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第四章 皇女様の帰還

第2話―3 美少女VSゴリラ

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いつの間にやら会場から徒歩で移動した賽野目博士は、小さな工具箱と布に包まれた人間の足程の太さの棒状の物体を抱えていた。

 そして、倒れているSSTLを抱え起こす。

 会場は息を呑んだ。
 曲がりなりにも脚部を損傷しながらも切断を免れていたSSTGとは対照的に、SSTLは両足を完全に失い、付け根の部分も激しく損傷していた。

 会場は「やはり」と言った空気に包まれる。
 しかし、対照的にSSTGのスタッフには疑念が生じていた。

 今回の試験を提案したのは賽野目博士なのだ。
 だというのに、このまま案の対策も見せ場もなく損傷して終わりなはずがない。

(まさか、あの損傷は……)

 そんなSSTGスタッフの考えがまとまるより早く、賽野目博士が動いた。

 博士は工具箱からナイフを取り出すと、太ももの付け根の人工皮膚部分を素早く切り裂いた。

「カレン、脚部間接部のメタルアクチュエータを除去」

「了解、脚部メタルアクチュエータを除去します」

 カレンと呼ばれたSSTLがそう言った瞬間、人工皮膚に斬れ込みを入れられた太ももが脱落する。
 それを見た賽野目博士が、布に包まれていた一組の脚部パーツを取りだし、カレンの脚部に押し当てる。

「カレン、どうだ?」

「脚部装着部位適合。メタルアクチュエータを再展開、脚部を接続します」

 SF映画の様な動きで、液状化したメタルアクチュエータが、取り付けられた脚部パーツと本体を接続する。

 そして、目を閉じたSSTLが三秒ほどかけて自己チェックを終えると、何も無かった様に立ち上がった。

 会場からその日最高のどよめきが起こる。
 SSTLは体中に鉄球や破片による表層的な損傷こそあるものの、二本足で歩き、悠然とした態度で子供達とマスコミがいる会場に賽野目博士と共に戻ってきた。

 SSTGのスタッフは歯噛みした。
 堂々と「僅か八時間で修復できる」と自慢した直後にこのデモンストレーション。
 屈辱的だった。

 そんな中、SSTLは子供たちの所に来るとややカッコつけた口調で言った。

「ちょっと怪我しちゃったけど、お姉さんは大丈夫よ。あの怖い怪物は向こうで倒れてるからね。安心して」

 そう言って微笑むと、SSTLは子供たちに囲まれた。
 美しい顔立ち、優しい声と態度。メカニカルな手足。
 そう言った要素が子供達に好まれたのだ。

 そして、それを見た賽野目博士はマイクを手に叫んだ。

「皆さん! 今日、私が見せたかったのはこれなのです!」

 そういて賽野目博士は子供達に肩車をせがまれているSSTLを示した。

「我がサガラ社はかねてより、アンドロイドと人間の融和を目的としていました。確かにアンドロイドと人間の間には深い溝があり、不信感を持たれている方も多い……だからこそ、それを遥か彼方の世界にまで持ち込むべきではないのです」

 賽野目博士の言葉は会場のみならず世界中の人間の心に響いた。

 未だ第二次大粛清と火星強制移民の余波が続く時代だった。
 アンドロイドは希望をもたらす存在であると同時に、ナンバーズによる恐怖の象徴でもあった。

 だからこそ。
 どうであれアンドロイドと生きていくしか道のない、地球連邦と言う新しい世界におけるアンドロイドと人間の歪んでしまった関係を、わざわざゲートの向こうの世界にまで持ち込むことはない。

 それは一部の反アンドロイド主義者を除けば、パートナーアンドロイドと暮らし始めていた地球市民全てに共通する、偽らざる気持ちだった。

「確かにSSTGの性能は素晴らしい。威圧効果も高く、調査に赴いた惑星を容易く制圧できるでしょう。ですがそれではないのです。それではアンドロイドという存在は再び、恐怖の対象としてでしか見られることは無い。だからこそ、SSTLを私は作ったのです。遠く未知なる惑星で、友人を作れるアンドロイド……それがSSTLを創った私の、いえ。我々の思いです!」

 この演説は劇的な効果をもたらした。
 兼ねてより世論からあまりいい感情を抱かれていなかった、活動家からの非難に対する効果的な反論となったからだ。

 たとえ本心が美少女型アンドロイドを認めていても、人間には社会的立場と言うものがある。

 セクハラ、ロリコン、人権、平等と言った要素を持ち込まれると、中々表立った反論を行うのは難しいものだ。

 そんな中、”友人を作るアンドロイド”というキャッチコピーは効果的だった。
 好意的感情を持ってもらい、敵対の意思を示さず、ゲートの向こうの人々への配慮故の姿と、戦闘中の効率を重視した結果の服装。

 正論による非難に対する、これ以上ない正論による反論手段を得たことにより、SSTLへの支持は広がりを見せ、コストパフォーマンス、車両や艦艇まで含めた総合的運用性も評価されたことにより、しばらくして正式にSSTLは採用されたのだった。

「……と言う理由でアンドロイド達は美少女の姿をしているんです……」

 一木の話を聞いたグーシュとミルシャは感心した様子だった。
 一木としては、異世界派遣軍入隊時、賽野目博士から自慢げにこの話を聞いた時から、いつか異世界の人間の知り合いになったらこの事を教えたいと思っていたのだ。

 地球人は異世界へ戦いに来たのではない。
 友人になりに来た。

 たとえ名目上の話であろうと、異世界派遣軍の根幹をなす思想だ。
 アンドロイド達が異世界において友好的な扱いを受けるためにも教えておきたかった。

「なるほど、そんな理由が……てっきり我々を篭絡するか、油断させるためとばかり……」

「いやー、わらわは気が付いてたぞ? あんな可愛い兵士たちとならいくらでもどこででも仲良くなれるぞ」

 どうも一木の意図と違う感想は聞かなかったことにする。
 
 そして、話を終えた一木がパレードに目をやると、ロングコートを着た光学迷彩装備の突撃兵達の行進が終わり、そろそろパレードも終わろうとしている所だった。
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