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「診察室の危機」
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夜八時。
新宿メンタルクリニックの待合室には、まだ数人の患者が残っていた。
外ではネオンが光り、歌舞伎町の騒がしい声がビルの中まで届いてくる。
受付で看護師の富田さゆりがカルテを整理していた。
その時だった。
ドアが急に開く。
若い女性が入ってくる。
フラフラしている。
そして。
床に赤い滴が落ちた。
血だった。
さゆりがすぐに駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
女性の手首には、いくつもの切り傷。
浅いが、新しい。
自傷だった。
さゆりはすぐ叫ぶ。
「藤川先生!」
診察室。
藤川優斗が女性を椅子に座らせる。
「落ち着いて」
静かな声。
女性の呼吸は荒い。
涙が止まらない。
優斗はガーゼで止血を始める。
「深くない」
「大丈夫」
女性が震えながら言う。
「すみません…」
優斗は首を振る。
「謝らなくていい」
女性は二十五歳。
会社員。
名前は美香。
優斗が聞く。
「どうして切った?」
女性はしばらく黙っていた。
そして。
「会社…」
声が震える。
「今日、解雇されて」
「もう無理で」
涙が止まらない。
優斗は急がない。
沈黙を受け止める。
「辛かったですね」
女性はうなずく。
「もう消えたい」
優斗はその言葉に反応する。
「死にたい?」
女性は首を振る。
「でも消えたい」
精神科ではよくある表現だった。
希死念慮ではないが、強い絶望。
その時。
診察室のドアが開く。
新田里奈が入る。
一瞬で腕を見る。
医師としての判断は早い。
「縫合不要」
「浅い自傷」
冷静な声。
カルテを開く。
里奈が患者に聞く。
「初めてですか」
女性がうなずく。
「はい」
里奈が言う。
「衝動的自傷ですね」
優斗は女性の様子を見ていた。
里奈は処方箋を書き始める。
「抗不安薬」
「睡眠薬」
「一週間分」
優斗が言う。
「薬だけで大丈夫?」
里奈が顔を上げる。
「パニックと衝動」
「まず落ち着かせる」
医学的判断だった。
正確で合理的。
優斗は女性に聞く。
「今一人?」
女性が答える。
「はい」
「東京に来て一年」
「友達もいません」
優斗は少し考える。
新宿。
一人暮らし。
失業。
自傷。
危険な状況だった。
優斗が言う。
「今日は誰かと話した方がいい」
女性が涙を拭く。
「先生…」
優斗は言う。
「この後でも来ていい」
女性が驚く。
「夜でも?」
優斗がうなずく。
「ここは十時まで」
里奈が静かに言う。
「藤川先生」
優斗が振り向く。
里奈は冷静だった。
「医師は生活支援員ではありません」
優斗は黙る。
里奈が続ける。
「治療の役割を越えている」
医学としては正しい指摘だった。
女性は薬を受け取り、ゆっくり帰っていく。
ドアが閉まる。
診察室に沈黙。
医局。
雅人がコーヒーを飲む。
「大変だったね」
優斗は椅子に座る。
疲れた顔。
里奈が言う。
「あなたは患者を背負いすぎ」
優斗が言う。
「でも放っておけない」
里奈は冷静だった。
「精神科医が全員を救うことはできません」
雅人が笑う。
「二人とも正しい」
優斗が顔を上げる。
雅人が続ける。
「優斗は人を見る医者」
「里奈は病気を見る医者」
少し沈黙。
雅人が言う。
「どっちも必要」
窓の外。
新宿の夜はまだ終わらない。
ネオン。
笑い声。
タクシー。
そして。
この街のどこかで。
また誰かの心が崩れている。
新宿メンタルクリニックは、その夜も灯りを消さなかった。
新宿メンタルクリニックの待合室には、まだ数人の患者が残っていた。
外ではネオンが光り、歌舞伎町の騒がしい声がビルの中まで届いてくる。
受付で看護師の富田さゆりがカルテを整理していた。
その時だった。
ドアが急に開く。
若い女性が入ってくる。
フラフラしている。
そして。
床に赤い滴が落ちた。
血だった。
さゆりがすぐに駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
女性の手首には、いくつもの切り傷。
浅いが、新しい。
自傷だった。
さゆりはすぐ叫ぶ。
「藤川先生!」
診察室。
藤川優斗が女性を椅子に座らせる。
「落ち着いて」
静かな声。
女性の呼吸は荒い。
涙が止まらない。
優斗はガーゼで止血を始める。
「深くない」
「大丈夫」
女性が震えながら言う。
「すみません…」
優斗は首を振る。
「謝らなくていい」
女性は二十五歳。
会社員。
名前は美香。
優斗が聞く。
「どうして切った?」
女性はしばらく黙っていた。
そして。
「会社…」
声が震える。
「今日、解雇されて」
「もう無理で」
涙が止まらない。
優斗は急がない。
沈黙を受け止める。
「辛かったですね」
女性はうなずく。
「もう消えたい」
優斗はその言葉に反応する。
「死にたい?」
女性は首を振る。
「でも消えたい」
精神科ではよくある表現だった。
希死念慮ではないが、強い絶望。
その時。
診察室のドアが開く。
新田里奈が入る。
一瞬で腕を見る。
医師としての判断は早い。
「縫合不要」
「浅い自傷」
冷静な声。
カルテを開く。
里奈が患者に聞く。
「初めてですか」
女性がうなずく。
「はい」
里奈が言う。
「衝動的自傷ですね」
優斗は女性の様子を見ていた。
里奈は処方箋を書き始める。
「抗不安薬」
「睡眠薬」
「一週間分」
優斗が言う。
「薬だけで大丈夫?」
里奈が顔を上げる。
「パニックと衝動」
「まず落ち着かせる」
医学的判断だった。
正確で合理的。
優斗は女性に聞く。
「今一人?」
女性が答える。
「はい」
「東京に来て一年」
「友達もいません」
優斗は少し考える。
新宿。
一人暮らし。
失業。
自傷。
危険な状況だった。
優斗が言う。
「今日は誰かと話した方がいい」
女性が涙を拭く。
「先生…」
優斗は言う。
「この後でも来ていい」
女性が驚く。
「夜でも?」
優斗がうなずく。
「ここは十時まで」
里奈が静かに言う。
「藤川先生」
優斗が振り向く。
里奈は冷静だった。
「医師は生活支援員ではありません」
優斗は黙る。
里奈が続ける。
「治療の役割を越えている」
医学としては正しい指摘だった。
女性は薬を受け取り、ゆっくり帰っていく。
ドアが閉まる。
診察室に沈黙。
医局。
雅人がコーヒーを飲む。
「大変だったね」
優斗は椅子に座る。
疲れた顔。
里奈が言う。
「あなたは患者を背負いすぎ」
優斗が言う。
「でも放っておけない」
里奈は冷静だった。
「精神科医が全員を救うことはできません」
雅人が笑う。
「二人とも正しい」
優斗が顔を上げる。
雅人が続ける。
「優斗は人を見る医者」
「里奈は病気を見る医者」
少し沈黙。
雅人が言う。
「どっちも必要」
窓の外。
新宿の夜はまだ終わらない。
ネオン。
笑い声。
タクシー。
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この街のどこかで。
また誰かの心が崩れている。
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