『夜明けのミッドナイト』

真田直樹

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第一部 出会い

第2章 喫茶ミッドナイト

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第2章 喫茶ミッドナイト

駅を出ると、朝の街はすでに動き始めていた。

通りにはスーツ姿の会社員。
コンビニの前でコーヒーを飲む人。
急ぎ足で歩く学生。

誰もが自分の行き先を知っているように見える。

藤川優斗だけが、どこか取り残されているようだった。

さっき電車で出会った女の子――
名前も知らない。

それでも、あの笑顔が頭から離れなかった。

「……変だよな」

少し笑う。

たった数秒の会話なのに。

足の向くまま歩いていると、細い路地に入った。

そこは大通りの喧騒とは別世界だった。

静かだった。

古いビル。
小さな店。
昭和の空気が残っているような場所。

そのとき、音が聞こえた。

サックスだった。

低く、深い音。

どこか寂しくて、
でも温かい音だった。

優斗は立ち止まる。

音は一軒の店から聞こえていた。

古い木の扉。

看板にはこう書いてある。

喫茶 ミッドナイト

昼なのにミッドナイト。

優斗は思わず笑った。

「変な名前だな…」

それでも、サックスの音が気になった。

気づけば、扉の前に立っていた。

少し迷う。

けれど、なぜか入ってみたくなった。

ドアを押す。

カラン――

小さなベルの音が鳴った。

店の中は、静かだった。

レコード棚。
古いスピーカー。
カウンター席。

時間が止まっているような空間。

そして。

カウンターの奥に、一人の男がいた。

白髪混じりの髪。
少し無精ひげ。

年齢は六十くらいだろうか。

男はサックスを持っていた。

演奏を止めて、優斗を見る。

「いらっしゃい」

低く落ち着いた声だった。

優斗は少し緊張した。

「あの……」

「コーヒーでいいか?」

男が言った。

優斗はうなずいた。

「はい」

男は何も言わず、コーヒーを入れ始めた。

湯気が立つ。

豆を挽く音が静かな店に響く。

やがてカップが置かれた。

「どうぞ」

優斗は一口飲んだ。

驚いた。

「……美味しい」

男は少し笑った。

「だろ」

優斗は店を見回した。

壁には古い写真。

ジャズミュージシャンのポスター。

レコードがびっしり並んでいる。

「ジャズ、好きなんですか?」

優斗が聞くと、男は肩をすくめた。

「昔な」

それだけだった。

しばらく沈黙が続く。

不思議と気まずくはなかった。

男が聞く。

「高校生か」

「はい」

「進路は?」

優斗は答えに詰まった。

「……まだ決まってなくて」

男はうなずいた。

まるで、全部わかっているように。

「顔に書いてある」

優斗は苦笑した。

「そんなにわかります?」

男はコーヒーを飲む。

「この店、そういう顔した若いのがよく来る」

優斗は少し安心した。

「マスターは、何してたんですか?」

男は少しだけ遠くを見る。

「サックス吹き」

「プロですか?」

「昔な」

それ以上は言わなかった。

男はサックスを手に取った。

「聴くか」

優斗は思わずうなずいた。

男はゆっくり息を吸う。

そして――

音が店に広がった。

深い。

優しい。

どこか切ない。

優斗は動けなかった。

音楽なのに、言葉みたいだった。

まるで、人生を語っているようだった。

演奏が終わる。

店はまた静かになった。

優斗はぽつりと言った。

「すごいですね」

男は笑った。

「普通だよ」

そして言った。

「名前は?」

「藤川優斗です」

男はうなずいた。

「俺は小林勝巳」

優斗はその名前を心に刻んだ。

なぜか、この人とは
長く関わる気がした。

そのときだった。

ドアが開いた。

カラン――

「マスター!」

明るい声が店に響く。

元気な女の子が入ってきた。

「里奈、来たよ!」

後ろから、眼鏡の男。

「うるさい」

さらにその後ろから――

ピアノの音が聞こえた。

優斗は振り返る。

そこにいたのは。

朝、電車で会った女の子だった。

彼女が微笑む。

「あれ?」

「さっきの人」

優斗は驚いた。

「……え?」

小林勝巳は、静かに笑った。

「どうやら」

「ここから、人生が動くらしいな」

そのとき、まだ誰も知らない。

この喫茶店が

七人の若者の運命を結び

そして

十年後――

奇跡の物語の中心になることを。
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