姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

文字の大きさ
28 / 126
パラサイト

居候

しおりを挟む
 夕食はプッタネスカとカプレーゼだった。上四元クシナのリクエストらしい。
 クセの強い食材が多いので、僕は苦手なメニューだけれど、母はお気に入りで父の元へ行く前まではよく姉と作っていた。
 姉は気を利かせてアンチョビーやオリーブなどを投入する前に僕の分だけ取り分け、アラビアータにしてくれた。
 サラダもトマトの酸味とモッツァレッラの歯応え、バジリコの鼻腔を突き抜けるスパイシー加減が楽しい逸品であった。
 食後、先にお風呂を勧められた上四元クシナは客人扱いはしないで下さいと丁重に辞退し、姉が先に入ることとなった。
 期せずして訪れる静寂。
 リビングのソファーに座っている上四元クシナがダイニングキッチンのテーブルから動かない僕ををじっと見ていた。
 ひとことも発することなく、こっちに来いとも、目障りだから消えろともどちらにも取れる暴力的な瞳でこちらを注視している。
 取り扱いを間違ったら最後、部屋ごと吹き飛びそうな危うい空気に居た堪れずに出て行こうとしたとき、電話が鳴った。
 好機とばかりに飛びつくと、それはアツミさんだった。
「……あ、ナギ君?」
 応答した瞬間、安堵とも躊躇とも取れるアツミさんの息が漏れた。
「ごめんね、ナギ君。あの子が迷惑かけちゃって」
 いえ、といいかけて刺すような視線を感じて言葉を呑む。案の定、妹君はこちらを睨みつけている。
「なに考えているのか、電車通学したいとかいい出して、ナナミに連絡したみたいなの」
 アツミさんは微かに怒りを滲ませた呆れ声でため息を吐いた。
「うちの親、特に父親があの子にすごく甘いし、ナナミのところなら問題ないってあっさりオーケーしちゃって」
 ふと、上四元クシナがいっていた伯父さんを思い出す。姪のためにボクシング用具を買い与え、貸しビルのワンフロアーを好きに使わせているという伯父さんといい、周りの大人にはずいぶん可愛がられているようだ。
「ああ見えていいところもあるの」
 こういう発言が出るところはさすがに血の繋がった姉妹だなと思っていたら、それはすぐに打ち消された。
「といいたいところだけど、あの子、すごいわがままだから」
 実姉の容赦のないダメ出しに気圧されながら、電話が切られるまで繰り返し謝られた。
「何かあったらいってね、力づくで連れ戻すから」
 受話器を置くのと同時に上四元クシナが口を開いた。
「お姉ちゃんでしょ」
 彼女はつまらなそうに親指とひとさし指で交互に下唇を何度も弾いていた。
「君のことよろしくって」
「へえ」
 おそらくアツミさんの話した内容を把握しているのだろう、まるで信じる気などなさそうにせせら笑った。
「本当はお姉ちゃんも来たいのよ。ここから仕事に通いたいの」
 アツミさんと姉は社会人になってからはなかなか一緒に遊ぶ機会も減っているし、学生時代は何度か互いの家に泊まりに行ったりしていたのだから、それはそうだろうとは思う。
「そういうことじゃないのよ」
 上四元クシナは言動に険を宿すと、僕のそばまで近づいてきた。
 何もしゃべらず、硬い表情のまま顔を寄せ、くちびるを重ねようとする。
 彼女の両肩を掴んで突き放し必死に抵抗を試みると、両腕を下からくるりと回すように振り上げて僕の手を払い除けた。そのまま一回転させた右の拳で僕の顎をしたたかに打ちつけると、すかさず顔面にストレートを打ち込んで止めを刺す。
 バスルームの扉が開く音が聞こえた。
 冷ややかな視線で倒れ込んだ僕を見下していた上四元クシナは何もいわずにリビングを出て行った。
 廊下で姉と会ったのだろう、聞こえてくる彼女の声はとても機嫌がよさげでさきほどまでの峻険さは影を潜めていた。
 ブラトップにパンティというくつろぎスタイルにして戦闘服・・・で戻って来た姉は髪を拭きながらミネラルウォーターを取り出した。
 家族以外の前ではさすがに何かしら着込む姉だけど、この格好を見せているのは上四元クシナとの仲のよさを証明しているのだろう。
「クシナちゃん苦手?」
 バカラのタンブラーに天然水を注ぎなら、いきなりそんなことを訊かれた。
「……に、苦手って?」
 自然に振舞ろうと意識しすぎてどもってしまった。
「あなたに嫌われているかもしれないって落ち込んでいたわよ」
 出会ってからさんざん浴びせられてきた言葉と拳が心に身体にフラッシュバックする。
「……嫌ってはいないよ」
 苦々しい思いでなんとか言葉を押し出す。
 だったらいいけれど、と姉は椅子に腰かけてタンブラーをじっと見つめた。
「彼女ぐらいの年頃の子ははナイーブだし、気をつけてあげてね」
 橋の一件が胸をざわつかせる。アツミさんも姉も飛び降りの理由はきっと知らないのだろうけれど、手と背中にじんわりといやな汗が伝った。知られたらどうしようという体面を気にする自分の醜さにうんざりする。
「アツミさんから電話があった」
 ごまかすつもりでもないけれど、報告がてら話題を逸らす。
「あなたが帰って来る前に用があるからって一度電話があったの。アツミ、何だって?」
「い、妹、上四元さんをよろしくって」
 そう、と微笑むと姉は寝床の準備に向かった。
 姉は両親が家を空けて以降はスパーリングで使用する自分の部屋ではなく、ほとんど一階の寝室か仕事など調べ物があるときは書斎やリビングで寝起きしている。寝室は上四元クシナに明け渡すようだ。
 昨日の今日で疲れていることもあり、この日はもう寝ることにした。

 翌朝。
 いつもより早めに起床し、軽くシャワーを浴びてダイニングに行くと、エプロン姿の上四元クシナが甲斐甲斐しく動き回っていた。
「ナナギ、おはよう」
 テーブルにはすでに朝食の用意がしてある。焼き鮭に出汁巻き卵、味噌汁は細かく切ったわかめと賽の目の木綿豆腐、油揚げ、さやいんげんが入っていた。
「これ、ナナギの好きな具なんでしょ」
 上四元クシナがご飯をよそう。
 母でも姉でもない女性からこんな風にご飯をよそってもらうなんてすごく新鮮な気分だ。
 ほぐした鮭と振りかけたレモン果汁を混ぜていると姉が起きてきた。
「ごめんね、クシナちゃん。甘えちゃって」
「私がしたいっていったんですから、気にしないで下さい。あと、これお弁当です」
 いかにも女子高生らしいランチボックスを姉と僕に差し出すと、一足先に家を出た。学生時代の姉がそうだったように今ぐらいの時間に出ないと間に合わないのだろう。
 出汁巻き卵に大根おろしを乗せて頬張ると、姉が嬉しそうに訊いてきた。
「クシナちゃん、お料理上手でしょう?」
 ふわふわでよく火の通った出汁巻き卵は文句なく旨かった。
「御味御汁、あなたの好きなものばかりね」
「姉さんが教えたの?」
「いけなかったかしら」
 すごく真剣にあなたの好きなもの訊かれたのよと味噌汁を啜る。なるほどご飯にしても僕の好きな硬めに炊いてるし、
「お弁当はサンドイッチらしいわよ」
 サンド系に弱いことまで知っているとはリサーチは万全なようだった。
「本当、おいしいわね」
 姉はしあわせそうに朝食を消化しながら僕を見た。
「クシナちゃんがお嫁に来てくれたら……お姉ちゃん、いうことないな」
 その笑みは慎重に口に運ぶはずだった味噌汁への注意を疎かにさせ、僕の舌を痛めつけるのに貢献するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件

こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。 ・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。 ・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。 ・物静かで儚げな美術部員。 ・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。 ・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。 拓海の生活はどうなるのか!?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...