姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

文字の大きさ
75 / 126
拳塔町に行くの巻

吉報

しおりを挟む
「おはようございます、六反園君」
 ターコイズブルーの夏らしい、シンプルながらもきっとお高いものであろうノースリーブのワンピースをまとって悠然と佇む左衛門三郎のお嬢様が品のいい辞儀を見せた。手には大きなつばの縁が波打っている麦わら帽子。きっとこれもお高いのだろう。もちろん、その背後には三苫ちゃんと三次が当たり前のようにいる。
 一番乗りを狙ってかなり早めに家を出たものの、待ち合わせ場所である於牟寺駅に着いたときには、すでに見慣れた三人組がいたわけで出鼻を挫かれた格好ではあるが、今日の行き先とメンバーを思えばむしろ女子に出迎えられて気分がいいくらいだ。
 三苫ちゃんはざっくりとした白いオフショルダーのサマーニットにウエストのリボンがキュートな黒いミニスカートだった。剥き出しの肩や編み目から覗くキャミソールの紐や生地がなかなかにセクシー。三次はいつものようにピンストライプの黒いスーツと無表情を着崩すことなく律儀にまとっていた。……たしか今は夏なんだがな。
「意外だな、お嬢様が参加するなんて」
「ナナミさん直々のお誘いを断るなど、愚行以外のなにものでもありません。喜んで同行させて頂くことにしました」
 同感。
 その朗報、いや福音がもたらされたのは先週のことだった。

               ◇

「もしもし、ロクちゃん?」
 それはむかしのテレビ番組を観ながら好物の激めんを啜っていたときのこと。
 端末からいつもと変わらない癒しボイスが飛び込んできた。
 ナギの親父さんが所有するビデオライブラリには俺たちの年代には目新しい番組が詰まっていて何度観ても飽きることはない。
 その中から気に入ったモノをダビングさせて貰っては、こうして観るのが楽しみだったりする。番組にしろ歌にしろ、最近のモノとは比べ物にならないくらいこの時代のコンテンツは奥深くてアツい。
 安っぽかったり馬鹿馬鹿しかったりもするが、今のテレビ番組には感じられない作り手側の熱がビンビンに伝わってくるのが最大の違いだ。
 ワンタンを口に放りながらテレビのボリュームを下げる。
 今観ているのは当時お茶の間を賑わせたであろう古き良き時代の公開録画形式のクイズバラエティでマントを羽織った老若男女が登場し、何をやっている人かを推理する、まあなんてことのないモノだが、これが意外と面白い。
 この回は初視聴だから新鮮な気持ちで観られる。
 ……ん?
 放送の最後、いわゆるトリとして出てきた女性を見て一瞬、胸が高鳴った。
 長い黒髪の赤いマントに包まれたその女性はナナミさんによく似ていた。背が高いところもそっくりだ。サテンの艶がどこがエロティックでムダに情欲をかき立てる。
「来週から夏休みでしょ? それで一緒に海に行こうかなって」
 無音の画面に注視していると、幼なじみがそんなことを切り出した。
 悪くない申し出はあるが、誘うなら俺じゃなく、ナギと、それもふたりっきりで行くべきだろう。
「ナギちゃんは都合悪いんだって」
 ナギのやつ、なにか予定でもあるのか。夏休みに幼なじみと海。グッと関係を深めるには最高のシチュエーションだろうに。
「ロクちゃんも都合が悪いならむりしないでね」
 こちらの思惑など知らぬようにどこまでもシギヤの声は明るい。
「まさかと思うが、お前とふたりで、じゃないよな」
 テレビの中では解答者の質問タイムに入っている。
「ええとね、左衛門三郎さんと三苫さん、三次さんに」
 能面顔がぽんと脳裏に浮かぶ。ふたりきりじゃないなら妙な気構えも必要はないが、三次あいつかあ。
「……五百旗頭君と五十棲君……」
 あ、こりゃパスだな。
「すまんな、シギヤ。俺は」
「アツミさんとお姉ちゃん」
 ………………………………………ん?
「お、お姉ちゃんって」
「お姉ちゃんだよ」
 シギヤはひとりっ子だ。こいつがいうお姉ちゃんは一人だけ。
「ナ、ナナミさんもくるのか?」
 画面に映るナナミさん似の女性が何を訊かれたのか、くすくすと笑った。……笑い方まで似てやがる。
「うん。アツミさんがお姉ちゃんを誘ったら、私たちも一緒にってなったんだって」
 そ、
「それを早くいえーーーーー!」
 喜びのあまり身悶えるように声を張り上げる。
 ナナミさんの美しい姿態を瞬時に呼び起こし、想像力を総動員してナナミさんの完全無的なその身体に水着――もちろんビキニ――を着せる。
 色は何がいいかな。赤、青、黄、緑、いやピンクってのもなかなか。黒とか紫もアダルティックでいい。
 ……よし、ここはテレビの中のナナミさん似の女性を包んでいるマントにちなんで艶かしい輝きを放つサテンの、赤いビキニだ。
 輝く太陽の下、碧い海をバックに、透きとおるような白い肌のナナミさんに日焼け止めを塗るのはもちろん俺の役目だ。穢れを知らない俺の十本の指がそのしなやかな腕と脚、たわわな胸、張りのあるヒップにうるおいとよろこびを与える―――。

「……ナ、ナナミさん、ここですか?」
「もっと下かな」
「……こ、ここですか?」
「もうちょっと下よ」
「……こ、こ、ここ、ですか?」
「そう、そこ」
「……ほ、ほ、ほ、ほ、ほんとにここでいいんでしょうか?」
「ええ」
 ぬりぬりぬり。
「ど、どんな感じでしょう」
「……ん、上手。今度はもうちょっと下にずらしてくれる?」
「………………こ、これ以上ず、ずらしてしまうますと、せ、せ、乳首先端に当たるかもなのですが」
「そうね」
「い、い、い、い、いいのでしょうか」
「いいわよ」
「……はひ、で、では」
 ぬりぬりぬりぬりぬり……ぷにゅ。
「……ん」
「……す、す、すみません」
「ふふ、構わないわよ。続けて」
「は、はひ」
 ぬりぬりぬりぬりぬり……くにゅ。
「……ん、ふぅ……、六反園君、上手……よ」

 あああああ、もう、死んでもいい。
「死んだら海に行けないよ」
 冷静なシギヤの声がした。
「ロクちゃんは水着持ってる?」
 去年プール用に買ったのがあるが、行き先は海でなんといってもナナミさんが参加するとなれば新調するのが義務というものだろう。
 期日や待ち合わせ時間、場所を確認し、礼をいって切った。
 海パンは明日にでも買いに行こう。
「……ふぅ」
 残りのスープを飲み干し、テレビのボリュームを戻すと、ノースリーブのカットソーに短パン姿のアイドルデュオが新発売だというインスタント麺の宣伝をしていた。当時大人から子供まで幅広い層に人気があったという、今では考えられないような一大ブームを巻き起こしたふたりはなぜかボクシングのグローブを装着して踊っている。袋麺とボクシングの関連性はまるで分からないが、いったいどういうセンスしてるんだ。
 CMが明けると、司会者の掛け声でナナミさん似のお嬢さんがちょうどマントを脱ぐところであった。ナナミさん同様、いかにもお淑やかといった感じのその人は白いタンクトップにやけに丈の短い真っ赤なトランクスを合わせていた。そして手には……、
『えぇー、ボクサーなの?』
『うそー!』
『驚いたね、どうも』
 俳優だというゲスト解答者がかきむしるかのように手でアタマを押さえて感嘆の声を上げるその横でやはりゲストのアイドルが開いた両手を口に充てて自己の存在感を積極的にアピールし、もうひとりの解答者であるベテラン落語家は唖然としながら手にした扇子で額を叩いている。三者三様、見事な役割分担である。
 ちなみにそれぞれの答えは、
【スタントマン】
【ちんどん屋さん】
【スペースインベーダー】
 ……いつの時代もはなから正解を捨てて受けを狙いに行く人間はいるものだ。
 どこか恥ずかしげな、さっきのアイドルみたいな赤いボクシングのグローブをはめた例のナナミさん似のお嬢さんはミットを装着した男を相手にパンチを打ち始めた。
『おぉ、様になってるねえ』
『かっこいい』
『いやはや』
 バスンバスン激しい音を撒き散らしながら、お淑やかな佇まいから一転、なるほどボクサー然とした表情と動きを見せる偽ナナミさんにあごに手を充てた男優はそっち方面に詳しいのか頷きつつ感心しきりであった。アイドルは自分でも打ってるつもりになっているのか真似するようにカラダを動かし、口をぽかんと開けたままの落語家は信じられないものでも見るように首を振りながら扇子で自分の顔を仰ぎはじめた。
 続いてカメラは会場にいる観客たちを映し出した。
 やはりみな、驚愕といった面持ちである。
 最近じゃボクシングだの格闘技に打ち込む女が増えたみたいだが、それでもやはり色物扱いの域は出てはいないだろう。そういう男がメインのスポーツをやればすぐにめずらしがって騒いでくれるから、遊びのつもりでやるヤツも多いと聞く。
 容姿が人並みでも途端に「美しすぎる○○」なんて勝手に呼んでくれる。イヤないい方だが不細工が過激なコスプレをやってちやほやされる構図に似ていなくもない。
 ひと通りパンチを打ち終えて顔がやや上気している偽ナナミさんに司会者がボクシングをはじめたきっかけ――ラストで主人公が真っ白に燃え尽きるので著名な漫画の熱心なファンであるらしい――やら普段のライフスタイル――普段はOLをやっていてウインドウショッピングが趣味――、好きな男性のタイプ――逞しくて頼りがいのある心の広い人――など、ありがちなやり取りののち、ゲストの感想でしめて番組は終わった。この偽ナナミさんも孫がいてもおかしくない年齢になっているだろうなとひとりごちると、アタマを振った。
 古い考えは承知でいうが、やはり女がボクシングなんて以ての外だ。
 その時点でいくらナナミさんに似ていようともこのお嬢さんはダメだ。
 女はナナミさんのように見掛けも内面もお淑やかでなければいけない。
 そして来週にはそのナナミさんと海に行くのだ。
 例のクイズ番組は音を消した辺りから観直そうとも思ったが、ボクサーという事実を知って一気に萎えてしまい、もう寝ることにした。
 とはいうものの、降って沸いたようなナナミさんのお誘いに胸の鼓動は抑えられず、眠りについたのは空が白みはじめた頃だった――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件

こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。 ・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。 ・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。 ・物静かで儚げな美術部員。 ・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。 ・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。 拓海の生活はどうなるのか!?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...