地球連邦軍様、異世界へようこそ

ライラック豪砲

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第四章 皇女様の帰還

第7話 決断

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「殿下!!!」

 ルニ子爵は、体格からは想像もつかない程俊敏に動くと、グーシュの立っている机のすぐそばに行き、頭を下げた。
 その声は武人らしからぬ、掠れた声で今にも消えそうなほどだった。
 ところが近づいて頭を下げてからは、まるで挽回するかのように大音声になった。

「で、殿下のお言葉! 誠に……誠に感服いたしました……不肖ながらこのカラン・ルニ、殿下のため……殿下のため……」

 そこまで言った所で、ルニ子爵の声は再び掠れるように小さくなった。
 ほんの一秒にも満たない掠れ声は、しかし先ほどまでの計算された調子のいい演説と違い、広場に僅かな戸惑いを生んだ。

「カラン・ルニ」

 そんな戸惑いをかき消したのは、グーシュの声だった。
 凛とした、優しさに満ちた声だ。

「落ち着くのだ。気持ちが昂ったのか? お前の言葉を、聞かせてくれ」

 ルニ子爵は噴き出すような汗をぬぐうと、腰に下げた剣を両手で抱え、机の上のグーシュに差し出しながら、分厚い腹から絞り出すような声を発した。
 もう、掠れてはいなかった。

「殿下と、民の勝利のため。我らルニ子爵家一同、殿下という剣を持つ持ち手となりましょうぞ」

 おそらく今、カラン・ルニ子爵の心中は様々な思いで溢れかえっている。
 帝国、皇室、国父、皇帝、皇太子、グーシュ。忠義とご恩という一見分かりやすい思いと、それが向けられるべきあまりにも多い対象。
 それらと、領民という守るべき存在への配慮。
 
 自分の一存で反逆者の汚名を着せられる、あるいは帝国の崩壊の引き金を引いた存在となる事への危惧。
 そう言った感情もあるのかもしれない。

 だが、今の場面においてグーシュは冷酷だった。
 冷酷に、冷静にルニ子爵の言葉と態度を、自らが演じる物語へと組み込んでいく。

「皆! 聞いてくれ!」

 グーシュは広場の群衆全員に聞こえるように、一際大きな声を出した。
 先ほどまでのルニ子爵の宣言が聞こえなかった、広場後方の民に配慮したのだ。

「今、ルニ子爵から……ありがたい言葉を頂いた……子爵は、わらわを剣として、民の勝利のための尖兵として用いてくれるそうだ!」

 おお! というどよめきが巻き起こった。
 あちこちから子爵を称える言葉が巻き起こり、やがてそれは広場全体に満ち満ちていく。

 その様子を見ると、グーシュは手にしていた剣を再び掲げた。

「この剣は、十の頃兄上から頂いたものだ!」

 広場から再びおお! という声が上がるが、もはや意味のない歓声だった。
 群衆にはもはや、自らが物語の主人公になりつつある高揚感だけがあった。

 そのため、子爵が協力を宣言したことの意味も、領民である自分たちが何をするのかも、頭には無かった。
 あるのはただ、美しい皇女に、民の勝利のために、自分達が協力するのだという事だけ。
 自分たちが先祖と同じような英雄になるという、彼らにとっての都合のいい事実だけだった。

「女々しいわらわは、この段階に至っても捨てられなかった……だが! 今カラン・ルニという勇者が、わらわの持ち手になってくれたのだ! もはや! この剣はいらぬ!」

 そう言ってグーシュは持っていた剣を、先ほど子爵領の騎士から貰ったばかりのその剣を、足元の机に突き刺した。

 そして腰のホルスターから、先ほど撃ち方を習ったばかりのM65拳銃を抜くと、剣に向けて発砲した。

 下級騎士が用いる低品質な剣の、刃ではなく側面を打ち抜かれた剣は、刺さっていた机から吹き飛び、あらかじめ控えていたSSの方へと飛んでいった。
 群衆からは悲鳴が上がったが、SSはこともなげに素手で、飛んでいった剣とその部品を掴み取っていた。
 突然の轟音と悲鳴のため、グーシュの口から漏れた「うわ! 折れないのか」という声は幸いにも群衆には聞こえなかった。

 驚きのため一瞬動きを止めたグーシュだったが、数瞬で立ち直ると、剣を両手で捧げた姿勢のままの子爵から、剣を受け取った。

「見よ! この剣こそわらわの新しい主、わらわという剣の使い手である帝国の勇者! ルニ子爵とその領民の魂の証である! わらわの剣にはこれこそ相応しい……」

 そう言ってグーシュは鞘から剣を抜き放ち、頭上に掲げた。

「刮目せよ! これよりわらわは、民の勝利のために、悪しき我が兄、ルイガリャリャカスティと戦いを開始する! わらわはもはや第三皇女ポスティではない。ただ一振りのグーシュという名の剣である! 我が使い手よ、民に勝利を!」

 グーシュの叫びに合わせ、群衆に仕込まれた諜報課のサクラと周囲のSS達が唱和する。

「「「民に勝利を!!!」」」

 その声にグーシュが再び剣を持った手を掲げると、広場には本物の領民たちによる声が響き渡った。

「「「「「「民に勝利を!!!!!!」」」」」」

「「「「「「民に勝利を!!!!!!」」」」」」

「「「「「「民に勝利を!!!!!!」」」」」」

 グーシュは満足げにその光景を眺めると、再び演奏された壮大な音楽に合わせ、机の上から降りた。

 広場にはしばらく止むことなく、民に勝利を! という声が響いていた。

「いやー、うまくいった。太鼓腹! よくぞ声を上げたな、感謝するぞ」

 机から降りたグーシュは、下で呆然としたまま両膝をついていたルニ子爵を称えた。
 そしてミルシャに命じて子爵を立たせると、青ざめた顔で立っている子爵領の幹部たちの元へと、一緒に近づいていった。

「子爵領の皆も感謝するぞ。これから、民の勝利のために一緒に戦っていこうではないか」

 にこやかにグーシュが言うと、青ざめた顔の家宰が怯えた様子で口を開いた。

「で、殿下……あの」

「家宰殿」

 家宰の言葉を遮ったのはミルシャだった。
 濃い隈の浮かんだ鋭い目で家宰を睨み、圧を掛けるような物言いだ。

「グーシュ様の演説をお聞きでしょう。これよりは殿下ではなく、グーシュ様とお呼びください」

「あ、はい……申し訳ありませんでした。では、あの、グーシュ様。お話は聞かせていただきましたが、具体的に民の勝利のための戦いとは……どのような事をするのでしょうか?」

 家宰の尤(もっと)もな問いに、グーシュはあからさまに不機嫌な表情を浮かべた。
 その表情に子爵と幹部たちが焦った様子を見せると、すかさずミルシャが咎めるように言った。

「分からなかったのですか? 皇太子ルイガによる、国父の理想を裏切る、民の弾圧と愚かな貴族による支配を防ぐための戦いです。まさか、出来ないとでも言うのですか?」

 ミルシャに圧倒された子爵領の面々は何も言えない。
 ただ、かろうじで気を取り直した子爵本人だけが、絞り出すように声を発した。

「グーシュ様、ミルシャ殿……我が子爵領は全領民合わせても二千足らず……戦力ともなれば訓練した者を全員動員しても二百程度……とても皇太子とその影響下にある者達には……」

「そうか。お前たちでは戦えんか?」

 子爵がそこまで言った所で、グーシュが確認するように言った。

「……はい。申し訳ございませんが……」

 度重なる事態の急変に、気持ちが追いついていなかった子爵領の面々は、グーシュがなぜわかり切った事を小芝居してまで問いただしたのか、そのことに思い至らなかった。

「ご心配い?りません、グーシュ様」

 そして、グーシュと子爵領の会話に、一木が突然割り込んできた。
 子爵と幹部たちは、今まで黙ったままだった地球連邦の人間が話しかけてきたことに驚いた。
 そして、すぐにその意図に気が付いた。

「グーシュ様の演説に感銘したのはルニ子爵だけではありません。この一木をはじめとする、地球連邦軍一同も同じようにグーシュ様の言葉に深く感銘を受けました。民のために働くその理想はまさしく地球連邦の国是と一致するものです。我々はより良い帝国と連邦の関係構築のため、グーシュ様に協力を惜しみません」

(言質を取られた!)

 グーシュと地球連邦が、皇太子を排してグーシュを帝国中枢に祭り上げたいと思っていたことは間違いない。
 子爵達はそのことには演説の最中に気が付いていた。
 だが、演説だけで領民を煽る事は困難だと高をくくっていた。

 その結果として、煽られた領民と場の空気に押され、グーシュの反帝国活動に協力することを宣言せざるを得なくなってしまった。
 このことは非常なリスクを伴う行為だった。
 小さな子爵領が、しかも国父の側近だった初代以来の譜代貴族の立場で、皇太子に歯向かうという行動は、例え勝ったとしても非難されかねない行動だ。

 そのため子爵と幹部たちは、この後の事を必死に考えていた。
 グーシュに賛同してしまった事はもはや覆せない。
 だからせめて、帝国の利益を損なわなわず、後々取り繕えるような行動指針を定める、その方法をだ。

 当然妙案がすぐに浮かぶものでは無かったが、相談も叶わない状態で、子爵と家宰の脳裏には二つだけ絶対に守るべき条件が浮かんでいた。

 すなわち、地球連邦軍による本格的介入の可能な限りの阻止。
 そして帝国への本格的な敵対行為を可能な限り阻むことだ。

 当然グーシュの演説内容からすれば困難な事だが、半ば強要されたとは言え、グーシュ派筆頭となってしまったルニ子爵領として慎重策を主張することは出来る。

 ルニ子爵と家宰は、この”慎重策の主張”という事実を、後々他の貴族から非難された際の言い訳として用いようという腹積もりだったのだ。

 ところが、間髪容れず行われたグーシュの一芝居により、この機会すら失われてしまった。

 グーシュ派筆頭が「単独では戦えない」という主張をしてしまった以上、善意で協力を宣言した地球連邦軍の介入を拒むことも、慎重な行動を主張することも出来なくなってしまったのだ。

 「でん……グーシュ様! 我々子爵領一同は……」

 焦ったルニ子爵が声を発するが、後が続かない。
 自分から立ち向かえないといった後で、どう主張すればいいのか妙案が浮かばなかったのだ。

 だがそんな子爵を、グーシュは先ほどの不機嫌な顔から一転して笑顔で見つめていた。

「太鼓腹、お前の不安は分かっている。国父の側近の子孫が、帝国へ反逆することへの不安……帝国内の争いに、他国を介入させる危惧……違うか?」

「そ、その通りでございます……グーシュ様、何卒、何卒慎重なご判断を!」

 騒めく群衆が、SS達の誘導で帰路に着く中、子爵の声は群衆の声に紛れた。
 グーシュはニコニコしたまま、そんな子爵と幹部たちの顔をゆっくりと眺めた。

「安心しろ。そして、お前たちに感謝を。その危惧、まさに忠臣のそれだ。わらわには、考えがある」

 そう言ってグーシュは、ポケットから一枚の紙をを取り出した。
 紙には、十人ほどの名前が記されていた。
 その紙をグーシュは子爵に手渡した。

「グーシュ様、この名前は……? ザシュ・ゴーウ、行商人……ベーウ・カカ、宿屋経営……」

「わらわが以前から調べていた、兄上がこの街に忍ばせていた間者だ」 

 その言葉に、ルニ子爵と幹部たちはギョッとする。
 だが、グーシュはそれには構わずに続けた。

「ルニ子爵、そなたに求めるのはただ一つ。この街の治安維持だ。それ以外の事はわらわと一木が何とかする。お前たちはこの街を、地球連邦軍との協定に従って守っていてくれればいいのだ。それがわらわの力となる」

「グーシュ様、しかし」

「この街を、しかと守れ。わかったな、カラン・ルニ子爵」

 有無を言わさぬ言葉だった。
 ルニ子爵は、無言で頷くしかなかった。
 
「よし。治安担当の騎士は誰だ?」

 グーシュの言葉に数人の騎士が手を上げた。
 グーシュはその騎士たちに、先ほどルニ子爵に見せた物と同じ内容の紙を見せた。

「この一覧にある名前の者は兄上の間者だ。今頃、急いで手紙鳥や連絡員に渡りを付けているはずだ。至急捕えろ」

「グーシュ様……順番はどのように……」

「全員同時だ。当然だろう?」

 騎士の一人が発した疑問に、グーシュは素早く答えた。
 しかし、騎士たちはお互いに顔を見合わせ、質問した騎士が青い顔で言った。

「恐れながら……治安要員が足りません……同時に捕縛に向かうにはその……徴兵経験者を集めないと」

「ならば連邦兵に手伝わせよう。カゴ中佐!」

 グーシュが名前を呼ぶと、第二連隊のカゴ中佐が素早く近寄ってきた。

「騎士団に間者の捕縛を命じたのだが、人手が足りないそうだ。パレードの人員から腕利きを回してやってくれ」

「了解しました」

 そういってカゴ中佐が無線通信をつなぐと、領民の誘導や警備を終えたSSが百人以上集まってきた。
 一か所の襲撃に分隊規模以上のSSが派遣できる計算だ。

「騎士たちよ、お前たちにこの者達の指揮権を与える。よくこの者達のを聞いて行動せよ。分かったな?」

「は、はい!」

「よし、行け!」

 グーシュが命ずると、青い顔をした十人ほどの騎士や衛兵に率いられたSS達が街に散っていった。
 それを黙って目にしていたルニ子爵達に、言葉は無い。

「よし、ルニ子爵。今後の事は外務参謀部や憲兵連隊の者とよくよく相談して決めよ。いいな?」

「……ははっ」

「では今日のところはこれくらいにしておこう。わらわは宿営地に戻る。子爵、民の勝利のため、頑張ろうではないか」

 子爵達は無言で頭を下げ、迎えに来たガガーリン装甲車に歩いていくグーシュを見つめていた。

 すると、傍らで一部始終を見ていた一木が声を発した。

「グーシュの態度に反発しているようですが……」

 一木の言葉にギョッとする子爵達。
 だが、一木は気にせず言葉を続ける。

「有無を言わさず治安維持という役割を強要する……このことは彼女の温情であると気が付いておいでか?」

 子爵達は当初、慎重策を主張したという事実を後の保険にしたいと考えたいたが、一木の言う通り。
 有無を言わさず行動を強要されたという事実もまた、万が一の際の言い訳には十分な物ではあった。

 そのことに気が付いた子爵達は一木の顔をじっと見つめた。

「で、殿下は……我々の事を……」

「……そのことはルーリアト帝国の人間であるあなた達が判断していただきたい。それと、もう一つ言っておくが」

 一木はモノアイで子爵達を一人一人、流れるように一瞥した。

「グーシュは領民達や、子爵ご本人のどちらかが賛同しなければ、我々の支援を断り帝都に戻ると言っていたんですよ」

 子爵達はこの言葉に、酷く驚いたようだった。
 そんな、まさか、などと口々に困惑を口にする。

「……グーシュには、覚悟も決断もあるが、根底には帝国とあなた達を思いやる気持ちがある……そのことを覚えておいてほしい……だからこそ、異国人の我々がグーシュに協力する気になったのです」

 そこまで言うと一木は、敬礼をしてグーシュが乗ったガガーリン装甲車に歩いて行った。
 マナと参謀達も敬礼をして、後に続く。

 ソコには呆然と見送る子爵達が残された。

 そして、一木が再び四つん這いでガガーリン装甲車に乗り込むと、そこには先ほどマナとジークが寝そべっていた床に、グーシュが寝ころんでいた。

「行儀が悪いな皇女様……」

 一木の言葉にも、グーシュはどこ吹く風だ。
 大きなあくびをすると、いかにも面倒そうに口を開いた。

「皇女じゃなくてグーシュだ。さすがに大声で騒ぎすぎて疲れた……上に覆いかぶさってもいいから、わらわは横になりたいのだ」

 一木はちらりと車内のミルシャと外で待っているマナとジークの顔を見た後、ゆっくりと乗り込んだ。
 当然、グーシュを押し倒したような格好になる。

 そして窮屈な車内に全員が乗り込むと、扉が閉まった。

「太鼓腹は、どんな様子だった?」

 走り出し、揺れる車内でグーシュが不意につぶやいた。
 一木は少し迷った後、見たままを口にした。

「反発……していたと思う。グーシュの台本通りの事を伝えたら、少し和らいだ様だが……信じたかどうかはわからない……」

 それを聞いたグーシュは、うつ伏せになると小さくそうか、とだけつぶやいた。

 見事な演説、見事な女優っぷりだが、逆にいうと演じる形でしか民衆と向き合えない、孤独な皇女だとも言える。
 他者の気持ちが、分かるが理解できない。

 それがどんな感覚なのか、一木にはわからないが、親しかった人間に嫌われたかもしれない状況が平気なわけではないようだ。

 一木は、ソワソワしているミルシャを見やると、手招きした。
 一瞬迷ったような素振りをしていたミルシャだったが、一木が頷くと、意を決したように立ち上がり、グーシュの隣に寝そべった。
 そしてグーシュを背中から抱きしめる。

「殿下……心中お察しします……」

「殿下じゃなくてグーシュだ……」

「僕くらい、こういう時はいいじゃないですか……僕の殿下……」

「馬鹿者め……」

 少しだけ、明るくなった声でグーシュは答えた。

 そんな光景を見ていた殺大佐は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 狭い車内で、四つん這いになった機動兵器の下でイチャつく少女二人。
 あまりにもカオスな光景を目にすれば、無理もないことだった。

「成果はともかく……ひでえ絵面だ……」

 殺大佐の言葉に、ジークが同意した。

「確かに。もしこの光景を絵や漫画にしたら、読んだ人はさぞかし困惑するだろうね」

「……違いない……」

 車列は一路、宿営地へと向かっていった。
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