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「えぇつまりぃ、この文章問題を図で表すとぉ」
数学教師が黒板に図を描いている。それは、解説中の文章問題を分かりやすく置き換えて文字では伝わらない単語の関連性を視覚化してくれた。
図を参考に問題を解いてみる。文章だけでは見えにくかった道筋がはっきりとなり、すんなり答えに辿り着けた。
そんな風に真っ当に授業を受けていたのだが、ふとある思い付きがよぎる。
安立さんには、絵とかって伝えられるのだろうか。
『絵?』
頭の中に反応が返ってくる。
僕はチラリと黒板を見て、授業の進行具合を確認する。多少なら目を離しても大丈夫だろうと、目先の疑問を解消するため、頭の中に意識を向けた。
ほら、僕たち思考が筒抜けなわけだけど、何も頭の中には声だけしか存在しないってわけじゃないでしょ? 絵とか映像とかは、言葉にしないまま思い出すこともあるよね。
『あーまあそうね。夢とかはまさによね。それも覗き合えるのかってことね。全く気にしたことなかったわ』
今までは声以外に伝わって来たものは特になかった。単純に感じ取れなかっただけかもしれないが、それならば集中しないと見えないとかなのだろう。
『お互いに目を開けている状態だと、絵も想像し辛そうよね』
確かに、視覚情報があるとそちらに邪魔されてしまいそうだ。実際、過去を思い返す時も目を瞑った方が行いやすい。両方が目を閉じて集中すれば、案外絵を伝え合うことも出来るのかもしれない。
『特に必要性は感じないけれど、気になるからやってみましょう』
安立さんが乗り気なので僕もやる気が湧いてくる。使い道は少なそうだけれど、こういった神秘の解明というのは心躍るものがあった。
それじゃあ、言い出しっぺの僕の方から絵を念じてみよう。
『分かったわ。頑張って受け取るわね』
安立さんの承諾を聞き、僕は目を閉じる。周囲から変に思われないよう若干頭は俯けた。
そうだな。何が良いだろうか……。
するとなんとなくリンゴが浮かんだので、それで挑戦する。リンゴリンゴと頭の中で連呼して、その赤い果実の姿を投影した。
……安立さん、どう?
『……うーん。リンゴって聞こえちゃうから、こっちでも想像しちゃうのよね。それが三戸くんが送ってくれた絵なのかいまいち判断がつかないわ』
なるほど。
つまり、リンゴだとお互いに共通認識があるから上手く行かないのか。僕の方もどうしても絵を思い浮かべる際はその名称を呼んでしまうので、絵が何かは安立さんにも伝わる。
だとすれば、いよいよ絵を届けることの使い道はなさそうだ。
『お互いの常識が一致しないものがいいわよね。時と場合によって状態が変化しているような』
うーん、無機物だとダメっぽいな。かと言って安立さんが知らなさそうで僕が知っている物ってのもパッと思いつかない……。
と、頭を捻ったところで閃く。
そうだ、安立さんの顔とかはどうだろう?
『あ、あたしっ?』
ほら、顔なら表情がいつも変化しているから違いは分かりやすそうだし、それに客観と主観の違いもありそうだと思うんだよね。
『まあ、一理はあるわね。……それなら三戸くんの顔でもいい気はするけど。いやまあどっちでもいいんだけどっ』
それなら、安立さんの顔を浮かべるね。
『わ、分かったわ。……恥ずかしいわね。えっと、で、どんな表情か当てればいいのよね?』
うん。じゃあ、浮かべてみるよ。
と、僕は頭の中に安立さんの顔を呼び起こす。
安立さん安立さん安立さん安立さん………
『ちょ、そんなに名前呼ばなくてもっ。いや、実験だから仕方ないのよね……。うっでも……いいや気にしないっ。えぇと、三戸くんはあたしのどんな顔を……』
安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん………
違う絵を思い浮かべてしまわないよう、ひたすら彼女で頭を満たす。
『え、えっとっ……笑顔っ、とかかしら! そう! そうよ! 三戸くん、あたしの笑っている顔を盗み見てたとか言っていたものね! 絶対そう!』
安立さんが回答して、僕も少し集中を緩める。
というかそれだと、推理みたいになっているから、実験とズレているような気もするけど。
『いやっ、まあでも、違うの……?』
答え合わせを求められ、僕は今しがた思い浮かべていた安立さんの表情を言語化しようと試みる。
うーん、なんというか、物憂げというか、どこか不満げというか……?
とにかく笑顔ではなかった。
どうやらイメージは届けられない。もしくは上手く受け取ることが出来ないようだ。まあ、安立さんもかなり集中が乱れていたようだし、詳細は分からない。
『……ふーん。笑顔じゃないのね。見てたくせに……』
実験結果をまとめていると、どこか責めるような言葉が僕の胸を差す。
言い訳をしようと思ったけれど、言い逃れは出来そうにない。どちらにしろ思い浮かべたのは、あの時の不満げな表情だ。
『なんで、そんなときの顔なのかしら』
ぼやく彼女の声でまた思い出す。
顔、というより光景だ。
波が押し寄せる岩礁。そこに佇む安立さん。
じっと海を眺めている横顔を、僕は少し離れた場所で見つけた。
今思えばあの時こそが、話したいと思うようになったきっかけだったな。
数学教師が黒板に図を描いている。それは、解説中の文章問題を分かりやすく置き換えて文字では伝わらない単語の関連性を視覚化してくれた。
図を参考に問題を解いてみる。文章だけでは見えにくかった道筋がはっきりとなり、すんなり答えに辿り着けた。
そんな風に真っ当に授業を受けていたのだが、ふとある思い付きがよぎる。
安立さんには、絵とかって伝えられるのだろうか。
『絵?』
頭の中に反応が返ってくる。
僕はチラリと黒板を見て、授業の進行具合を確認する。多少なら目を離しても大丈夫だろうと、目先の疑問を解消するため、頭の中に意識を向けた。
ほら、僕たち思考が筒抜けなわけだけど、何も頭の中には声だけしか存在しないってわけじゃないでしょ? 絵とか映像とかは、言葉にしないまま思い出すこともあるよね。
『あーまあそうね。夢とかはまさによね。それも覗き合えるのかってことね。全く気にしたことなかったわ』
今までは声以外に伝わって来たものは特になかった。単純に感じ取れなかっただけかもしれないが、それならば集中しないと見えないとかなのだろう。
『お互いに目を開けている状態だと、絵も想像し辛そうよね』
確かに、視覚情報があるとそちらに邪魔されてしまいそうだ。実際、過去を思い返す時も目を瞑った方が行いやすい。両方が目を閉じて集中すれば、案外絵を伝え合うことも出来るのかもしれない。
『特に必要性は感じないけれど、気になるからやってみましょう』
安立さんが乗り気なので僕もやる気が湧いてくる。使い道は少なそうだけれど、こういった神秘の解明というのは心躍るものがあった。
それじゃあ、言い出しっぺの僕の方から絵を念じてみよう。
『分かったわ。頑張って受け取るわね』
安立さんの承諾を聞き、僕は目を閉じる。周囲から変に思われないよう若干頭は俯けた。
そうだな。何が良いだろうか……。
するとなんとなくリンゴが浮かんだので、それで挑戦する。リンゴリンゴと頭の中で連呼して、その赤い果実の姿を投影した。
……安立さん、どう?
『……うーん。リンゴって聞こえちゃうから、こっちでも想像しちゃうのよね。それが三戸くんが送ってくれた絵なのかいまいち判断がつかないわ』
なるほど。
つまり、リンゴだとお互いに共通認識があるから上手く行かないのか。僕の方もどうしても絵を思い浮かべる際はその名称を呼んでしまうので、絵が何かは安立さんにも伝わる。
だとすれば、いよいよ絵を届けることの使い道はなさそうだ。
『お互いの常識が一致しないものがいいわよね。時と場合によって状態が変化しているような』
うーん、無機物だとダメっぽいな。かと言って安立さんが知らなさそうで僕が知っている物ってのもパッと思いつかない……。
と、頭を捻ったところで閃く。
そうだ、安立さんの顔とかはどうだろう?
『あ、あたしっ?』
ほら、顔なら表情がいつも変化しているから違いは分かりやすそうだし、それに客観と主観の違いもありそうだと思うんだよね。
『まあ、一理はあるわね。……それなら三戸くんの顔でもいい気はするけど。いやまあどっちでもいいんだけどっ』
それなら、安立さんの顔を浮かべるね。
『わ、分かったわ。……恥ずかしいわね。えっと、で、どんな表情か当てればいいのよね?』
うん。じゃあ、浮かべてみるよ。
と、僕は頭の中に安立さんの顔を呼び起こす。
安立さん安立さん安立さん安立さん………
『ちょ、そんなに名前呼ばなくてもっ。いや、実験だから仕方ないのよね……。うっでも……いいや気にしないっ。えぇと、三戸くんはあたしのどんな顔を……』
安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん………
違う絵を思い浮かべてしまわないよう、ひたすら彼女で頭を満たす。
『え、えっとっ……笑顔っ、とかかしら! そう! そうよ! 三戸くん、あたしの笑っている顔を盗み見てたとか言っていたものね! 絶対そう!』
安立さんが回答して、僕も少し集中を緩める。
というかそれだと、推理みたいになっているから、実験とズレているような気もするけど。
『いやっ、まあでも、違うの……?』
答え合わせを求められ、僕は今しがた思い浮かべていた安立さんの表情を言語化しようと試みる。
うーん、なんというか、物憂げというか、どこか不満げというか……?
とにかく笑顔ではなかった。
どうやらイメージは届けられない。もしくは上手く受け取ることが出来ないようだ。まあ、安立さんもかなり集中が乱れていたようだし、詳細は分からない。
『……ふーん。笑顔じゃないのね。見てたくせに……』
実験結果をまとめていると、どこか責めるような言葉が僕の胸を差す。
言い訳をしようと思ったけれど、言い逃れは出来そうにない。どちらにしろ思い浮かべたのは、あの時の不満げな表情だ。
『なんで、そんなときの顔なのかしら』
ぼやく彼女の声でまた思い出す。
顔、というより光景だ。
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今思えばあの時こそが、話したいと思うようになったきっかけだったな。
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