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第四章 皇女様の帰還

第8話―4 強制捜査とお見舞い

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 そうして天国と地獄を体現するような光景が繰り広げられていたころ、一木は殺大佐と一緒に、ミラー大佐がいる部屋へとやって来ていた。

 部屋の扉の前で、一木はSSの補修全般を請け負う兵員課のSSから説明を受けていた。

「ですので、ミラー大佐はやや特殊な精神構造をもっているわけです。お分かりですか?」

「……申し訳ない、もう一回頼む……」

 一木の言葉にも、いやな顔一つ浮かべず担当官は説明を繰り返した。

「いわばミラー大佐は、SSながらパートナーアンドロイドのような精神構造なのです。SSは与えられた役割に依存と執着を持ち、これを達成することで充足感を持ちます。ですがミラー大佐は、人格形成が未熟な段階で、副官として個人に仕えることを目的に作られました。このため、役職ではなく個人への依存と執着を持ったSSとなったのです」

 二度同じことを言われ、一木はようやく理解出来た。

 SSに限らず感情制御型アンドロイドは、地球人類や連邦政府、与えられた仕事への好意的感情を持つように製造される。
 これによって、ロボット三原則の様な固定化された条件に頼らずに、従順で安全な存在足り得るのだ。

 そしてこの好意的感情を持つ対象には、そのアンドロイドの種類によって優先順位が存在する。
 詳細は機密であるが、第一が地球人類、二番目が連邦政府であることはほぼ全種類同様だと言われている。(ナンバーズが最上位なのでは? とも言われていた。)

 三番目以降が異なっていて、SLやSSならば所属組織、次いで役割。
 パートナーアンドロイドならば仕えるべき個人となっていると言われている。

 アンドロイドはこの優先順位に応じた対象に、依存と執着、保護欲を持っており、自分でも気が付かないうちにそれらに応じて思考して活動している。

 ところが、ミラー大佐は先ほど言われたような境遇のため、本来組織や役割に対して持つべきこれら感情を、個人に対して抱くようになっているのだという。

「つまり、今回の事もそれです。本来なら異世界派遣軍という組織や、外務参謀という役職への感情が優先されるところ、一木司令への感情が優先されたため、今回の事件に繋がったようです」

 担当官の言葉に、一木は頭を抱えた。
 もしそれが本当だとするならば、あのような些細な出来事の度にミラー大佐は同じような事件を起こすというのだろうか。
 だとすれば、さすがに現場に出続けることが難しいと言わざるを得ない。
 
「そんな……それに、ミラー大佐は俺の事が嫌いなはずじゃ……それにあの時、別に俺に危ない事があったわけじゃないのに……」

 一木の呟きに、殺大佐が言いにくそうに口を開いた。
 言おうかどうか、迷ったような口ぶりだった。

「いや、一木司令。それはあいつの、トラウマのせいだよ」

「トラウマ?」

 聞き返した一木に、少しの間目を瞑った後、殺大佐は口を開いた。

「製造されたばかりのあいつは、カルナークで……最初の指揮官だったハンス大佐を目の前で亡くしてるんだ……敵の女指揮官が降伏の使節としてやって来て、今日みたいにテーブルに向かい合って座ってたんだ。そこを自爆と、遠距離からの狙撃で……」

 そこまで聞いた一木は思い出した。
 カルナーク戦で、地球側の指揮官を狙いカルナーク側はあらゆる手段をとったという。
 その中には、指導者である代表ヤーによる偽装降伏による暗殺も含まれたという。

「じゃあ、ミラー大佐はグーシュと話してる俺が……」

「フラッシュバックしたんだろう……兆候はあったのに……ミラーはあんたが気に入ってたんだ……もっと俺も注意してやるべきだった……」

「ちょっと待ってくれ。そこが分からない……ミラー大佐が俺の事が気に入ってるなんて、あり得るのか? いや、いつもミスしてばかりの俺が悪いんだろうけどさ」

 一木の言葉に、殺大佐は自嘲するような笑みを浮かべた。

「ミラーはハンス大佐が死んでから、ずっと怖がってたんだ。アンドロイドは、特にパートナーアンドロイドやミラーみたいな奴は、入れあげる特定個人が変わると、前まで好きだった奴への好意的感情が消えちまうんだ。あいつは、それを怖がってた」

 それを聞いて、一木の脳裏にミラー大佐の怒った顔と罵声がよぎった。

「あいつは、大好きだったハンス大佐への思いが消えるのを怖がってた。だから、あれ以来好きになりそうな人間には嫌われるように、わざときつい態度を取ってた。人間側から嫌われて避けられれば、アンドロイドはそれを尊重して行動せざるを得ないからな。あいつはそうして、ずっと人間を避けて来たんだ」

 殺大佐の言葉に、一木はガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
 ミラー大佐の行動の意味と、それに気が付かなかった自分自身のバカさ加減にだ。

 自分がもっとしっかりしていれば、今日の様な事は防げたのではないか……。

「おい、一木司令……また自分を責めているのか?」

 殺大佐が心配そうに、そして咎めるように言った。

「そんな言い方はよしてくれよ……そりゃあ自分を責めたくもなるさ。俺がミラー大佐ともっと向き合っていれば……結局のところ、いつも叱られていて苦手意識を持っていたのは事実だし……下手をすればグーシュは死んでいて、ミラー大佐も今回の様な穏便な処分じゃすまなかった……」

「お前はなあ! なんでいつもそう……何でもかんでも自分を責めりゃいいと思ってんのか! そりゃあ師団長ともなれば責任者だ。責任を負わなきゃならないこともあるだろうさ。けどな、俺たちアンドロイドが何のためにいると思ってるんだ。お前たち人間を助けるためにいるんだぞ」

 そこまで一息に言うと、殺大佐は一木の顔を両腕でつかみ、モノアイをじっと見据えた。

「そのアンドロイドの不始末まで全部背負われたら、俺たちはどうすりゃいいんだ。結局のところ、今回の事はミラーの奴が勝手に自分のトラウマであんたにツンケンしたあげく、暴走したに過ぎないんだ。本来支えるはずの俺たちの不始末まで勝手に背負うんじゃねえよ!」

 殺大佐の物言いに、一木は少しだけイラつきを覚えた。
 アンドロイド達の事情を汲まず、ミスや不始末の責任を負わない。
 確かにそれは、マナとの関係の時にも悩んだ、アンドロイドとの接し方としては正しいのかもしれない。

 だが、一木にはどうしてもそれが正しいことには思えなかった。
 人間との接触が少なく、稼働から数年たっても未だに幼いままの歩兵型達。
 参謀達の言動からうかがえる、現場にかかわろうとしない前任者の影。

 今まで不満に感じていたそういった前任者の姿勢を、まるで肯定するかの様な殺大佐の言動に、それを良しとせず行動してきた自分を、否定されたように感じたからだ。

「殺大佐! あなた達はそう言うが……俺にはどうしてもそれが正しいことには思えないんだ……」

「思えないって……そんなこと言ってもなあ……これが俺たち感情制御型アンドロイドなんだよ……あんた達地球人類に迷惑をかける事に、俺たちは耐えられない……頼むから気にするなよ、一木司令。アンドロイドをもっと頼って、責任を押し付けてくれよ。そうしながら、師団の連中には優しく接していてくれればいいんだ。そうすりゃあんたが心配していた歩兵型の練度の件は何とかなる……うひゃ!」

 そこまで口にしたところで、思わず殺大佐は悲鳴を上げた。
 一木が、両手で殺大佐の頬にそっと触れたからだ。
 そして、モノアイでジッと殺大佐の目を見つめ返した。

 無機質なガラスに、どこか優し気な光が灯っていた。

「殺大佐……」

 優しい声。割れ物を触るように優しく、ひんやりと硬い強化機兵の手に、殺大佐はガラにもなくドギマギしていた。

(忘れてた……こいつには俺たちの心理に影響を及ぼす何かがあるんだったな……)

 一木の持つ謎の特性。アンドロイドに通常の人間より強い好意を抱かせる。
 この特性故か、殺大佐は妙に人工皮膚が熱っぽくなり、感情がチリチリとひりつくような感覚を覚えた。

「な、なんだよ……」

「だが断る!」

 冗談のような一木のスピーカーから発せられた大音声に、殺大佐のドキドキは全て吹き飛んだ。
 呆然とする殺大佐に、一木は告げた。

「もう頭にきた! アンドロイド、アンドロイド、アンドロイド……確かにこの時代の感覚や、アンドロイドならではの事情ってのがあるんだろうが……もう知った事か! 俺は、俺なりのやり方でみんなが幸せになるようにやらせてもらうからな!」

 駄々っ子の様な言葉に、殺大佐の思考は真っ白になった。
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