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十鳥オガミと上四元クシナ
雨乞
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「食いしん坊なのね、あなた」
飲食フロアである最上階。
二階の雑貨や書店と同じフロアにある、地元でもよく利用しているコーヒーチェーンは十鳥オガミに振られてしまったので、開放感のあるオープンスタイルの喫茶店へ入ることになった。病院内にあったコーヒーチェーンでの対応といい、彼女はああいうところはお気に召さないようである。
十鳥オガミはバタートーストに小倉あんを乗せた奇怪なものを食べている。
私は迷った挙句、エビカツサンドとアイスコーヒーにソフトクリームを乗せたクリームコーヒーなるものにした。エビカツサンドはどう見ても一人前じゃないし、クリームコーヒーはソフト部分が普通のソフトクリーム並の盛りなのでアイスコーヒーとソフトクリームを一緒に注文したようなものだった。十鳥オガミに皮肉られても反論できない。
「さっきのワンピース、すごく似合ってたわよ。思い切ってああいうファッションに挑戦してみたらいいんじゃない」
腹が立つほどボリューミーなエビカツサンドと格闘しながら、精一杯の皮肉を返す。
「あのワンピース、三万円もするのね、驚いたわ」
正確にはブーツともども36750円也。たしかにおしゃれ工房信者にはアンビリーバブルなお値段かもしれない。
「私には永遠に理解できない世界ね」
まあ、さらにバッグとかアクセサリーを付けたら十万は余裕で飛んじゃうし、女子高生の感覚としてはしごく当然の反応。そう、私がズレているんだ。
「今日のお洋服も値が張るのでしょう」
「そうでもない。いちばん高くてサンダルの15750円。次がバッグの5145円。スカートが4935円でトップスが2940円。トータルで三万もいかないわよ」
「トップスって何なのかしら」
「上着のことをそういうの」
十鳥オガミは感心するような息づかいでトーストを齧った。
「それにしても持てるのね、あなた」
会多戸に着いてからこっち、男の人に声を掛けられたことをいっているのだろう。街中では三回、スロゥフに入ってからは二回。
「あなたもあのワンピース一着で男たちの視線独り占めできるわよ」
「ずいぶん気に入ったようだけれど」
「最高だったもの」
本当、いい目の保養になった。きちんと写真が撮れなかったことが悔やまれる。
あのあといくつかのショップを覗いたけれど、十鳥オガミは何も買わなかった。今日一日で彼女のファッションセンスに影響が与えられるとはもちろん思ってはいないけど、ちょっと手強いかな。
そんな十鳥オガミの身につけているもので目を惹くのが腕時計だった。文字盤にブランド名だけの、公共の場で見かける行儀のいい掛け時計を小さくしたかのようなケースはすごくシンプルだけど、これはいいものだと思う。なにより彼女によく合っていた。
「それ、素敵ね」
十鳥オガミは私の指先が示すものを察し、そっと愛おしそうになでた。
「……ええ、進学祝に祖母からもらったの」
なるほど。進学、そして新たな生活の記念ということか。
窓から見える会多戸の空は青い。降水確率を信じて持ってきた下ろし立ての折りたたみの出番はなさそうで残念。
「ひょっとして十鳥じゃね?」
若い男の声が後方から上がった。呼ばれた十鳥オガミがゆっくりと顔を上げる。微動だにしない表情からは何も読み取れない。
「そうだよ、十鳥オガミじゃーん」
今度は女子。揃いも揃って品性知性の欠落したかのような声。まあ、人のこといえないかもしれないけど、ここまでひどくはないと思う。……今度ティナに聞いてみよう。
「おお……やっぱ、十鳥か」
だんだんこっちに迫ってくる声。……来なくていいのに。
「本当だあ~。十鳥さん、お久しぶりィ~」
もうひとり、女子がいたみたいだ。こっちはずいぶんと幼い感じがした。間延びした声音のせいで品性知性が欠落しているという点においては他のふたりと変わらないけど。
「すっげ、偶然じゃね」
真横に現われた人の気配に視線を流すと、七分袖デザインカットソーにダメージ加工のクロップドデニム、シルバークロスのペンダントの男が立っていた。髪はワックスの頑張りでほどよくウルフ。とどめは鼻をつくコロンの匂い。
いろいろと頑張っているようだけど、いろいろと残念感が漂う。高校デビュー感丸出し。こういう男は生理的にアウト。
「……おっ、なになに。お友達か?」
無遠慮な眼差しを向けてくる。ただでさえ下劣な匂いと安っぽいシルバークロスが鬱陶しいのに、やめてくれないかな。
「友達じゃないわね」
十鳥オガミは言動に何も乗せずにそういい放つ。
「……うっわ、なんかモデルみたい」
声も顔つきも濃い目なフードベストとリップマークの総柄ミニスカートを合わせた女子がウルフに腕を絡ませながら現われ、無恥厚顔な視線を投げてきた。こちらはアイシャドーとつけまつげの活躍で目の周りが無駄に華やか。高校デビューその二。横の狼男とはお似合いかもしれない。
その後方からもう一人、タンクワンピースにロゴトートバッグを肩から提げた女子が媚びるように顔を覗かせた。
「はじめましてェ~、ええっとォ、十鳥さんとはどういう関係ですかァ」
タンクの丈は超ミニで見た目は大人しそうなのにずいぶんと大胆だなと思ったら、デニムの切りっぱなしパンツがチラッと見えた。この子、無理してる。
「友達じゃないと吐き捨てられるけど、一緒にお茶を共にする関係、かな」
「あははははは、おもしろ~い」
一ナナギの幼なじみの子……七ツ役さんといったっけ、彼女並に苦手だ。
「よくわかんねえけど、だいぶ進歩したんじゃねえの。こうやって一緒にお茶してくれる相手ができたんだからよ」
「だーよねえ」
話の内容から十鳥オガミの小学校時代をよく知る人物のようだ。
「暗いわ、正義感気取るわ、面白くも可愛くもないやつだったからなあ」
女子ふたりの追従笑いが起こる。なにがどう可笑しいのか説明を求めたら、懇切丁寧に教えてくれるのだろうか。
「んで、ガッコ、今どこに行ってるのよ」
甘味料入りドリンクの後味の悪さに通ずる不快感。ウルフの話し方はそういう感じ。
「それをあなたたちに説明する必要性を感じないのだけれど」
このときばかりは十鳥オガミの直球な物言いがなんとも頼もしく感じられた。
「なにその言い方。超感じ悪ーい」
つけまつげがおもねるように芝居がかった声を上げる。同感。でもあなたがいうことじゃない。
「本当変わんねえな、お前。今行ってるとこでも保健室登校してんじゃねえの」
どっと三人の笑いが起こる。
「なにかっつうとお前をかばっていたよな、ミカノせんせ」
たぶんいつも十鳥オガミの味方になって、いつしか孤立していたという先生のことだろう。
「ひょっとして教え子のお前とデキてんじゃねえのとかウチの姉貴とか親がいってたけど実際どうなんだ」
どういう家族なんだか。
「レズでロリコンとか最悪じゃーん」
「ミカノせんせェ、未だに独身なんでしょ~」
「ああ、確定か。やべえな」
爆笑、三人前。もうお腹いっぱいだ。
「養護の……なんつったけ。あのせんせなんか離婚したって話だぞ」
「うっわ、十鳥に関わった人、マジでいいことないじゃーん」
「だから俺ら、今幸せなんだろ?」
ウルフがつけまつげの肩を抱く。それを見たトートちゃんが身をよじり、顔を赤らめた。
「もう~、こんなところでいちゃつかないでよォ~」
十鳥オガミは表情に感情も熱も浮かべることなく、ただそれを黙って聞いていた。
窓から見える会多戸の空は、相変わらずの快晴。
「どこ行ってるか知んねえけど、あんま不幸振りまくなよ。メーワクだから」
「ねえ、十鳥と一緒にいない方がいーよ」
つけまつげはボリューミーな顔を寄せると、買ったばかりのショートカットソーとノースリーブニットが入った足元の紙袋に目を留めた。
「あー、ここで買ったんだー。いいなー。ひょっとしておたくいいところのお嬢様?」
腹が立ってきた。
訊いてもいないことを喋り続ける三人にも。
それをじっと聞いている十鳥オガミにも。
そして降ろうともしない快晴の空にも。
クリアバッグの底で出番待ちをしている折りたたみをそっとなでる。
「本州全域で雨だっていうから傘持ってきたのに、全然、降らないんだもんなあ」
テーブルの上の皿にはすでになにも乗っていない。あるのはお冷の水。
「しゃくに障るから自分で降らせようかなあ、とか」
「……えっ、なになに?」
突然のひとりごとに紙袋を覗いていたつけまつげが半笑い顔を向けた。
立ち上がってコップを手にするともう片方のコップに注ぐ。
これだけあればじゅうぶん。
「局地的な激しい雨にご注意下さい」
三百ミリリットルにも満たないお冷はウルフの顔の中心できれいな着地を見せると、ちいさな破裂音とともに花火みたいに四方八方にはじけた。
水もしたたるなんとやら。でも、なにが起こったのか分からずにぼけっとしているこの男には当てはまらないみたい。
「行くわよ」
バッグと紙袋、伝票を掴むと、十鳥オガミに声をかける。
歩き出してほどなく怒号が追いかけてきた。
「なにしてくれてんだあああああああああああああああああああああ」
バッグと紙袋を置くと、振り返った。そうこなくっちゃね。
ウルフは絵に描いたような形相で怒鳴り声を辺りに撒き散らしながら一心不乱にこちらに向かってきている。
最近はご無沙汰だったので、こういうシチュエーションはありがたい。
右拳をゆっくり握り込むと、皮膚が嬉しそうに収縮音を上げた。
ファイティングポーズを取ると、フッと息を吐く。
この感じ、すごくいい。ぞくぞくする。
気持ち腰を落として左足に体重の乗せ、そのまま軸回転する。ヒール高8センチのグラディエーターは予想以上につま先が回り、身体を快適に内側に振ってくれた。捻った腰を解放させると同時に全エネルギーを凝縮させた右腕を相手の醜面めがけて一気に、放つ――。
気持ちいいくらい右の拳――ひと指し指から薬指までの基節骨――がウルフの顔面に食い込み、鼻梁を押し潰す感覚。
やっぱり人を殴るのって最高。
後方で慄いている女子ふたりにちょっぴり乱暴な方法でウルフを送り返すと、自分の右拳をスナップを効かせて振ってみせた。
「突然の落雷や突風にもご注意下さい」
飲食フロアである最上階。
二階の雑貨や書店と同じフロアにある、地元でもよく利用しているコーヒーチェーンは十鳥オガミに振られてしまったので、開放感のあるオープンスタイルの喫茶店へ入ることになった。病院内にあったコーヒーチェーンでの対応といい、彼女はああいうところはお気に召さないようである。
十鳥オガミはバタートーストに小倉あんを乗せた奇怪なものを食べている。
私は迷った挙句、エビカツサンドとアイスコーヒーにソフトクリームを乗せたクリームコーヒーなるものにした。エビカツサンドはどう見ても一人前じゃないし、クリームコーヒーはソフト部分が普通のソフトクリーム並の盛りなのでアイスコーヒーとソフトクリームを一緒に注文したようなものだった。十鳥オガミに皮肉られても反論できない。
「さっきのワンピース、すごく似合ってたわよ。思い切ってああいうファッションに挑戦してみたらいいんじゃない」
腹が立つほどボリューミーなエビカツサンドと格闘しながら、精一杯の皮肉を返す。
「あのワンピース、三万円もするのね、驚いたわ」
正確にはブーツともども36750円也。たしかにおしゃれ工房信者にはアンビリーバブルなお値段かもしれない。
「私には永遠に理解できない世界ね」
まあ、さらにバッグとかアクセサリーを付けたら十万は余裕で飛んじゃうし、女子高生の感覚としてはしごく当然の反応。そう、私がズレているんだ。
「今日のお洋服も値が張るのでしょう」
「そうでもない。いちばん高くてサンダルの15750円。次がバッグの5145円。スカートが4935円でトップスが2940円。トータルで三万もいかないわよ」
「トップスって何なのかしら」
「上着のことをそういうの」
十鳥オガミは感心するような息づかいでトーストを齧った。
「それにしても持てるのね、あなた」
会多戸に着いてからこっち、男の人に声を掛けられたことをいっているのだろう。街中では三回、スロゥフに入ってからは二回。
「あなたもあのワンピース一着で男たちの視線独り占めできるわよ」
「ずいぶん気に入ったようだけれど」
「最高だったもの」
本当、いい目の保養になった。きちんと写真が撮れなかったことが悔やまれる。
あのあといくつかのショップを覗いたけれど、十鳥オガミは何も買わなかった。今日一日で彼女のファッションセンスに影響が与えられるとはもちろん思ってはいないけど、ちょっと手強いかな。
そんな十鳥オガミの身につけているもので目を惹くのが腕時計だった。文字盤にブランド名だけの、公共の場で見かける行儀のいい掛け時計を小さくしたかのようなケースはすごくシンプルだけど、これはいいものだと思う。なにより彼女によく合っていた。
「それ、素敵ね」
十鳥オガミは私の指先が示すものを察し、そっと愛おしそうになでた。
「……ええ、進学祝に祖母からもらったの」
なるほど。進学、そして新たな生活の記念ということか。
窓から見える会多戸の空は青い。降水確率を信じて持ってきた下ろし立ての折りたたみの出番はなさそうで残念。
「ひょっとして十鳥じゃね?」
若い男の声が後方から上がった。呼ばれた十鳥オガミがゆっくりと顔を上げる。微動だにしない表情からは何も読み取れない。
「そうだよ、十鳥オガミじゃーん」
今度は女子。揃いも揃って品性知性の欠落したかのような声。まあ、人のこといえないかもしれないけど、ここまでひどくはないと思う。……今度ティナに聞いてみよう。
「おお……やっぱ、十鳥か」
だんだんこっちに迫ってくる声。……来なくていいのに。
「本当だあ~。十鳥さん、お久しぶりィ~」
もうひとり、女子がいたみたいだ。こっちはずいぶんと幼い感じがした。間延びした声音のせいで品性知性が欠落しているという点においては他のふたりと変わらないけど。
「すっげ、偶然じゃね」
真横に現われた人の気配に視線を流すと、七分袖デザインカットソーにダメージ加工のクロップドデニム、シルバークロスのペンダントの男が立っていた。髪はワックスの頑張りでほどよくウルフ。とどめは鼻をつくコロンの匂い。
いろいろと頑張っているようだけど、いろいろと残念感が漂う。高校デビュー感丸出し。こういう男は生理的にアウト。
「……おっ、なになに。お友達か?」
無遠慮な眼差しを向けてくる。ただでさえ下劣な匂いと安っぽいシルバークロスが鬱陶しいのに、やめてくれないかな。
「友達じゃないわね」
十鳥オガミは言動に何も乗せずにそういい放つ。
「……うっわ、なんかモデルみたい」
声も顔つきも濃い目なフードベストとリップマークの総柄ミニスカートを合わせた女子がウルフに腕を絡ませながら現われ、無恥厚顔な視線を投げてきた。こちらはアイシャドーとつけまつげの活躍で目の周りが無駄に華やか。高校デビューその二。横の狼男とはお似合いかもしれない。
その後方からもう一人、タンクワンピースにロゴトートバッグを肩から提げた女子が媚びるように顔を覗かせた。
「はじめましてェ~、ええっとォ、十鳥さんとはどういう関係ですかァ」
タンクの丈は超ミニで見た目は大人しそうなのにずいぶんと大胆だなと思ったら、デニムの切りっぱなしパンツがチラッと見えた。この子、無理してる。
「友達じゃないと吐き捨てられるけど、一緒にお茶を共にする関係、かな」
「あははははは、おもしろ~い」
一ナナギの幼なじみの子……七ツ役さんといったっけ、彼女並に苦手だ。
「よくわかんねえけど、だいぶ進歩したんじゃねえの。こうやって一緒にお茶してくれる相手ができたんだからよ」
「だーよねえ」
話の内容から十鳥オガミの小学校時代をよく知る人物のようだ。
「暗いわ、正義感気取るわ、面白くも可愛くもないやつだったからなあ」
女子ふたりの追従笑いが起こる。なにがどう可笑しいのか説明を求めたら、懇切丁寧に教えてくれるのだろうか。
「んで、ガッコ、今どこに行ってるのよ」
甘味料入りドリンクの後味の悪さに通ずる不快感。ウルフの話し方はそういう感じ。
「それをあなたたちに説明する必要性を感じないのだけれど」
このときばかりは十鳥オガミの直球な物言いがなんとも頼もしく感じられた。
「なにその言い方。超感じ悪ーい」
つけまつげがおもねるように芝居がかった声を上げる。同感。でもあなたがいうことじゃない。
「本当変わんねえな、お前。今行ってるとこでも保健室登校してんじゃねえの」
どっと三人の笑いが起こる。
「なにかっつうとお前をかばっていたよな、ミカノせんせ」
たぶんいつも十鳥オガミの味方になって、いつしか孤立していたという先生のことだろう。
「ひょっとして教え子のお前とデキてんじゃねえのとかウチの姉貴とか親がいってたけど実際どうなんだ」
どういう家族なんだか。
「レズでロリコンとか最悪じゃーん」
「ミカノせんせェ、未だに独身なんでしょ~」
「ああ、確定か。やべえな」
爆笑、三人前。もうお腹いっぱいだ。
「養護の……なんつったけ。あのせんせなんか離婚したって話だぞ」
「うっわ、十鳥に関わった人、マジでいいことないじゃーん」
「だから俺ら、今幸せなんだろ?」
ウルフがつけまつげの肩を抱く。それを見たトートちゃんが身をよじり、顔を赤らめた。
「もう~、こんなところでいちゃつかないでよォ~」
十鳥オガミは表情に感情も熱も浮かべることなく、ただそれを黙って聞いていた。
窓から見える会多戸の空は、相変わらずの快晴。
「どこ行ってるか知んねえけど、あんま不幸振りまくなよ。メーワクだから」
「ねえ、十鳥と一緒にいない方がいーよ」
つけまつげはボリューミーな顔を寄せると、買ったばかりのショートカットソーとノースリーブニットが入った足元の紙袋に目を留めた。
「あー、ここで買ったんだー。いいなー。ひょっとしておたくいいところのお嬢様?」
腹が立ってきた。
訊いてもいないことを喋り続ける三人にも。
それをじっと聞いている十鳥オガミにも。
そして降ろうともしない快晴の空にも。
クリアバッグの底で出番待ちをしている折りたたみをそっとなでる。
「本州全域で雨だっていうから傘持ってきたのに、全然、降らないんだもんなあ」
テーブルの上の皿にはすでになにも乗っていない。あるのはお冷の水。
「しゃくに障るから自分で降らせようかなあ、とか」
「……えっ、なになに?」
突然のひとりごとに紙袋を覗いていたつけまつげが半笑い顔を向けた。
立ち上がってコップを手にするともう片方のコップに注ぐ。
これだけあればじゅうぶん。
「局地的な激しい雨にご注意下さい」
三百ミリリットルにも満たないお冷はウルフの顔の中心できれいな着地を見せると、ちいさな破裂音とともに花火みたいに四方八方にはじけた。
水もしたたるなんとやら。でも、なにが起こったのか分からずにぼけっとしているこの男には当てはまらないみたい。
「行くわよ」
バッグと紙袋、伝票を掴むと、十鳥オガミに声をかける。
歩き出してほどなく怒号が追いかけてきた。
「なにしてくれてんだあああああああああああああああああああああ」
バッグと紙袋を置くと、振り返った。そうこなくっちゃね。
ウルフは絵に描いたような形相で怒鳴り声を辺りに撒き散らしながら一心不乱にこちらに向かってきている。
最近はご無沙汰だったので、こういうシチュエーションはありがたい。
右拳をゆっくり握り込むと、皮膚が嬉しそうに収縮音を上げた。
ファイティングポーズを取ると、フッと息を吐く。
この感じ、すごくいい。ぞくぞくする。
気持ち腰を落として左足に体重の乗せ、そのまま軸回転する。ヒール高8センチのグラディエーターは予想以上につま先が回り、身体を快適に内側に振ってくれた。捻った腰を解放させると同時に全エネルギーを凝縮させた右腕を相手の醜面めがけて一気に、放つ――。
気持ちいいくらい右の拳――ひと指し指から薬指までの基節骨――がウルフの顔面に食い込み、鼻梁を押し潰す感覚。
やっぱり人を殴るのって最高。
後方で慄いている女子ふたりにちょっぴり乱暴な方法でウルフを送り返すと、自分の右拳をスナップを効かせて振ってみせた。
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