姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

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シナリオ

拒絶

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「ずいぶん賑やかな週末だったようだな」
 週末、幼い妹たちの世話に忙しかった友は羨望とも嫉妬とも諦念とも取れるため息を何度もついてみせた。
 衣替えの時期を迎え、白い半袖が目立ち始めている。校内ではほとんど緑は見かけない。もちろんそれはロクも僕も同じ。
「六反園君は賑やかな週末じゃなかったのかい」
 皮肉にもならないことをいうなよとロクは泣き顔を作ってみせる。そんなやり取りをしていると、さっそく左衛門三郎のお嬢様が丁重な辞儀をしつつゆったりと近づいてきた。
「たいへん楽しいひとときをありがとうございました」
 お嬢様は例のホットドッグがいたく気に入ったらしく、とても熱っぽく語っていた。
 ロクがなんだよそれというしかめっ面をこちらに向ける。
 説明をすると、おじさんが小説を真似て作ったってやつかと頷いてみせた。家には何度か来ているロクだけれど、あのホットドッグは振舞ったことはない。シギと話をしていた際に話題になったのを耳にした程度である。そもそもゲストが来れば提供されるおなじみの一品というわけでもないのだ。
 それにしてもな、とロクが渋面を作る。幼い妹たちに「にーちゃ」と呼ばれてる友は登校してからずっとこんな顔しかしていない。
「アツミさんの妹が居座っていたとは知らなかったぞ」
 もっと早くいってくれりゃいいのに、とはいうけれど週末以前に仮に話していたとしてことがつつがなく解決していたとでもいうのだろうか。
「ずいぶんと気まま勝手なお方でした」
 左衛門三郎のお嬢様まで眉間に陰を宿した。まあ彼女は三苫さんもことを含めて一触即発、遺恨とまではいかないだろうけれど、不快な思いをしたこともあるから理解できなくはない。
 いつものように後方に控えている三次は、やはりいつものように無表情だ。左衛門三郎のお嬢様は彼女を連れてこなかったけれど、もしあの場にいたら間違いなく上四元クシナと揉めていたことであろう。偶然とはいえ、あえて三次を外した好判断には拍手を送りたい。
「三苫ちゃんはどんな格好だったよ」
 ロクの声に三次が微かな反応を見せた。精悍な眼の端に鋭利な光が浮かぶ。
「レザーのブルゾンが似合ってたよ」
 三次の顔を窺いながら、なぜこんな気遣いを自分がしなければいけないのかと多少の理不尽さを感じつつ嘘偽りのない感想を述べた。
「やっぱスカートは」
 いい終える前に三次の右腕がロクに向かって放たれた。彼女の一見華奢だけれど、堅固で重そうな拳をロクの顔面に着弾する前に咄嗟に伸ばした左の手のひらで受け止める。予想よりもそれはとても硬く、熱く、そして痛かった。スピードやパンチ力は姉ほどではないけれど、その辺の男子などには決して引けを取らないだろう重厚で速い一発だった。
 三次はロクに向けてた鋭い視線を僕の方に寄越してきた。言葉こそ発していないけれど、大体の内容は把握できている。しかし彼女と最後に口を利いたのはいつのことだったか。
「三次さん」
 細くも逞しい彼女の腕を両手でやさしく掴んだ左衛門三郎のお嬢様は僕に軽く頭を下げて、そっと離した。
 滾る感情に冷水を浴びせられた格好の三次は紅潮した顔に反省の色を浮かべるとお嬢様と共に席に着いた。
 ロクはしょげ返る三次に対し勝ち誇ったようにせせら笑う。その態度に腹が立った。
「いい加減にしろよ」
 いったい何を面白がって三苫さんをダシに三次にを挑発するのか。彼女じゃないけれど、三苫さんに対する品のない好奇丸出しの発言は尋常ではない。
「普段すかしてるからからかい・・・・甲斐あるんだよ、あいつ」
「どういう理由だよ」
 もう三次には興味はなくなったのか、反省の素振りも見せることなく、ロクは週末の出来事をいろいろと聞いてくる。
「あの十鳥オガミがやって来た挙句、泊まるとかサプライズにもほどがあるな」
 大体のことは登校時に出会ったシギから聴取済みのようだけれど、さらに仔細な内容に切り込んでくる。特にシギと十鳥さん、ふたりのやり取りにはずいぶんとご執心だった。
「初めて会ったようだけど、仲よくやってたよ」
「………ほう?」
 広げた親指と人差し指をあごに当てて意味ありげに笑う。いちいち芝居がかったポーズと知計漂う笑顔がなんとも憎々しい。
「ふたりが仲いいと問題でもあるのか」
「そんなわけないだろ。いいことだ」
 どこまで本音かあやしい。いっそ三次に一発食らった方がよかったかもしれない。

               *

 休み時間、意外な人物から声を掛けられた。
 彼女も白さがまぶしい半袖に衣替えを済ませていた。服装が醸し出す清潔感は羽二生さんの魅力を強力にバックアップしている。
 羽二生さんは突然の訪問と接待への謝辞を述べ、またいつか伺ってもいいかしらと上目遣いではにかんでいた。
 彼女の方から、姉のこと抜きで話しかけられたのは初めてかもしれない。家に来るということはイコール姉に会いたいということに他ならないのは分かっているけれど、それでもこうやって話かけられるのはうれしいことだし、再び家に来てくれるのは大歓迎だ。喜びに浸りつつも顔に出すわけにはいかないので口元を引き締めることも忘れない。
 これが端緒となってこの日を境に羽二生さんと話す機会が増えた。
 翌日は食堂で相席を申し出られた。手放しで歓迎するシギとは反対にロクは不満を隠すことはなかったけれど、至福のひとときであったことは間違いない。
 気のせいかもしれないけれど、小学校入学時に一緒のクラスになって以来、いちばん羽二生さんに近づけた気がする。
 うぬぼれだとしてもそう思っていたかった。多くを望むつもりはない。ただ、彼女とささやかな交流が持てればそれでよかったし、そしてそれが続けばいいなとただそれだけを密かに願っていた。何よりそんなほのかな予感めいたものは僕の心を捉えて離さなかった。

 けれどそれは誤想でしかなかった。

 羽二生さんとの距離が――たとえほんのわずか、典具帳紙てんぐじょうしのような薄さ程度のものであったとしても――縮まったと思えたある日の昼休み、廊下を行く彼女の背中に声をかけた。
 以前なら声をかけることなど憚られたとしても、前からでも横からでも後ろからでも斜めからでも上からでも、とにかくその姿を拝めただけで眼福の極みであったのだけれど、ここ数日のコミュニケーションの進歩が気持ちを大きくしていた。
 驚かすつもりはもちろんなかった。ごく普通の音声だと思う。だけど、僕の声に反応した羽二生さんの肩は過剰な動きを見せた。物言わぬ背中にはただならぬ拒絶感のようなものが貼りついている気さえする。それらは全部勘違い、気にしすぎなのだと思いたかったけれど、その淡い願いは叶うことはなかった。
 振り向いた羽二生さんの表情にはいつもの優美さは欠片もなく、ただただ怯え切った負の情念のみが迫り出しているように思えた。
 そのときはまるで他人事のように彼女もこういう顔をするんだなと頭の隅で考えたりした。そしてやがてそれは自分に向けられていうんだという認めたくもない現実を突きつけられることになる。
 怒るにも、泣くにも、呆れるにも、気持ちが追いつかない中途半端な精神状態の中、一個人が持ちうる嫌悪感をすべて凝縮したかのような目でもって羽二生さんは僕を見ていた。
 睨む、という表現がしっくりこないのは彼女の持つ育ちのよさや性格から来るものではないのではないだろうか。そんなことを考える余裕はまだあった。彼女の口が開かれるその瞬間までは。
 どうして、と口が動いた気がした。ひどい、と目が責めていた気がした。
 何かを言おうとしているのは分かる。そしてそれが心地よいものではないことも。
「………しい」
 たゆたう感情から自分が今カタチにすべき言葉を探り、捕まえ、発したかのような頼りなさであった。しかしそれははっきりと形づくる前に消散していた。
 汚らわしい。
 聞き間違いでなければ、いい直された羽二生さんの言葉はそれであった。彼女から提示された似つかわしくない片言隻語に意識が混濁しつつある中、その真意を探ろうとする僕に追い打ちが容赦なく浴びせられた。
「もう、私に近づかないで」
 混濁していた意識は一瞬で霧散し、無となっていた。醜怪なものから慨然と立ち去るがごとくどんどん離れてゆく羽二生さんをぼんやり見つめながら必死に気持ちの整理を敢行しようと試みるもそれは徒労であった。
 そのあとどうやって教室に戻ったのか、午後の授業がどうだったのか、誰に話しかけられ、何を話したのか判然としない。
 ただ家に帰って、そのまま部屋に直行し、布団を被ってからずっと憧れていた、ずっと好きだった人から拒絶されたのだとようやく理解することができた。だけれどなぜそうされたのかなぜあのような言葉を浴びせられなければいけなかったのかその理由を考査する気力はどこにも残っていなかった。
 羽二生さんの怯えたような目と吐かれたふたつの言葉と全身から発せられていた嫌悪感とがどこまでも僕を苦しめ続けた。
 彼女にそんな思いをさせた自分が、そんなことをいわせた自分が、たまらなく憎く腹立たしくそして情けなかった。
 底の見えない絶望の闇でむなしく煩悶する中、ただ今はこの世のすべてからひたすら遮断されたかった。

 ただ、消えたかった。
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