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第一部 出会い
第6章 元ジャズ奏者
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第6章 元ジャズ奏者
夕方の光が、喫茶ミッドナイトの窓から斜めに差し込んでいた。
昼の賑やかさが少し落ち着き、
店の中にはゆったりとした時間が流れている。
レコードから、古いジャズが静かに流れていた。
藤川優斗はカウンターに座っていた。
目の前では、小林勝巳がコーヒーを淹れている。
その動きはゆっくりで、無駄がなかった。
まるで長い年月をかけて染み込んだ習慣のようだった。
優斗はふと聞いた。
「マスター」
勝巳は顔を上げない。
「なんだ」
「サックス、すごいですね」
勝巳は少しだけ笑った。
「普通だ」
優斗は首を振る。
「普通じゃないですよ」
「プロみたいでした」
そのとき、里奈がすぐに反応した。
「みたいじゃないよ」
コーヒーを飲みながら言う。
「プロだったんだよ」
優斗は驚いた。
「え?」
里奈は言った。
「知らなかった?」
桂一が横から静かに言う。
「昔は有名だった」
優斗は思わず勝巳を見る。
勝巳は黙ってカップを拭いていた。
紀子が小さく言った。
「マスター、昔ジャズ奏者だったの」
優斗は言葉を失った。
「本当に…?」
里奈が興奮して言う。
「すごいんだよ!」
「海外ツアーとかしてたんだから!」
優斗は驚いて勝巳を見る。
しかし勝巳は、あまり興味なさそうに言った。
「昔の話だ」
桂一が言う。
「東京のジャズ界では有名だった」
里奈が続ける。
「レコードも出してたし!」
勝巳は少し顔をしかめた。
「余計なこと言うな」
優斗はゆっくり言った。
「どうして…」
「やめたんですか?」
店が静かになった。
レコードの音だけが流れている。
勝巳はしばらく何も言わなかった。
そして、ゆっくり椅子に座る。
「……疲れたんだ」
それだけだった。
里奈が言う。
「マスター、ずっと演奏してたんだよ」
「世界中回って」
桂一が補足する。
「ニューヨーク、パリ、ロンドン」
優斗は驚く。
「そんなに…」
勝巳は少し遠くを見る。
「若い頃はな」
その目は、どこか遠い時間を見ているようだった。
紀子が静かに聞いた。
「マスター」
「ジャズ、嫌いになったの?」
勝巳は首を振る。
「逆だ」
「好きすぎた」
店の空気が少し変わった。
勝巳は続けた。
「好きすぎると」
「続けられなくなることがある」
優斗はその言葉の意味を考えた。
桂一が言う。
「芸術家によくある」
勝巳は笑った。
「理屈屋だな」
そのときだった。
勝巳が立ち上がる。
そしてサックスを手に取った。
「まあ」
「たまにはいいだろう」
里奈が嬉しそうに言う。
「マスター演奏だ!」
紀子もピアノの前に座った。
勝巳は言う。
「紀子」
「合わせるか」
紀子はうなずいた。
「はい」
そして――
サックスが鳴った。
深く、太い音。
紀子のピアノが重なる。
優斗は息をのんだ。
音が会話している。
言葉がなくても、二人は通じ合っていた。
演奏が終わる。
店は静かだった。
しばらく誰も何も言えなかった。
勝巳はサックスを置いた。
そして優斗を見る。
「藤川」
優斗は顔を上げた。
「はい」
勝巳は言った。
「人生な」
「何か一つ、好きなものを見つけろ」
「それだけでいい」
優斗は黙って聞いていた。
勝巳はコーヒーを飲む。
「それだけで」
「人生は、少し面白くなる」
その言葉は静かだった。
けれど優斗の胸に、深く残った。
このとき優斗はまだ知らない。
この元ジャズ奏者――
小林勝巳が
自分たち七人の人生を導く
人生の先生になることを。
そして十年後。
この小さな喫茶店で
伝説の最後の演奏が行われることを。
夕暮れのミッドナイト。
サックスの余韻が、
まだ静かに店の中に残っていた。
夕方の光が、喫茶ミッドナイトの窓から斜めに差し込んでいた。
昼の賑やかさが少し落ち着き、
店の中にはゆったりとした時間が流れている。
レコードから、古いジャズが静かに流れていた。
藤川優斗はカウンターに座っていた。
目の前では、小林勝巳がコーヒーを淹れている。
その動きはゆっくりで、無駄がなかった。
まるで長い年月をかけて染み込んだ習慣のようだった。
優斗はふと聞いた。
「マスター」
勝巳は顔を上げない。
「なんだ」
「サックス、すごいですね」
勝巳は少しだけ笑った。
「普通だ」
優斗は首を振る。
「普通じゃないですよ」
「プロみたいでした」
そのとき、里奈がすぐに反応した。
「みたいじゃないよ」
コーヒーを飲みながら言う。
「プロだったんだよ」
優斗は驚いた。
「え?」
里奈は言った。
「知らなかった?」
桂一が横から静かに言う。
「昔は有名だった」
優斗は思わず勝巳を見る。
勝巳は黙ってカップを拭いていた。
紀子が小さく言った。
「マスター、昔ジャズ奏者だったの」
優斗は言葉を失った。
「本当に…?」
里奈が興奮して言う。
「すごいんだよ!」
「海外ツアーとかしてたんだから!」
優斗は驚いて勝巳を見る。
しかし勝巳は、あまり興味なさそうに言った。
「昔の話だ」
桂一が言う。
「東京のジャズ界では有名だった」
里奈が続ける。
「レコードも出してたし!」
勝巳は少し顔をしかめた。
「余計なこと言うな」
優斗はゆっくり言った。
「どうして…」
「やめたんですか?」
店が静かになった。
レコードの音だけが流れている。
勝巳はしばらく何も言わなかった。
そして、ゆっくり椅子に座る。
「……疲れたんだ」
それだけだった。
里奈が言う。
「マスター、ずっと演奏してたんだよ」
「世界中回って」
桂一が補足する。
「ニューヨーク、パリ、ロンドン」
優斗は驚く。
「そんなに…」
勝巳は少し遠くを見る。
「若い頃はな」
その目は、どこか遠い時間を見ているようだった。
紀子が静かに聞いた。
「マスター」
「ジャズ、嫌いになったの?」
勝巳は首を振る。
「逆だ」
「好きすぎた」
店の空気が少し変わった。
勝巳は続けた。
「好きすぎると」
「続けられなくなることがある」
優斗はその言葉の意味を考えた。
桂一が言う。
「芸術家によくある」
勝巳は笑った。
「理屈屋だな」
そのときだった。
勝巳が立ち上がる。
そしてサックスを手に取った。
「まあ」
「たまにはいいだろう」
里奈が嬉しそうに言う。
「マスター演奏だ!」
紀子もピアノの前に座った。
勝巳は言う。
「紀子」
「合わせるか」
紀子はうなずいた。
「はい」
そして――
サックスが鳴った。
深く、太い音。
紀子のピアノが重なる。
優斗は息をのんだ。
音が会話している。
言葉がなくても、二人は通じ合っていた。
演奏が終わる。
店は静かだった。
しばらく誰も何も言えなかった。
勝巳はサックスを置いた。
そして優斗を見る。
「藤川」
優斗は顔を上げた。
「はい」
勝巳は言った。
「人生な」
「何か一つ、好きなものを見つけろ」
「それだけでいい」
優斗は黙って聞いていた。
勝巳はコーヒーを飲む。
「それだけで」
「人生は、少し面白くなる」
その言葉は静かだった。
けれど優斗の胸に、深く残った。
このとき優斗はまだ知らない。
この元ジャズ奏者――
小林勝巳が
自分たち七人の人生を導く
人生の先生になることを。
そして十年後。
この小さな喫茶店で
伝説の最後の演奏が行われることを。
夕暮れのミッドナイト。
サックスの余韻が、
まだ静かに店の中に残っていた。
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