姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

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パラサイト

懲戒

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「ナナミさんの怒りは静まったようだな」
 レタスやトマト、ローストチキンがはみ出したアメリカ生まれのサンドイッチを凝視しながらロクが呻いた。
「食べるか」
 ランチボックスを滑らせると、ロクはいいのかと遠慮するそぶりも見せずに一つ頬張る。
「ローストチキンか、手間かかってるんだな」
 ハーブが香るローストチキンなど確かに手の込んだサンドイッチは旨かった。
「幸せだなあ……ナナミさんの味がする」
 感激してるロクには悪いけれど、それは上四元クシナの味である。というか姉の味がするってどんなだ。
 シギにも勧めると、食べ始めて間もないラザニアを半分から取り分けて、ひっくり返したランチボックスの蓋に乗せてから一つ摘んだ。
 ロクが思い出したように自分の五目焼きそばを差し出そうとしたけれど、それは制した。
 サンドイッチは二段重ねのボックス両方にぎっしりに詰まっているので、むしろ人に分けるくらいがちょうどいいのだ。シギの厚意だけでじゅうぶんである。
 昨日出会ったイッちゃんの話で盛り上がった昼休みは楽しかった。
 教室に戻る直前、シギが僕の手にあるランチボックスを不思議そうに見つめながらこのサンドイッチはお姉ちゃんが作ったの? と訊いてきた。
「……口に合わなかった?」
 シギはううんと首を振って美味しかったよと微笑んだ。
「なんとなくお姉ちゃんが作った気がしなかっただけだよ」
 いわゆる女の勘というやつだろうか。どぎまぎしながらシギには本当のことをいうべきだろうかと思案していると、五時限目のチャイムが鳴り会話は打ち切られた。
「ナギちゃん、ごめんね」
 疑ったことへの謝罪だろうか、手を振りながら教室に戻るシギを眺めながら、空になったランチボックスがなぜか重く感じるのだった。

               *

 放課後。
 当面の懸念は姉が帰宅するまでどうやって時間を潰せばいいのかであった。
 昨日も頭の隅に留めて置いたのに、イッちゃんとの再会ですっかり忘れてしまっていた。もちろん、イッちゃんには何ら責任はない。むしろ久しぶりに顔が見れて本当に嬉しかったくらいだ。そしてその再会を演出したのは空き腹を抱えていたからで、その原因は上四元クシナ特製のパンティランチにある。
 つまりイッちゃんで出会えたのは彼女のおかげなのである。皮肉なことに僕がむだに時間を潰さざるを得ない原因も彼女なのだ。
 さしたる目的もないのに店に入るとか冷やかし行為ができない不器用な身にはこういう時間の過ごし方は非常に難易度が高い。
 こういうときに限って暇な友人の空きがなかったりする。
 むりやり駅近くの大きめのスーパーに入り、めぼしい新製品などをカゴに放りながら一分が五分にも十分にも感じる中、時間をやり過ごした。
 吟味に吟味を重ねた濃ゆいショッピングタイムを済ませ、駅から吐き出される人の中に姉を認めると、偶然を装い、声をかける。
「今まで買い物してたの?」
 買い物袋をめずらしそうに覗く。
「……うん」
 ちょうど出たばかりらしい缶コーヒーとかもあったので、その6缶パックを示すと姉はありがとうと僕の頬をなでた。
 姉がただいまとリビングにいるであろう上四元クシナに声をかけるとおかえりなさいと元気な声が飛んできた。
 そんなつもりもなかったけれど、姉を盾にするようにダイニングに入ると、彼女は機嫌いい笑みで僕たち姉弟を迎え入れた。
「ナナギ、おかえりなさい」
 僕の背後に回るとそっと上着を脱がす。
「あなたたち夫婦みたいよ」
 姉の笑い声に上四元クシナは私はそのつもりですよと笑顔で返した。
「遅かったね」
 針のようなか細く尖った声が耳に吹きつけられる。
「買い物、してて」
 嘘はついていない。しかし相手は上四元クシナだ。その買い物をしていたという真実のさらに向こう側にある秘匿にしておきたい部分――遅くなった本当の理由――など見抜いているのだろう。
「そうなんだ」
 買い物袋を見つめる彼女のその目は笑っていない。姉はかかってきたばかりの電話の相手をしている。内容からアツミさんだろう。
 上四元クシナはリビング隣の書斎を通って現在の自室として使っている寝室へ僕の手を引いて連れ込むと、問答無用のきつい一発を放ってきた。反射的に避けたつもりだったけれど、彼女の右ストレートは的確に僕の鼻梁を打ち抜いた。遊びとはいえ子供の頃からボクシングジムに入り浸っていただけのことはある。適当にパンチを出しているようで基本はできているのだろう。
「明日は寄り道しないで帰って来てね」
 何も知らない男子なら簡単に虜にできそうな甘い声を出す。相変わらず直前直後に見せる言動の落差が激しい。
 それでも翌日もすぐに帰る気にはなれず、むだに時間を潰し、今日は近所の公園で姉が通りかかるのをストーカーみたいに待って、少し経ってから家に向かうのだった。
「今日も遅いのね」
 姉がそう話しかける後方では上四元クシナが疑念に満ちた目を向けていた。そして寝室に連れ込み、僕を思い切り殴る。今日はこうなるのを分かっていたのだろう、ジムに常備していた、あの赤いボクシンググローブを持ち込み装着していた。
「拳のままだと痛いし、ナナギもこっちの方がいいでしょ」
 そこまで気遣ってくれるのなら、お仕置き自体をやめて欲しいのだけれど、提案するだけ無駄なのだろう。
「ひょっとして私のパンチを浴びたくてわざと反抗してる?」
 グローブを外しながらからかうような声を上げるけれど、断じてそれはない。素直に帰れば帰ったでどうなるのかぐらい分かってる。どの道、殴られる運命なのだ。
 上四元クシナの来訪で唯一の利点は姉のお呼ばれのないことであった。そろそろ呼ばれる頃かというときに彼女がやって来たので声がかからない。さすがに客人がいる間は控えているのだろうけれど、けっきょく上四元クシナのお仕置きにより、無意味になっている。姉のそれとは違って加減していない分、被弾率は高まり、かつこっちのが強烈できつい。
 さらなる問題は週末の過ごし方であった。
 僕か上四元クシナ、互いに外出しない限り長時間同じ屋根の下で過ごすことになる。彼女の真意を完全に理解しているわけでもないけれど、これまでの言動から察するに、わざわざ家に押しかけてまで休日に友達と遊びに行くとは思えない。
 となると、

「明日、学校終わったらどこかに行かないか」
 翌朝。
 下駄箱までの道すがら、あくびに忙しいロクに打診してみる。
「なんだ、突然」
 警戒心も露にこちらをみる。胸に抱く邪な企みでも見透かされたのだろうか。
「いやなら別にいいけど」
 変にぼやかしたり、執拗に誘うと余計に怪しまれると思い、あえて執着は見せなかった。
「イヤだなんていってないだろう」
 もっとしつこくしてくれというように肩を組んでくる。
「どこに行くんだ、ん?」
 要は家にいたくないだけなので、どこでもいい。できれば姉が帰宅するまで、いや、さらにいえば日曜日は一日中……。
「遊びたい盛りの小学生みたいだな」
 肩を叩きながらからからと笑う。
「どこでもいいってのは難題だな」
 確かに家で料理するとき、姉になんでもいいわよといわれると逆に困る。なんでも、どこでもというのは自由度が高いようで、実は選択肢が無限で相手を悩ませるだけなのかもしれない。
「出かけるのもいいけど……ナギんとこに遊びに行くのはダメか」
 機嫌を窺うように訊くロクの口から出された妙案にひざを打つ。上四元クシナとふたりっきりになるのがいやだけなので、誰か第三者がいるのはありがたい。
「それでいいよ、いや、そうしよう」
「……ずいぶん行き当たりばったりな週末プランだな。目的はなんだ、いってみろ」
 ジト目に揺らぐ疑心の色から逃れるように、いつぞやロクがいっていた約束事を盾に強気に出る。
「そろそろ遊びに来たいとかいっていただろ。いやならいいけどさ、いやなら」
「だからイヤだとかいってないだろ。行くよ、来るなっていっても行くからな」
 来たがる理由はもちろん、姉だ。手料理やら風呂上りやらいろいろとプライベートの姿態を拝みたいらしい。
「シギヤにも声をかけるか」
 いわれるまでもなく、そのつもりであった。
「いいよ」
 教室に向かう途中で捉まえたシギに明日遊びに来ないかと声をかけると即答した。
「ナギちゃんのお家にお泊まりするの久しぶりだね」
「……は?」
 屈託なく笑うシギの返事に絶句したのはロク。
「おい、シギヤ。泊まりに行くんじゃなくて遊びに行くんだぞ」
 ロクの突っ込みにシギはこちらに不思議そうな顔を向ける。
「違うの?」
「シギの好きにしていい」
 七ツ役家が引っ越す前は互いの家に泊まりに行くことはめずらしくなかった。
「幼なじみっていったってもう小学生じゃないんだし泊まるとかないだろう」
「中学生のとき何回かナギちゃんのお家にお泊まりしたよ」
 話についていけないのかロクが天井を見上げる。
「……泊まってなにするんだよ」
「一緒にお話したり怖いDVD見たりお風呂に入ったり」
「おい待て」
 ロクが真顔でシギの肩を掴んだ。さながら父が子供の頃にビデオ録画していた昔のドラマに出てくる熱血教師のようである。
「……一緒?」
「うん」
「ナギと風呂に入ったのか?」
「うん」
中学年・・・の間違いだろう?」
「ううん、中学生だよ」
「……………」
 ロクが目を見張ってこちらを向く。何をいいたいのか分かる。どこの調査かは知らないけれど、中学年頃になると二次性徴とやらで身体や心に変化により、子供の頃から親しく育った男女でも照れが生じるらしい。それまで仲よく寝起きしたり入浴していても意識し始めて卒業・・するのだそうだ。
 僕がそういったことを知ったのはだいぶ後になってからで、中学生の頃になんとなく女性らしい体つきになったシギに悪い気がして自然に一緒に入らなくなっていた。ロクがいう中学年前後には無意識のうちに卒業・・しかけたけれど、涙ぐむシギが可愛そうで継続した経緯がある。
「ほんっとう、お前らは仲がいいんだな」
 冷やかしというよりも呆れている。
「うん、ナギちゃんのこと大好きだよ」
「お、おう」
 屈託なく笑うシギにロクは何か切なげに眉を寄せてため息をつく。
「ロクちゃんは泊まらないの?」
 我に返ったように今度は僕の肩をがっちりと掴む。
「……いいのか?」
「かまわないけど」
「ナギ、お前はいい奴だなあ」
 指が肩に食い込んで痛い。
「最高の週末になりそうだ」
 先ほどまでの微妙な空気などもはやどこにも漂ってはいない。機嫌のいいロクは休み時間のたびに何か持って行こうかとか何を着ていったらいいのかとか久しぶりの一家訪問にテンションが上がりっぱなしであった。
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