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第四章 皇女様の帰還

第6話―1 演説

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 その日、ルニの街はいつもと違う雰囲気に包まれていた。

 とはいえ、少し前にやってきた海向こうの使節たちが来てからというもの、日常という物自体が少々風変わりなものになってはいたのだが、それを差し引いても昨日までとは違っていたのだ。

 まず、最近領内を巡回しているまだらの服を来た少女たちが、今日は大通りに集まり、馬車や通行人を誘導し、道の真ん中を開けるように指示している。

 それだけではなく、畑に立てる案山子の様な形をした二本足の人形までもが街中をうろつき、不審な動きをした人間に注意を促していた。
 一見すると、少し押しただけで倒せそうに見える案山子だが、昨晩喧嘩を売った酔っぱらいによると、手に持った黒い塊を向けられると体が痺れ、意識を失ってしまうということなので、少女たち同様見た目ではわからない、何やら不思議な力を持っているようだ。

 小柄な少女や案山子に大きな顔をされることに、嫌な顔をする者も当然いたが、彼女たち地球連邦はやってきた日にバニフの肉をたらふく振舞ってくれた上、領内の治安を劇的に向上させ、土を踏み固めた道を、あっという間に継ぎ目のない石の道に作り替えてくれたありがたい存在だった。

 そのため、多少威圧的な態度を取られても、その可愛げのある見た目も相まって、ルニの街の住人は彼女たちの事をさほど嫌ってはいなかった。

 だが、それにしても今日は様子がおかしかった。
 なぜ、こんなにも大量の少女たちや、案山子がいるのか。
 意を決した男や、普段から少女たちに構ってやっている露店の主婦や年寄りたちが聞くと、何でも今日、ルニの街で行進パレードが行われるというのだ。

 行進パレードと聞いて、ルニの街の住人が思いつくのは帝都で行われる騎士団の閲兵式だった。

 帝室の結婚などの祝賀行事の際に行われるもので、近衛騎士一万人が着飾り、煌びやかな軍装をまとい帝都の大通りを列をなして歩くのだという。

 多くの露店などが出て、帝城前の広場では甲冑に身を包んだ皇族や貴族が立ち並び、それを一目見ようと多くの人間が集う。

 それがルニの街の住人の行進パレードの認識だった。
 要は祭りの出し物の一つ、程度のものだ。

 それも無理はなく、ルーリアト帝国の騎士団の行進パレードというものは、地球の物ほど洗練されたものとは言い難い。

 軍楽隊の演奏もなく、訓練された歩兵による行進もない。
 ただ、磨き込まれた甲冑を着た上級騎士や、勲章や綺麗な服を着た騎士たちが通りを練り歩くだけのものだ。

 そのため、今回も街の住人はそういった認識で行われる行進パレードを考えていた。
 ただ、いつも世話になっている少女達が着飾って街に来るのなら見てやろう。
 そう思ったのか、聞きつけた住人たちは徐々に通りに集まっていた。

 見る間に人出は増え、そしてその人出を見た人々がまた集まる。

 気が付けば、通りには観衆といって差し支えない人数が集まっていた。

 それを見た憲兵隊のSSが、ひそかに無線通信を入れる。

 そしてしばらくしたころ、ルニの街の住人たちは、自分達のざわめきに交じって聞こえてくる音楽に気が付いた。

 どことなくルーリアトの民族音楽に似た響きの、それでいて初めて聞く、壮大な音楽だ。

 段々と大きくなるその音楽にほとんどの人間が気が付いたころ、少女たちの声による歌が聞こえて来た。

Ceddin deden, Neslin baban!
Ceddin deden, Neslin baban!
Hep kahraman Türk milleti!

Orduların, pekçok zaman!
Vermiştiler dünyaya şan!
Orduların, pekçok zaman!
Vermiştiler dünyaya şan!

Türk milleti, Türk milleti!
Türk milleti, Türk milleti!
Ask ile sev hürriyeti!

Kahret vatan düşmanını!
Çeksin o mel-un zilleti.
Kahret vatan düşmanını!
Çeksin o mel-un zilleti.

 ルニの街の住人には当然、歌詞の意味は分からない。
 だが、その壮大で洗練された曲は、聴く住人たちを圧倒した。

 そして、音が一際大きくなったことに気が付いた人々は見た。

 門から入ってくる、見るも鮮やかな楽器を抱えた兵士たちの姿を。

「おい! 見ろ、歩きながら演奏してるのか!?」

 やはり見た事の無い楽器だったが、その統一された動きに住人たちは衝撃を受けた。
 また、行進しながら演奏するという文化のなかったルーリアトの人々にとって、それは驚きだった。
 そして、軍楽隊に続くのは、小銃を構えた歩兵による行進だった。
 普段見慣れた少女たちが美しい行進をする姿に、住人はすっかり魅了された。

 「なんてきれいな軍隊だ! ワシャあ、帝都のパレードも見たことあるが、あんなの比べ物にならんぞ」

「あんなにそろった動き……どんだけ練習したんだ……」

「お嬢ちゃんたち! カッコいいぞ!」

 そう声を掛ける住人達だったが、そんな声が変わったのは続いて街に入ってきた車両部隊を見てからだった。

「おお! 鉄車だ!」

「赤いのは帝国の旗だ! 青いのが地球の旗か?」

「んんん? お、おい。あの一番前の鉄車の上にいるの……ポスティ殿下じゃないか!」

「本当だ! 殿下だ!」

「お嬢ちゃんたちと同じ、異国の服を着てるぞ」

「まるで殿下が立派な軍隊を率いているみたいだ」

「地球と交渉にいらっしゃったんだ」

「バンザーイ! ポスティ殿下バンザーイ!」※

「「「バンザーイ! バンザーイ!」」」

 瞬く間に群衆からのざわめきと歓声は、グーシュリャリャポスティを称える声に変っていった。

 まさに、第三皇女の庶民からの人気を体現した光景だった。
 その声に応え、拳をみぞおちのあたりに当てるルーリアト式の敬礼をするグーシュを見て、さらに歓声が上がる。

 すっかり第三皇女の登場に盛り上がった人々は、その後に続いた戦車や鉄巨人と言える強化機兵の行進が終わってもなお、興奮冷めやらぬ様子だった。

「見たかあの鉄車の数! おおきな鉄弓もあったな」

「お嬢ちゃんたちも見た目と違って随分と強いからな……ありゃあ戦になれば近衛騎士なんて相手にならんな」

「最後にいたあのでっかい甲冑を着た連中もいるしな。ふんぞり返ってる帝都のぼんくらじゃ無理だろ」

「しかし、なんでポスティ殿下が地球と一緒に行進してるんだ?」

 そうして、行進が過ぎた後の人々には、疑問が残された。

 熱狂のままに大好きな第三皇女の登場に喜んだものの、熱狂がピークを過ぎれば、なぜ? という当然の疑問がわいてくるのは当然だった。

 そして、そんな疑問にざわめく人々に、ある言葉が告げられた。
 警備をしていた憲兵隊のSS達が声を張り上げる。

「以上で行進は終了となります! なお、この後子爵公邸前にてグーシュリャリャポスティ皇女殿下による演説が行われます!」

 憲兵隊のSS達が叫んだ内容を聞いて、大きなどよめきが起きた。

「演説だって!」「何を言うのかな?」「交渉の行方は」「そういえば橋が落ちたって」「皇太子は」「急げ」「急ごう」「はやく行かなきゃ」「おい押すなよ!」「殿下……ありがたやありがたや」

 どよめきは瞬く間に、子爵公邸前への移動に関する言葉に置き変わる。

「押さないでください! 我々憲兵隊の指示に従ってください!」

 そうして、普段より多く配置されていた憲兵たちは移動する人々の誘導に追われた。
 
 ただ誘導するだけでは済まず、転んだ年寄りを介抱し、迷子をあやし、行きたそうにする露店主に変わり店番を受け持った。

 そうしたテキパキとした誘導作業が終わった頃には、表通りからすっかり人々の姿は消えていた。

 そうして、ルニの街の住人は生き証人となる。
 日陰者。お転婆。恥さらし。放蕩皇族。
 優しいお方。改革派。庶民の味方。可哀そうな殿下。

 そう言われていた第三皇女が、保守派の皇太子と戦う決意を表明した、その瞬間の。
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