神様はいつも私に優しい~代理出席人・須藤也耶子の奮闘記~

勇内一人

文字の大きさ
34 / 74
泣いたら思う存分抱っこしてあげましょう

(二)

しおりを挟む
 財産分与を虎視眈々と狙っている両親と、現在の恋人との板挟みになった珠々。結局、彼女は恋に生きる道を選び、両親の要求を拒否して、めでたく問題は解決された。
 運命の相手と信じる恋人に真実を隠し、子供のない夫婦のために代理母になったと打ち明けたという。それならば、謝礼に一千万円を受け取るのは、おかしくない話に思えるのだが……
「日本では代理出産が認められていないから、それって完全に嘘だってバレバレじゃないですか」
「葬儀告別式ではシラを切っていたけれど、あの女は逞が既婚者だって知っていたようね。あなたたちの間に子供がいなかったから、妊娠すれば勝算があると踏んでいたらしいわ。可愛い女のフリして、したたかよね」
 やはり秘密の恋人二号は、逞が既婚者だと知っていたのだ。嘘をつくなら徹底的に突き通すのが二階堂珠々のやり方らしい。
 妊娠を口実に也耶子から逞を奪おうとしたとは口が裂けても言えず、日本では認められていない代理出産という嘘をでっち上げたというわけだ。
「こっちは妊活しても妊娠できなかったのに、一か八かの賭けで妊娠できたとは……」
 欲しいものは手段を選ばず手に入れる、女の執念ほど恐ろしいものはない。

「将来この子は逞の代わりに私の後を継ぐ立場になったのよ」
 すったもんだはあったが養子縁組も無事に終え、赤ん坊は須藤家の跡取りとなった。須藤家は代々横浜市内で飲食店を経営していた。今では千栄子が手腕を発揮して、関東一円にまで店舗を拡大している。
 逞は四十歳になったら千栄子の跡を継ぐ予定で、それまでは好きなことをする約束をしていたらしい。それが四十歳に手が届かないうちにあの世に逝ってしまい、後継者不在になってしまったのだ。
 千栄子には三歳下の妹がいて、一男一女を設けている。だが、どちらも経営者の器ではないし、そもそも飲食店経営には全く興味がないという。
「二人とも財産分与には関心があるようだけれど、店の経営を任されるのは御免だと言うのよ。身勝手な話だと思わない?」
「それは何もせずに大金が手に入れば、楽に越したことないですからね」 
 金が全てだとは思わないが、なくて不自由するのも辛い。無関心ではいられないが、也耶子は自分が金に執着する方だとは思っていない。
「どいつもこいつも口を開けば金、金、金。私が死ぬことばかり願っているような奴らしかいないのよ」
 今回の養子縁組では親戚一同から異論が出たらしく、千栄子は怒り心頭だった。
「でも、どうしてこんな話を私にするんですか?」
「あなただけだったのよ、金銭を要求しなかったのは……」
 財産分与の際も千栄子の代理人である弁護士の言いなりで、也耶子は特に異を唱えようとはしなかった。
「そ、それは最初から逞の財産なんか当てにしていませんでしたから」
「あなたのそういう裏表のない素直な性格を知っていれば、こんなことにならなかったのにね。いいえ、知ろうとしなかった私のミスなのよね」
 千栄子はプライドをかなぐり捨て、自ら間違いを認めた。後に冷静になって考えてみたら、あの状況で精進落としまで無事に終えられたのは、今まで馬鹿にしていた嫁のお陰だったのかもしれないと。
「それなのに、それなのに……こんなにこの子を愛しているのに、どうして私の言うことを聞いてくれないのよぉ」
 さっきは怒り狂ったと思いきや、今度は一転して千栄子が声を上げて泣き出した。
「私はもう六十八のお婆ちゃんだったのよ。体力だけでなく気力だって続かないし、いつまでこの子の面倒を見てあげられるかわからないのよ。ねぇ、どうしたら良いの、也耶子さん。教えて、お願い」
 既に年金が支給される年齢を超えているが、メンテナンスも行き届いているため肌艶も良く、もうすぐ七十に手が届くようには見えない。だが、本人が言うように老体に長年ぶりの育児はきつかろう。
「お、義母さん。千栄子さん、大丈夫ですか?」
 この情調不安定な様子は……もしかしたら千栄子は育児ノイローゼなのかもしれない。しかし、涙ながらに訴えられても、也耶子は全くの赤の他人。赤ん坊の人生には無関係な存在だ。
「お言葉を返すようで申し訳ないのですが、私はもう須藤の家とは縁を切った人間です。今更あなたが私に何を求めているのか、さっぱり見当もつきません」
「也耶子さん、あなたはこの子が可愛くないの?」
 赤ん坊は生きていくための自己防衛本能として、周りに可愛いと思わせるアピールをしているという。その体の動きや特徴を「ベビーシェマ」と呼び、人間だけでなく動物にも当てはまるそうだ。
「もちろん、可愛いですよ。犬でも猫でも、赤ん坊ってみんな可愛いですよね」
「ち、違う! この子は逞の息子なのよ、あなたの夫の忘れ形見なのよ。可愛くないわけないわよね?」
 しかし、この子は也耶子が産んだわけではない。秘密の恋人二号こと、二階堂珠々が一千万円と引き換えに、ちゃっかり産んだ子だ。それに、この子はどう見ても母親に似たのだろう。気持ち良さそうに眠る赤ん坊に、亡き夫の面影はなかった。
「そう言われもねぇ……」
 あれから一年が経ち、今ではもう逞への気持ちもすっかり冷めていた。何の未練も執着もない、単なる過去の人になりつつある。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...