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十鳥オガミと上四元クシナ
歓待
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「ずっとあとをついて来るからたまたま帰る方向が同じなのかとも思ってはいたのだけれど、ここまで一緒だとたまたまというわけでもなさそうね」
大げさに肩で息を吐くそのさまは他愛のない我が子のいたずらに手を焼く母親に思えなくもない。
「上四元クシナさん」
その背中は私に何の用だとはっきり抗議していた。ずいぶんと嫌われたものだ。
「あなたの図々しさを見習ってみたのよ、十鳥オガミさん」
「私の図々しさを見習ってこれから何をするつもりなのかしら」
「遊びに来ました」
「呼んでないわね」
「サプライズゲストは突然やって来るものよ」
何を思案しているのか、ややあって門扉が開かれる音がした。
第一声からこっち、振り返る素振りすら見せない十鳥オガミは玄関へ続く長くて緩やかなアプローチを何ごともなかったかのように進む。
門扉は開け放し。手放しではないものの、一応、歓迎はしてくれるようだ。
彼女について中へ滑りこむと門扉を閉める。
長いアプローチに走るホワイトチョコみたいな飛び石を跳ねるように掛けていくと十鳥オガミは鍵を取り出してドアを開けていた。
「……………」
ドアの後ろに回り、自分は入らずにじっとしている。
ひとこともないけれど、お先にどうぞ、ということなのだろう。
「お邪魔しまーす」
いきなり目に入ったのは広い吹き抜けのホールと右手に構える幅がたっぷり取られた階段、正面のホームエレベーターだった。
足元に広がる大理石の玄関は上がり框がなく、三和土とホールのフロアが繋がっていた。
ドアが閉まる音と共に十鳥オガミが背後から現われる。
ラックからスリッパを二足出すと、靴を脱いで階段の下へ向かった。
「先に私の部屋へ行っててくれないかしら」
こんな大きな邸宅のどこが彼女の部屋なんだろうと考えていると、二階に行けば分かるわと声だけが飛んできた。
その階段は高さがほとんどなく、代わりに足を乗せる板の奥行きがあるもので段数の多い、いわゆるバリアフリー仕様であった。
なるほど上がってすぐ、十鳥オガミの部屋は分かった。
ドアにぶら下がる『オガミちゃんの部屋』と書かれたプレートにはクマさんとウサギさんらしきキャラクターが添えられていた。
十鳥オガミの部屋は机と本棚、テーブル、ベッドというある意味想像通りのシンプルな構成であった。ドリーミーなプレートに合わせて部屋中ぬいぐるみだらけという展開も覚悟していたんだけど。
お昼に屋上で読書を嗜むというとてもいい趣味をしてらっしゃるお嬢様はどういう本が好きなのか、確認のため本棚の前に立つ。
自信はないけれど、おそらく古代ギリシア方面の哲学や詩人の色褪せた函入り文献っぽいものやそれらの文庫版、ロシア辺りの文豪作品が並んでいる。日本の作品も一応あるけれど、戦前や戦後直後の古い文学ばかりであった。
漫画は当たり前のようにない。これは予想通り。
中段から下には画集が収まっている。
【John William Waterhouse】と背表紙に書かれた一冊を手に取る。
きれいな絵ではあるけど、見ているうちにだんだん不安になってくる、いい知れない不気味さの漂う絵。本当、いい趣味してる。
ドアの前で気配がした。主が来たようだ。
「ずいぶんと読書家……」
と、ドアから現われた十鳥オガミに視線を向けた瞬間、思考が停止する。
彼女はピンクのTシャツを薄いブルーのジーンズにインしていた。
「落ち着きのない人ね」
トレイにピッチャーとグラス、お茶菓子を載せた十鳥オガミは表情をまるで変えることもなく、テーブルにそれらを並べ始めた。
「座ったらどうかしら」
促されてクッションに正座をする。
気を取り直し、手を伸ばして彼女の下半身を包み込んでいるジーンズを触ってみる。
十鳥オガミは何の反応も見せない。
婦人服コーナーやテレビショッピング、新聞の折り込み広告等で調達したかのような伸び伸び系のウエストがゴム仕様のタイプ。
そのジーンズにしっかりと裾を収めたTシャツの着こなしといい、そのセンスはなかなかどうしてパンチが効いている。これを拝観できただけでもここにやって来た価値はあるだろう。
「これ、どこで買ったの」
「あなたがアイスを食べながら覗き見ていたお店で買ったの」
そういえば着ているTシャツをよく見ると、〈おしゃれ工房 フレンド〉と白字で書かれていた。なるほど、あの店のものだ。
「まさかそのTシャツも?」
ピッチャーから麦茶を注ぎながら、頂いたのと答えた。
「今年で創業二十周年だとかでお店で配っているのよ」
ノベルティ配布とか侮りがたし、おしゃれ工房。
「あなたも欲しいのかしら」
……………。
気持ちを落ち着かせるように、麦茶をひと口ふくむ。
「ねえ、どうして裾を入れているの」
本来の機能をゴムに奪われ形骸化しているベルトループに指を入れて軽く引っぱると、外に出したらだらしないでしょう、と当たり前のことを訊くなといわんばかりの声音で返された。
お茶菓子入れに盛られたものは祖母の家でよく見かけるルマンド、ルーベラ、ホワイトロリータなどであった。レーズンサンドとか初めて見た。いちばん好きなエリーゼがない。
「おばあちゃんの家に行くと、よく出されるわね。こういうの」
ルマンドを一つ摘んでしげしげと見つめていると、品のいい笑いが起こった。
「まるで一君みたいなことをいうのね」
皮肉ではなく、心の底からのおかしそうな笑い。
……そういう顔もするのね、あなた。
「一君がどうしたの」
ルマンドを齧ると、前に同じことをいっていたのよとルーベラの封を開けていた。
「来たんだ、彼」
「ええ」
ルーベラを頬張りながらもったいぶることもなく、いう。
「したの?」
「何をかしら」
無言でベッドを指差す。
十鳥オガミは立ち上がると、机の抽斗から何かを取り出した。
テーブルにそっと置かれたそれはスキンであった。
これは予想外の展開。こういうのは嫌いじゃない。
「自慢のつもり?」
二本目のルーベラを開けながら、祖母が持ってきたのよとつぶやいた。しかしなぜわざわざお菓子をハサミで開封するんだろう。
「ちょうどその日に祖母が在宅していたの。そうしたら、菓子入れの底にこれを忍ばせていたのよ。直前に出かけたから、急いで買ってきたのでしょう」
薄く微笑む十鳥オガミにつられて私も笑ってしまう。
「ずいぶん頼もしいお婆様ね」
「ええ、自慢の祖母よ」
ファンシーグッズでおなじみのクマのイラストもまぶしい連なった十個を手に取る。裏返すとピンクのリングが淫靡な存在感を放っていた。孫のためにこういうものを買いに走るおばあちゃんなんて素敵だと思う。
「こういうのって基本、封入個数は偶数なのよね」
スキンの両端はきれいなまま、切り取ったあとはない。未使用か。
「詳しいのね、あなた」
……まあ、ね。
「で、どういう流れになったの」
「誘ったわよ、使ってみるかって」
「へえ」
内容のわりに羞恥の欠片もない言動なので、盛り上がりようがない。
「断られたわ」
そのクールビューティーな相貌と言明からは真意は汲み取れない。
「一君にも選ぶ権利があるもの」
まあ、あの一ナナギが乗るとは思えない。本命はともかく。
「残念そうね」
「あなたがそう思えるなら、そうなのかもしれない」
今度は菓子入れからルマンドを取り出す。この手のお菓子は相当好きらしい。私はホワイトロリータをチョイス。このロリータはあのロリータのことではなく、製造に使うロータリー式の回転機で捻ったり捩じったりするからできた造語らしい。教えてくれたのはシーナだったかな。
「十鳥さんは経験してるの」
ココア風味のクレープクッキーの片方をくわえると人差し指でもう片方を押さえながら、最小限の口の動きで消化してゆく。まるで電動鉛筆削りだ。器用にもほどがある。
「セックスのことならないわね。する必要性も感じない」
こういうことをさらっといえるところに嘘偽りのなさを感じる。
「私のことは訊かないの」
「別に訊かれたいわけでもないでしょう」
正解。しかしまあ、なんと盛り上がらないガールズトーク。
話題を変えてみるかな。
「あの本棚の本は自分で買い揃えたの」
「ええ」
ふむ、これも盛り上がらなさそうだ。
読んだことも、読む予定もない、いかめしい本の並ぶ棚の下に一般書籍ではない背表紙を認める。卒業アルバムかな。
「つまらないわよ」
視線の先に気づいたのか、そんなことをいう。
「あなたがつまらないというのならそうなのでしょうけど、興味あるわね」
十鳥オガミの言い回しと口調を真似てみるけど、やっぱりというか彼女の反応は皆無であった。
「つまらなくとも苦情は一切受けつけないわ」
お許しが出たので、さっそく手を伸ばす。他にも個人の写真用アルバムらしきもあったのでこちらも一緒に取り出した。幸い、本人からの異議申し立てはなかった。
萌葱色の卒業アルバム。聞いたことのない小学校だ。
「この辺りの学校じゃなわね。春に越してきたのよ、私」
そうだった。お姉ちゃんもいってたような気がする。すごく楽しそうに話してたから聞き流していたのかな。
ページを捲る。
一年生、二年生、三年生。特に問題はない。ちゃんと集合写真に溶け込んでいる。
四年生。何かがおかしい。
五年生。やはりおかしい。
六年生。……この違和感はなんだろう。
遠足、林間学校、修学旅行などは姿そのものが見当たらない。
最後の白紙、寄せ書きのスペースは白いまま。
「………………」
今度は個人アルバム。
最初のページには生まれて間もない十鳥オガミがいる。
生後数ヶ月の、一歳の、二歳の、三歳の、幼稚園の十鳥オガミがいる。
どれもこれも笑顔には縁遠いけれど、紛れもない十鳥オガミ。この頃に生まれたのか妹らしき小さな子との写真もちらほら見える。この子、誰かに似ている。
小学校の低学年、中学年、この辺りから写真の数が激減していく。小学校が終わり、中学辺りになると、写真そのものが、なくなっている。
「つまらないでしょう」
写真の貼られていないたくさんの白紙のページを捲っていると、体温の感じられない声が上がる。
何本目かのルマンドをおちょぼ口でさくさくと消化していく。本当、人間鉛筆削り。
「これ、中学年、四年生の頃になにかあったの」
テーブルの上のアルバム群を指すと、満足げに咀嚼を終えた十鳥オガミはひとこと酔狂ね、と呟いた。
「見ての通りよ。親からも学校からも関心を持たれなくなったの」
大げさに肩で息を吐くそのさまは他愛のない我が子のいたずらに手を焼く母親に思えなくもない。
「上四元クシナさん」
その背中は私に何の用だとはっきり抗議していた。ずいぶんと嫌われたものだ。
「あなたの図々しさを見習ってみたのよ、十鳥オガミさん」
「私の図々しさを見習ってこれから何をするつもりなのかしら」
「遊びに来ました」
「呼んでないわね」
「サプライズゲストは突然やって来るものよ」
何を思案しているのか、ややあって門扉が開かれる音がした。
第一声からこっち、振り返る素振りすら見せない十鳥オガミは玄関へ続く長くて緩やかなアプローチを何ごともなかったかのように進む。
門扉は開け放し。手放しではないものの、一応、歓迎はしてくれるようだ。
彼女について中へ滑りこむと門扉を閉める。
長いアプローチに走るホワイトチョコみたいな飛び石を跳ねるように掛けていくと十鳥オガミは鍵を取り出してドアを開けていた。
「……………」
ドアの後ろに回り、自分は入らずにじっとしている。
ひとこともないけれど、お先にどうぞ、ということなのだろう。
「お邪魔しまーす」
いきなり目に入ったのは広い吹き抜けのホールと右手に構える幅がたっぷり取られた階段、正面のホームエレベーターだった。
足元に広がる大理石の玄関は上がり框がなく、三和土とホールのフロアが繋がっていた。
ドアが閉まる音と共に十鳥オガミが背後から現われる。
ラックからスリッパを二足出すと、靴を脱いで階段の下へ向かった。
「先に私の部屋へ行っててくれないかしら」
こんな大きな邸宅のどこが彼女の部屋なんだろうと考えていると、二階に行けば分かるわと声だけが飛んできた。
その階段は高さがほとんどなく、代わりに足を乗せる板の奥行きがあるもので段数の多い、いわゆるバリアフリー仕様であった。
なるほど上がってすぐ、十鳥オガミの部屋は分かった。
ドアにぶら下がる『オガミちゃんの部屋』と書かれたプレートにはクマさんとウサギさんらしきキャラクターが添えられていた。
十鳥オガミの部屋は机と本棚、テーブル、ベッドというある意味想像通りのシンプルな構成であった。ドリーミーなプレートに合わせて部屋中ぬいぐるみだらけという展開も覚悟していたんだけど。
お昼に屋上で読書を嗜むというとてもいい趣味をしてらっしゃるお嬢様はどういう本が好きなのか、確認のため本棚の前に立つ。
自信はないけれど、おそらく古代ギリシア方面の哲学や詩人の色褪せた函入り文献っぽいものやそれらの文庫版、ロシア辺りの文豪作品が並んでいる。日本の作品も一応あるけれど、戦前や戦後直後の古い文学ばかりであった。
漫画は当たり前のようにない。これは予想通り。
中段から下には画集が収まっている。
【John William Waterhouse】と背表紙に書かれた一冊を手に取る。
きれいな絵ではあるけど、見ているうちにだんだん不安になってくる、いい知れない不気味さの漂う絵。本当、いい趣味してる。
ドアの前で気配がした。主が来たようだ。
「ずいぶんと読書家……」
と、ドアから現われた十鳥オガミに視線を向けた瞬間、思考が停止する。
彼女はピンクのTシャツを薄いブルーのジーンズにインしていた。
「落ち着きのない人ね」
トレイにピッチャーとグラス、お茶菓子を載せた十鳥オガミは表情をまるで変えることもなく、テーブルにそれらを並べ始めた。
「座ったらどうかしら」
促されてクッションに正座をする。
気を取り直し、手を伸ばして彼女の下半身を包み込んでいるジーンズを触ってみる。
十鳥オガミは何の反応も見せない。
婦人服コーナーやテレビショッピング、新聞の折り込み広告等で調達したかのような伸び伸び系のウエストがゴム仕様のタイプ。
そのジーンズにしっかりと裾を収めたTシャツの着こなしといい、そのセンスはなかなかどうしてパンチが効いている。これを拝観できただけでもここにやって来た価値はあるだろう。
「これ、どこで買ったの」
「あなたがアイスを食べながら覗き見ていたお店で買ったの」
そういえば着ているTシャツをよく見ると、〈おしゃれ工房 フレンド〉と白字で書かれていた。なるほど、あの店のものだ。
「まさかそのTシャツも?」
ピッチャーから麦茶を注ぎながら、頂いたのと答えた。
「今年で創業二十周年だとかでお店で配っているのよ」
ノベルティ配布とか侮りがたし、おしゃれ工房。
「あなたも欲しいのかしら」
……………。
気持ちを落ち着かせるように、麦茶をひと口ふくむ。
「ねえ、どうして裾を入れているの」
本来の機能をゴムに奪われ形骸化しているベルトループに指を入れて軽く引っぱると、外に出したらだらしないでしょう、と当たり前のことを訊くなといわんばかりの声音で返された。
お茶菓子入れに盛られたものは祖母の家でよく見かけるルマンド、ルーベラ、ホワイトロリータなどであった。レーズンサンドとか初めて見た。いちばん好きなエリーゼがない。
「おばあちゃんの家に行くと、よく出されるわね。こういうの」
ルマンドを一つ摘んでしげしげと見つめていると、品のいい笑いが起こった。
「まるで一君みたいなことをいうのね」
皮肉ではなく、心の底からのおかしそうな笑い。
……そういう顔もするのね、あなた。
「一君がどうしたの」
ルマンドを齧ると、前に同じことをいっていたのよとルーベラの封を開けていた。
「来たんだ、彼」
「ええ」
ルーベラを頬張りながらもったいぶることもなく、いう。
「したの?」
「何をかしら」
無言でベッドを指差す。
十鳥オガミは立ち上がると、机の抽斗から何かを取り出した。
テーブルにそっと置かれたそれはスキンであった。
これは予想外の展開。こういうのは嫌いじゃない。
「自慢のつもり?」
二本目のルーベラを開けながら、祖母が持ってきたのよとつぶやいた。しかしなぜわざわざお菓子をハサミで開封するんだろう。
「ちょうどその日に祖母が在宅していたの。そうしたら、菓子入れの底にこれを忍ばせていたのよ。直前に出かけたから、急いで買ってきたのでしょう」
薄く微笑む十鳥オガミにつられて私も笑ってしまう。
「ずいぶん頼もしいお婆様ね」
「ええ、自慢の祖母よ」
ファンシーグッズでおなじみのクマのイラストもまぶしい連なった十個を手に取る。裏返すとピンクのリングが淫靡な存在感を放っていた。孫のためにこういうものを買いに走るおばあちゃんなんて素敵だと思う。
「こういうのって基本、封入個数は偶数なのよね」
スキンの両端はきれいなまま、切り取ったあとはない。未使用か。
「詳しいのね、あなた」
……まあ、ね。
「で、どういう流れになったの」
「誘ったわよ、使ってみるかって」
「へえ」
内容のわりに羞恥の欠片もない言動なので、盛り上がりようがない。
「断られたわ」
そのクールビューティーな相貌と言明からは真意は汲み取れない。
「一君にも選ぶ権利があるもの」
まあ、あの一ナナギが乗るとは思えない。本命はともかく。
「残念そうね」
「あなたがそう思えるなら、そうなのかもしれない」
今度は菓子入れからルマンドを取り出す。この手のお菓子は相当好きらしい。私はホワイトロリータをチョイス。このロリータはあのロリータのことではなく、製造に使うロータリー式の回転機で捻ったり捩じったりするからできた造語らしい。教えてくれたのはシーナだったかな。
「十鳥さんは経験してるの」
ココア風味のクレープクッキーの片方をくわえると人差し指でもう片方を押さえながら、最小限の口の動きで消化してゆく。まるで電動鉛筆削りだ。器用にもほどがある。
「セックスのことならないわね。する必要性も感じない」
こういうことをさらっといえるところに嘘偽りのなさを感じる。
「私のことは訊かないの」
「別に訊かれたいわけでもないでしょう」
正解。しかしまあ、なんと盛り上がらないガールズトーク。
話題を変えてみるかな。
「あの本棚の本は自分で買い揃えたの」
「ええ」
ふむ、これも盛り上がらなさそうだ。
読んだことも、読む予定もない、いかめしい本の並ぶ棚の下に一般書籍ではない背表紙を認める。卒業アルバムかな。
「つまらないわよ」
視線の先に気づいたのか、そんなことをいう。
「あなたがつまらないというのならそうなのでしょうけど、興味あるわね」
十鳥オガミの言い回しと口調を真似てみるけど、やっぱりというか彼女の反応は皆無であった。
「つまらなくとも苦情は一切受けつけないわ」
お許しが出たので、さっそく手を伸ばす。他にも個人の写真用アルバムらしきもあったのでこちらも一緒に取り出した。幸い、本人からの異議申し立てはなかった。
萌葱色の卒業アルバム。聞いたことのない小学校だ。
「この辺りの学校じゃなわね。春に越してきたのよ、私」
そうだった。お姉ちゃんもいってたような気がする。すごく楽しそうに話してたから聞き流していたのかな。
ページを捲る。
一年生、二年生、三年生。特に問題はない。ちゃんと集合写真に溶け込んでいる。
四年生。何かがおかしい。
五年生。やはりおかしい。
六年生。……この違和感はなんだろう。
遠足、林間学校、修学旅行などは姿そのものが見当たらない。
最後の白紙、寄せ書きのスペースは白いまま。
「………………」
今度は個人アルバム。
最初のページには生まれて間もない十鳥オガミがいる。
生後数ヶ月の、一歳の、二歳の、三歳の、幼稚園の十鳥オガミがいる。
どれもこれも笑顔には縁遠いけれど、紛れもない十鳥オガミ。この頃に生まれたのか妹らしき小さな子との写真もちらほら見える。この子、誰かに似ている。
小学校の低学年、中学年、この辺りから写真の数が激減していく。小学校が終わり、中学辺りになると、写真そのものが、なくなっている。
「つまらないでしょう」
写真の貼られていないたくさんの白紙のページを捲っていると、体温の感じられない声が上がる。
何本目かのルマンドをおちょぼ口でさくさくと消化していく。本当、人間鉛筆削り。
「これ、中学年、四年生の頃になにかあったの」
テーブルの上のアルバム群を指すと、満足げに咀嚼を終えた十鳥オガミはひとこと酔狂ね、と呟いた。
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