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「閉鎖病棟」
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都内の精神科病院。
高いフェンス。
自動でロックされる扉。
ここは精神科閉鎖病棟だった。
新宿メンタルクリニックから紹介された患者、美咲はここに入院していた。
病棟の朝は早い。
朝六時。
廊下の電気が一斉に点く。
看護師の声。
「起床時間です」
患者たちはゆっくり起きる。
無言で窓を見つめる人。
独り言を続ける人。
天井を見て笑う人。
統合失調症の患者が多い病棟だった。
美咲はベッドに座っていた。
入院して三日目。
幻聴はまだ続いている。
「ほら」
「また言ってる」
隣には誰もいない。
だが彼女には聞こえていた。
誰かの声。
悪口。
命令。
統合失調症の典型的な幻聴だった。
看護師が薬を持ってくる。
「朝のお薬です」
小さなカップ。
白い錠剤。
抗精神病薬。
リスペリドン。
美咲は少し嫌そうな顔をする。
「これ飲むと」
「体が重い」
看護師は優しく言う。
「でも声は弱くなるよ」
美咲はゆっくり飲み込んだ。
午後。
藤川優斗が病棟を訪れていた。
外来担当医として、患者の経過を確認するためだった。
病室に入る。
「こんにちは」
美咲は少し落ち着いた顔をしていた。
「先生」
優斗が聞く。
「声はどう?」
美咲は少し考える。
「前より小さい」
薬の効果だった。
抗精神病薬は、脳内のドーパミン活動を抑える。
その結果。
幻覚や妄想は弱くなる。
だが。
別の問題もあった。
美咲が言う。
「体が重い」
「頭がぼーっとする」
副作用。
抗精神病薬には多い。
眠気。
集中力低下。
身体のだるさ。
優斗はカルテを見る。
薬の量は標準。
医学的には適切だった。
だが。
患者は言う。
「前の私じゃないみたい」
優斗はその言葉に少し考え込む。
廊下。
優斗は主治医と話していた。
「症状は改善しています」
医師が言う。
「典型的な統合失調症」
優斗が聞く。
「退院は?」
医師が言う。
「まだ早い」
「再発リスクが高い」
精神科ではよくある判断だった。
病棟のラウンジ。
患者たちが静かにテレビを見ている。
一人の男性は壁に向かって話している。
別の女性は同じ言葉を繰り返している。
優斗はその光景を見ていた。
その時。
新田里奈からメッセージが来る。
「どう?」
優斗が返信する。
「落ち着いてる」
里奈の返事。
「薬が効いてる」
短い文章。
医学的には正しい。
だが。
優斗はラウンジを見ながら思う。
患者たちは静かだった。
穏やかだった。
だが。
どこか。
生気が薄い。
精神科医療。
薬で症状を抑える。
社会生活を守る。
それは必要な治療だった。
だが。
優斗はふと考える。
これは本当に回復なのか。
美咲が窓から外を見ている。
空。
遠くの街。
彼女は言う。
「先生」
優斗が振り向く。
美咲が言う。
「声は減った」
少し笑う。
「でも」
「世界が遠い」
優斗は答えられなかった。
精神医療には矛盾がある。
症状を消すこと。
その代わりに。
患者の感情や活力が弱くなることもある。
それでも。
社会の中で生きるためには必要な治療。
帰り道。
優斗は病院の外に出た。
夕方の空。
ネオンが灯り始める東京。
新宿メンタルクリニック。
あの忙しい診察室。
そしてこの病棟。
優斗は思う。
精神医療とは何か。
治すことか。
守ることか。
それとも。
ただ壊れないよう支えることなのか。
高いフェンス。
自動でロックされる扉。
ここは精神科閉鎖病棟だった。
新宿メンタルクリニックから紹介された患者、美咲はここに入院していた。
病棟の朝は早い。
朝六時。
廊下の電気が一斉に点く。
看護師の声。
「起床時間です」
患者たちはゆっくり起きる。
無言で窓を見つめる人。
独り言を続ける人。
天井を見て笑う人。
統合失調症の患者が多い病棟だった。
美咲はベッドに座っていた。
入院して三日目。
幻聴はまだ続いている。
「ほら」
「また言ってる」
隣には誰もいない。
だが彼女には聞こえていた。
誰かの声。
悪口。
命令。
統合失調症の典型的な幻聴だった。
看護師が薬を持ってくる。
「朝のお薬です」
小さなカップ。
白い錠剤。
抗精神病薬。
リスペリドン。
美咲は少し嫌そうな顔をする。
「これ飲むと」
「体が重い」
看護師は優しく言う。
「でも声は弱くなるよ」
美咲はゆっくり飲み込んだ。
午後。
藤川優斗が病棟を訪れていた。
外来担当医として、患者の経過を確認するためだった。
病室に入る。
「こんにちは」
美咲は少し落ち着いた顔をしていた。
「先生」
優斗が聞く。
「声はどう?」
美咲は少し考える。
「前より小さい」
薬の効果だった。
抗精神病薬は、脳内のドーパミン活動を抑える。
その結果。
幻覚や妄想は弱くなる。
だが。
別の問題もあった。
美咲が言う。
「体が重い」
「頭がぼーっとする」
副作用。
抗精神病薬には多い。
眠気。
集中力低下。
身体のだるさ。
優斗はカルテを見る。
薬の量は標準。
医学的には適切だった。
だが。
患者は言う。
「前の私じゃないみたい」
優斗はその言葉に少し考え込む。
廊下。
優斗は主治医と話していた。
「症状は改善しています」
医師が言う。
「典型的な統合失調症」
優斗が聞く。
「退院は?」
医師が言う。
「まだ早い」
「再発リスクが高い」
精神科ではよくある判断だった。
病棟のラウンジ。
患者たちが静かにテレビを見ている。
一人の男性は壁に向かって話している。
別の女性は同じ言葉を繰り返している。
優斗はその光景を見ていた。
その時。
新田里奈からメッセージが来る。
「どう?」
優斗が返信する。
「落ち着いてる」
里奈の返事。
「薬が効いてる」
短い文章。
医学的には正しい。
だが。
優斗はラウンジを見ながら思う。
患者たちは静かだった。
穏やかだった。
だが。
どこか。
生気が薄い。
精神科医療。
薬で症状を抑える。
社会生活を守る。
それは必要な治療だった。
だが。
優斗はふと考える。
これは本当に回復なのか。
美咲が窓から外を見ている。
空。
遠くの街。
彼女は言う。
「先生」
優斗が振り向く。
美咲が言う。
「声は減った」
少し笑う。
「でも」
「世界が遠い」
優斗は答えられなかった。
精神医療には矛盾がある。
症状を消すこと。
その代わりに。
患者の感情や活力が弱くなることもある。
それでも。
社会の中で生きるためには必要な治療。
帰り道。
優斗は病院の外に出た。
夕方の空。
ネオンが灯り始める東京。
新宿メンタルクリニック。
あの忙しい診察室。
そしてこの病棟。
優斗は思う。
精神医療とは何か。
治すことか。
守ることか。
それとも。
ただ壊れないよう支えることなのか。
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