姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

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ふたりの少女

真青

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 その少女に出会ったのはお気楽な帰宅部員の立場を享受するべく、寄り道はせずにまっすぐ帰ろうと決め、自宅近くの児童公園に差し掛かったときのこと。
 彼女は目の覚めるような青の制服をまとってベンチに座っていた。
 バッグを隣りに置き、端末をいじっているのか、うつむき加減のその女子を横目に通り過ぎようとした瞬間、勢いよく立ち上がった彼女は、まるでこちらを待っていたかのように的確に射るような視線を投げて寄越した。
 大胆な主張を見せる立ち折れ型の襟と左右に四つずつ配置された大き目のボタンが特徴的なジャケットにチェックのプリーツスカート。
 この制服には見覚えがある。数年前まで姉が着ていた制服、瓊紅保女子高の制服だ。
 これを着たくて瓊紅保女子ここに進学する女子までいるとか聞いたことがある。制服に思い入れなど持てない身にはなんとも理解しがたい話だ。
 ナチュラルロングヘアの彼女は紛れもない美人であった。表情を消しているせいでちょっとキツそうな感じだけれど、モデルをやっているといわれても違和感はない。
 羽二生さんや左衛門三郎のお嬢様、十鳥さんとは違ったタイプの美人。
 でもなぜだろう、じっと射抜くようなその視線には意味もなく逃げ出したくなってくる不安を駆り立てるような翳を感じた。
 驚愕したときの猫みたいにフリーズした僕に向かって、あごを上げ、見下すような仕草で目を逸らすことなく近づいてくる。 
 いやな汗が背中に、手のひらに伝う。
 いじめられっこがいじめっこに発見されたときはこんな感じなのだろうか。
 彼女と目を合わせるのがイヤで否応なしに威厳を振りまく制服に配されたボタンを襟、フロント、ポケット、袖口の順でルーレットの如くくるくるとごまかすように見つめる。金色のそれは全部で十四個あった。
 歩みが止まる。
 足元を固めたまだ疵を知らない黒いローファーが艶やかな反射を見せた。
 キルトタンや房飾りが演出する無垢な愛らしさと半透明で厚めのソールが醸す一筋縄では行かない無骨さが彼女の性格を現しているようにも思えた。

 ニ ノ マ エ ナ ナ ギ

 眉一つ動かすことなく、わざとイントネーションを抜いたような声を発する。
「あなた、ニノマエナナギでしょ」
 答えに窮してると、確認するように、もう一度いった。
 背丈は僕の目くらい。十鳥さんより若干、大きい感じ。……いや、ローファーのソール分のことを考えれば、彼女と同じかもしれない。
 それにしても、いったい誰なんだろう。美人とはいえ、初めて会う相手に呼び捨てにされるのはあまりいい気分ではない。
「……なんだこの女、人のこと呼び捨てにしやがって。そんな顔してる」
 ナポレオンカラーからすらっと伸びたきれいなのど元が揺らいだ気がした。合わせるように意識的に上げられた口角が挑発するような鋭さで僕を攻撃する。
「……あの、どちら様でしょう?」
 極力、柔らかくいったつもりだったけれど、彼女には戯れるきっかけを与えたに過ぎないようだった。僕の胸元をつつきながら、乾いた笑い声を上げる。
「どちら様、なんでしょうね。名前なんてしょせん記号なんだし、あまり意味なくない?」
 無意識のうちに眉を上げてしまった。慌てて元に戻したけれど、彼女はそれを欣快に堪えないといった面持ちで目ざとく指摘する。
「あれえ、怒っちゃった?」
 怒ってはいないけれど、面白くはない。
「ナナギはあたしのこと知らないだろうけれど、あたしはよーく知ってるのよ」
 僕の手を取ると、手のひらに指で何かを描くようになぞり始めた。そこに意識を集中させるけれど、別に意味などないようだった。
「ナナギって、今彼女いるの?」
 いい淀んでいると、何かを読み取ろうとするかのように目線を固定させてくる。そこに浮かぶ沈着さは十鳥さんを彷彿とさせるけれど、目の前の彼女は隙を見せた途端に付け入ってくる抜け目のなさを感じて警戒してしまう。
「……いたら、都合悪いの?」
 子供じみた見栄、とも言いがたい駆け引きのようなセリフを吐いてみたけれど、彼女には何の効果ももたらさない。
「そっか、いないんだ」
 ぎゅっと掴んでいた手に力を入れてくる。悪しき感情を注ぎ込んでくるような錯覚を覚えて振り解きたい衝動に駆られる。
 それを察したのか、両腕を絡めると、寄り添うように体重を乗せてきた。
 瞳に淫猥の色が差した気がした。甘えるような表情は十八番なのだろうか、じっとこちらを見据える双眸には満足のいかない返答は受け付けない放縦さが溢れ返っているようだ。
「ねえ、これから遊ぼうよ」
 なんだろう、これが世にいうツツモタセというやつなのだろうか。
「なに警戒してるの?」
 注射を怖がる子供に接する看護婦さんみたいに、なにも怖いことはないわよとおかしそうにいうけれど、初めて会った女子にこういう言動をされたら普通はするものだろう。
「それとも、あたしみたいな女はタイプじゃない?」
 そういうことじゃないだろうと思いはしたけれど、たぶん聞き入れはしない気がする。
「君が何者か分からない以上、遊ぶとかそういうことはできないよ」
「何者か分かったら遊んでくれるんだ?」
 いや、といいかけてやめる。わずかな会話だったけれど、なんとはなしに彼女の性格というか人間性がほんのり掴めた気がした。こちらの言葉をいいように解釈し、都合の悪いことは曲解するタイプだ。本気で話すのは厳禁。さりとて冗談めいて話しても冗談で返されてそれっきりというパターン。時間を無駄にするだけだ。
 思考を読んだのか、絡めた腕にさらに力を入れてきた。痛い。
「あの、僕、もう帰らないと」
 貧相な上腕と前腕に複雑に絡みついた指を一本一本剥がすべく悪戦苦闘していると、執拗な張り付き具合とは相反するような冷徹な声が聞こえてきた。
「お姉ちゃんが恋しい?」
 思わず彼女を見る。
 彼女も僕を見ている。
 やっと自分の思い描く反応を見せてくれた、とでもいいたげな笑顔がそこにあった。
「どうしてお姉ちゃんがいること知ってるんだって顔してる」
 私はナナギのことならなんでも知っているんだよといいながら頬やあごに這わせる手の動きは腹立たしいくらい優美だった。同じ仕草なのに一昨日のミス・ポンパドールのようなぎこちなさがないのは、経験の豊富さと比例しているとでもいうのだろうか。
「なんでも知っているなら僕から話すことなんてないじゃないか」
「あはははははっ、けっこう子供っぽいんだ」今度は鼻のアタマをつつく。
 喜怒哀楽、どんな反応をみせても彼女の栄養になる気がして薄ら寒くなる。
 締めつけはさらに度合いを増していき、メタルカラーの丸ボタンがこつこつ当たる。
「……!」
 小さくて硬質な感触の合間を縫って、あからさまに押しつけられた柔丘がその存在感を示し始める。官能がいたずらに刺激され、不意に訪れた情欲の業は僕を大胆な妄想へと掻き立てる。
 これが羽二生さんだったらどんなに幸せだっただろう。彼女の誘いだったらどんなに……。
「なに考えてるの?」
 挑戦的な声音。彼女の顔に初めて険が宿った。
 思考が読まれたような、脳裏にたゆたう羽二生さんまで盗み見られたような逃げ場のない恐怖を細胞レベルで感じる。
「……まあ、いいけど」
 容赦のないプレッシャーを瞳孔から淀みなく発しながらそういうと、血圧計のカフ並みに腕を締めつけていた指をそっと離した。
 あまりにも呆気ない解放に戸惑っていると、またねと言い残し、名前も分からないナポレオンカラーの制服に厚底ローファーの少女は去った。

 女子高生特有の甘く柔らかい匂いと腕の痛みと謎を残して。
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