姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

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お見合い狂想曲

逢着

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「ごめんなさい。買い物につき合わせたのはこっちなのに、荷物まで持ってもらって」
 荷物持ちは姉の買い物のつき合いで日常化しているし、特に問題はなかったりする。
「面倒なことぜんぶ一君に押しつけたみたいになっちゃったわね」
「気にしないで」
 休日。
 はたして十鳥さんはどういう私服姿なのだろうと想いを巡らせていたけれど、制服姿であった。なにかこう、実に彼女らしい気がして笑ってしまいそうになる。
 彼女の買い物とは契約したばかりのCS放送を録画するためのレコーダーであった。
 所望のチャンネルが観られるようになったのはいいけれど、不在時を考えると録画機器があった方がいいであろうということになったらしい。
 今回はじめて知ったのだけど、CS放送は契約すれば全チャンネルが観られるわけではないのだそうだ。観たいチャンネルごと、それも金額がまちまちで、観られるのも家全体ではなく受信機に挿してあるカードごとの契約になっているとかでいろいろと面倒くさい。
「……常識ですぞ、一氏」
 そんな話を五十棲君からいつもの呆れ顔でレクチャーされた。
 録画するためにはまたレコーダーでの契約が必要なのかと聞いたら、それはカードを挿し替えればいいらしい。
 十鳥さんの気掛かりはそこだったようで、伝えるとホッとしていた。
「それにしても番組を観るためとはいえ、いろいろと煩雑なのね」
 まったく同感。
 あまり稼働していない我が家のレコーダーとはハードディスクの容量も機能も段違いに充実したレコーダーの入った紙袋を持ち直していると、十鳥さんがご馳走させてといった。
 そういえばそろそろ昼どき、日本全国ウキウキウォッチングしたくなる頃合だ。
 奢りはともかくお腹が空いたのは事実。
 休日の昼だし混んではいるだろうけれど、どこかで落ち着きたい。
 十鳥さんの提案に賛同すると、目についたのはハンバーグで知られたファミレスであった。
「言い出しておいて恥ずかしいのだけれど、私、外食とかしないから、勝手が分からなくて」
「それは僕も同じだよ」
 チャイムの音とともにスマートな身のこなしで現れた髪の毛をきつくポニーテールにした店員さんが何名様ですか、と訊いてきた。シャツの白とクロスタイとベスト、スラックスの黒の対比はなんとも凛々しかった。
「……あら?」
 店員さんの表情がパッと華やいだ。口元のほくろが色っぽい。
「彼女?」
 そう十鳥さんの方を見ながら囁く妖艶な唇の動きがささやかな記憶を刺激した。
 間違いない。あの日立ち寄ったコンビニで図書館の場所を教えてくれた店員さんだ。掛け持ちなのかこちらでも働いているらしい。
「違います」
 静かに、しかし毅然と切り返した十鳥さんを店員さんはあら、ごめんなさいと大人の笑顔で受け止め、手のひらを上にして席を指し示してくれた。ここでは禁止されているのか、手に指輪は光っていない。
 さすがに店内は込み合っていた。この時間、休日のお昼が醸すどよもし。目的の席に向かうあいだ、前後左右から談笑する声に混じって食器が不協和音を奏でていた。
 先を歩いている十鳥さんが歩みを止めた。席までまだ距離がある。
 彼女の視線は団体が陣取ってる左側に向いていた。なんとなくその背中から剣呑な空気が漂っている気がする。
「……どうしたの?」
 十鳥さんの返事の代わりに驚きの声がいくつか上がった。
 そこには見なれた顔があふれていた。
「あら、あなたも来たのね」
 いつもの笑みを湛えた姉は両脇にロクと羽二生さんを従えていた。反対側には三次、左衛門三郎のお嬢様、三苫さん、五十棲君、五百旗頭君、そしてメニューで顔を隠してるのは五月女君であろう、なんとも珍しい組み合わせが居並んでいる。
 揃いも揃って不思議そうな顔をしている。きっと僕もそうなのだろう。
「こんにちは、十鳥さん」
 そうにこやかに挨拶する姉に対し、十鳥さんは一瞥しただけで無反応であった。
 ……いや、軽く会釈を返したようにも見える。ただその向きが姉から若干左寄りだった気もする。
 羽二生さんの隣にはアツミさんと……露出度の高いゴスロリっぽい格好をしたどこかで見たことのある少女が気だるそうに窓を眺めていた。
 ロクと羽二生さんは本人たちの希望通り見合いの場所を教えたし、いるのは分かる。アツミさんは終わったあとに遊ぶ約束をしていたのだろう。五百旗頭君たちは絵画展がどうとかいっていたけれど、ひょっとして見合い場所のホテルだったのだろうか。左衛門三郎のお嬢様たちだけはよく分からない。
 いちばんよく分からないアツミさんの隣にいる少女がこちらを見た。
 じっとこちらを抉るかのように見据えている。その口は笑っていた。
「……あ」
 近所の公園で出会った鮮烈な瓊紅保女子の制服が蘇る。
 手のひらを湾曲に組むとそこにあごを乗せて挑発するように言い放った。
「あー今日出てきてよかった。ナナギに会えた」
 腕を絡ませながら上目遣いで話しかけてきたあの日のことがフラッシュバックする。
「ごめんね、ナギ君。この子いきなり会いに行ったらしいけれど迷惑かけたんじゃない?」
 謎が氷解する。
「えっ、じゃあアツミさんの」
「ええ、妹のクシナ」
 アツミさんの苦笑はわがままな妹に振り回されている姉そのものであった。そうならそうとあのとき名乗ってくれればよかったのに。
「謎の美少女に絡まれるなんて、ミステリアスでいいじゃない」
 本当、彼女は人の心を読むのが得意なようだ。
「ねえ、あの日の夜は布団の中であたしのこと考えてくれた?」
「……クシナ」
 アツミさんの声音が微かに気色ばむ。
「あたしの胸、突いたじゃない」
「……いや、それは」
 挑発するような上四元クシナの発言に絡め取られているとアツミさんが助け舟を出してくれた。
「どうせあなたが押しつけたんでしょう。本当にごめんね、ナギ君」
 アツミさんの制止などお構いなく上四元クシナは両眼に挑発の色を増幅させ、すっと横に流した。
「ナナギ、今日デートだったの?」
 問いかけこそ僕に向けているけれど、射抜くような視線は前にいる十鳥さんを捉えていた。
「デートじゃないわね」
 十鳥さんも彼女を見返す。
 初対面だろうけれど、このふたりは間違いなく水と油なのは容易に想像できる。
 いや、そもそも上四元クシナは基本、誰とでもこうなのだろうか。
「じゃあどうしてナナギといるわけ?」
 アツミさんがいい加減にしなさいと声を低めるけれど、妹の追及は止まらない。
「あなた、ナナギの何?」
「友人よ。買い物につき合ってもらったの」
「そういうのって普通、女子と行かない?」
「あなたのいう普通がどういうものか判然としないけれど、あなたの基準に照らし合わせるのならばきっと私は普通ではないのでしょうね」
 十鳥さんの返答は心地いいくらい快活であった。
「あなた、他に友達いないの?」
「ええ、私、他に友人がいないの」
「………」
 上四元クシナの人間性を完全に把握したわけではないけれど、どんな状況下でも相手の言葉を都合のいいように受け取り、受け流し、常に精神的にリードを保っているのであろう彼女の表情から強固な武器であるはずの余裕・・が一瞬で消え去り、険が浮かんだ気がした。
「よかったらここにする?」
 声に振り返ると、ダスターを手にした人妻店員さんが首を傾げていた。右側のテーブルはいつの間にか空いている。
 確かに店の通路を塞ぐように突っ立ってる様は明らかに迷惑そのものである。ひょっとすると、今さっきまでここにいたお客さんはそれにうんざりして席を立ったのかもしれない。
 この忙しない日曜の昼どき、営業妨害みたいなことをした自分たちに自己嫌悪を感じつつも片されてゆく食器の中身がきれいに平らげてあったのが救いだ。
 すみません、と頭を下げると、いいのよと残りのグラス類を手に笑顔で去っていった。
 人妻店員さんのおかげでささくれ立った空気は霧散していたけれど、十鳥さんの顔からはたった今きれいになったばかりのテーブルのごとく柔軟さは拭い去られていた。
 改めて姉たちを見遣ると、みなじっとこちらを眺めている。
「どうしたの、みんな揃って」
 ずっと何かをいいたげだったロクが我に返ったかのように口を開いた。
「たまたまホテルの喫茶店でお茶してたら、羽二生に会ってさ」
 もちろん、たまたまなわけはない。計画的行動なのは僕と、同じく事前に見合い場所を知っていた羽二生さんは周知である。
 そんな中、左衛門三郎のお嬢様の眉毛が淑やかな微動を見せた。ロクがいうたまたまの意味を疑っているのかあるいは把握しているのか。
「そうしたら、お嬢様たちまで現れて」
 五百旗頭君たちを省略したのは故意であろう。
「わたくしにはたまたまお茶をしていたようには思えませんでした」
 左衛門三郎のお嬢様が取り澄ましていう。
 目の端ではロクの慌てふためく姿がちらつていた。
「羽二生さんとおふたりでそれはもう、たいへん仲良くお茶を頂いておりました」
 ……えっ?
「ち、違うっていったじゃないですか」
 羽二生さんが一言のもとに否定する。
 仲良くお茶って、どういうことだろう。左衛門三郎のお嬢様の言葉が初口となって頭の中でじわじわと不安の種が胎動し始める。
「我々の食事の誘いも一旦は揃って断っていましたなあ」
 五十棲君の追い打ちが胸の鼓動を激しくし、イヤな汗を掻かせる。
 うつむいて意味もなく指をいじっていると、姉がくすくすと笑い出した。
「偶然、同じお店に居合わせたけれど他に座るところがないから相席になったのよね?」
 姉が羽二生さんを見守るようにやさしくフォローした。そうでしょう? とロクにも微笑みかけると、ごく自然な流れで僕を認め、小さく頷いた。
 その悠然たるしぐさは遠い昔、もう原因はなんだったのか覚えていないけれど、何かに怯えて泣きじゃくったときにあやしてくれたことを思い起こさせた。
「五十棲君も左衛門三郎さんもちょっといじわるないい方をしただけよね?」
 確認を求めるように姉に振られた五十棲君は敵いませんなあと嬉しそうに笑い、左衛門三郎のお嬢様も戯れが過ぎました、と微笑んでみせた。
 相手を非難することなく独特のいい回しで冗談とも本気とも取れる、収拾がつかなくなった話をまとめるのは姉の常套手段である。
 姉をよく知るふたりにはそれが分かるからこそできる意思の疎通。ここは素直にロクたちをからかっただけだと受け取っていいのだろうか。
 完全に疑念を払拭できないまま、気になっていたことを訊いてみる。
「左衛門三郎さんたちはどうしたの」
 お嬢様はよくぞ訊いてくれましたとばかりにこちらに身体を向けた。
「お見合い相手のタケフさんはわたくしの親戚にあたる方で、本日は付き添いで参りました」
 ……なるほど。あの日、ロクが素性の分からない見合い相手を徹底的に叩いていたときに、左衛門三郎のお嬢様が不愉快そうな顔をしたのはそういう理由か。
「で、どうだったの?」
 姉は笑いながら首を振った。
「たったひとりの弟が泣くから誰ともつき合えませんってお断りしたの」
 姉の無責任な戯れに一斉に視線が集まる。
「……言ってないから」
 左衛門三郎のお嬢様は本当、残念ですわとため息をついた。果たして、本当のところはどんな感じだったのだろう。
 そのあと、機嫌が悪くなった、とまではいかないまでも、口数がめっきり少なくなった十鳥さんとの食事を消化していった。
 その間ずっと、地に足がつかない奇妙な浮遊感に苛まれながら、十鳥さんとの買い物のことや姉の見合いのこと、正体が判明した謎の少女・上四元クシナのことをぼんやり考えていた。
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