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第4話「五分前」
#6
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「次はどこ行くんだ?」
「わたくしの家でのんびり、と言うのはいかがでしょう?」
気づけば日も暮れ、遊び通して疲れを感じ始めた頃。
咲が尋ねながらも既にリムジンは走っていて、俺が拒否することは想定されていないようだった。
その意思疎通と言うか強行策みたいな現状に、若干の変な気分は味わうものの、本音を言えば楽しみではあった。
咲が三付家を訪ねることは何度もあったが、実のところ俺の方から咲の家にお邪魔したことは一度もない。今思えば、誘われるのも初めてだ。
一体どんな贅の尽くされた豪邸が待っているのだろう、と軽い想像をしていれば、すぐにリムジンが停まる。そして車から降りた先の光景は、少し予想とは外れていた。
「てっきり、広い庭とかがあるような家だと思ってたわ。ここも十分デケーけど」
割かし失礼なことを言った俺が見上げているのは高層マンション。
何階まであるかはパッと見では分からないが、周辺建築物で一番背が高い。
「実家の方は恐らく、比良人さんの想像に近いと思いますわよ。毎日庭の手入れをする方が出入りもしてらっしゃいましたし。実のところわたくしも全部を歩いたことがないほどです」
「すげーなそれ。じゃあここは、お前の家族だけって感じか?」
「というよりはわたくし専用ですね。一応、お母様や使用人の方が手伝いに来ていただいていたこともありましたが、基本はわたくしだけで住んでいますわ。比良人さんと同じ学校に通うために契約したものなんですの」
「なるほどね」
これ以上の質問は無神経な踏み込みになりそうだと察し、適当な相槌で話題を終わらせる。
そうして最低限の情報を得ながら咲の先導で広大なロビーを通り、ずらりとボタンの並ぶエレベーターへと入った。
咲の部屋は十八階のようだ。ちなみに最上階は二十二。
エレベーターの一部はガラスが張られていて、ドンドン足元へ落ちていく街並みが観察出来る。ずっと眺めていたら、なんとなく足がフワフワしてきた。
と気づけば十八階に着いたようでドアが開く。
当然の如く待ち構える扉は一つしかなく、ワンフロア丸ごと一つの部屋になっているらしかった。
「いらっしゃいませ、ですわ」
「……滅茶苦茶広いな」
「まあお金はありますので」
嫌味でもなんでもない事実を述べて、咲は部屋の中を一つずつ案内してくれた。
恐ろしく広く、俺の家族なら明らかに持て余す空間だ。だが何となく見て回った感じ、咲も全てを使っているような印象はなかった。
家具はどれも一級品なのだろが、占有している面積を考えれば比較的質素。よく見ればどこにも娯楽の類が見当たらない。
唯一、筋トレ器具が一つの部屋を陣取っていたが、それはまあ、弱かった体を鍛えた努力の証なのはすぐに思い当たった。
最終的に足を止めたのはダイニングキッチン。
食事をするのだろう机へ誘導され、言われるがままに座る。その場所からはガラス張りになった壁から、夕暮れに沈む小さくなった街を見下ろせた。
「お茶を用意しますね」
咲はそう言って茶器の準備を始める。横目で見ればその手際はよく、金持ちだからと家事を誰かに任せているわけではないようだ。
あっという間に戻ってきた咲は、湯気の立つ赤みがかったお茶を目の前で注ぎ差し出してくる。自分の分も注いでから彼女が対面に座るのを確認して、俺はカップを手に取った。
「……うん、美味いな」
「ふふ。たくさん練習しましたので」
素直な賛辞を贈れば咲は嬉しそうに微笑んだ。
正直良し悪しはあまり分かっていないし、これが何ティーかも判断がついていないのだが。多分紅ティーだと思うがなっ。
なんて庶民らしくカップの中身を凝視していると、不意に「比良人さん」と俺の名前を呼ばれた。
「わたくしとの結婚は、まだ考えていただけないでしょうか?」
顔を上げれば咲はいつもの問いかけをしてきて。
俺はそれに気まずく視線を逸らして、茶器を置いた。
「まだ、結婚出来る歳でもないしな」
「ではっ、その歳になったら結婚してくださるんですかっ?」
言い逃れはさせまいと咲は詰め寄ってくる。その瞳はいつも以上に急を要しているようにも見えて。
「………」
応えるべき言葉は浮かんでいるのに、なぜか口を開けない。
……何を、躊躇っているのだろう。
咲は良い奴だ。
少し強引なところはあるものの、根本が好意だから嫌な気にはなれないし、付き合いもそれなりに長くなってお互いに勝手を知っている。
見た目なんて言わずもがなで、家柄は良すぎるほどだ。
それに、俺が彼女に抱く感情を表すなら、やはり好意に限りなく近い。
だがその想いを認めようとするたびに、なぜか違和感を覚えてしまう。
——ゴスッ。
背中に襲う衝撃は、頭の中をリセットさせようとしてきていた。それは間違っていると訴えてくる。
だから答えまでに辿り着けなくて。
俺が黙り込んでいると、咲は僅かに顔を俯けた。
「わたくしも、自身のことを隠しているので信用を得られないのは当然ですわ。ですので、この機会に暴露しようと思います」
意を決したように顔を上げた咲は、右手で自慢の金色の髪をひっつかむ。
そして、
「実はわたくし、」
勢いのまま、取り去った。
「ヅラなんですわ!」
「は……?」
想定外の告白に、俺は目を点にしてその光景を見つめる。
果たして目前に現れた少女は、
黒髪ショートだった。
「わたくしの家でのんびり、と言うのはいかがでしょう?」
気づけば日も暮れ、遊び通して疲れを感じ始めた頃。
咲が尋ねながらも既にリムジンは走っていて、俺が拒否することは想定されていないようだった。
その意思疎通と言うか強行策みたいな現状に、若干の変な気分は味わうものの、本音を言えば楽しみではあった。
咲が三付家を訪ねることは何度もあったが、実のところ俺の方から咲の家にお邪魔したことは一度もない。今思えば、誘われるのも初めてだ。
一体どんな贅の尽くされた豪邸が待っているのだろう、と軽い想像をしていれば、すぐにリムジンが停まる。そして車から降りた先の光景は、少し予想とは外れていた。
「てっきり、広い庭とかがあるような家だと思ってたわ。ここも十分デケーけど」
割かし失礼なことを言った俺が見上げているのは高層マンション。
何階まであるかはパッと見では分からないが、周辺建築物で一番背が高い。
「実家の方は恐らく、比良人さんの想像に近いと思いますわよ。毎日庭の手入れをする方が出入りもしてらっしゃいましたし。実のところわたくしも全部を歩いたことがないほどです」
「すげーなそれ。じゃあここは、お前の家族だけって感じか?」
「というよりはわたくし専用ですね。一応、お母様や使用人の方が手伝いに来ていただいていたこともありましたが、基本はわたくしだけで住んでいますわ。比良人さんと同じ学校に通うために契約したものなんですの」
「なるほどね」
これ以上の質問は無神経な踏み込みになりそうだと察し、適当な相槌で話題を終わらせる。
そうして最低限の情報を得ながら咲の先導で広大なロビーを通り、ずらりとボタンの並ぶエレベーターへと入った。
咲の部屋は十八階のようだ。ちなみに最上階は二十二。
エレベーターの一部はガラスが張られていて、ドンドン足元へ落ちていく街並みが観察出来る。ずっと眺めていたら、なんとなく足がフワフワしてきた。
と気づけば十八階に着いたようでドアが開く。
当然の如く待ち構える扉は一つしかなく、ワンフロア丸ごと一つの部屋になっているらしかった。
「いらっしゃいませ、ですわ」
「……滅茶苦茶広いな」
「まあお金はありますので」
嫌味でもなんでもない事実を述べて、咲は部屋の中を一つずつ案内してくれた。
恐ろしく広く、俺の家族なら明らかに持て余す空間だ。だが何となく見て回った感じ、咲も全てを使っているような印象はなかった。
家具はどれも一級品なのだろが、占有している面積を考えれば比較的質素。よく見ればどこにも娯楽の類が見当たらない。
唯一、筋トレ器具が一つの部屋を陣取っていたが、それはまあ、弱かった体を鍛えた努力の証なのはすぐに思い当たった。
最終的に足を止めたのはダイニングキッチン。
食事をするのだろう机へ誘導され、言われるがままに座る。その場所からはガラス張りになった壁から、夕暮れに沈む小さくなった街を見下ろせた。
「お茶を用意しますね」
咲はそう言って茶器の準備を始める。横目で見ればその手際はよく、金持ちだからと家事を誰かに任せているわけではないようだ。
あっという間に戻ってきた咲は、湯気の立つ赤みがかったお茶を目の前で注ぎ差し出してくる。自分の分も注いでから彼女が対面に座るのを確認して、俺はカップを手に取った。
「……うん、美味いな」
「ふふ。たくさん練習しましたので」
素直な賛辞を贈れば咲は嬉しそうに微笑んだ。
正直良し悪しはあまり分かっていないし、これが何ティーかも判断がついていないのだが。多分紅ティーだと思うがなっ。
なんて庶民らしくカップの中身を凝視していると、不意に「比良人さん」と俺の名前を呼ばれた。
「わたくしとの結婚は、まだ考えていただけないでしょうか?」
顔を上げれば咲はいつもの問いかけをしてきて。
俺はそれに気まずく視線を逸らして、茶器を置いた。
「まだ、結婚出来る歳でもないしな」
「ではっ、その歳になったら結婚してくださるんですかっ?」
言い逃れはさせまいと咲は詰め寄ってくる。その瞳はいつも以上に急を要しているようにも見えて。
「………」
応えるべき言葉は浮かんでいるのに、なぜか口を開けない。
……何を、躊躇っているのだろう。
咲は良い奴だ。
少し強引なところはあるものの、根本が好意だから嫌な気にはなれないし、付き合いもそれなりに長くなってお互いに勝手を知っている。
見た目なんて言わずもがなで、家柄は良すぎるほどだ。
それに、俺が彼女に抱く感情を表すなら、やはり好意に限りなく近い。
だがその想いを認めようとするたびに、なぜか違和感を覚えてしまう。
——ゴスッ。
背中に襲う衝撃は、頭の中をリセットさせようとしてきていた。それは間違っていると訴えてくる。
だから答えまでに辿り着けなくて。
俺が黙り込んでいると、咲は僅かに顔を俯けた。
「わたくしも、自身のことを隠しているので信用を得られないのは当然ですわ。ですので、この機会に暴露しようと思います」
意を決したように顔を上げた咲は、右手で自慢の金色の髪をひっつかむ。
そして、
「実はわたくし、」
勢いのまま、取り去った。
「ヅラなんですわ!」
「は……?」
想定外の告白に、俺は目を点にしてその光景を見つめる。
果たして目前に現れた少女は、
黒髪ショートだった。
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