四人の令嬢と公爵と

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婚礼

婚礼前なのに

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 __女性に案内され着いた場所は、また別の控えであった。



 そこには既に準備を済ませたであろう公爵四人がおり、皆姉妹達と同じような白を主とした衣装に着替えられていた。

 ラゼイヤはスタンダードなタキシードであったが、触手がどう頑張ってもしまえないようで、シャツや上着には触手のための穴が空いており、背中部分はほぼ曝け出されている状態であったが、その肌すら見えないほどに大量の触手で隠れていた。

 ゴトリルは服というより布を体に巻いているような姿で、下半身はサルエルパンツで上半身はポンチョと動きやすそうな格好であった。ポンチョから見える褐色に染まった4本の腕には高価そうなアクセサリーが巻かれていた。

 ラトーニァはいつにも増してふわふわ感が増していた。ゆったりとしたブラウスにはレースやフリルがこれでもかと縫い込まれており、それに反して下はスキニーでラトーニァの細い脚を際立たせている。ラトーニァの周りでは黒い茨が戸惑うように浮いていたが、それにも『あの白い花』が装飾としていくつも付けられていた。

 バルフレの服はラゼイヤと似てタキシードであるが、背広は足元まで丈があってバルフレの体を包んでいた。背広には魔法の言葉であろうか、見たこともない文字のようなものが黒の刺繍として羅列されていた。


 公爵達は己の特徴をそのまま曝け出したような姿で、ずっと話し合いをしていたのだ。そう、姉妹達にはまだ気付いておらず。

 ラゼイヤはゴトリルに対して小言を言っているようで、それをゴトリルは笑って返している。ラトーニァもバルフレと何やら話しているようだが、ラトーニァはいつもの恥ずかしがる様子など全くなく、穏やかに微笑んでいた。バルフレは……安定の真顔であったが、ラトーニァなら真意はわかっているのだろう。


「公爵様、ガルシア御令嬢様を連れて参りました」


 女性がそう言うと、話していた公爵達は声の方へと顔を向けてきた。そしてようやく、姉妹達が来たことに気付いたのであった。

 そして、姉妹達の姿を視界に入れた時の反応は、兄弟よろしく同様であった。



 ラゼイヤも、ゴトリルも、ラトーニァも、バルフレも、皆姉妹達を見た瞬間時が止まったように体を硬直させてしまった。目は姉妹達に向けたままで、口はだらしなく開いてしまっている。まさに呆気に取られたというか、何処か遠くへ意識を置いていってしまっているようであった。



 そんな公爵達の様子に、姉妹達も呆気に取られていた時であった。


「それでは、私はこれで失礼致します」


 互いの様子を確認した女性は邪魔にならないようさっさと立ち去ってしまったが、その場に置いてかれた姉妹達は動揺していた。

 公爵達の様子に驚いたというのも、いつもとは違う姿に戸惑ったというのもあるが、一番理由は全く別であった。



 自分の夫となる公爵達と同じ空間にいることが、嬉しい反面恥ずかしくて仕方がなかったのだ。



「……ラゼイヤ様」


 しばらく沈黙が続いた後、オリビアが恐る恐るラゼイヤを呼ぶと、そこから時が動き出したかのように公爵達もそれぞれのお相手へと歩み寄ってきた。自然に行われた動作、相手との距離が縮まったことに、姉妹達の心臓が一段と跳ねた。

 そして……



「オリビア、すまない……少しばかり、気を取られてしまった」

「そう、ですか……」

「……その、似合っているよ」

「……ありがとうございます」


 しどろもどろに褒めるラゼイヤの顔は、心なしか赤かった。触手もぎこちなく動いており、あからさまな照れ隠しにオリビアも照れてしまいそうになっていた。


「クロエー!!お前すごく可愛いな!!」

「離れてくださいゴトリル様ぁ!!!」

「やだね!抱っこさせろ抱っこ!!」

「おやめくださいぃぃぃ!!!」


 ゴトリルは満面の笑みでクロエを抱え、小さな彼女の顔に彼の厳つい顔で頬擦りしている。クロエは林檎のような赤顔のままゴトリルを両手で押しのけようとしているが、全く歯が立たなかった。


「るるる、ルーナ」

「ラトーニァ様……」

「す、す、すごく、ききき、きれい、デスネ」

「落ち着いてください、ラトーニァ様」


 ラトーニァは案の定、すごく動揺している。今にも死んでしまいそうなほどに。ルーナはその様子が心配で仕方がなかったが、一生懸命伝えようとしてくる彼のことを可愛く感じていた。


「エレノア」

「バルフレ様!素敵なお召し物ではございませんか!!此方の刺繍は一体どのような……」

「綺麗だ。本当に、美しい……愛しくてたまらない」

「ば、バルフレ様……?」


 バルフレはエレノアの腰に手を回して引き寄せ、恍惚とした表情を絶やさず熱い眼差しを向けている。先ほどの真顔はどうした真顔は。
 エレノアもこれには驚いたようで、頬を赤らめて困惑していた。

 公爵も令嬢も、戸惑ったり喜んだりと大混乱であったが、その想いだけは一貫して温かいものであった。



「そろそろ婚礼を始める頃だ。行こう」


 咳払いをしながらそう言ったラゼイヤに、賑やかであった他の公爵も令嬢も頷く。
 そしてお互いに手を取り、促されるように神殿の大広間がある場所へと姉妹達は連れて行かれる。





 今、目の前にあるのは巨大な白扉。
 この先に大広間があるという。


「緊張しているかい?オリビア」

「いいえ。私なら大丈夫です」


 そう言いつつも震えているオリビアの手を、ラゼイヤは優しく握った。


「クロエ、ちゃんと前見ろよ」

「は、はい!」


 笑うゴトリルに背中をポンポンと叩かれ、クロエは真っ直ぐに背筋を伸ばした。


「ルーナ。あ、足元、気を付けてね」

「ありがとうございます。ラトーニァ様」


 まごつくものの、自分の心配をしてくれるラトーニァに、ルーナは微笑んだ。


「エレノア。一生通して愛すると誓おう」

「バルフレ様、誓いの言葉には早過ぎますわ……」


 隠す気もなく愛を曝け出すバルフレに、エレノアは恥ずかしさでそれ以上話せなかった。

 もう始まるというのに、その場の空気はなんとも和やかなものであった。



『間も無く、御入場となります』



 虚空から響いた声に、公爵達も姉妹達も扉の方へと目を向ける。





 そして、扉が開いた。
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