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婚約(正式)
救済措置
「……可愛いだなんて、言わないでください」
クロエは、力無く声を漏らす。
普段は怒り狂って反抗してくるのだが、今日だけは大人しい彼女にゴトリルは違和感を嫌ほど感じていた。
「なあ、クロエ。お前今日どうした?」
「へ?」
「なんか、なんて言うんだ?そうだ、元気がない。元気が」
「元気……そんなことありませんわ!いつも通りです!」
「いや、絶対違うだろ」
クロエの必死の装いを、ゴトリルは跳ね除ける。
「お前、前から思ってたけどよ……
なんで『可愛い』って言われるの嫌がるんだ?」
純粋な疑問を、ゴトリルはクロエにぶつけただけだった。
しかし、至極簡単な問いは、時に人を苦しめることとなる。
「それは……」
「お前は********」
「…………」
何かを言おうとして、クロエは押し黙る。
しかし、ゴトリルはその沈黙を許すほど優しくはなかった。
「黙ってたら何もわかんねぇぞ」
「ちょ、撫でないでください!子供じゃないんですから!!」
頭を撫でるゴトリルの腕を、クロエは払い除けようとした。
しかし、その手は逆に頭を撫でていない他の手に絡め取られ、軽く拘束されてしまう。必死にもがこうとすると、必然的に彼と目が合う。
その目は真っ直ぐとクロエを捉えていた。
「俺にも言えねぇこと?」
曇りない瞳が、クロエに痛々しく刺さる。
嘘なんて、つけるわけがなかった。
「……可愛い、は」
「おう」
「『可愛い』なんて言葉、私には勿体無いんです」
クロエの言葉に、ゴトリルは首を傾げた。
「なんでそう思うんだ?」
「その……」
ゴトリルの問いに、クロエは昔のことを思い返しながら答えた。
まだアミーレア王国にいた頃、ロズワートの婚約者であったクロエは、交流でロズワートと王宮の庭を散歩していた。
散歩は毎日とかではなく、姉妹達で代わりばんこにしており、今日はクロエがその番であった。
しかし、この時からクロエとロズワートの仲は不良で、特にロズワートの方がクロエのことを嫌がっていた気がする。
クロエもその態度を感じ取っていたので、あまり共にいたいとは思えなかった。
そんな時、中庭の小さな池にロズワートのブローチが落ちてしまった。
母からもらった大事なブローチらしく、ロズワートは慌てていた。
可哀想に思ったクロエは、ドレスのことも気にせず池に飛び込んだ。
幸い池は浅く、当時はもっと体が小さかったクロエでもブローチを容易に見つけることができた。
水を吸って重くなったドレスを無理矢理引っ張って池から上がり、ロズワートにブローチを渡そうとした時、彼はクロエを見るや否やブローチも受け取らずに後退った。
「お前は本当に可愛くない」
冷たい池に飛び込んで、頑張って見つけてくれた女性に対して、ロズワートが最初に放った言葉であった。
「私は、普通じゃありません。淑女らしいとこなんて一つもないし、男性からしたらこんな自分可愛くないんです。だから……」
「…………」
クロエの言葉を、ゴトリルは黙って聞いていた。
その沈黙が恐ろしくて、クロエは彼の顔を見ることができなかった。
「……あの、ゴトリル様?」
勇気を振り絞って声をかけると、頭を撫でていた手が降り、クロエの頬を撫ぜた。その仕草がくすぐったくて、目を瞑ってしまった。
「そいつは俺より馬鹿だな」
頭上から降りてきた言葉に、クロエは目を開ける。
目の前に映るゴトリルの顔は、最初は鬼神だと思ってしまったあの顔は、優しく笑んでいた。
「こんなに可愛い奴を『可愛くない』?そいつの目は腐ってたんだよ!お前は十分可愛いぜ!」
ただ元気付ける言葉ではない、正直な想いを乗せた言葉だというのが、頬に触れる手の温度で感じられた。
「そいつの言ったことなんて気にすんなよ!俺の兵隊も言ってたけど、お前は『可愛い』!!絶ッッッッッ対に『可愛い』!!」
「……やめてください」
もう言わないで
「やめねぇよ。お前は『可愛い』」
これ以上はやめて
「『可愛い』」
もう駄目だ
「は!?な、泣くほど嫌だったか!?」
ゴトリルの腕の中で、クロエは両目から大粒の涙を溢していた。
ボロボロと溢れる水滴を、ゴトリルは2本の右腕と1本の左腕で必死に拭う。それでも、涙が止まることはなかった。
「嫌じゃ、ないです。ないです、けど……っ」
「じゃあなんで!?」
嬉しかったから。
その言葉を、今のクロエは言えなかった。
きっともっと泣いてしまうだろうから。
ゴトリルが、私を救ってくれた。
城に戻ったら、伝えようと思った。
嬉しかったことだけでなく、全部伝えようと。
この後、泣き腫らしたクロエがダイニングに来たことで勘違いしたラゼイヤにゴトリルがしばかれることになるのだが、慌てて弁明するクロエに対して真実を知っているゴトリルは終始幸せそうな顔をしていたという。
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