地球連邦軍様、異世界へようこそ

ライラック豪砲

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第三章 出会いと契約

第14話―1 昼食会

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 昼食会の会場として用意していたのは、異世界の現地協力者をもてなすための晩餐室だった。
 一木はそこでシャルル大佐から試食用のメニューを貰い、食べていた。

「あ、マナ。次はそれを頼む」

「はい、弘和君」

 マナがそう言ってスプーンに盛られた小さな肉片を口にして、咀嚼する。
 すると、一木とマナを首筋で結ぶケーブルを通じて、マナが感じた味覚データが一木に送信される。
 残念ながら、多少の食感だけで喉越しまでは感じることは出来ないが、それでも食事を楽しめるこの機能を一木は気に入っていた。

「ん……変わった味だけど、美味い。癖はあるけど、香辛料のおかげで嫌じゃない」

 一木が感心すると、横にいるシャルル大佐がニコニコとした笑顔で解説してくれる。

「今回の会食では、ルーリアト料理を地球の食材で再現することにしました。これはルーリアトの代表的な料理の一つ、森豚の香草煮込みです」

「森豚ってたしか熊みたいな生き物でしたっけ?」

 森豚は帝都周辺の地域ではポピュラーな家畜だが、地球で言うところの熊に近い狂暴な生き物だ。
 そのため頑強な柵で囲まれた牧場や、竪穴の底で飼育され、毒矢で屠殺して解体する。
 正直あまり効率的な方法ではないが、これ以上肉質のいい動物や肉量の効率がいい動物がいないこともあり、食肉の主流となっている。

 それでも現在、おとなしい個体を掛け合わせて家畜化を進めようという牧場主もおり、グーシュはそういった分野にも支援を働きかけていたりもするのだが、案の定主流派からは「森豚の交尾を見て喜ぶ下品な女」などと陰口を言われていた。

「はい。灰色の毛並みで、垂れ耳の可愛い生き物なんですよ~。立ち上がると三メートルくらいで、鋭い爪がありますけど。まあ、この肉は私が個人的に取り寄せた日本国北海道産の熊肉なんですが」

「え、わざわざ地球から取り寄せてるんですか!?」

 異世界派遣軍は大体の物資を現地生産と現地調達で賄うことができる。
 当然ながらそれは地球から物資を輸送することが困難かつ高コストだからだが、食にこだわる文化参謀にはそういった事情は無関係のようだった。

「もちろんですよ~。文化参謀にはネットワークがあって、希望したものをエデンに取り置いてくれるんですよ。さあ、可愛い熊ちゃんを味わってあげてくださいね。一木司令は食事を楽しんで、皇女様とゆっくり談笑していてください。会食の段取りは私がやりますからね」

 そんな会話をしていると、随分と険しい表情のミラー大佐と殺大佐がやってきた。
 聞き取れはしないが、二人の間で頻繁に無線通信が飛び交っているのがわかった。
 どうも口論しているようだ。

「じゃあ、私は準備に戻りますね~」

 場の空気を呼んだのか、シャルル大佐は厨房に引っ込んでしまった。
 一木としては剣呑な空気を和らげてくれるシャルル大佐には残っていて欲しかったが、調理中な事もあり残れとも言えなかった。

「どうしたんだ二人共? やっぱりミラー大佐の言う通りグーシュ皇女はなにか気がついているのか?」

「ええ」「確証はない」

 一木の問いに対する答えは、ミラー大佐と殺大佐で違うものだった。
 二人は一瞬視線を合わせると、ミラー大佐から説明を始めた。

「あの皇女、見舞いの場で兵士たちに橋の崩落の瞬間のことを聞いていたわ」

「いや、それは当然じゃないか? あの状況下でこんな事態になれば、気にするだろう」

「それなら普通に聞けばいい。けれどあの皇女、怪我の具合や体調を聞きながら、直接聞かずに兵士たちの方から崩落の瞬間の様子を話すように仕向けて聞いていたわ」

 そう言われると一木としても疑念が生じてくる。
 生じてきはするのだが、ミラー大佐ほど危機感を感じる状況とまでは感じなかった。
 
 自分たちは結局の所得体の知れない異邦人なのだ。
 そんな存在がいる状況で、橋の崩落から助けてくれてありがとう、と地球連邦の善意をそのまま解釈するだろうか。
 ましてやミラー大佐に止められて詳しい説明も先送りにしている状況だ。
 
 気のせいかもしれないが、どうにもミラー大佐はグーシュ皇女の様子にかこつけて危機感を煽っているように感じた。

「ミラーの言うことは時期尚早だ」

 一木の考えを後押しするように殺大佐が言った。
 
「事前調査でも好奇心旺盛だが、物事を深く考えて動くこともある人物だと報告があった。俺達未知の勢力の監視下で、慎重に動いているだけだ。それだけで、今回の作戦を無に帰するようなことは避けるべきだ」

 概ね一木の考えとも同じような殺大佐の意見。だが、一つ気になることが。
 、とは? 

「ミラー大佐、なにか案があるのか?」

 一木が聞くと、ミラー大佐は無表情で話し始めた。

「現状は地上での監視、通信体制が完全に整っていないため、私達参謀による量子通信以外の通信ネットワークには負荷がかかっているわ」

 一木もそれは知っていた。
 情報参謀部通信課が秘匿通信網の構築を急いでいるが、それが完成しない限り、監視網や施設と指揮官クラスのSS、参謀達がリンクしての素早い監視、通信体制の構築は難しい。

 軌道上に高度な通信専門の艦を複数配置すれば地上での設備なしでそういったことが出来るそうだが、一木が聞いたところによると、そういった艦は量子通信システムを搭載しているため高価かつ厳重に扱われており、一部の激戦地や精鋭艦隊にしか配備されていないという。

 そんな訳で宿営地以外には小規模な諜報、工作部隊しか地上にいない現状、ミラー大佐たち参謀型の高性能SSたちといえど、施設の監視カメラを目視で見るような有様だ。

 無論現状でもやろうと思えば宿営地内の監視体制とのリンクを用いて、すべての情報を得ることも可能だ。ところがそうすると参謀ネットワークに負荷がかかり、日常業務に影響が出てしまう。

「それは知っていますが……」

「そこで、グーシュ皇女を地上での通信が整うまで宿営地に留め置きます。その上でグーシュ皇女そっくりのアンドロイドを製造して、完全な遠隔監視及び緊急時の操作体制を構築。帝都に送り込んで私達自身で帝国を操ります」

 一木は驚愕した。
 てっきりグーシュ皇女を殺せと言うのかと思ってはいたが、まさかこのような事を主張してくるとは思わなかったのだ。
 だが、より強い反応を示したのは殺大佐だった。

「だからミラー! 何度も言ったよな。それは派遣部隊による直接統治を禁じた連邦法に明確に抵触する! そんなことしてみろ、一木は憲兵連隊に捕まってクラレッタは裁判長にされちまう……あいつにそんな辛い役割を押し付けんのかよ!」

 先ほどとは比較にならないほど一木は驚いた。
 マナも視線を鋭くしてミラー大佐を睨む。

「ミラー大佐、違法行為をすすめるとは感心しないな」

 一木が声を低くして言うが、ミラー大佐は意に介した様子はない。

「だからこそ、作戦は私と外務参謀部主導で進めます。司令は知らぬ存ぜぬを通してください。そうすれば内務省は国務省との軋轢を恐れて介入をしぶります。その間に帝国を掌握して条約を締結すれば、あとはなし崩しに参謀本部のサポート部会が設置されて私達の仕事は完了します」

 こともなげに言うが、一木は状況がそれほどうまくいくとは思えなかった。
 何より、そこまで性急に連邦加入条約締結に持っていくにはかなり強引な手法が必要なはずだ。

 ミラー大佐の言う仕事の完了は、あくまで049機動艦隊にとっての完了でしか無い。
 自分たちがここを去った後には、責任など取り様の無い抜け殻の代役皇女と、軋轢と混乱に満ちたこの星を民主化するために奔走する、参謀本部のサポート部会と駐留部隊が残されるだろう。

「その案は受け入れられない。何より、この惑星と異世界派遣軍のためにならない」

 その言葉を聞いても、ミラー大佐は無表情のままだ。
 ミラー大佐の考えがわからずに、一木は困惑する。

 しかし、殺大佐は何かを察したようだ。
 ポツリと、ミラー大佐に語りかけた。

「ミラー、落ち着けよ。そうだな、たしかに似てるけど、違う、違うんだよ」

「私は……」

「この惑星はワーヒドで、住んでいるのはルーリアト人だ。カルナーク人じゃないんだぞ」

 その言葉を聞いて、初めてミラー大佐の表情に変化があった。
 一木が初めてみた、悲しそうて、泣きそうな顔だった。

「わかってるわよ……知ってるわよそんなの……馬鹿……」

 俯くミラー大佐を気まずそうに眺めた一木は、排熱ダクトから空気を排出するととりあえず結論を出した。

「ミラー大佐の案は受け入れられないが、大佐の危惧は一理ある。昼食会で当初の予定通り皇太子の仕業だという情報を出して、捕縛した連中との面会を認めよう。その中でグーシュ皇女の出方や考えを見極める、でどうかな?」

「俺は異論ない。というかそのつもりだったしな」

 一木が水を向けると、殺大佐は同意した。
 ミラー大佐はしばらく黙っていたが、顔を上げるといつもの表情に戻っていた。
 胸ポケットからタバコを取り出すと、いつものように火を着けないでチュウチュウと吸った。

「ごめんなさい……少し冷静さを欠いていたわ。それでいきましょう」

 一木がホッとすると、ニャル中佐から通信が入った。
 グーシュ皇女が兵たちの見舞いと死んだ兵士たちへの祈りを終えたので、指示を仰ぐ内容だった。

 一木はシャルル大佐に通信を入れ、あと二十分という連絡を受け取ると、ニャル中佐にその旨を返信した。

 微妙な空気の晩餐室で、もうすぐ昼食会が始まる。
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