間に、最後の風船は誰にも割られることなく、教室の隅でゆらゆらと揺れていた。
ヘリウムちゃんは、その様子を蜂蜜色の瞳で穏やかに見つめながら、再び「ぷかぷか~」と呟いた。


 かくして、バナジウムちゃんの風船破壊衝動は、ヘリウムちゃんの意外な一言と変声魔法によって阻止されたのだった。
バナジウムちゃんの顔にはまだ不満の色が残っていたが、強化された定規を元の姿に戻し、何事もなかったかのように席に着いた。
モーズリー先生はホッと胸を撫で下ろし、壁のヒビを見て頭を抱えていた。
ヘリウムちゃんは、ただふわふわと教室の隅で浮いている。


(なんて単純なんですの、あのバナジウムという方は…)
 ヘリウムちゃんは心の中でそう呟いたが、その表情は相変わらず穏やかだった。
彼女の観察眼は、バナジウムちゃんの完璧主義の裏にある、褒められたいという欲求をしっかり捉えていたのだ。
そして、それを突くには、子供のような無邪気さが必要だと知っていたのかもしれない。


 一方、バナジウムちゃんは、胸の内でヘリウムちゃんのことを反芻していた。
(あの、掴みどころのない子供…何故、わたくしはあんな声で褒められただけで…美しくないものを破壊するというわたくしの決意を鈍らせたというのですの…?)彼女の美学と、ヘリウムちゃんの予測不能な行動が、彼女の完璧な世界に小さな波紋を投げかけたのだった。


 教室の隅で、割られずに残ったたった一つの風船が、まるで二人の奇妙な交流を見守るかのように、静かに、だが確かに、ぷかぷかと揺れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...