表裏一体~Double Joker~

美月葉

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純鋭は、特安用の携帯を屡鬼阿に託すと車のエンジンをかけた。

「里京さんがメールで送ってきた資料読んで。」

「場所はここから20㎞先の真東にある臨海公園。立ち入り禁止エリアの砂浜。成人男性の二名の変死体。周辺に
Dear my jokerの文字。今のところはそれだけの情報。場所はここからだと、首都高使っても20分はかかる。」

「んなもん、10分で行ってやるよ。」

純鋭はアクセルを強く踏み込み華麗な運転捌きで前方の車を追い抜いて行った。

「こ、交通違反で検問に引っかからない?」

「特安は、大丈夫。」

「だ、大丈夫の意味が分からない。」

「喋ってると、舌かむから気をつけろよ。」

純鋭は首都高に乗るとさらにアクセルを踏み込んだ。







臨海公園

臨海公園の駐車場には夥しい数のパトカーが停まっていた。

「な。10分かからず着いただろ?」

「い、生きた心地がしない…。」

屡鬼阿は車のスピードで緊張していた体をほぐすように深呼吸をした。

「裏の事件は、発見からすぐに到着しないといけない。最初に一般人が通常通報するのは警察だからな。けど、警察は表。警察にはこの Dear    のメッセージを見た時は現場の確保だけ頼んで、すぐに受け渡してもらっている。その理由としては警察官や刑事の中には危険性があるのを理解せず、好奇心から踏み込んで命を落としたものがいたからだ。…あとはその時に大きな爆発を起こして現場や証拠、手がかりを吹っ飛ばしたことがあった。俺らが早く現場居いかないと不特定多数の人目に付きやすい、しびれを切らす愚かな表が捜査しようとする。それを防ぐために早く向かうんだよ。処理班は処理のみ、捜査ができるのは西日本は主に清晴、東は俺。俺がいないときは里京さん。本当、人手不足にもほどがあるよな。今後はお前もやることにはなるから。」

立ち入り禁止テープの奥にブルーシートで覆われたエリアがある。

警察はテープの手前で待機しており、その奥には処理班が待っていた。

純鋭は普段と同じように現場に足を運び、屡鬼阿に手袋を渡した。

「立ち入り禁止エリアでよかったよ。一般人が入れたら現場荒らされちゃうしな。」

屡鬼阿は恐る恐る純鋭の後ろを手袋を着けながらついていく。

ブルーシートをめくると、遺体の一つは胴から下、もう一つは胴より上が並んで砂浜に埋まっていた。

屡鬼阿の喉元に先程飲んだコーヒーと酸っぱいものが込み上げてきたが、寸前のところで我慢した。

「犬神家…スケキヨ浜辺バージョンみたいだな。上半身はなんか既視感あるな…あぁ、あれだ。公園の砂場になぜか半分埋められてたゴリラのオブジェ。」

屡鬼阿は純鋭の無神経さに更に気分を害した。

処理班の一人が純鋭に、身元の書類を渡した。

「上半身の方が反社会勢力、片方は…鑑定かな。」

純鋭の指示で処理班が動く。

「わざわざヤッサンの白のシャツにDearって地文字で書きやがって。 Dearのあて名は誰なんだよ。」

そう言いながら処理班が砂から引き抜こうと上半身の男の両脇を2人で抱えると胴体は見えていた半分のところで切れており、切れ目から中身がパンパンに入った麻袋がグシャっと落ちた。その袋にはjokerと書かれていた。

純鋭は麻袋の紐を解き中身を確認するとどす黒く、異臭を放つ内容物がぎっしり詰まっていた。

その異臭と悲惨な光景から、屡鬼阿は我慢が出来ず波打ち際に走り嘔吐した。

純鋭はすぐさま麻袋を縛り、処理班へと回収の指示を出した。

下半身の男も見えていた胴のところから切断されており、中身は上半身の男とは違い空洞だった。

「い、粋なことしてくれるじゃねーか。クソ野郎。人をおちょくりやがって。」

純鋭は沸々と体の奥から怒りが込み上げてくるのを感じた。

屡鬼阿は苦くて酸っぱい口の中を海水で濯ぎながら、自分の吐瀉物を砂で隠した。

「半分はどこ?」

屡鬼阿はフラフラになりながらも回収された遺体現場に戻ってきた。

「見当たらねぇよ。」

「…なんで平気なの?」

「4年前は俺もゲロまみれだったさ。里京さんの車で盛大にぶちまけたことだってある。慣れるまでに2年かかった。…それに、前までは数日単位でこんな頻回に、悲惨な現場は立て続けではなかった。」

純鋭は唇をかみしめた。

「とりあえず、里京さんに報告に戻ろう。ホームレスと、京都の報告もまだしてないし。」

「また清晴さんとエンバミングするの?」

屡鬼阿は顔をしかめながら純鋭に聞いた。

「やってもらう仕事が増えてしまった…。清晴に東京にきてもらっててよかったな。」

純鋭は血液がついた手袋を外し、処理班の持ってきたゴミ袋に捨て、ブルーシートから出た。

不思議なことに野次馬も報道関係者もいない静かな公園だった。

「どうして、大ごとにならないの?」

「…圧力がかかってるんだよ。人数では大きな組織ではないが、絡んでいる内容が質の濃い組織なんだと。里京さんいわく、国というワードで表現するからよくわからないけどな。俺が二足の草鞋を履くことができるのもこのおかげってこと。」

「国…ね…」

屡鬼阿は顔をしかめ自分の髪の毛をみた。

「髪が気になるのか?」

純鋭は屡鬼阿を少し気遣った。

「髪の色、変じゃない?」

「?日の光に当たって茶色くみえるだけなんじゃないか?」

「なら…いいけど。」

屡鬼阿は純鋭の後ろを追いかけ車に乗り込んだ。



過ぎ去る車を見つめる白髪の青年がそこにもまた佇んでいた。










特安本部

「報告としては3点。報告書まとめましたよ。」

純鋭は報告書を純鋭の机に置いた。

「何か、わかったか?」

純鋭はにっこりしながら両手を広げた。

「吐いちゃうくらいの現場の実情はわかったみたいです。」

里京は屡鬼阿のほうに視線を移すと、ぐったりとした様子で清晴に介抱されていた。

「数日たっているというのに…。まぁ無理もないか。」

「…主観的なものですが、あて名がjokerの方は、殺害の仕方がひどいと感じています。」

純鋭はにこりとさせた顔から一変し怒りを表した表情で里京に訴えた。

「…一つ、皆に言わなければならないことがあってな…。実はjokerについては、数年前から海外でも数回見つかっている。その時の報告をある機関から最近情報提供をもらった。」

里京以外の3人は驚きを隠せない表情をした。

「ある機関?」

「あぁ、“裏”というものが日本にあるのならば世界にもあるだろう。社会の組織には表と裏が存在しているのだから。」

里京は一枚のレポート用紙を純鋭に渡した。

「2年前南極の海に浮かんだ黒服の男たちの報告だ。この付近で3つのグループで息絶えていた。被害者は5人、4人、5人の合計14人。一人ずつ背中にアルファベッドが1文字ずつナイフで刻まれていた。グループごとに組み合わせた単語が


“hello 

From

Joker”


 と浮かび上がった。」


「と…いうことはjokerとRukiaは別指標…?」

純鋭は力が抜けたようにソファに座った。

「…なんというか、また1からというか。」

「追ってたものが一つだったと思っていたけど、別かもしれない…ってこと?」

「あて名ごとに別と考えるべきか、はたまた同一人物としての確定されていない可能性で考えていくか…どのように捉えながら、どのような手がかりで追うか、次の一手を考えるか…。判断を間違えれば被害者は増え、真相から遠ざかる…。一概に手当たり次第に進めるのは難しいな…。国の判断で、国際的に共同で進めていくか…。聞いてみないと分からないな…。」

里京はため息をついた。

「俺らは残った捜査を解いていくのが精いっぱいってところですか。」

純鋭は報告書を順番に並べた。

よろよろとした足取りで、屡鬼阿もソファの隣に座り、純鋭の並べたレポートを見つめた。

「…?」

屡鬼阿は前回の現場を思い出し、戻しそうになるのをこらえながらも、何か違和感を感じ首をかしげた。

「どうした?」

「この前の半分ずつの死体は、上半身の遺体には麻袋にjokerのあて名があったけど…?麻袋の
中身はなんだったの?」

その言葉に純鋭も鼻を突くような臭いを思いだし、不快になった。

「中身は内臓でしたよ。下半身の男だけの内臓。麻袋に付着した血液は外側は主に上半身の男のもの。内側は下半身の男の内臓部からの血液…。となるともう各半身と一人分の内臓の行方はどこに行ったか…ということですか。」

清晴は少し考え込んだ。

「いや…それもそうなんだけど、死体現場一つに対して、メッセージって必ず一つなの??」

純鋭と清晴は顔を見合わせた。

「あまり、二つ以上のメッセージは見られないが…あー一度だけあるにはあるが…」

「…そうだ!佳代は?佳代の時はどうだったの?」

屡鬼阿はまだ佳代の事件の全貌を教えられていないことを思い出した。

「純鋭。まだ松平氏の事件は話していなかったのか?」

里京は純鋭に問いかけた。

「いや、ほら最初は組織に拒否的だったし、その後も事件が立て続けに3件もあったわけで、途中で屡鬼阿ぶっ倒れるし、半分の死体でショック大きかったみたいだし…。」

と申し訳なさそうに言い訳をする純鋭に変わって清晴が口を開いた。

「そうでしたね。佳代さんの遺体の引き渡しが警察署で明日あるので、今のうちに会わないと二度と会えないですからね。行きましょうか。」

清晴は屡鬼阿をなだめるように霊安室へと誘導した。

純鋭はその様子に何か違和感を感じた。

「純鋭。お前も行って状況説明してこい。」

純鋭は里京に頭をはたかれながらも二人の後を追った。

里京はその後ろ姿を見届けると筆を執った。

「手紙かメールのやり取りなんだよな…これはとんでもないことに首を突っ込んでしまったか…」









霊安室


「…か…よ…。」

死後数日たっている佳代は涼しい部屋で保管されていた。

どこに外傷があったかもわからないほど綺麗に復元され、眠っているような様子で裸を一枚の布で覆われ、担架の上で横たわっていた。

屡鬼阿の頬に一筋だけ涙が流れた。

追いついた純鋭が声をかけようとしたところ清晴が制した。

屡鬼阿の学生生活と佳代との過ごした日々、河原で見た架空の映像が走馬灯のように思い出される。

屡鬼阿は青白い佳代の頬に触る。

冷たくて人工的な感触がした。

担架の横の簡易テーブルに置かれた遺品の中に、当日屡鬼阿が佳代に貸していた服が血液に染まりビリビリに破られていた。

殺害の悲惨さが遺品からうかがわれる。

もう一度ゆっくり佳代に目線を移した。自分の口元から白い息が漏れる。

「綺麗ね。佳代。こんなに綺麗になっちゃって…。」

屡鬼阿は冷たい佳代の全身を指でなぞった。

また生暖かい水滴が頬を垂れる。

その様子を見ながら清晴が目を丸くし絶句していた。

「清晴?」

その視線の先には佳代の傍らで、涙を浮かべながら清晴の方に振り向いた屡鬼阿が立ち止まり、一言つぶやいた。

「見事ね。凄く綺麗よ。」

清晴はその異様な様子に息が詰まりそうになった。

「…なんで…。」

屡鬼阿はもう一度佳代の頭の方に移動した。

「佳代ちゃんは…」

「佳代は、ここ(首)からここ(肋骨下部)にかけて切開されていたのね。内臓がすべて見えてしまうほど。それを飾り付けるような×の傷。内臓はなくなっちゃったのね。おなかが、ぺしゃんこね…血液も抜いて生理食塩水が代わりに入っているのね。…痛かったよね…苦しかったよね…。これも誰かがjoker捜しのために…なのね…」

その言葉を聞いて純鋭も異変を感じ清晴の方を向いた。

「なぞっていた場所ってまさか…。」

「わ、私が処理した傷痕です。なんで…。」

清晴はなぜ詳細を伝えていない屡鬼阿が的確に施術内容を当てたかわからず恐怖した。

緑色のライトに照らされる屡鬼阿の笑顔とも泣き顔ともいえない表情が、異様に綺麗だった。

「…半分。まだ半分。」

屡鬼阿はひとり言のように何かに納得するように数回頷いた。

「純鋭がこの前言っていたの、私覚えているよ。佳代の腕のメッセージはDearじゃない。なのに、Dearの文字があったから裏が動いた。Dearはどこ?…」

「スケジュール帳に…彼女自身の手帳に…」

屡鬼阿は遺品の佳代の手帳を開いた。



『DEAR るきあ

にげて!!!』



佳代の字の血文字で殴り書きされたメッセージが残されていた。

屡鬼阿はその内容に衝撃を受け目を泳がせた。

「なんで…」

「彼女が何を見聞きしたのかはわからないが、佳代ちゃんは重要な手がかりを残してくれた。行き詰っていた捜査に救いの手を伸ばしてくれた、本当に重要な手がかりを。偶然か、必然かはわからないが、たまたま佳代ちゃんがDEARと表記し、お前しか当てはまらない“るきあ”にメッセージを残した。だから、なんとしても保護しなければならないと組織は判断した。…」

屡鬼阿はもう一度、佳代の冷たい頬を人差し指で撫でた。

「…佳代さんの遺品は特安保存になるので、あとで保管室に持っていくことになりますが…。明日、ご遺族に遺体は返還されますので…佳代さんのお召し物を…手伝ってくれませんか?」

清晴は白の装束を差し出した。

屡鬼阿は怒りのような悲しみのような複雑な気持ちで清晴に指示をしてもらいながらも丁寧に佳代の装束を着させた。



佳代との対面を一通り済ませた3人は、霊安室からでると、清晴は調べごとをするため関西支部へと戻るといって、本部を後にした。

純鋭と屡鬼阿は里京の部屋に向かった。

途中、屡鬼阿は佳代の遺品を見つめた。

スマホの待ち受け画面にはあの日カニバリズムのライブの日に二人で撮った画像が設定されていた。

ロックされている暗証番号はREIの誕生日の4ケタ。

最期に打っていたメッセージは、1時47分に未送信のままになったままのライブを一緒に行ったことに対して屡鬼阿に向けたお礼のメッセージだった。


二人は違う形で突如、日常を奪われた。

屡鬼阿の心に沸々と何かが沸いた。

そして自分の半分がなくなったような感じになった。


里京の部屋に入り、純鋭が事件に関して里京と方向性を確認し始めていた。

「…明日…」

屡鬼阿は二人の話に割り込んだ。

「明日、休みをください。」

里京と純鋭は屡鬼阿に顔を向けた。

「佳代を最後までしっかり、家族のもとに帰るのを見届けたい…。」

「…そのメッセージを見ていないのか?」

里京は渋るように屡鬼阿にこたえた。

「見た。見たからこそ、やっと決心しなければいけないことに気付いた。だから、佳代を見送ったら、割り切れると思う。…違うわ、そうしないと割り切れない…」

「でもな、」

「イーじゃないですか。里京さん。狙われているといっても、遮那家ですよ?男の僕の刀を針やら扇子やらで、かわすぐらいなんですから。ある程度は自分で自分を護れるでしょう。」

純鋭は里京の言葉を遮った。

その表情に少し、考えがあるのを悟り、里京は否定の言葉を飲み込んだ。

「仕方ない。休みまでとはいかないが、松平家の用件が終わったらすぐに戻ってくるように。…あぁそれと渡しそびれていたな。組織に入るときに今までのスマホを処分させてもらったが、代わりのものを渡してはいなかった。通信できるのはこの組織の者だけになっている。新たに通信しなければならない場合は、その時、こちらからアドレスを送る。」

屡鬼阿は新しいスマホを上着のポケットに入れると、持ってきた佳代の遺品を鍵のかかる戸棚にしまい、自室へと戻った。

「で、何か企んでいるのか?純鋭。」

「なーんも、考えていませんよ?でも、もし可能性としてjokerを捜している何者かがjokerを見つけ、それが屡鬼阿と同一人物なのであれば、屡鬼阿が自由に動ける時に何か起きると思いませんか?」

里京は純鋭の頬をつねった。

「この人手不足の捜査メンバーで誰が何か起こった時に対応するんだ?」

「そりぇは、ぼふかりひょうひゃんでふね。(それは、僕か里京さんですね)」

里京はつねった手を思い切り引っ張った。

「いてて、ほら里京さんも凄腕の銃の使い手なんですから、何かあっても大丈夫でしょう。」

里京は純鋭から顔を背けた。

「私は、大切なものを護れなかった身だ。過大評価しすぎだ。」

純鋭はその言葉に察しながら頭をかいた。

「じゃ、何とか調整して僕が行きますよ。」

里京は一枚の封筒を見せた。

「なんすか?これ」

純鋭は里京から渡された封筒の中身を見ると写真が入っていた。

「!!」

「なんで、松平佳代の家の運転手の跡形がないか、それを見たら道理が通るだろう。」

「待ってくださいよ。これ、合成じゃないんですか?いやいや、こんなもの存在しないですよ。」
純鋭はその写真の存在を否定した。

「これが日本で見られたから、国際的な機関が我々に情報提供をしてくれたのだ。こちらがこの写真を提供したとき、軽くあしらわれると思ったよ。そしたらお返しに二年前にあった、あの南極被害者の写真が提供された。」

「ますますわかんねー。何が目的で、何を追えばいいか。」

「もしも、これが本当ならば、護衛ができるかできないか…という問題ではないはずだ。
だからだ、気を付けて行動しろ。」

「…こ、こんなの、護衛できねぇっすよ。こんな得体もわからないもの。……でも、…」

「??」

「なんでもないです。僕、考えすぎでもうダメ頭爆発する。そば食べにおうち帰ります。」

純鋭はいろいろと考えすぎて、現実から顔を背けたくなった。

「こういう時はギターを弾こう!」

そういうと、純鋭は里京の部屋から走り去っていった。

「こんなものいるとは信じがたいな。…私もあの事件がなければこんなこと信じるなんてしなかっただろう。」

里京はデスクの上のテディベアを眺めた。


「絶対に、突き止めねばならない。絶対に。だ。」




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