英雄の孫は今日も最強

まーびん

文字の大きさ
4 / 17

第4話  英雄を継ぐ者

しおりを挟む
 トリスタニア軍は、ターセル男爵領に侵攻、国境近くの村々を焼き払いながら進軍してきていた。

「いやあぁぁぁっ!」

 女子供が悲鳴を上げながら、火を放つ敵兵から逃げまどっている。
 男たちも農具を手に必死に抵抗しているようだが、フル装備の敵兵に敵うはずもない。

 そこに、父上の竜騎士団が駆け付ける。

「トリスタニア軍め! 覚悟しろ!」

 父上は赤竜の上で槍を構えて威圧する。

「来たか! ターセル男爵だな!」

 竜騎を見上げてあくどく笑う派手な黒鎧の男は、敵将ドミニア将軍だろう。
 なるほど、祖父ちゃんほどではないが、そこそこ強そうに見える。

 ずらりと並ぶトリスタニア軍は、総勢2万の兵力。
 それに対し、父上の竜騎部隊は100騎ほど。
 後から応援で1000人ほどの歩兵部隊が来るはずだが、そんなものは焼け石に水だ。
 しかも、トリスタニアの竜騎200騎が飛び立ち、父上の前に展開する。

「く……!」
「どうした、戦わぬのか?」

 ニヤニヤと笑うドミニア将軍を、父上は額に青筋を立てて睨む。
 どう考えても勝ち目はないが、父上も領主。領民を見捨てて引くわけにはいかない。

「これ以上奴らの狼藉を許すな! 我が領民を守るため、一人でも多く奴らを道連れに……」

「ちちうえー!」

 父上が号令をかけようとした時、俺は赤竜の荷袋からぴょこりと顔を出す。
 いっけね。もたもたしてたら、危うく父上たちが無謀な突撃をしてしまう所だった。

「ロイ⁉」

 父上ははっとして振り返り、困惑して俺を見る。
 そうだよな、荷袋から幼児が出て来るなんて思わないよな。
 まぁ、俺がこっそり忍び込んだんだけど。

「どうしてここに⁉ 屋敷にいるよう言っただろう⁉」

 父上は号令をかけることもできずオロオロする。

「あのね、おれね、じいじとやくそくしたから、まもりにきたの」

 俺がこのターセル男爵領を守らないと、祖父ちゃんが安心して戦えない。
 それに、男と男の約束なんだ。

 俺は荷袋から、つまり竜の背中から飛び降りた。

「ロイーッ‼」

 父上も兵たちも真っ青になって叫ぶが、俺にはこんなのどうってことない。
 祖父ちゃんと遊びに行ったら、これぐらいの事はよくしている。

「よっ!」

 俺は30メートルほど落下して、両手を上げてすとんと地面に着地し、敵軍に向き直った。

「な……な……⁉」

 父上たちが動揺しているみたいだが、今はそんなことに構っていられない。

「おまえがしょーぐんか」

 俺が目を合わせると、ドミニア将軍は面白いものを見つけたように俺を睨め返す。

「何だ小僧。ルードルフの孫か」
「おまえ、じいじのことしってるのか?」
「知っているとも。いつかこの手で殺してやろうと思っていた。そうすれば、奴の名声は俺の物だからな」

 ピクリ、と俺の眉が跳ねる。

「だがその前に、領地を踏みにじり、息子と孫の死体を晒してやろう。戦地から戻ってきた奴がどんな顔をするか、見物だと思わんか?」

 ドミニア将軍は父上の方をちらりと見て、クッと口の端を釣り上げる。

「ぐ……! 貴様っ‼」

 父上は射殺すような目でドミニア将軍を睨むが、俺は冷静に考える。

 父上は、領地を経営することに関しては優れているが、実は戦闘にはあんまり向いてない。
 武闘派ゴリゴリの祖父ちゃんの息子にしては、人並み程度の実力だ。
 やはり、ここは俺が決着をつけるべきだな。

「おい、おまえ」

 俺はドミニア将軍に指を突きつける。

「けっとうだ。おれがかったら、ぐんをひけ」
「あぁ?」

 ドミニア将軍は俺を見下ろし、馬鹿にしたように小首をかしげる。

「お前みたいな赤ん坊と決闘しろだと? 何の冗談だ?」
「こわいのか?」

 俺がニヤリと笑って挑発すると、ドミニア将軍はフン、と鼻を鳴らして剣の柄に手をかけた。

「言葉には気をつけろよ、小僧」
「いいから、さっさとかかってこい」

 俺は祖父ちゃんに習った構えを取り、全身の身体強化魔法を最大にする。

「ならあの世で後悔しろ、このガキ!」

「ロイッ、逃げろーっ!」

 ドミニア将軍は、舐めた態度のまま俺に斬りかかってきた。
 俺の腕を狙っている。父上への見せしめにでもするつもりだろう。
 あぁ、なんてくだらない。

 俺が地を蹴って飛ぶと、かき消えた俺の姿を見失ったドミニア将軍が一瞬呆ける。

「は……?」

 俺は一瞬で奴の背後に回り込み、斜め下から背中を蹴り上げた。

「がっ⁉」

 衝撃で宙に浮いたドミニア将軍の上に飛んで、今度は腹に踵落としを喰らわせ墜落させる。

 さらに地面に叩き付けられた衝撃で跳ね上がった身体を横から膝で蹴り飛ばし、飛んだ先に回り込んで反対側へと殴り飛ばす。
 そうして、あっちへこっちへと10コンボほど立て続けに攻撃を喰らわせた後、両拳を固めて地面へと叩きつけた。

「が……かは……っ」

 ふぅ、死んでないみたいだ、何とか手加減できたな。

「おまえなんかより、じいじのほうがずっとつよい」

 俺はピクピク痙攣するドミニア将軍に興味をなくし、背を向ける。

「ろ……ロイ……?」

 父上や他の兵士たちは、敵も味方も、言葉もなく俺を見つめている。
 まぁ、父上と母上は俺の実力を祖父ちゃんから聞いてはいたと思うけど、実際の力を見せたことはなかったし。
 ちょっとビックリしたのかな。

「き……さま……っ!」
「!」

 俺の背後から、ドミニア将軍の息も絶え絶えの声が聞こえる。
 まだ意識があるなんて、中々しぶといな。

 何を言うつもりかと俺が待っていると、ドミニア将軍はよろよろと立ち上がり、剣を俺に向けて構えた。

「この……化け物が……っ! だが、こちらは軍勢だぞ! 数の暴力を知るがいい……っ!」

 ドミニア将軍は剣を掲げ、号令をかける。

「全軍かかれーっ! この地を蹂躙しろー‼」

 敵軍は一瞬あっけにとられたが、すぐに鬨の声を上げ前進し始める。

「「「おおおーっ‼」」」
「くっ! 不味いっ!」

 父上も兵たちに指示を出そうと振り返る。

 が、そもそも俺はこの領地を守ると祖父ちゃんに約束したんだ。
 俺に進軍を許す気はない。

 俺は全身の力を足に集め、力士が四股を踏むように足を上げると、力いっぱい踏み下ろす。
 ドズン・・・‼

「「「うわぁぁぁっ!」」」

 グラグラと地面が揺れて兵たちはすっ転び、進軍が止まる。

「すぅぅ……」

 そして俺は大きく息を吸い、集中して全身に強化魔法を行き渡らせた。
 祖父ちゃんに習った、威圧の咆哮『ウォークライ』。

『ウオオオオォォォーー‼』

 俺の全霊の雄たけびを聞いて、竜騎は混乱して統率を失い、逃走する。
 敵兵の半分が気を失い、4分の1が恐慌状態。
 残り4分の1も、足がすくんで動けなくなる。

 さすが、「絶対的捕食者の威圧」と祖父ちゃんが言うだけある。
 問題は、味方の兵士までもが戦闘不能になってる事だけど。

「ぐ……う……っ!」

 ドミニア将軍は、さすがに軍を率いるだけの胆力があるのか、その場で持ちこたえている。

 が、さっきのダメージもあって膝をついてしまっている。

 俺の仕事はここでお終い、ってことにしたいけど、まぁそうもいかない。
 相手は軍だ、戦闘力を完全に封じてしまわなければな。
 俺は安心させるように、にっこりとほほ笑む。

「だいじょうぶ、ころしはしないから」

 俺は、まだ戦うことができそうな4分の1の兵とドミニア将軍に躍りかかる。
 それから、俺は動く敵兵がいなくなるまで戦場を駆け、致命傷にならない程度にボコボコにしていく。
 戦闘不能になった敵兵は、父上たちが端から拘束して捕虜にしていった。


【ディミトリ(ロイの父)】

 父上から、ロイには父上を凌駕する才能があることは聞いていた。
 だが、まだロイは3歳。
 父上より強くなるとしても、まだまだ先の話だと思っていた。

 それなのに、3歳の時点ですでに父上を超えていようとは……。

 もし私がそのことに早く気づいていたなら、この戦場にロイを連れてきたのだろうか?
 まだ3歳になったばかりの実の息子を?

「……はぁ……」

 私は天幕の中で椅子に座り、頭を抱える。
 実の子の命がかかったことを判断するのは、私には荷が重い。
 まぁ、父上とロイが先に話をつけていてくれたおかげで、こうして助けてもらえたようなのだが。

「それにしても」

 私は先ほどの光景を思い出し、口を引き結ぶ。
 2万対1100という圧倒的な戦力差を、ロイは一人で覆した。

 ロイが戦場をかける姿は、まさに父上を彷彿とさせた。
 目にもとまらぬ速さ、鬼神のごとき強さ、あの絶対強者を体現したような凄み。
 まさに『英雄』の名を継ぐにふさわしい。

「それに比べて私は……」

 領民の命がかかったこの戦で、何の成果も出せなかった。

 私はいつもそうだ。
 幼いころから英雄の父に憧れ、人一倍熱心に鍛錬したと思う。
 しかし、私にはあのような才能は現れなかった。

 周囲から英雄の息子と期待されながらも、私がなれたのは貧乏男爵家の一領主。
 ロイのあの力が羨ましいくないと言えば、嘘になるだろう。

 私が物思いに沈んでいると、天幕にタタタ、と軽い足音が入ってくる。

「ちちうえ!」

 ロイは入ってきて私を見つけるなり、膝に飛びついてきた。
 妻に見られたら窘められてしまうだろうが、今はそんなつまらないことで叱る気になれない。

「どうした? ロイ」

 膝の上に抱き上げてやると、ロイは言いにくそうに私の服の裾をつかんだ。

「ちょっとね、やりすぎちゃったの。ばあばよんでいい?」

 やりすぎた、とは、敵兵を痛めつけ過ぎたということだろう。
 母上は回復魔法の名手だから、治してもらいたいという事か。

 戦争なのに敵兵の命の心配までする私の息子、いい子過ぎないか……?
 そもそも、その敵兵に命の危機をもたらしたことを棚に上げ、私はロイの頭を撫でる。

「そうだな、母上に竜騎の迎えを出そう。味方の兵や村人も癒してもらおうな」
「うん!」

 ロイは膝から降りると、天幕を出て行こうとして、ふと足を止める。

「あのね、ちちうえね」
「ん?」

「きょう、ちちうえかっこよかったとおもう!」
「私が……?」

「うん。あいてのかずがおおかったのに、にげなかったの。すごい!」

 ロイは、少ない言葉ながらちゃんと説明してくれる。

「しんじゃうかもしれなくても、りょーみんのためにたたかえるの、かっこいいよ!」
「ロイ……」

 私は目頭が熱くなって、思わず目を押さえる。

「ありがとうな。お前もすごかったぞ」
「うん! おれ、じいじとやくそくしたから!」

 小さい胸を得意げに張って、ロイはフンフンと鼻息荒く天幕を出ていく。

「皆を救ってくれてありがとうな、ロイ」

 ロイの力は羨ましい。
 だが、それ以上に、私は息子のロイが誇らしかった。


【ロイ】

 捕虜になった敵将のドミニア将軍は、色々と情報を引き出すために王家に引き渡された。
 2万の敵兵たちは、ずっとターセル男爵領に置いておくと負担が大変なことになるので、他の領へとばらけて護送されている。
 あちこちで苦役をさせられるか、トリスタニア王国との交渉の手札にされるのだろう。

 まぁ、俺の知ったことじゃない。

 そんなことより、俺は屋敷へ帰らなければならないことにビクビクしているのだ。

 黙って屋敷から出てきた俺は今、母上の怒りが何より怖い。
 しかし、時間は待ってくれなくて、俺は父上の竜騎に一緒に乗せられ、屋敷へと帰還した。

「「「お帰りなさいませ」」」

 執事やメイド、コック達まで、皆がそろって出迎えてくれる。
 もちろん、母上もだ。

 しかし、さっきから母上の目が俺しか見ていないのが、マジで怖い。

「ちちうえ……」

 俺が竜騎から降りずにささやかな抵抗をしていると、父上は諦めろ、というように俺を抱き上げて地面に降ろした。

 俺はおどおどと母上の前に進み出る。
 戦場にいるより怖い。
 相手がドミニア将軍だったらぶっ飛ばせば済む話だけど、母上をぶっ飛ばすわけにはいかないじゃないか。

 俺はしょんぼりして、母上に叱られるのを待った。

「ロイ! 貴方という子は……!」

 母上の声が聞こえ、俺はビクッと体をすくませる。

「本当に……無事でよかった……‼」

 次の瞬間、俺は柔らかい母上の腕に抱かれて、顔を擦り付けられていた。
 母上の涙が俺のほっぺにこぼれて、俺は心配させたことがすごく申し訳ない気分になる。

「ははうえ、ごめんなさい」

 俺がぎゅっと母上のドレスを握り返すと、母上は二度と放さないとでも言うように、もっと強く俺の事を抱きしめた。
 結構長い時間抱きしめられていて、俺は感動を通り越して呼吸困難になってくる。

「う、うぅ……!」

 そろそろ、本当に苦しいんだけど……。

「ま……まぁまぁ、エマ、それぐらいで……」

 父上が間に入ろうとしてくれたんだけど、母上はそれを断固拒否した。

「いいえ! もう放しません!」

 母上は子供のように駄々をこねる。

「何故私だけがお留守番なのですか! 私だってロイの身に危険が迫っていたら飛んで行きたかったのに! 絶対! 二度と! 離しませんわ‼」

 え、母上ってこんなキャラだっけ……。

 困惑する俺に構わず、母上は俺と目を合わせる。

「ロイの活躍で、ターセル男爵領も領民も救われました。けれど、私には、貴方が死んでしまっては何の意味もないの」
「!」

 それは、俺が祖父ちゃんを見送った時に思ったことだ。

 領主の妻としては、正しくない言葉なのかもしれない。
 それでも、子を持つ母としては、偽らざる本音なのだろう。

 母上は目に涙を浮かべながら、一言一言俺に言い聞かせる。

「貴方はまだ子供なのです! 二度とあんな危険なことはさせませんよ! よいですね、ロイ・フィリポス・ターセル!」

 うわ、母上が本気で怒った時のフルネーム呼びだ……。
 でも、まだまだ冒険し足りない俺は、素直にうんとは言えなくて、そっと視線を逸らして誤魔化すのだった。


 それから、俺には囚人よろしく監視がつけられ、常にメイドや母上の前でしか遊べなくなった。

 別に脱走なんてしないよ。
 だって、まだ祖父ちゃんが帰ってきてないんだから。

 俺は毎日、祖父ちゃんから手紙が来ていないかを周りの大人に聞き、丘から白竜が見えないかを見に行き、祖父ちゃんの部屋にコソコソ入ってみたりして、時間を潰した。

 もし、北の戦線が不味いことになっているのなら、いっそ俺が乗り込もうかな。

 なんて不穏なことすら考え始めたころ、ようやく祖父ちゃんが帰ってきた。
 俺は真っ先に出迎えに行き、白竜が降り立つのをぴょんぴょん跳ねながら待ちわびる。

「じいじ! おかえり!」

 俺は祖父ちゃんが竜の背から降り立つのと同時に飛びつき、祖父ちゃんも満面の笑みで抱き止めてくれる。

「ロイ、元気そうだな。ちょっとだけ背が伸びたのではないか?」

 祖父ちゃんは俺を片手に抱いたまま、竜の世話を使用人に任せ、出迎えに来た父上たちに向き直る。

「今帰った」
「「「お帰りなさいませ」」」

 皆に礼を執られ、祖父ちゃんは一つ頷く。

「うむ。留守の間、苦労を掛けたな。だがもう心配いらぬぞ。ワシが3度与えた打撃で、北の戦線は膠着状態に入った。ワシがしばし不在になっても、しばらくは持つであろう」

 それよりも、と、祖父ちゃんは俺を掲げる。

「聞いたぞ! ロイがトリスタニア軍を降したそうだな!」
「うん!」

 俺は、待ってました、とばかりに戦果をアピールする。

「てきのしょーぐんやっつけた! ほかのへいしも、うごけなくしたの!」
「ほう、それはすごいな!」

 祖父ちゃんは、おべんちゃらではなく、本当に感心して褒めてくれる。
 だって、3歳児がそれだけの事やったんだもんね。そりゃ感心するよ。

 俺は、さらに大事なことを付け加える。

「じいじ! おれね、ちゃんとてかげんしたよ! ころしてないもん! えらい?」

 殺さないのは、殺すより難しい。
 特に、俺や祖父ちゃんみたいに力が有り余ってるとなおさら。

 その辺の苦労を良く知っている祖父ちゃんは、めいっぱい俺を褒めてくれる。

「うむうむ、ロイは誰より活躍したな。えらいぞ~!」
「きゃ~っ!」

 たかいたかいしたままクルクル回してもらって、俺はきゃあきゃあ声を上げてはしゃぐ。

 父上も母上も、他の皆も、この様子を温かい目で見守ってくれている。
 はたから見たら、微笑ましい祖父と孫の交流だろう。
 会話の内容は少々物騒だったけど。

 そんな和やかな雰囲気に、水を差す人物がいた。

「あの、ルードルフ様」
「「ん?」」

 俺と祖父ちゃんが同時にふり向くと、あの王弟オレリアスが立ち尽くしていた。
 どうやら祖父ちゃんと一緒に帰ってきていたらしいが、祖父ちゃんを待ちわびていた俺の目は、完全に王弟をスルーしてしまっていたようだ。

「あぁ、其方の事を忘れておったわ」

 祖父ちゃんは全然悪びれない様子でそう言って、客室へと誘う。

「今回は、ロイ君の話も聞かねばなりません」

 王弟は俺にちらりと視線をくれると、祖父ちゃんについて歩きだした。


「貴方がたは……どうしてこう……」

 無茶苦茶なんだ、と、俺の事情聴取を終えた王弟はテーブルに突っ伏した。

 客間には、俺、祖父ちゃん、王弟、父上、そして断固として居座った母上がいる。
 俺はもう一度祖父ちゃんに戦果を説明でき、ふんすと自慢げに鼻を鳴らした。

「おれ、えらい!」
「う、うん、そうだね。ロイ君は一番の功労者だね……」

 王弟は、顔を引きつらせて俺を褒める。
 褒めているのに、何故かちょっとぐったりしているが。

「ふふふ~っ!」

 俺は後ろに倒れそうなほど反り返って、得意満面だ。

「ロイ?」
「はっ!」

 しかし、母上に冷たい声で名前を呼ばれて、シャキンと背筋を伸ばす。
 危ない、また叱られる所だった。

「……しかし……これは問題ですよ……」

 王弟は前髪をかき上げ、祖父ちゃんを見る。

「ロイ君の事を、どう近隣諸国に説明するのですか……」
「説明などせずともよい」

 祖父ちゃんは、きっぱりと断言した。

「隠しても知る者は知るだろう。だが、自力で調べることもできぬボンクラにまで情報をくれてやる謂れはない」
「ですが、トリスタニア以外にも同盟国はあります。それらの国々には……」
「オレリアスよ」

 祖父ちゃんは王弟の言葉を遮り、強い目で見つめる。

「ワシは、例え王家であろうと、ロイの不利益になるような連中を許しはせぬぞ」
「……!」

 王弟はコクリと息をのみ、頷いた。

「わ、分かっております。十分な配慮が必要でしょう。ですから、なおさら情報をどこまで出すかを決めねばならぬのです」

 大人たちは、ああでもない、こうでもない、と議論を始めてしまう。
 俺は退屈になって、テーブルのマドレーヌっぽい焼き菓子に手を伸ばし、母上の目を気にしながらちびちびとかじり始めた。

 そもそも、俺の実力が知られることは、俺の中ではもう織り込み済みの事だ。
 でなければ最初から戦場に立ったりはしなかった。
 俺の実力が周知されれば、当然面倒なことが降りかかるのは分かっていたけど、かといって、父上が治めるこのターセル男爵領を見捨てるという選択肢は俺にはなかった。
 家族も、家族のような領民も、俺に守る力があるならば守る。
 それだけの事だ。

 まぁ、俺の事が知られすぎて、暗殺者とかがやたら送り込まれるようになったら面倒だけど。

 なんて、この時の俺は、まだ軽く考えて高をくくっていた。
 後々、暗殺者よりも厄介な人物が沢山訪ねてくることになるとも知らずに……。

 やがて、大人たちの話は「同盟国には新たな戦力があることを匂わせるものの、ロイの存在は隠し通す」方向で落ち着いた。
 というのも、母上が「二度とロイを戦場になど出させない!」と強硬に言い張ったからであり、今後俺の力を王家にいいように利用されないよう、祖父ちゃんが予防線を張ったためでもあった。

 明らかに肩を落として帰っていく王弟の竜騎を、俺はのんびりと見送った。
 祖父ちゃんも無事に帰ってきたし、この領地も守れたし、やっと平穏な日常が戻ってきた。
 俺は、明日は祖父ちゃんと何をして遊ぼう、とワクワクして考えながら、屋敷の中へと戻っていった。


【モルグーネ国王】

 モルグーネ王国、王都、王城。

 私、国王ウィリアム・ボニファス・モルグーネ18世は、玉座……ではなく、謁見の間に隣接する控え室のソファで、足を投げ出してくつろいでいた。

「戦争にひと段落がついたかと思えば、次は何の問題だ?」

 弟のオレリアスが、何やら直接話したいことがあると言ってきた。
 オレリアスは将軍で、軍の再編やら捕虜の処遇やら、今はそれどころではないだろうに。

「陛下!」

 バン! といつになく強い勢いで扉を開け、自分と同じ顔の男が入ってくる。
 オレリアスと私は双子だ。違いは、私が金髪でオレリアスが茶髪なことぐらい。その色の差も、光の加減によっては同じに見える程度のものだが。

「陛下、悠長にくつろいでいる場合ではありません!」

 私と違って生真面目なオレリアスは、向かいのソファに座ると身を乗り出してきた。

「オリー。二人きりの時ぐらい、陛下と呼ばなくていいじゃないか」

 私は、子供の時のようにオレリアスを愛称で呼ぶ。

「……ウィリー。悪いが、今は冗談を言っている場合じゃない」

 そして、弟はターセル男爵領であった出来事を、滔々と語り始めた。

「……」

 話し終わると、オリーはぐったりとソファに背を預け、額を押さえて呻く。

「それで、そのロイ君の処遇なのだが……」
「処遇とは?」

 疲れ切った様子のオリーとは違い、私は俄然興味をそそられ、気が付けば身を乗り出していた。

「ロイ君のような『武力』を放置してはおけない……! あの子は、何としても我が国の軍事力に取り込んでしまわねば……!」

 そうでもしなければ危険すぎる! とぶつぶつ呟く弟を、私は頬杖をついて眺めた。

「しかし、ルードルフ殿が許さぬであろう。あのお方は孫にはめっぽう甘いのだろう?」
「あれは甘いなどというものでは……。目の中に入れても痛くないというほどの可愛がりようだ。下手に手を出せば、師匠の怒りが王家に向きかねない!」
「それは恐ろしいな」

 私はだらりと背もたれに背を預け、天井を見上げる。

 以前、オリーが稽古をつけてもらっているのを見たことがあるが、あの御仁は間違いなく鬼か何かだ。少なくとも、人間ではないと思う。
 今回だって、戦場で目を見張るほどの戦果を挙げたのだ。
 まぁ、それは孫も同様なのだが。

「困ったものだな。我が国の戦力がターセル男爵領に偏りすぎている。へそを曲げられて戦から撤退されては困るから、機嫌を損ねるわけにもいかないし。そもそも、その力がこちらに向けば、王家など一瞬で吹き飛ぶのではないか?」

 私がそう尋ねると、オリーはぎこちなく頷いた。

「あの二人を敵にすれば、間違いなく」
「やれやれ」

 私は顎を撫でながら思案する。

「しかし、最高戦力がその子だとすれば、次席がルードルフ殿、そしてその次がガストール魔術師団長といったところか。戦力の偏りを危惧するならば、魔法師団長にはぜひ王家寄りの立場に……」
「忘れたのか、ウィリー」

 オリーはうな垂れたまま、重々しい口調で告げる。

「魔法師団長、ガストール殿は――――」

 オリーの言葉の続きを聞くと、私は今度こそがっくりと肩を落としたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

ちくわ
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜

伽羅
ファンタジー
【幼少期】 双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。 ここはもしかして異世界か?  だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。 ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。 【学院期】 学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。 周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。  

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...