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『Epilogue』
【お見舞い】
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彼女がいる病室には未使用のベッドが三台あった。
個室が空いておらず、かと言って、他の患者と同等に扱うわけもいかず、大きな部屋で孤独を味あわさせられている。
入り口から見て右側奥。そこからだと直接、窓の向こうを覗き見る事が出来た。といってもその窓は転落防止用の柵があり、景色に余計な線を描いている。
雨。
どこかから落ちて来た滴を木の葉が受け止めて、更に下へ落としていく。
今日から梅雨入りらしい。どうせしばらくは出歩けないのだから、不必要な情報だ。
ぼーっと、やる事もなく外を眺めている彼女に、突然声がかけられた。
「やあやあお嬢ちゃん。銃の出所、誤魔化してくれてありがとうねェ」
振り向くと、そこにいたのは二mに迫る巨漢だった。
傷を隠すハットを取り、軽く礼をするその男に彼女はポカンとした。
「いえいえ、ヤツメさんには私の方がお世話になってばかりですので。ところで、私と面会って出来るんでしたっけ?」
「そこはオレの力だぜー、湊ー」
ひょこ、と巨漢の後ろから同年代の少年が顔を出す。その髪は金に染められ、耳にはいくつものピアス。軽薄な表情を引き立てる出で立ちだった。
「坊ちゃんは色々役に立ちますからねェ。お忍びだよォ、静かにねェ」
巨漢の念押しに頷きながら、「そうだ」と思い出す。
「二人とも聞いてください! 優くん、最後に本当に力を使えるようになったんですよ!」
「へェ、それは頑張った甲斐があったねェ」
巨漢は来客用のパイプ椅子を取り出してどっしと座る。少年の方は患者との距離感も考えずベッドに腰かけた。
「ふーん、それより病院内でヤるのってどうだ? 興奮しない?」
「ゴメンね樋泉くん。私今、ちょっと動くのもダメみたい。結構傷が深いらしいんだ」
腹部をさすりながら彼女は頭を下げた。その痛みで何かを想起して、こっそり微笑んでいる。
「つまんねぇなー。まーなら、美人ナースさん探してっくかなー」
「じゃあ坊ちゃん、車で待ってますねェ」
「おうおーう」
ひらひらと手を振って病室を出て行く少年。それを見送って、残ってくれた巨漢に途中だった話を再開させた。
「それでですね、ヤツメさんっ。やっぱり見えないものってあったんですよ! 優くんはそれを見せてくれました!」
「夢が叶って良かったねェ」
「次はっ、優くんに会いたいですっ!」
と言い出した彼女の言葉を、巨漢は笑うことなく受け止める。
「死んじゃった彼に会いたいんだねェ」
「そうです! 見えないものが見えるって事はっ、幽霊だって見る事は出来ますもんね!? 会えますよね!?」
先ほどから興奮して、腹部の傷は開きかけていたが、彼女にとってそんなものはちょっと不思議な感覚程度でしかない。
「さァて、霊媒師の知り合いはいたかなァ? イタコさんならいた気はするけどォ……」
うーん、と考え込む巨漢をよそに、彼女は宙を眺めてうっとりとする。
「あぁ、早く会いたいなぁ。優くん……」
「くっくっくっ、今のお嬢ちゃんの顔は、まさに恋する女の子だねェ」
頬を赤らめるその表情に、巨漢は笑った。
そうして彼女は、ようやくに胸の高鳴りの正体に気づいた。
「そっか。これが恋なんですね」
そっと胸に手を当てる。
何もしていないのに速まる鼓動。
頭に浮かぶのは彼の事ばかり。
その見えないものを感じてまた、彼女は想いを馳せた。
歪みながら、まっすぐに。
次の夢へと。
個室が空いておらず、かと言って、他の患者と同等に扱うわけもいかず、大きな部屋で孤独を味あわさせられている。
入り口から見て右側奥。そこからだと直接、窓の向こうを覗き見る事が出来た。といってもその窓は転落防止用の柵があり、景色に余計な線を描いている。
雨。
どこかから落ちて来た滴を木の葉が受け止めて、更に下へ落としていく。
今日から梅雨入りらしい。どうせしばらくは出歩けないのだから、不必要な情報だ。
ぼーっと、やる事もなく外を眺めている彼女に、突然声がかけられた。
「やあやあお嬢ちゃん。銃の出所、誤魔化してくれてありがとうねェ」
振り向くと、そこにいたのは二mに迫る巨漢だった。
傷を隠すハットを取り、軽く礼をするその男に彼女はポカンとした。
「いえいえ、ヤツメさんには私の方がお世話になってばかりですので。ところで、私と面会って出来るんでしたっけ?」
「そこはオレの力だぜー、湊ー」
ひょこ、と巨漢の後ろから同年代の少年が顔を出す。その髪は金に染められ、耳にはいくつものピアス。軽薄な表情を引き立てる出で立ちだった。
「坊ちゃんは色々役に立ちますからねェ。お忍びだよォ、静かにねェ」
巨漢の念押しに頷きながら、「そうだ」と思い出す。
「二人とも聞いてください! 優くん、最後に本当に力を使えるようになったんですよ!」
「へェ、それは頑張った甲斐があったねェ」
巨漢は来客用のパイプ椅子を取り出してどっしと座る。少年の方は患者との距離感も考えずベッドに腰かけた。
「ふーん、それより病院内でヤるのってどうだ? 興奮しない?」
「ゴメンね樋泉くん。私今、ちょっと動くのもダメみたい。結構傷が深いらしいんだ」
腹部をさすりながら彼女は頭を下げた。その痛みで何かを想起して、こっそり微笑んでいる。
「つまんねぇなー。まーなら、美人ナースさん探してっくかなー」
「じゃあ坊ちゃん、車で待ってますねェ」
「おうおーう」
ひらひらと手を振って病室を出て行く少年。それを見送って、残ってくれた巨漢に途中だった話を再開させた。
「それでですね、ヤツメさんっ。やっぱり見えないものってあったんですよ! 優くんはそれを見せてくれました!」
「夢が叶って良かったねェ」
「次はっ、優くんに会いたいですっ!」
と言い出した彼女の言葉を、巨漢は笑うことなく受け止める。
「死んじゃった彼に会いたいんだねェ」
「そうです! 見えないものが見えるって事はっ、幽霊だって見る事は出来ますもんね!? 会えますよね!?」
先ほどから興奮して、腹部の傷は開きかけていたが、彼女にとってそんなものはちょっと不思議な感覚程度でしかない。
「さァて、霊媒師の知り合いはいたかなァ? イタコさんならいた気はするけどォ……」
うーん、と考え込む巨漢をよそに、彼女は宙を眺めてうっとりとする。
「あぁ、早く会いたいなぁ。優くん……」
「くっくっくっ、今のお嬢ちゃんの顔は、まさに恋する女の子だねェ」
頬を赤らめるその表情に、巨漢は笑った。
そうして彼女は、ようやくに胸の高鳴りの正体に気づいた。
「そっか。これが恋なんですね」
そっと胸に手を当てる。
何もしていないのに速まる鼓動。
頭に浮かぶのは彼の事ばかり。
その見えないものを感じてまた、彼女は想いを馳せた。
歪みながら、まっすぐに。
次の夢へと。
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