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怪我のないよう、最後まで頑張りましょう
(三)
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「也耶子おばちゃんとぉ、ハルオおじちゃんねっ」
也耶子、紡生、ハルオは手をつなぎ、三人で並んで歩いて幼稚園に向かう。さっき初めて会った赤の他人による家族ごっこの始まりだ。紡生の通う赤松学園付属こばと幼稚園は、都内でも有名な私立の名門幼稚園。園の行事に保護者以外の出席は認めず、例の家政婦は祖母として参加する予定だったらしい。
「中村さん、腰が痛いんだって。早く治るといいなぁ」
大好きな家政婦の中村さんが寝込んでいるため、紡生は寂しい思いをしているようだ。
「でも、今日はおばちゃんとおじちゃんがいるから、つんちゃんは寂しくないよ」
嬉しそうな笑顔を向けられると、ついこちらまで頬が緩んでしまう。一滴も血のつながらない少女なのに、可愛い姪っ子に思えてしまうから不思議だ。正面玄関で受け付けを済ませ、指定された保護者席へと移動する。事前に倫代が出席者変更を伝えてあったので、不審に思われることはなかった。
幼稚園はこれまた付属の小学校と併設されているため、運動会は小学校の校庭を使用するという。狭い園庭でワイワイガヤガヤ大騒ぎという図を想像していたのだが、場は整然とした雰囲気だった。
「校庭が広いから場所取りなんかする必要もないってわけか」
指定された年長つき組の保護者席にレジャーシートを敷いて、也耶子とハルオは仲良く座り込んだ。
立花ハルオは一緒にいて楽しい相手で、パーソナルエリアを脅かす至近距離に居ても嫌な感じがしない。むしろ同性の友人のようで居心地が良い相手だ。元モデルというだけあって顔もスタイルもファッションセンスも良く、夫役としては申し分のない男性なのだが、何故か全く恋愛対象として見ることができない。それはまだ恋に向き合うほど心が癒されていないということか。はたまた別の理由があるのか也耶子にはわからなかった。
「今日はお仕事がキャンセルになったそうですね」
周囲を確認してから小声で尋ねてみた。
「昨日発売の写真週刊誌をチェックした? それか、ワイドショーは見た?」
「いいえ。何か大きな話題でもありました?」
「大きな話題っちゃあ話題かな。でも、スクープされたのが小物だから、すぐに下火になるだろうね」
「一体何があったんですか? そんな勿体ぶらないで、早く教えてくださいよ」
「実はスクープ絡みでグラビア撮影がキャンセルになったんだよ」
何と矢次隼人との熱烈キス現場がスクープされたため、急遽一ノ瀬まぁやのグラビア撮影が中止になったという。
「えっ、一ノ瀬まぁやと矢次ですか?」
「しぃっ! 声がデカいっすよ、也耶子さん」
実は先週、誠実キャラが売りの矢次は、二回りも年下の大学生との結婚を発表したばかりだ。しかも、その若妻はなんと妊娠五か月だったのだ。
「結婚報告とキス写真の順番が逆だったら、ここまで大騒動にならなかったんだけどね。それに……」
つかさ芸能事務所から独立後、飲酒による遅刻やすっぽかしが続いて、矢次は撮影現場での評判がすっかり落ちているそうだ。それなのに不倫スキャンダルを起こして、芸能界を干されてしまうのではないかと危ぶまれているという。そのため、つかさ芸能事務所に今までの詫びを入れて、問題を解決してもらおうと泣きついたらしい。
後に悦子から聞いた話によると、矢次の新妻とがっちりタッグを組んで二度と同じ過ちを犯さぬよう反省を促したそうだ。ほとぼりが冷めるまで事務所の劇団の研修員として一から出直すことになったという。
一方、一ノ瀬まぁやはSNSで「話題作りに選んだ相手がたまたま既婚者だっただけ」と開き直った発言をして、完全に活動の場を失ってしまったようだ。
「以前にも既婚者に手を出して、相手の家族に迷惑をかけたってもっぱらの噂だよ。この手のスキャンダルは世間から一番バッシングされるから、今後テレビも雑誌もまぁやを使うことはないだろうね」
それは多分、逞の葬儀告別式での騒動だと思ったが、ハルオの前では素知らぬふりをした。
「それじゃあ、もう彼女は……」
「そのうち事務所も解雇されるって話だから、タレント活動は無理じゃないかな。でも、YouTuberに転身するなんて噂もあるし、至って本人にはダメージがないみたいだよ」
元々売名行為をしなければ世間に名前が出ないような器だ。これ以上、芸能界にしがみつくより、他の居場所を探した方が賢明だろう。それにしても、世間からのバッシングも気にせず、暢気にYouTuberに転身とは筋金入りの強心なのかもしれない。
「ちょっとでも可哀想だと思った私が馬鹿だったわ」
「そろそろ出番だから、移動しようか」
そうこうしているうちにプログラムナンバー四、年長組による「組み体操」の順番が近づいていた。最近では小中学校で組み体操の事故が多発し社会問題になっているが、今回は安全を考慮して専門家の指導の下でおこなわれるという説明書きあった。
ピラミッドやタワーなど人間が積み上がる「組立体操」を排除して、ペアでおこなう屈伸など互いの力を利用し合う「組体操」を主にしたそうだ。大技はないものの扇やブリッジ、倒立など、園児たちが一斉に演技を披露する姿は感動的だった。その上、ダンスと違って大きな移動がないので、写真やビデオを撮る保護者にも適したプログラムだった。
「どの子も一生懸命で可愛いなぁ」
仕事で使っているという一眼レフカメラで、ハルオは黙々と写真を撮っている。その横で也耶子は三脚に固定されたビデオを回していた。
「もしかしたら、グラビアよりも向いているんじゃあないですか?」
「かもしれないなぁ。俺、女に興味ないから」
あっさりとしたカミングアウトに、也耶子は面食らってしまった。だが、さっきハルオに感じた居心地の良さは、こういう理由があったからだと納得できたような気がした。
也耶子、紡生、ハルオは手をつなぎ、三人で並んで歩いて幼稚園に向かう。さっき初めて会った赤の他人による家族ごっこの始まりだ。紡生の通う赤松学園付属こばと幼稚園は、都内でも有名な私立の名門幼稚園。園の行事に保護者以外の出席は認めず、例の家政婦は祖母として参加する予定だったらしい。
「中村さん、腰が痛いんだって。早く治るといいなぁ」
大好きな家政婦の中村さんが寝込んでいるため、紡生は寂しい思いをしているようだ。
「でも、今日はおばちゃんとおじちゃんがいるから、つんちゃんは寂しくないよ」
嬉しそうな笑顔を向けられると、ついこちらまで頬が緩んでしまう。一滴も血のつながらない少女なのに、可愛い姪っ子に思えてしまうから不思議だ。正面玄関で受け付けを済ませ、指定された保護者席へと移動する。事前に倫代が出席者変更を伝えてあったので、不審に思われることはなかった。
幼稚園はこれまた付属の小学校と併設されているため、運動会は小学校の校庭を使用するという。狭い園庭でワイワイガヤガヤ大騒ぎという図を想像していたのだが、場は整然とした雰囲気だった。
「校庭が広いから場所取りなんかする必要もないってわけか」
指定された年長つき組の保護者席にレジャーシートを敷いて、也耶子とハルオは仲良く座り込んだ。
立花ハルオは一緒にいて楽しい相手で、パーソナルエリアを脅かす至近距離に居ても嫌な感じがしない。むしろ同性の友人のようで居心地が良い相手だ。元モデルというだけあって顔もスタイルもファッションセンスも良く、夫役としては申し分のない男性なのだが、何故か全く恋愛対象として見ることができない。それはまだ恋に向き合うほど心が癒されていないということか。はたまた別の理由があるのか也耶子にはわからなかった。
「今日はお仕事がキャンセルになったそうですね」
周囲を確認してから小声で尋ねてみた。
「昨日発売の写真週刊誌をチェックした? それか、ワイドショーは見た?」
「いいえ。何か大きな話題でもありました?」
「大きな話題っちゃあ話題かな。でも、スクープされたのが小物だから、すぐに下火になるだろうね」
「一体何があったんですか? そんな勿体ぶらないで、早く教えてくださいよ」
「実はスクープ絡みでグラビア撮影がキャンセルになったんだよ」
何と矢次隼人との熱烈キス現場がスクープされたため、急遽一ノ瀬まぁやのグラビア撮影が中止になったという。
「えっ、一ノ瀬まぁやと矢次ですか?」
「しぃっ! 声がデカいっすよ、也耶子さん」
実は先週、誠実キャラが売りの矢次は、二回りも年下の大学生との結婚を発表したばかりだ。しかも、その若妻はなんと妊娠五か月だったのだ。
「結婚報告とキス写真の順番が逆だったら、ここまで大騒動にならなかったんだけどね。それに……」
つかさ芸能事務所から独立後、飲酒による遅刻やすっぽかしが続いて、矢次は撮影現場での評判がすっかり落ちているそうだ。それなのに不倫スキャンダルを起こして、芸能界を干されてしまうのではないかと危ぶまれているという。そのため、つかさ芸能事務所に今までの詫びを入れて、問題を解決してもらおうと泣きついたらしい。
後に悦子から聞いた話によると、矢次の新妻とがっちりタッグを組んで二度と同じ過ちを犯さぬよう反省を促したそうだ。ほとぼりが冷めるまで事務所の劇団の研修員として一から出直すことになったという。
一方、一ノ瀬まぁやはSNSで「話題作りに選んだ相手がたまたま既婚者だっただけ」と開き直った発言をして、完全に活動の場を失ってしまったようだ。
「以前にも既婚者に手を出して、相手の家族に迷惑をかけたってもっぱらの噂だよ。この手のスキャンダルは世間から一番バッシングされるから、今後テレビも雑誌もまぁやを使うことはないだろうね」
それは多分、逞の葬儀告別式での騒動だと思ったが、ハルオの前では素知らぬふりをした。
「それじゃあ、もう彼女は……」
「そのうち事務所も解雇されるって話だから、タレント活動は無理じゃないかな。でも、YouTuberに転身するなんて噂もあるし、至って本人にはダメージがないみたいだよ」
元々売名行為をしなければ世間に名前が出ないような器だ。これ以上、芸能界にしがみつくより、他の居場所を探した方が賢明だろう。それにしても、世間からのバッシングも気にせず、暢気にYouTuberに転身とは筋金入りの強心なのかもしれない。
「ちょっとでも可哀想だと思った私が馬鹿だったわ」
「そろそろ出番だから、移動しようか」
そうこうしているうちにプログラムナンバー四、年長組による「組み体操」の順番が近づいていた。最近では小中学校で組み体操の事故が多発し社会問題になっているが、今回は安全を考慮して専門家の指導の下でおこなわれるという説明書きあった。
ピラミッドやタワーなど人間が積み上がる「組立体操」を排除して、ペアでおこなう屈伸など互いの力を利用し合う「組体操」を主にしたそうだ。大技はないものの扇やブリッジ、倒立など、園児たちが一斉に演技を披露する姿は感動的だった。その上、ダンスと違って大きな移動がないので、写真やビデオを撮る保護者にも適したプログラムだった。
「どの子も一生懸命で可愛いなぁ」
仕事で使っているという一眼レフカメラで、ハルオは黙々と写真を撮っている。その横で也耶子は三脚に固定されたビデオを回していた。
「もしかしたら、グラビアよりも向いているんじゃあないですか?」
「かもしれないなぁ。俺、女に興味ないから」
あっさりとしたカミングアウトに、也耶子は面食らってしまった。だが、さっきハルオに感じた居心地の良さは、こういう理由があったからだと納得できたような気がした。
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