僕の思考が覗かれている。

落光ふたつ

文字の大きさ
9 / 22

▼9「イメージ」

しおりを挟む
「えぇつまりぃ、この文章問題を図で表すとぉ」

 数学教師が黒板に図を描いている。それは、解説中の文章問題を分かりやすく置き換えて文字では伝わらない単語の関連性を視覚化してくれた。
 図を参考に問題を解いてみる。文章だけでは見えにくかった道筋がはっきりとなり、すんなり答えに辿り着けた。
 そんな風に真っ当に授業を受けていたのだが、ふとある思い付きがよぎる。

 安立さんには、絵とかって伝えられるのだろうか。

『絵?』

 頭の中に反応が返ってくる。
 僕はチラリと黒板を見て、授業の進行具合を確認する。多少なら目を離しても大丈夫だろうと、目先の疑問を解消するため、頭の中に意識を向けた。

 ほら、僕たち思考が筒抜けなわけだけど、何も頭の中には声だけしか存在しないってわけじゃないでしょ? 絵とか映像とかは、言葉にしないまま思い出すこともあるよね。

『あーまあそうね。夢とかはまさによね。それも覗き合えるのかってことね。全く気にしたことなかったわ』

 今までは声以外に伝わって来たものは特になかった。単純に感じ取れなかっただけかもしれないが、それならば集中しないと見えないとかなのだろう。

『お互いに目を開けている状態だと、絵も想像し辛そうよね』

 確かに、視覚情報があるとそちらに邪魔されてしまいそうだ。実際、過去を思い返す時も目を瞑った方が行いやすい。両方が目を閉じて集中すれば、案外絵を伝え合うことも出来るのかもしれない。

『特に必要性は感じないけれど、気になるからやってみましょう』

 安立さんが乗り気なので僕もやる気が湧いてくる。使い道は少なそうだけれど、こういった神秘の解明というのは心躍るものがあった。
 それじゃあ、言い出しっぺの僕の方から絵を念じてみよう。

『分かったわ。頑張って受け取るわね』

 安立さんの承諾を聞き、僕は目を閉じる。周囲から変に思われないよう若干頭は俯けた。
 そうだな。何が良いだろうか……。
 するとなんとなくリンゴが浮かんだので、それで挑戦する。リンゴリンゴと頭の中で連呼して、その赤い果実の姿を投影した。
 ……安立さん、どう?

『……うーん。リンゴって聞こえちゃうから、こっちでも想像しちゃうのよね。それが三戸くんが送ってくれた絵なのかいまいち判断がつかないわ』

 なるほど。
 つまり、リンゴだとお互いに共通認識があるから上手く行かないのか。僕の方もどうしても絵を思い浮かべる際はその名称を呼んでしまうので、絵が何かは安立さんにも伝わる。
 だとすれば、いよいよ絵を届けることの使い道はなさそうだ。

『お互いの常識が一致しないものがいいわよね。時と場合によって状態が変化しているような』

 うーん、無機物だとダメっぽいな。かと言って安立さんが知らなさそうで僕が知っている物ってのもパッと思いつかない……。
 と、頭を捻ったところで閃く。
 そうだ、安立さんの顔とかはどうだろう?

『あ、あたしっ?』

 ほら、顔なら表情がいつも変化しているから違いは分かりやすそうだし、それに客観と主観の違いもありそうだと思うんだよね。

『まあ、一理はあるわね。……それなら三戸くんの顔でもいい気はするけど。いやまあどっちでもいいんだけどっ』

 それなら、安立さんの顔を浮かべるね。

『わ、分かったわ。……恥ずかしいわね。えっと、で、どんな表情か当てればいいのよね?』

 うん。じゃあ、浮かべてみるよ。
 と、僕は頭の中に安立さんの顔を呼び起こす。
 安立さん安立さん安立さん安立さん………

『ちょ、そんなに名前呼ばなくてもっ。いや、実験だから仕方ないのよね……。うっでも……いいや気にしないっ。えぇと、三戸くんはあたしのどんな顔を……』

 安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん安立さん………

 違う絵を思い浮かべてしまわないよう、ひたすら彼女で頭を満たす。

『え、えっとっ……笑顔っ、とかかしら! そう! そうよ! 三戸くん、あたしの笑っている顔を盗み見てたとか言っていたものね! 絶対そう!』

 安立さんが回答して、僕も少し集中を緩める。
 というかそれだと、推理みたいになっているから、実験とズレているような気もするけど。

『いやっ、まあでも、違うの……?』

 答え合わせを求められ、僕は今しがた思い浮かべていた安立さんの表情を言語化しようと試みる。

 うーん、なんというか、物憂げというか、どこか不満げというか……?

 とにかく笑顔ではなかった。
 どうやらイメージは届けられない。もしくは上手く受け取ることが出来ないようだ。まあ、安立さんもかなり集中が乱れていたようだし、詳細は分からない。

『……ふーん。笑顔じゃないのね。見てたくせに……』

 実験結果をまとめていると、どこか責めるような言葉が僕の胸を差す。
 言い訳をしようと思ったけれど、言い逃れは出来そうにない。どちらにしろ思い浮かべたのは、あの時の不満げな表情だ。

『なんで、そんなときの顔なのかしら』

 ぼやく彼女の声でまた思い出す。
 顔、というより光景だ。
 波が押し寄せる岩礁。そこに佇む安立さん。
 じっと海を眺めている横顔を、僕は少し離れた場所で見つけた。
 今思えばあの時こそが、話したいと思うようになったきっかけだったな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...