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年上のひと
親友
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「ずいぶんとまあ急展開だわさ」
話を聞き終えたティナは噂好きのおばさんみたいな口調でシーナの肩を叩いた。
「シーナを食事に誘うとか一さんもやるなー。これは脈ありってことかね」
昨日、シーナが一ナナギのアルバイト先で顔を合わせただけではなく、食事までしたというのでティナは朝から興奮気味だ。ただ元からよく喋るティナがさらに饒舌になるのは穏やかならざる心境の裏返しであることが多く、実際、思わぬ進展に内心、落ち着かないはず。せっかくのクラシックチョコレートケーキとニューヨークチーズケーキが手つかずだ。
ここはひとつ友人として、安心材料を提示してあげよう。
「たぶん彼は何かを取り繕うためにシーナを誘ったんだと思う」
「どういうこと?」
「ねえ、シーナ。食事をする前に、どんな話をしたの?」
「いや、だからシーナがいっていたじゃない。いつものお店で本を買ったら一さんがレジで対応してくれて、買い物が終わってひと息ついていたら、休憩に出てきた彼と入り口で鉢合わせたって」
「別にシーナを疑っているわけじゃないけど、具体的なことは話していない気がするのよ」
「……それを疑ってるっていうんじゃん」
めずらしくティナが突っ掛かってくる。シーナが一ナナギとの距離を縮めたのは私が考えている以上に面白くないようだ。
「ねえシーナ、いいたくないなら無理強いはしないけど、偶然休憩に出て来た彼と会ったんじゃなくて、待っていたんじゃない?」
シーナがぴくんと肩を上げた。図星のようだ。
「まるで一さんがすぐに出てくるの分かっていたみたいないい方じゃない」
「分かっていたから、待ってたんでしょう」
気色ばむティナを諌めるように、なるべく穏やかに答えた。今のティナの表情は明らかに戦闘モード、殺すつもりで男子と一戦交えているときの顔つきだ。こうなると厄介だ。満足するまで徹底的に相手を嬲り続ける。それで何人の男子が病院送りになり、トラウマを植えつけられたことか。
「なによ、さっきから。シーナが一さんといい感じになったのが気に入らないわけ?」
……それはティナ、あなたじゃない。
「やめて」
次第に熱を帯びるティナにシーナが懇願するような目線を送る。
「クシナのいう通りだから」
消え入るようなシーナの声にティナが複雑な表情を見せる。
「……レ、レジで他の店員さんが休憩だっていってたから、出てくるかなって思ったの」
気まずそうに身を竦ませる親友の姿に胸が痛むけれど、もうひとりの親友のためにもう少し聞き出したいところ。
「そのあとは?」
シーナによると伯父さんの話からジムのことを思わず口にしてしまい、私たちのひそやかな趣味のことまで喋ったらしい。
「……まあ、非合法なことしてるわけじゃないし、ね」
その通りではあるけれど、ティナの言動はどこか強がっているようにも見えた。
「……で、でも、一さんは女の子がボクシングしてても強くても気にしないっていったから、大丈夫だよ」
「えっ、本当?」
ちょっと頬を紅潮させつつ得意げに語るシーナにティナが顔を上げた。
「どこかで聞いたのかな、クシナが強いことも知ってたみたい」
一ナナギのそれは聞いたのではなく、経験則から出た発言だろうけど、シーナの話からするにそこは披瀝しなかったようだ。
「食事に誘う直前に何かいってなかった?」
「……………!!」
ぴくっと肩を跳ね上げて黙り込むシーナは顔は真っ赤で目は潤んでいた。
「えー、なになに。なにいわれたのよ、一さんに」
一ナナギのことだから、シーナを褒めたんだと思うけれど、自分からそれを口にするのは彼女の性格からありえない。
「いいよ、むりにいわなくても」
ティナのためにと始めた訊問だったけれど、これ以上はシーナが気の毒だ。
「ほら、食べよう」
ティナは一ナナギにいわれた発言内容をとても気にしていたようだったけれど、私の奢りの未だカタチが崩れていないケーキ群に取りかかるよう促した。
「さっきはごめん」
本来ならティナたちと遊ぶ予定だったこの間の日曜日。急なキャンセルのお詫びに誘ったコーヒーショップを出てすぐ、開口一番、ティナが謝ってきた。
「謝るくらいなら、ああいう態度は取らない」
「………うん」
快活さが消えたティナは普段、嬉々と男子相手に無慈悲な拳を揮うグラマラスボクサーには見えない。
「ねえ、さっきの一さんが何かをごまかすためにシーナを誘ったとかいってたけど、あれってけっきょくなんだったの」
私たちとは帰り道が逆のシーナの姿はもう、見えなくなっていた。
「彼は自分から積極的に女子を誘うようなことはしない性格だから、きっかけがあったと踏んだのよ。想像だけどたぶん何かの拍子にシーナを褒めたんだと思う。恥ずかしがるシーナを前に気まずくなって食事に誘った、そんなところ」
「やっぱり一さんのことよく分かってるんだ」
「そうでもない。彼、なかなか本音を語りたがらなかったし」
ひとのこといえないけど。
「シーナが積極的になったのは喜ばしいことじゃない」
きっかけを掴むために取ったシーナの行動は歓迎すべきだ。
――ただ。
「クシナは一さんのこと、どう思っているの」
否定しても肯定しても納得しない気がした。どういう考えで一ナナギに近づいたのかティナたちは知らない。傍から見れば迫っているように思われるシチュエーションだ。
「お姉ちゃんや友達のナナミさんから話を聞いていて、ずっと気になっていたのは本当」
「実際に会ってどうだった?」
ティナの口調は真剣そのものだ。
「どこか頼りなくて融通がきかないところがあるけれど、やさしい人だと思う。少なくともああいう男子は今まで見たことないかな」
「一さんとはなんにもなかったの?」
「何回か迫ったけど、全部スルーされた。キスすらしてないから」
じっと聞き入るティナは自分でもどういう態度を取ったらいいのか、判断がつきかねているようで、こっちまで切なくなってくる。
「で、帝子さんはどこまで本気なのかな」
いつもの彼女に戻って欲しくて皮肉っぽく煽ってみたけれど、テンションは沈んだまま、浮上の兆しは見えない。
そろそろティナとはお別れだ。
「……もしさ、本気だったら一さんとのこと」
やっと押し出し、そして止めたその言葉は冗談のつもりでそんなことを口にしてみましたといった感じだけど、目は笑っていない。こんなのティナじゃない。
いいよどんでいると、そんなに深刻にならないでよと笑い声がした。
「クシナがあの店を一さんに紹介したのはシーナのためだったんでしょ。近所でよく利用しているところだし。そこまで考えてるとか本当かなわないなあ。私もシーナのためにひと肌脱がなきゃねえ」
ティナはいつもの笑顔を作るとじゃあねと背中を向けて去って行った。
本音を押し殺してごまかすティナもずるいけれど、それ以上にそのティナに対して真摯に受け止め、答えてあげられなかった自分はもっとずるい。
一ナナギが好きなシーナにどうしてやればいいのだろう。そのシーナに気兼ねしているティナになんといってあげればいいのだろう。
「クシナは一さんのこと、どう思っているの」
さっきの発言を思い返しながら小さくなっていくティナの背中を見つめる。
お互い面倒なことに関わっちゃってるね、と聞こえるはずもないひとりごとをティナに向かってつぶやくとため息を大きくついた。
話を聞き終えたティナは噂好きのおばさんみたいな口調でシーナの肩を叩いた。
「シーナを食事に誘うとか一さんもやるなー。これは脈ありってことかね」
昨日、シーナが一ナナギのアルバイト先で顔を合わせただけではなく、食事までしたというのでティナは朝から興奮気味だ。ただ元からよく喋るティナがさらに饒舌になるのは穏やかならざる心境の裏返しであることが多く、実際、思わぬ進展に内心、落ち着かないはず。せっかくのクラシックチョコレートケーキとニューヨークチーズケーキが手つかずだ。
ここはひとつ友人として、安心材料を提示してあげよう。
「たぶん彼は何かを取り繕うためにシーナを誘ったんだと思う」
「どういうこと?」
「ねえ、シーナ。食事をする前に、どんな話をしたの?」
「いや、だからシーナがいっていたじゃない。いつものお店で本を買ったら一さんがレジで対応してくれて、買い物が終わってひと息ついていたら、休憩に出てきた彼と入り口で鉢合わせたって」
「別にシーナを疑っているわけじゃないけど、具体的なことは話していない気がするのよ」
「……それを疑ってるっていうんじゃん」
めずらしくティナが突っ掛かってくる。シーナが一ナナギとの距離を縮めたのは私が考えている以上に面白くないようだ。
「ねえシーナ、いいたくないなら無理強いはしないけど、偶然休憩に出て来た彼と会ったんじゃなくて、待っていたんじゃない?」
シーナがぴくんと肩を上げた。図星のようだ。
「まるで一さんがすぐに出てくるの分かっていたみたいないい方じゃない」
「分かっていたから、待ってたんでしょう」
気色ばむティナを諌めるように、なるべく穏やかに答えた。今のティナの表情は明らかに戦闘モード、殺すつもりで男子と一戦交えているときの顔つきだ。こうなると厄介だ。満足するまで徹底的に相手を嬲り続ける。それで何人の男子が病院送りになり、トラウマを植えつけられたことか。
「なによ、さっきから。シーナが一さんといい感じになったのが気に入らないわけ?」
……それはティナ、あなたじゃない。
「やめて」
次第に熱を帯びるティナにシーナが懇願するような目線を送る。
「クシナのいう通りだから」
消え入るようなシーナの声にティナが複雑な表情を見せる。
「……レ、レジで他の店員さんが休憩だっていってたから、出てくるかなって思ったの」
気まずそうに身を竦ませる親友の姿に胸が痛むけれど、もうひとりの親友のためにもう少し聞き出したいところ。
「そのあとは?」
シーナによると伯父さんの話からジムのことを思わず口にしてしまい、私たちのひそやかな趣味のことまで喋ったらしい。
「……まあ、非合法なことしてるわけじゃないし、ね」
その通りではあるけれど、ティナの言動はどこか強がっているようにも見えた。
「……で、でも、一さんは女の子がボクシングしてても強くても気にしないっていったから、大丈夫だよ」
「えっ、本当?」
ちょっと頬を紅潮させつつ得意げに語るシーナにティナが顔を上げた。
「どこかで聞いたのかな、クシナが強いことも知ってたみたい」
一ナナギのそれは聞いたのではなく、経験則から出た発言だろうけど、シーナの話からするにそこは披瀝しなかったようだ。
「食事に誘う直前に何かいってなかった?」
「……………!!」
ぴくっと肩を跳ね上げて黙り込むシーナは顔は真っ赤で目は潤んでいた。
「えー、なになに。なにいわれたのよ、一さんに」
一ナナギのことだから、シーナを褒めたんだと思うけれど、自分からそれを口にするのは彼女の性格からありえない。
「いいよ、むりにいわなくても」
ティナのためにと始めた訊問だったけれど、これ以上はシーナが気の毒だ。
「ほら、食べよう」
ティナは一ナナギにいわれた発言内容をとても気にしていたようだったけれど、私の奢りの未だカタチが崩れていないケーキ群に取りかかるよう促した。
「さっきはごめん」
本来ならティナたちと遊ぶ予定だったこの間の日曜日。急なキャンセルのお詫びに誘ったコーヒーショップを出てすぐ、開口一番、ティナが謝ってきた。
「謝るくらいなら、ああいう態度は取らない」
「………うん」
快活さが消えたティナは普段、嬉々と男子相手に無慈悲な拳を揮うグラマラスボクサーには見えない。
「ねえ、さっきの一さんが何かをごまかすためにシーナを誘ったとかいってたけど、あれってけっきょくなんだったの」
私たちとは帰り道が逆のシーナの姿はもう、見えなくなっていた。
「彼は自分から積極的に女子を誘うようなことはしない性格だから、きっかけがあったと踏んだのよ。想像だけどたぶん何かの拍子にシーナを褒めたんだと思う。恥ずかしがるシーナを前に気まずくなって食事に誘った、そんなところ」
「やっぱり一さんのことよく分かってるんだ」
「そうでもない。彼、なかなか本音を語りたがらなかったし」
ひとのこといえないけど。
「シーナが積極的になったのは喜ばしいことじゃない」
きっかけを掴むために取ったシーナの行動は歓迎すべきだ。
――ただ。
「クシナは一さんのこと、どう思っているの」
否定しても肯定しても納得しない気がした。どういう考えで一ナナギに近づいたのかティナたちは知らない。傍から見れば迫っているように思われるシチュエーションだ。
「お姉ちゃんや友達のナナミさんから話を聞いていて、ずっと気になっていたのは本当」
「実際に会ってどうだった?」
ティナの口調は真剣そのものだ。
「どこか頼りなくて融通がきかないところがあるけれど、やさしい人だと思う。少なくともああいう男子は今まで見たことないかな」
「一さんとはなんにもなかったの?」
「何回か迫ったけど、全部スルーされた。キスすらしてないから」
じっと聞き入るティナは自分でもどういう態度を取ったらいいのか、判断がつきかねているようで、こっちまで切なくなってくる。
「で、帝子さんはどこまで本気なのかな」
いつもの彼女に戻って欲しくて皮肉っぽく煽ってみたけれど、テンションは沈んだまま、浮上の兆しは見えない。
そろそろティナとはお別れだ。
「……もしさ、本気だったら一さんとのこと」
やっと押し出し、そして止めたその言葉は冗談のつもりでそんなことを口にしてみましたといった感じだけど、目は笑っていない。こんなのティナじゃない。
いいよどんでいると、そんなに深刻にならないでよと笑い声がした。
「クシナがあの店を一さんに紹介したのはシーナのためだったんでしょ。近所でよく利用しているところだし。そこまで考えてるとか本当かなわないなあ。私もシーナのためにひと肌脱がなきゃねえ」
ティナはいつもの笑顔を作るとじゃあねと背中を向けて去って行った。
本音を押し殺してごまかすティナもずるいけれど、それ以上にそのティナに対して真摯に受け止め、答えてあげられなかった自分はもっとずるい。
一ナナギが好きなシーナにどうしてやればいいのだろう。そのシーナに気兼ねしているティナになんといってあげればいいのだろう。
「クシナは一さんのこと、どう思っているの」
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