神様はいつも私に優しい~代理出席人・須藤也耶子の奮闘記~

勇内一人

文字の大きさ
30 / 74
怪我のないよう、最後まで頑張りましょう

(七)

しおりを挟む
 夕飯を食べた終えた紡生と真司をバスルームに追いやり、次なる夕飯作りに取りかかった。冷凍庫にある鶏モモ肉(半身)を解凍し、一口大に切る。玉ねぎ半分を薄く切り、にんにく一かけもスライスしておく。フライパンを火 にかけ具材を炒め、塩と黒コショウで軽く味付けをする。そこへブロッコリーとチーズフォンデュの残りを加え、とろみ加減を牛乳で調節する。レンジで解凍したご飯を添えて盛り付けると、簡単チキンフリカッセ(*チキンのクリーム煮)の出来上がりだ。 

「うぅん、良い匂いだ。思っていた以上に腹が空いていたようです」
 さっぱりとした様子で真司がリビングダイニングに入って来た。ドアの向こうからドライヤーの音が聞こえたので、紡生は入浴後の支度に追われているらしい。
「多めにご飯を解凍してしまったけれど、空腹なら全部食べられそうですね。あと、晩酌は?」
「冷蔵庫にビールが入っているので、それを一本お願いします」
「はい、了解です。グラスは使います?」
「いいえ。缶のままで結構です」
 テーブルに着いた真司の前に、チキンフリカッセとビールを並べた。
「上手そうだなぁ、これは何て料理ですか?」
「一応チキンフリカッセです。でも、チーズフォンデュの残りを使っているので、レシピ通りではありません」
「ふぅん、チキンフリカッセねぇ。いただきます」
 先ずはビールを一口飲んでから、真司はチキンフリカッセを口に入れた。
「美味い! ドリアみたいなものかと思っていたら、ニンニクと黒コショウでパンチが効いていて……うぅん、ビールにもよく合うなぁ」
 余程空腹だったらしく、ビールを飲みながら黙々と食べ続けている。
「お父さん。つんちゃん、自分のお部屋で、ご本を読んでいても良い?」
 身支度を整え終えた紡生が父親に声をかけた。
「歯は磨いた?」
「うん、バッチリ磨いたよ」
 紡生は口を大きく開けて父親に見せた。
「OK、合格だ。たくさん読んできなさい」
「はぁい」
 娘には聞かれたくない話があるためか、真司はにこやかに紡生を見送った。

 紡生が自室へ入ったのを確認してから、真司はスプーンを置いて話し始めた。
「今日は色々と申し訳ありませんでした。まさか見ず知らずのあなたに娘の世話を押し付けて、妻が逃亡するとは思ってもいなかったので……」
「と、逃亡って、奥様はどうされたんですか?」
 まるで倫代が犯罪でも起こしたかのように、真司は人聞きの悪い言葉を使った。だが、よくよく話を聞くと、彼は刑事事件専門の弁護士なのでそういう言葉が出たそうだ。
「逃亡は言い過ぎかもしれませんが、これを残して家を出て行ったのだから似たようなものです」
 彼は隣の椅子の上に隠していた離婚届を也耶子に見せた。そこには常盤倫代の署名と印鑑が押してある。
「り、離婚届って、常盤さんご夫妻は……あの、紡生ちゃんはこの状況をご存じなのですか?」
「まさか、あの子は何も知りません。でも、恥ずかしながらうちの場合は、夫婦といっても仮面状態でしたから……もしかしたら、このような状況でも驚かないかもしれません」
 倫代は外資系証券会社に勤める敏腕トレーダーで、ヘッドハンティングで転職を繰り返していたらしい。そして、そのたびに出世していったエリートだという。
「で、でも、あなたも弁護士なら、世間一般にはエリートじゃないですか?」
「弁護士といえば聞こえが良いが、僕の場合は底辺の方ですから。年収は妻の方がずっと上で、このマンションが購入できたのは彼女のお陰です」
 十年前、高校時代の同級生だった二人は、偶然再会し意気投合した。真司は一方的に愛情を押し付けストーカーまがいの行為を繰り返す、元カノとやっとのことで別れた頃だったそうだ。
 仕事一途でクール、しかも気心が知れた倫代と一緒にいると、彼は安心できるところがあったという。二人は互いにパーソナルスペースを決めて、過干渉しない大人の関係を続けていく約束で結婚に至った。
 ところが、娘の紡生が生まれると、真司の心境に変化が現れる。もう少し夫婦らしく、家族らしく生活したいと望むようになったのだ。だが、寝室に離婚届けが残されていたということは、倫代にはそのつもりがないという拒絶の表れだと受け取れるだろう。
 今回、倫代はシンガポールにある投資会社に、好条件でヘッドハンティングされたそうだ。彼女は自分が結婚し出産も経験した「勝ち組」だからと、今の立場で満足しようとしていたらしい。ところが、もっと大きな仕事をしたい、もっと成功したいという願望を、抑えることができなったと真司は断言した。
「どうしても手に入れたい仕事だったんですよ。マンションも、紡生の親権も、何も要らないから離婚してくれと、倫代は手紙を残していました」
「シンガポールですか……そういえば、うちの事務員が奥様の電話を受けた時、後ろで空港のチャイム音が聞こえたと言っていました」
 時間的に十六時四十分羽田空港発、シンガポール航空SQ六三三便に搭乗した可能性が高いと推測された。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...