俺は全てを撃ち殺す

落光ふたつ

文字の大きさ
1 / 29

第1話「shot」

しおりを挟む
「お前、人見知りしすぎ!」
「はあ? 普通に出来てただろー」

 男子トイレから出て来る生徒二人。手は濡れている。
 乾かそうと両手を振れば、その水滴は周囲へと散った。

 ーーぴちょ。

 同じ新入生。聞こえた声から強張った名乗りを思い出す。
 丁度、トイレへと入ろうとした多々良たたらすぐるは、右の手の甲に触れたその冷感に強烈な嫌悪を抱いた。
 そんな悪感情を抱かせた相手ーーすれ違う同級生の顔を横目で見て、ぼそりと呟く。

「……ショット」

 その瞬間、彼は撃ち殺した。
 自分を不快にさせた相手を。

「いや、語尾変な跳ね方してたぞ?」
「え、まじで……?」
 ーー脳内で。

 優はそのまま、トイレへ入り用を足す。苛立ちは消えていないものの、いつもの儀式じみた言動でどうにか区切りをつけていた。
 それは癖のようであり、自身を保つ遊びでもあった。
 視界に入った人物を見据えながら「ショット」と呟く。するとそいつは死ぬ。俺最強。
 イタい思考回路から脱せないまま今日、進学した高校一年生である。
 力を手に入れーー思いついてから、今までに百を超える人は撃ち殺して来た。いやもしかしたら回数だけで、大台には達していないかもしれない。思い返せば、三分の一ぐらいは担任に向けていたような気もする。
 説教する禿げ頭がフラッシュバックして顔をしかめる。撃ち殺してやりたかったが、自分の力は視界に入った人物でないと発揮出来ないのだ。
 万能な力などないんだなぁ。
 自分のさじ加減にも関わらず感心しながら、優は教室へと向かった。

 今日は入学式。既に式は終え、ホームルームも済んでいる。大半が帰宅の準備を整え、それ以外は優のように尿意を解消に出向いていた。
 まだ初日であるし、仲良くなった人も話しかけたい人もいない優は、これからまっすぐ帰路へ。
 そもそも誰かとつるむ気もあまりない。一人の方が気楽だ。
 昼食は母が用意してくれているだろうか、とぼんやりと考えながら廊下を歩いていると、不意に視線を感じた。

「へー、十石中なんだー」
「まあ二年生からだけどね」
「結構知り合い多いんじゃない? あたしの中学ちょっと離れたとこでさー」

 二人組の女子。皺一つ見つからない制服は自分と同じ新入生の証。その内の右方。
 純黒の長髪に汚れを知らない柔肌。目じりは少し下がり気味で、緩んだ口元には嫌味のない微笑みが浮かぶ。動きは控えめで、得をしてきただろう容姿をより引き立てた。
 そんな彼女が、会話の合間を縫ってチラリとこちらを見ては、笑みを深めている。
 それはまるで、誘惑をするみたく。

「……っ」

 優は反発して視線から逃げ、足を止めないようにした。油断したら、向けられた魔力に囚われてしまうと思った。
 好奇心でもう一度顔を上げれば、また彼女はこちらに不可解な表情を見せた。
 顔は初めて見る。けれど同じ階にいるのなら同学年か。取り巻きの女子も合わせて別クラスに配属されているのだろう。
 だからと言って彼女の真意は読み取れない。もしや、男を誑かす魔女の類だろうか。

 ……魔女なら悪だ。害は殺すべきだ。

 またもや癖。何かと理由をつけては力を行使したがっていたのだ。
 暫定魔女とすれ違う直前、優は顔を上げて引き金を引く。

「……ショット」

 聞き取られないように、最小限に。
 魔女を撃ち殺す。
 思考内で、綺麗な顔が爆ぜるその直前、


「ばーりあ。効かないよ?」


 耳にかかった吐息が、放った弾丸の結末を吹き消した。

「!?」

 とっさに振り向くも、探した瞳は後頭部に隠れている。

来栖くるすさん、何か言った?」
「ううん? なんにも言ってないよ」

 ーー来栖さん。

 聞こえて来た名前が鮮明に、頭の中に刻まれる。
 そんな風に呆けて足を止める優をいくつもの視線が不思議がり、気付いた彼は羞恥で急ぎ教室へと戻っていく。

 ……やはり魔女だ!

 公にしていない自分の力を無効化した。心でも読めるのだ。
 左耳に残る残響が、胸を高鳴らせている。
 それは、未知を前にした歓喜だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...