100回目のキミへ。

落光ふたつ

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〖2章〗

〈気になる人⑤〉

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 あたしは後悔をした。
 その日、その教室を訪れた事を。
 その日、卒業を喜んだ事を。
「………」
 視線の先には彼がいる。
 あたしがいつも眺めていた彼。でも今日だけは、最後なんだから近付いてしまおうと思ったのだけれど、足は教室に入る手前で止まった。
 喜びを分かち合い別れを惜しむ生徒達の中で、彼だけは一人暗い表情で早々に帰ろうとしている。まるで教室中の影を全て背負わされているような姿だった。
 そんな彼に、一人の女子生徒が歩み寄る。
 それは彼が好意を寄せる幼馴染。
 会話は聞こえない。その空間は二人だけの物。
 立ち去ろうとした彼に顔を近づけた彼女は、そっとその項垂れる頭を撫でた。
 あたしは、その瞬間理解したのだ。
 あたしの手は彼まで届かない。ずっと眺めていただけなのだから当然だ。
 そして、彼女の手は彼に届く。始めから分かっていたはずの事。
 気付けばその場を去っていた。
 廊下を走ったつもりはなかったのに、あっという間に自分のクラスへと帰っていて、級友達から「どこ行ってたの?」と声をかけられる。
 どうやら写真を撮りたかったらしい。あたしは適当に誤魔化して、皆の要望を引き受けていった。
 先生にカメラマンを頼んで、友達と肩を並べた時、ふとその子があたしの顔を覗き込む。
「大宮さん、なんか暗い?」
「え?」
 あたしが驚いて振り向くと、その子はニパッと笑って見せる。
「やっぱ卒業だし悲しーよねー! 寂しくなったらいつでも連絡していいからね!」
「う、うん……」
 的外れに感情を指摘され、なんだかその子との距離を感じた。
 それからも、友人達の感動を共有出来ず、あたしは上の空でい続けた。暗いと言われた自分の顔を思い浮かべて、酷く恥ずかしくなっていた。
 それ以上の事は考えていない。
 終わったとか諦めたとか、別にそう言うのじゃない。
 ただあたしはその日、決めたのだ。
 あたしを弱くした彼とは、もう関わらないと。
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