『夜明けのミッドナイト』

真田直樹

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第一部 出会い

第1章 春、はじまりの駅

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第1章 春、はじまりの駅

三月の終わり。

東京の朝は、まだ冬の名残を引きずっていた。
ホームに吹く風は冷たく、コートの隙間から入り込む。

藤川優斗は、駅のホームの端に立っていた。

電車を待つ人々は、皆どこか忙しそうだった。
スマートフォンを見つめる人。
イヤホンで音楽を聴く人。
黙って遠くを見ている人。

それぞれに、それぞれの人生がある。

けれど優斗には、まだそれがなかった。

高校三年生。
卒業を間近に控えている。

クラスメイトたちは、すでに進路を決めていた。

大学。
専門学校。
就職。

だけど優斗は、何も決まっていなかった。

夢がないわけではない。
ただ、何が夢なのか分からなかった。

「はぁ……」

小さく息を吐く。

白い息が空に消えた。

そのとき、電車がホームに滑り込んできた。

金属の音と共に、ドアが開く。

人の流れが一斉に動く。

優斗も、その流れに押されるように乗り込もうとした。

その瞬間だった。

「待って!」

後ろから声がした。

振り返る。

階段の方から、ひとりの女の子が走ってきていた。

長い黒髪が風に揺れている。
肩からかけたバッグを押さえながら、必死に走っていた。

「すみません!」

女の子はそう言いながら、優斗の横をすり抜けた。

そして電車に飛び込む。

ドアが閉まる直前だった。

間一髪。

「……はぁ……間に合った」

彼女は息を整えながら笑った。

優斗は、なぜかその笑顔に目を奪われた。

明るいわけでも、派手なわけでもない。

だけど、不思議と目を離せない笑顔だった。

思わず声をかける。

「ギリギリでしたね」

女の子は驚いたように顔を上げた。

それから、少し恥ずかしそうに笑う。

「うん……寝坊しちゃって」

その笑い方は、どこか子供みたいだった。

「よかったですね、間に合って」

優斗が言うと、女の子は小さくうなずいた。

「ありがとう」

それだけだった。

たったそれだけの会話。

だけど――

その瞬間、優斗はまだ知らない。

この出会いが、自分の人生を大きく変えることを。

電車は走り出した。

窓の外に、桜の木が見える。

まだ満開ではない。

けれど、ところどころ淡いピンクが咲き始めていた。

春が来ている。

女の子は窓の外を見ていた。

優斗も同じ方向を見た。

同じ景色を見ているのに、
不思議と違う世界を見ているような気がした。

数駅後。

電車がゆっくり止まる。

優斗はドアの前に立った。

「じゃあ」

女の子が言った。

「またどこかで」

優斗は笑った。

「そうですね」

ドアが開く。

優斗はホームに降りた。

振り返ると、電車の中で女の子が軽く手を振った。

そして、電車は走り去った。

春の風がホームを吹き抜ける。

優斗は、しばらく立ち尽くしていた。

名前も知らない。

どこの学校かも知らない。

もう会わないかもしれない。

それでも。

なぜか胸の奥に、小さな光が灯っていた。

駅を出る。

外の空気は少し柔らかくなっていた。

歩いていると、一本の桜の木があった。

花びらが一枚、風に舞う。

優斗はそれを見上げた。

「……春か」

小さくつぶやく。

まだ、何者でもない。

まだ、何も始まっていない。

けれど。

この日、この駅、この朝が。

藤川優斗の人生を動かす

最初の一歩になることを

このときの優斗は

まだ知らなかった。

そして――

その日の午後。

優斗は、一軒の古い喫茶店に入る。

そこで出会う。

人生を変える人たちに。

そして。

十年後。

この小さな出会いが

七人の奇跡の物語の始まりだった
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