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第三章 出会いと契約

閑話 カルナーク戦線04

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 てんでバラバラに走りまわる民衆の群れだが、その実明確な役割をもって行動していた。

 「ヤー! ラシュ! ヤー! ラシュ!」

 ヤー(代表)。ラシュ(集中)。
 カルナークの象徴ともいえる掛け声を連呼して群衆を煽り、かつ指揮役を果たす者。
 隠し持っていた銃でSSを銃撃する者。
 ダニャテテを投げつける者。
 組みついて自爆する者。
 逃げ惑う難民を装う者。

 そして……。

『大佐! こちらダグラス……ニールストライフルによる狙撃を受けている……すでに小隊長が二人……ああくそ、また一人やられた。難民の中に誘導している奴がいる! 難民への攻撃許可を求む!』

 ここまで敵対的な行動をとる難民を排除できないのには理由があった。
 当時の異世界派遣軍には、かなり強力な規制がかけられていた。
 特に一般人への犠牲を伴う場合は、旗艦ワシントンを経由してサンフランシスコの国防省統合参謀本部に許諾を得る必要があった。

 それは大粛清で億単位の犠牲者を出したアンドロイドへの不信感であり。
 量子通信による通信能力故の慢心でもあった。
 カルナークがここまで極端な一般人や子供を用いた戦術に傾倒していったのは何もカルナークの異常性だけではなかった。
 こちらがあまりにも甘すぎたのだ。

「こちら第148連隊のベルクマン大佐だ。旗艦ワシントン司令部、応答せよ。現在武装難民による攻撃と同時にサイクロプスによる狙撃を受けている。武装難民への攻撃許可を求む」

 この状況にもかかわらず、ハンス大佐の声には力がなかった。
 当然だろう。
 この後に返ってくる答えを知っていたからだ。
 
『こちら司令部。現在統合参謀本部へ問い合わせ中につき、148連隊は現状のまま待機せよ』

「現在先発する部隊は攻撃されている最中なんだぞ! この状況で待機なんて出来るわけがない事は……」

『現場の状況は知っている! だがアンドロイドの運用は慎重を以って行い、市民への虐殺行為は回避しなければならない……あと二十分ほどで先にあった一般市民への攻撃許可への許諾が終わるはずだ。それまで耐えてくれ……』

 その言葉を聞くとハンス大佐はヘッドセットマイクを床に投げ捨て、そして大声で叫んだ。

「Fickt euch!(くそったれ!)」

 私はこの声を聞いてびくりと体を震わせた。
 ハンス大佐の怒った所を見るのが何よりも嫌だった。

「ミラー! 指揮車を前進させろ! 俺が車載機銃で難民を撃つ!」

「駄目! やめてパパ!」

 私はハンス大佐を押さえつけた。
 同じような状況になった人間の指揮官がすることは一つだった。
 交戦規定により攻撃出来ない部下のSSを見捨てられずに、自ら前線に出て攻撃に加わろうとするのだ。
 この状況で人間だけが規則を無視して行動出来たからだ。

 そして当然カルナーク軍の狙いはそこだった。
 アンドロイドが許諾なしに一般人を攻撃できないこと。
 一般人への攻撃に上層部からの許可が必要でそれに時間がかかる事。
 そして、それを看過できない地球人がどういう行動をとるのか。

 すべてわかっていたのだ。

 結局この場は落ち着いたハンス大佐が、軌道砲撃を周辺の山全域に依頼したことで終わりを告げた。

『こちら重巡洋艦モウリモトナリ、砲撃要請受諾。指定ポイント周辺に人感反応無し。狙撃兵は擬態している模様。これより対象全域に燃料気化弾頭による攻撃を開始します』

 その通信の十数秒後、周囲の山々に連続して軌道砲撃の弾頭が降りいだ。
 その弾頭は空中でさく裂し、中に詰まった燃料を放射状に散布後一気に着火。
 弾頭一発につき周囲数百メートルを真空状態にしながら爆発し、狙撃ポイントを焼き払った。

 そうして周囲が煙に包まれると、狙撃はやんだ。
 サイクロプスは光学的な視覚妨害を受けないため、先ほどの爆発で狙撃者か観測員が死亡したのだろう。

 程なく難民たちは散り散りになって逃げて行った。
 その後姿が見えなくなるころ、旗艦ワシントンの司令部から「武装が認められ、かつ先制攻撃を行った者に対してのみの反撃許可」が伝えられた。
 ハンス大佐は床に座り込み、泣いていた。
 ハンス大佐を抱きしめて、私も泣いた。
 

 一時間後、連隊は再編成を行い進撃を開始した。
 失われたSSは四十二人。SAは四両。そのうち隊長クラスは六人。
 連隊は現場指揮官クラスを急速に失い、ダグラス達大隊長及びその補佐クラスの指揮官が小隊レベルまで直接指揮を執らざるを得なくなっていた。

 その状態でたどり着いたのがこの周辺で最大の都市、ロクセータ市だった。
 人口約四十万人。 
 包囲していた部隊が人間の指揮官を全員失い、そこへの増援として連隊は向かっていたのだが、三人いた人間の指揮官は負傷と精神疾患により既にハンス大佐だけになっていた。

 そのハンス大佐もすでに精神的には限界だった。
 だが、それでも責任感の強いハンス大佐はアンドロイド達のためにと部隊の指揮を執り続けた。

「お前たちには苦労ばかり掛けるな。こんな遠くまで来て悲惨な戦いを強いて……」

 夕食時。
 狙撃を恐れて指揮車から顔も出せないハンス大佐を励ますため、手すきの指揮官クラスのSSは一緒に席を囲むのが定例になっていた。

 私は少し、この事が不満だった。
 ハンス大佐と二人っきりの時間を邪魔されているように感じていた。
 こんなエゴ、とてもではないが口には出せなかったが。

「あら、相変わらずアンドロイドの気持ちに疎いお方ですわね」

 クラレッタが独特の口調で笑った。
 このころはあの目立つ縦ロールのふざけた髪型ではなかった。
 正直このころの格好の方が好感が持てた。あのかっこいいクラレッタはどこに行ってしまったのだろうか。

「ダー。私たちは地球人類の役に立てることが幸せ。大佐は大きく構えていてください」

 ポリーナが窮屈そうに床に座って言った。
 このころからポリーナは包容力があった。私もこうなりたかったが……。

「そうそう、大佐はもうちょっと私たちを手荒く扱うくらいでちょうどいいっす」

 ミユキはこのころから三下口調だった。そのくせこいつは部下にはやたらと厳しいのだ。
 だからこそ、後々クセの強い艦船SA達を束ねることが出来たのだが。

 他の面々も口々にハンス大佐を励ます。
 私もハンス大佐のサラダを和える手を止めて、そっとハンス大佐の袖をつかんだ。

「お前たちには本当に励まされるな。しかし、それでも自分の娘くらいの見た目のお前たちに戦わせて後方でぬくぬくしているようでな……本当に不甲斐ない」

「そういえばよく言ってるが、娘ってどんな子なんだ?」

 ダグラスが言った言葉に、私は震えた。
 正直知りたくなかった情報だったからだ。
 大佐は少しだけ楽し気に、懐から携帯端末を取り出して写真を見せた。

 写真には長い黒髪の美しいアジア系の女性と、どこかハンス大佐の面影を感じる小さな女の子が写っていた。

「ずいぶん昔の写真だがな……」

「あらーやだーかわいいやだー!」

 ダグラスがわざとらしい声を上げた。
 頼りになる奴だが、こういうところが実のところ嫌いだった。

「今は火星で……無事なら暮らしているはずだ。もしお前たちが会えても……仲良くしてはくれないだろうな」

 火星自治区には、半強制移住させられた反ナンバーズのアンドロイド否定派が居住していた。
 ハンス大佐の奥さんはこの事でハンス大佐と対立し、離婚して移住船に乗り込んだのだという。

 移住開始後に独立宣言まで出して、武装化まで始めた火星で育ったのなら、確かに私たちとハンス大佐の妻子とが仲良くするのは難しいだろう。

「ジンライは……ああ、これカミさんの苗字な。アヤメはナンバーズの政策に否定的だった。ずっとヨーロッパ内戦の惨状を身をもって知っていた自分としては、争うよりはあいつらの政策に従って豊かになった方がいいと感じてた……どうしてもその齟齬を埋められなかったんだ。あいつにとってはナンバーズは繁栄をもたらしたってよりは、人間を支配するエイリアンでしかなかったんだな……」

 ハンス大佐の言葉に、全員が黙ってしまった。
 ナンバーズのもたらした象徴的存在である自分たちとしては気まずかったのだ。
 けれども、ハンス大佐はいつものように笑うと、席についていた全員に腕を回して抱き寄せた。

「どうしたお前ら! 俺がとっておきの話をしたのに何黙り込んでるんだ! 可愛い俺の娘を見たんだからもっと喜べよ!」

 私は……いや、私たちはハンス大佐が無理をしていても、笑ってくれている事がうれしくて、全員でもみくちゃになって床に転がった。
 体重八十キロ近いアンドロイド数体に押し倒されて重かっただろうに、ハンス大佐はせき込みながら笑っていた。

 そんな時だった。

 外から食事を作っていたシャルルが駆け込んできたのは。

「大佐~大変ですよ~ってあー! ずるい! みんなで大佐にくっつくなら私とシャーも呼んでくださいよ!」

「……いやシャルル……それはあとでな。で、何が大変なんだ?」

 私たちをはねのけて起き上がりながらハンス大佐は尋ねた。

「あ、そうだった。シャーから通信せずに直接伝えろって。包囲している市から、白旗を掲げたカルナーク人が出て来たんです。なんでも降伏したいと……」

 その言葉を聞いて全員に緊張が走った。
 カルナーク人が降伏するなど、ほとんど例のないことだ。
 ましてや都市規模の降伏など前例のない事態といえる。

 その状況の重大性から、ハンス大佐は自分で出迎えると言ったが、それは全員で止めた。
 代わりに副官である自分とダグラスが先方を出迎えることになった。

 そうして指揮車を出て、シャーのいる前線指揮所に向かう。
 そこには大きな白旗を掲げた数人の護衛に囲まれた少女と、それを包囲するSS達がいた。

「私が指揮官の副官であるミラー少尉です。なんでも降伏の使者であるとか?」

 私が問いかけると、護衛に囲まれた少女が答えた。
 
「ヤー、ラシュ。その通りです」

 驚くことに少女の口から出たのは流暢な英語だった。

 褐色の肌をしている普通のカルナーク人とは違い、少女は美しく滑らかな漆黒の肌をしていた。
 年の頃は十代後半から二十代前半。 
 シュッとした細身の顔と、高い鼻に薄い唇。ぱっちりとして力強い目は、地球人の美意識で見ても遜色なく美少女と言えた。

「わらわはリリ・リュ7846・純カルナーク。この行政区のヤ―であり、ロクセータ市の市長を兼務する者です。この度は、この行政区の民の命を救うため、降伏するべくやって来ました」

 その名乗りを聞いて私たちは驚いた。
 カルナーク人はその血統によって階級に分かれ、それが名前にも表れている。
 階級は生殖及び混血不可能民である三等カルナークから、恭順間もないか混血が進んでいない二等カルナーク。混血が進み文化的にもカルナーク人とほぼ同化したと見なされる一等カルナーク。

 そして、指導者層であるヤー(代表)を輩出可能な階級であり、婚姻統制を受ける純血階級である純カルナークで構成されていた。

 そして開戦以来この瞬間まで、外交交渉の場を除いて生きて純カルナークを目にしたのは異世界派遣軍では初の事だった。

 しかし。
 私は場面がここまで進んだことで後悔に苛まれる。
 もしここで、私がこの女を撃っていれば。
 ハンス大佐は助かったかもしれないのに……。

 それは結果を知っているからこそできた決断。
 故に、私たちはこの女を命令に従いハンス大佐の元へと案内してしまう。

 ああ、やめなさい私。
 お願いだから。
 もし、次にこのような機会があったなら……。

 絶対にこの女を撃ち殺してやるのに。

 そこまで考えたとき、私はこれが過去の出来事であり、夢のような物に過ぎなかったことを自覚した。
 意識が現実へと覚醒する瞬間、なぜかハンス大佐ではなく、型落ちの強化機兵の頭部が浮かんできた。
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