神様はいつも私に優しい~代理出席人・須藤也耶子の奮闘記~

勇内一人

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泣いたら思う存分抱っこしてあげましょう

(三)

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「……もう、あなたって人は!」
 反応の鈍い也耶子にしびれを切らした千栄子は、目の前でスマホを手に取りどこかへと電話をかけた。
「もしもし、つかさ総合代理出席人事務所ですか? 代理人の依頼をお願いしたいのですが、そちらでは担当者の指名はできます?」
 どうして彼女は代理出席人事務所の存在を知っているのだろうか? 
「あっ、そうだ」
 ここの住所と同じで、調査事務所なら簡単に調べ上げることができるだろう。一人納得している也耶子を無視して、千栄子は話を続けた。
「そちらに登録されている須藤也耶子さんに、お願いしたいと思っております」
「え? あっ、そっちか!」
 そうか、その手があった。代理出席人の依頼ならば、簡単に断れないと踏んだのだ。公香と話をしている千栄子が不敵な笑みを浮かべ、電話の音声をスピーカーにした。
「失礼ですが、今回はどのような代理人をご希望でしょうか?」
「母親代理をお願いします」
「は、母親代理ですか? うちの須藤に、ですか? あの、お客様はどこで須藤のことを……」
 困惑する公香の声を聞いて、也耶子は仕方なく助け舟を出した。
「宇賀ちゃん、この依頼者は私の元姑、須藤千栄子よ」
「や、也耶子さん? 也耶子さん、お客様とご一緒なんですか?」
「ええ、私のアパートに来ているのよ」
 也耶子の説明で公香も納得したようだ。
「也耶子さんに母親代理をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、母親代理とは、どなたの母親に当たるのでしょうか?」
「その辺りのことは悦子先輩が知っているから大丈夫。二号の産んだ赤ん坊って言えばわかるから」
「に、二号ですね、わかりました。それでは依頼者様、今回はどのようなご希望でしょうか?」
「できれば一週間ほど母親代理として、赤ん坊を預かっていただきたいわね。もちろん、お金ならいくらでも支払います」
 ここで千栄子が大きく出た。だが、育児に関して也耶子はずぶの素人だ。それに以前、保護者代理を務めたとはいえ、常盤紡生と赤ん坊とではだいぶ扱い方が異なるだろう。
「い、一週間は無理です。私は育児に関しては素人ですから、一日、いえ半日で勘弁してください」
 必死の訴えにも敵は引き下がろうとはしない。
「いいえ。一週間が無理なら、最低でも三日!」
「困ります。私には然るべき資格もないし、事務所だって赤ん坊を預かるのに認可登録とかしていなし……」
 也耶子が断ろうと躍起になっているのに、いきなり公香が余計なことを言い出した。
「也耶子さん、今のところベビーシッターには国家資格も存在しないし、開業するにあたって必要な登録や認可もないそうです」
「ほら、それならあなたでも大丈夫ってことじゃない」
 千栄子が得意満面の笑みを浮かべる。
「う、宇賀ちゃん、それ本当の話?」
「はい、急いでネットで調べてみました。でも、資格はないとはいえ重大な責任を負うので、シッターには育児や医療などの広い知識を求められているとのことです」
「管理栄養士だった私に、育児や医療の知識なんかあるわけないじゃない」

 あまりにも無謀な依頼に、也耶子は思わず天を仰いだ。それなのに、隣にいる元姑は追い打ちをかける。
「さぁ、也耶子さん。三日ならお願いできるかしら?」
「あのぉ、お客様。母親代理は二時間で一万円、その後一時間ごとに三千円の加算料金が発生します。また、難しい演技設定や、役割がある場合は料金が加算されますが……それでも母親代理を依頼されますか?」
 相場を知らない公香は、母親代理の依頼費用が割高だと伝えたかったようだ。後で知って驚いたのだが、千栄子はフルタイムでベビーシッターを利用していた。しかも、一時間当たり三千円プラス諸経費で、母親代理を依頼するのと大差ない料金だったのだ。
 ベビーシッターを頼まず也耶子に可愛い孫を託したのは、百歩譲って何かしら理由があってのことだと理解できる。だが、元姑が裏でどんな策を練っているのかは、まだこの時は想像すらできなかった。
「宇賀ちゃん、基本料金で計算すると、二日間の依頼だといくらになるかしら?」
「えっと、ですね……合計で十四万八千円です。万が一、也耶子さんの手に余るような場合は、無理をせず専門家の手を借りてください。その時の経費はお客様の負担になりますが、そちらの方も構わないでしょうか?」
「いくらでも支払うと言っているんだから、その辺りは大丈夫でしょう。でも、これだけは言っておきます、絶対に三日は無理です」
 これだけは絶対に譲れなかったが、千栄子は強敵だった。
「仕方がないわね、間を取って二日で手を打ちましょう。それなら良いでしょう?」
「二日かぁ……うぅん……」
 公香の言う通り、最悪の場合は母親代理の代理人を頼むだけだ。そう腹をくくれば、悩むことはない。
「二日だけなら引き受けましょう。その代わり、何が起きても私に責任はありませんからね」
 渋々ながら也耶子は二日間の母親代理人を引き受けた。
「それではお客様、今から申し上げる口座へと料金をお支払いいただけますか?」
「料金は也耶子さんに預けてもよろしいかしら?」
 誰を相手にしても、千栄子は我を通す女だった。
「……今回限りの特例ということで、也耶子さんが代わりに預かっていただけますか? あと、領収書はどういたしましょうか?」
「私のポケットマネーから支払うから、領収書は結構ですと言いたいところだけど……事務処理の都合もあるでしょうから、也耶子さんに渡してください」
 さすがにここは経営に携わる者としての配慮を見せた。
「はい、かしこまりました。それでは須藤千栄子様から、母親代理二日間のご依頼を承りました」
 かくして商談が成立し、千栄子は満足した様子で電話を切った。
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